第112話 届かぬ想い



 イクス・トリムがエウロパ衛星軌道へ戻るか否か。

 大役を果たした民間少年少女が、各々を監督したオレとアシュリーに付き添われ――警戒は怠らぬままに再度サーキット場へと戻っていた。


 いつき赤き霊機Α・フレームで史上稀に見る奇跡を成し遂げんとする中、響いた通信先ではあのクリュッフェル大尉殿が――クラッキング衛星の全機破壊を報告して来た。

 程なくイクス・トリム内の前施設のクラッキングによる影響が消滅。

 エリート隊のディン中尉によるサイバー攻撃への防壁展開により、施設の対ウイルス系防御も緊急対策が講じられ事なきを得るに至る。


佐城さじょう君……この様な事態に君達民間人を巻き込む事となり——現場を統括する者として謝罪させて貰う。済まなかった。」


「いえいえいえ!?俺の方こそ、いつきが防衛部隊に所属してるからってその……軍の人相手に礼節とか全く無視で——」


 アシュリーとの合流を前に、恐らく民間人としては最も危険な立ち位置で奮闘を見せたいつきのライバル少年へ——内通者の件が頭を過ぎり、申し訳が立たぬ心情で謝罪を送る。

 その言葉へ謙遜を見せた佐城さじょう君も、礼節が不足したと自虐——直後、今更ながらであったと互いに苦笑が漏れ出す。


「だが……この度の協力は我ら軍部にとっても心強き力となったよ。感謝する。」


 そして謝罪もそこそこに、溢れた感謝の意がオレの口を突く。

 防衛部隊としてメキメキと心身の上昇を見るいつきが、まさかの覚醒に至る事実……すでに重なりし者フォース・レイアーとなったオレは、宇宙そらを揺るがす霊力震イスタール・ヴィブレードの胎動で嫌が応にも悟る事となり——

