第112話 届かぬ想い
イクス・トリムがエウロパ衛星軌道へ戻るか否か。
大役を果たした民間少年少女が、各々を監督したオレとアシュリーに付き添われ――警戒は怠らぬままに再度サーキット場へと戻っていた。
程なくイクス・トリム内の前施設のクラッキングによる影響が消滅。
エリート隊の
「
「いえいえいえ!?俺の方こそ、
アシュリーとの合流を前に、恐らく民間人としては最も危険な立ち位置で奮闘を見せた
その言葉へ謙遜を見せた
「だが……この度の協力は我ら軍部にとっても心強き力となったよ。感謝する。」
そして謝罪もそこそこに、溢れた感謝の意がオレの口を突く。
防衛部隊としてメキメキと心身の上昇を見る
同時に覚醒の引き金となったのが彼ら……武術部部員と言う、
今までは古い
その点こそが、
「ちょっと、クオン!もう作戦指揮権は返納してもいいかしら!?」
そうこうしている内に視界へ移るアシュリーと
すでにこちらへのラストネーム呼称も違和感が無い大尉が、重責を返納したげに言葉を投げた。
「ああ……現時点を以って現場指揮をオレへと戻す。アシュリーもお疲れ——そしてやったな。」
「……ええ、そうね。やってしまったわね。——っとその、クオン……いろいろとありがとねっ!」
「ふっ……どうしたんだ?アシュリー。君のラブコメ相手はまだ宇宙で戦って——」
「ばっ……!?こっちがありがとうって言ってんだから、ちゃんと聞きやがれっ!!」
「分かったよ。けれどその語尾……気を付けないと——」
「へっ……?あ……——」
多くの民の命と故郷を救うと言う偉業は、彼女にとって前へ向く素晴らしきカンフル剤となるだろう。
そこへ振った臨時指揮官と言う大役を
が……そのノリが些かあの斎と見せるラブコメノリであったが故、あえて弄る方に振ってみれば——予想通りの反応で彼女は慌てふためいた。
しかし同時……完全に視界に映る学生を忘却して男に戻ったアシュリー。
——まるで男の様な——実際は、少年からそろそろ男性となってもおかしくは無い年齢な彼女の覇気で……仰天した
と言う事で、少々のフォローも止む無しと判断したのだが——
「アシュリー……男勝りも大概にしなければ、言い寄る数多の男も二の足を踏むぞ?」
「ぬぁっ!?なんであんたにそんな事……そもそも斎以外にそんな奴——」
……そう——フォローしたつもりが、彼女自ら別のベクトルへ向けた地雷を踏んでしまったのだ。
「えっ!?アシュリーさん……
「うおおおおっ!?
「ばっ!?違う……いや違わな——って、何言わせんじゃーーっ!?」
「ぐふぅーーっ!?何で……俺っ!?」
最早慌て過ぎた彼女がラブコメ相手不在であったため、あろう事かそのライバル少年へとブローを見舞う始末。
斎に負けず劣らずラブコメスイッチ発動条件が緩かった彼女には、乾いた汗しか浮かばなかった。
「……随分と賑やかな方ですね、彼女。」
「これは
主役の少年少女を立てんとしたのか、今の今まで任務で活躍した競技車両へ引っ込む様に待機していた男性——
が、さしもの彼もこのドタバタラブコメには苦笑しか浮かんでいないが——
彼の挙げた協力の手も、作戦に必要な決め手であったと……すでに溢れる謝意を送る。
謝意に答える様な
だがそれでも……憂う今を超えんが為の切なる約束を告げて来る。
「この度は最早祭典どころではない状況……ですがいつか——いつかサイガ大尉とこの宇宙で、再び競演を願いたい所です。」
「ええ……委細承知しました。またこの宇宙で——」
オレ自身も
少なくともアシュリーの意思は、出会った時点で前を向いていた。
前を向くならば、
けれど——
オレは覚醒し……想いと意思が前へと突き進む中で——
そのエネルギーが、真逆のベクトルに働く事を想定していなかった。
真逆に受け取ってしまう者がいる事を……想定していなかったんだ。
覚醒者の
反意を捨て、更正をと望む家族でもある女性……そして——
オレの知らぬ血塗られた過去に身を蝕まれる——共に
彼女達にとって、オレが今放つ生命力に溢れた宇宙との繋がりは——最早憎悪を抱いてもおかしくは無い、忌むべき対象でしかなかったんだ。
「……ん?通信か——」
響いた携帯端末はすでに映像回線復旧もなり——だがそれが……オレの慢心を突く様に絶望を叩き付けて来た。
映像回線の送り先は月読指令。
だがいつも旗艦ブリッジ中央で、凛々しく立つ彼の姿を想像したオレを衝撃が襲う。
——視界に映るのは……物陰でその背を壁に預けた指令の姿。
その手にあるのは……暴動鎮圧用の
「……指令っ!?いったい何が——」
『よく聞けクオン!先ほどコル・ブラント艦内にて彼女が——
「な……んっ!?」
オレはその事態を回避すべく、あらゆる策を用いて彼女を再び家族の輪へと戻す——そう動いていたはずだ。
けれど突き付けられた現実は余りにも残酷であり——同時にオレが受けた任務上での、決定的ミスへと変化し思考に刻まれる。
内通者を放置した挙句、その者にソシャールを奪われた疑いを残し——さらに今、その者が反旗を翻した。
オレの想いが伝わる事なく、真逆の事態へと突き進んだのだ。
『これよりクロノセイバーは、彼女——
「っ……くそっ!!」
軍極秘艦内不法侵入者。
それは月読指令がオレの想いのために用意した、臨時措置である事は明白だ。
指令は
詰まる所……指令でさえ、彼女の気変わりへ一抹の希望を抱いている。
故に最後まで説得を試みる算段と察したオレは、アシュリーへイクス・トリムの事後対応と学園生徒への配慮を一任するために動く。
正直オレが間に合うかも怪しい状況。
それでも――彼女へ家族として更正して貰いたいと願ったのは他でもない、オレ自身なんだ。
ただ家族が――再び我らが部隊へと戻る希望に賭ける様に……――
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