 同時に……武術部部員と言う、いつきの友人らであるのを同調した霊力震それにて知り得ていた。


 重なりし者フォース・レイアーはその霊力震イスタール・ヴィブレードが伝わる次元位置の関係上、極めて精神——あるいはそれを超えた魂の面で同調する共鳴現象を発現する。

 今までは古い宇宙そらの文献で得た情報……それも眉唾ものと捉えていた事象——自身もそれを己が身で体験するとは思っても見なかった所だが。


 その点こそが、いつきの友人である彼——彼らへと贈りたかった賛美に他ならなかった。


「ちょっと、クオン!もう作戦指揮権は返納してもいいかしら!?」


 そうこうしている内に視界へ移るアシュリーといつきの後輩……浅川のご令嬢が歩み寄る。

 すでにこちらへのラストネーム呼称も違和感が無い大尉が、重責を返納したげに言葉を投げた。


「ああ……現時点を以って現場指揮をオレへと戻す。アシュリーもお疲れ——そして。」


「……ええ、そうね。。——っとその、クオン……いろいろとありがとねっ!」


「ふっ……どうしたんだ?アシュリー。——」


「ばっ……!?こっちがありがとうって言ってんだから、ちゃんと聞きやがれっ!!」


「分かったよ。けれどその語尾……気を付けないと——」


「へっ……?あ……——」


 多くの民の命と故郷を救うと言う偉業は、彼女にとって前へ向く素晴らしきカンフル剤となるだろう。

 そこへ振った臨時指揮官と言う大役をこなして見せたアシュリー——オレの意図をしかと読み切ってのものだろう……謝意をあらわとしてきた。

 が……そのノリが些かであったが故、あえて弄る方に振ってみれば——予想通りの反応で彼女は慌てふためいた。


 しかし同時……完全に視界に映る学生を忘却して男に戻ったアシュリー。

 ——まるで男の様な——実際は、少年からそろそろ男性となってもおかしくは無い年齢な彼女の覇気で……仰天した佐城さじょう君に浅川あさかわ令嬢が共に目を見開いている。


 と言う事で、少々のフォローも止む無しと判断したのだが——


「アシュリー……男勝りも大概にしなければ、言い寄る数多の男も二の足を踏むぞ?」


「ぬぁっ!?なんであんたにそんな事……——」


 ……そう——フォローしたつもりが、彼女自ら別のベクトルへ向けた地雷を踏んでしまったのだ。


「えっ!?アシュリーさん……いつき先輩のこと——」


「うおおおおっ!?いつきめ、許せんぞーーっ!こんな美人さんに好かれるなんて、後であいつ懲らしめてやるっっ!!」


「ばっ!?違う……いや違わな——って、何言わせんじゃーーっ!?」


「ぐふぅーーっ!?何で……俺っ!?」


 最早慌て過ぎた彼女がラブコメ相手不在であったため、あろう事かそのライバル少年へとブローを見舞う始末。

 、乾いた汗しか浮かばなかった。


「……随分と賑やかな方ですね、彼女。」


「これは葛葉くずのは選手、今回はご協力感謝します。まあ見ての通りですが——」


 主役の少年少女を立てんとしたのか、今の今まで任務で活躍した競技車両へ引っ込む様に待機していた男性——煉也れんや選手が遅れて足を運ぶ。

 が、さしもの彼もこのドタバタラブコメには苦笑しか浮かんでいないが——

 彼の挙げた協力の手も、作戦に必要な決め手であったと……すでに溢れる謝意を送る。


 謝意に答える様な煉也れんや選手——

 祭典ドリフトレースと同時に訪れた異常事態の無事回避を見た現在……複雑な面持ちを浮かべていた。

 だがそれでも……憂う今を超えんが為の切なる約束を告げて来る。


「この度は最早祭典どころではない状況……ですがいつか——いつかサイガ大尉とこの宇宙で、再び競演を願いたい所です。」


「ええ……委細承知しました。またこの宇宙で——」


 オレ自身も宇宙人そらびとの歴史史上、類を見ない一大作戦成功に……僅かな慢心も存在していたのだろう——さらには眼前で踊るラブコメ空間が、その慢心を助長していたなどとは言い訳にもならない。


 少なくともアシュリーの意思は、出会った時点で前を向いていた。

 前を向くならば、重なりし者フォース・レイアーの力がさらに前へと進む引き金になる事はオレ自身も理解している。


 けれど——

 オレは覚醒し……想いと意思が前へと突き進む中で——

 そのエネルギーが、想定していなかった。

 ……想定していなかったんだ。


 覚醒者のまばゆき生命力——それは、嫉妬とも言える激情となって心を浸蝕する事を。

 反意を捨て、更正をと望む家族でもある女性……そして——

 オレの知らぬ血塗られた過去に身を蝕まれる——共に宇宙そらへと上がろうと誓った、蒼きパートナーの少女。


 彼女達にとって、オレが今放つ生命力に溢れた宇宙との繋がりは——最早憎悪を抱いてもおかしくは無い、忌むべき対象でしかなかったんだ。


「……ん?通信か——」


 響いた携帯端末はすでに映像回線復旧もなり——だがそれが……オレの慢心を突く様に絶望を叩き付けて来た。


 映像回線の送り先は月読指令。

 だがいつも旗艦ブリッジ中央で、凛々しく立つ彼の姿を想像したオレを衝撃が襲う。

 ——視界に映るのは……物陰でその背を壁に預けた指令の姿。

 その手にあるのは……暴動鎮圧用の電磁拘束小銃テーザーガン——


「……指令っ!?いったい何が——」


『よく聞けクオン!先ほどコル・ブラント艦内にて彼女が——宇津原うづはら少尉が反意を宣言した!』


「な……んっ!?」


 オレはその事態を回避すべく、あらゆる策を用いて彼女を再び家族の輪へと戻す——そう動いていたはずだ。

 けれど突き付けられた現実は余りにも残酷であり——同時にオレが受けた任務上での、決定的ミスへと変化し思考に刻まれる。


 内通者を放置した挙句、その者にソシャールを奪われた疑いを残し——さらに今、その者が反旗を翻した。


 


『これよりクロノセイバーは、彼女——宇津原うづはら シノを、軍極秘艦内不法侵入者として拘束する!』


「っ……くそっ!!」


 軍極秘艦内不法侵入者。

 それは月読指令がオレの想いのために用意した、臨時措置である事は明白だ。

 指令は漆黒の部隊ザガー・カルツ内通者と言う言葉を避けて……その対応を選んだ。


 詰まる所……指令でさえ、彼女の気変わりへ一抹の希望を抱いている。

 故に最後まで説得を試みる算段と察したオレは、アシュリーへイクス・トリムの事後対応と学園生徒への配慮を一任するために動く。


 正直オレが間に合うかも怪しい状況。

 それでも――彼女へ家族として更正して貰いたいと願ったのは他でもない、オレ自身なんだ。


 きびすを返す様に行きに使用したシャトルへと戻る。

 いつきを呼び……少しでも帰るその足を早めんとし、勇敢なる激闘を繰り広げた赤き巨人へもうひとふんばりを心から依頼し――コル・ブラントへと飛ぶ様に帰還した



 ただ家族が――再び我らが部隊へと戻る希望に賭ける様に……――

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