第111話 漆黒よりの内通者



 その日宇宙人の楽園アル・カンデで生を営む民達は、間近で起きたる奇跡を目の当たりにする。

 祭典の地イクス・トリムの緊急事態発生から程なく……あらゆるメディアがその絶対絶命を報道せんとした。

 しかし幸か不幸か、祭典の地イクス・トリムがまさに危機的状況である瞬間を映像として収められたメディアなど存在しなかったのだ。


 それもそのはず――かの救いし者部隊クロノセイバーをして、その様な事態への緊急救済作戦を音声通信のみで試みたのだ。

 あのバーチャルC・tuberコズミック・チューバーを謳うユミークル姫により、祭典の地イクス・トリムはおろか該当宙域全ての映像を押さえられていた実情を鑑みれば……その活躍はもはや軌跡である。


 そして奇しくも、奪われた映像が回復を見た直後……楽園中で不測の事態全容を把握せんと動いていた各種メディアは――

 火山衛星イオ軌道危険ライン上――理論上そこまで落ちれば再浮上など絶望的とまで言われたソシャールと言う巨大建造物が、赤き恒星の如き一機のフレームにより押し戻されると言う奇跡の映像を収める事となったのだ。


『みなさん、ご覧下さい!この様な事があるのでしょうか!……我ら宇宙人そらびとは未だかつて、木星の超重力圏へと落ちた構造物を救う事など無謀――そもそもそれは、現実的に不可能であったはずです!ですがこれは――』


『この映像は紛れもなく真実です!楽園を守護せし防衛軍総本部より、映し出された映像は今起きている現実であると……立った今、正式な発表を見ました!』


 社会的に見ても、イクス・トリムと言う一つのソシャールが重力圏へ落下すると言う大惨事は歴史的な事件に相当し――軍総本部は、速やかに実情を明かすようにと関係各所へ通達していた。

 無論その采配はあの優男の総大将フキアヘズ閣下の意向である。


「映像が届いた時はまさかと思いましたが――なんとも信じ難い光景です。あの内通者の件が絡むこの惨状を救う奇跡を体現したのが――」


アル・カンデこの地の危機に颯爽と現われ、救済の手がかりを作り出した……あの格闘少年――紅円寺こうえんじ少尉。そして――」


 C・T・O軍部オペレーター室で、奇跡の光景を細めた双眸で見やる現本部指令 天城あまぎ大佐は語る。

 室内大モニター先で、同じ光景にその目を焦がす優男の総大将フキアヘズに向けて――


「彼がよもやこれ程早く種の覚醒へと駆け上がるなど……やはり霊装機セロ・フレームと言う存在は、我らの知らぬ未知なる可能性を未だ多く秘めていると言う事なのでしょうね。」


『それもあるだろう——だがこの宙域を包む霊量子イスタール・クオンタムの総量……データ観測上から推移するに、これは宇宙人そらびとの秘めたる可能性と言っても過言ではあるまい。』


 本部指令が向けた言葉。

 総本部指令室でも同様に観測される霊量子イスタール・クオンタム……言わば命が生命活動を行う際に発すると言われる生体振動波――データに示されるその値が、個人から発せられる総量を遥かに凌駕していたのだ。

 総本部と違わぬデータを視認し……それが紛う事なきあの祭典の地イクス・トリムにいる者たち全てを束ねた値と察する本部指令天城――優男の総大将の意に同意と首肯を返す。

 眼前で起きたる奇跡を一望しつつ、本部指令は事の収束のための指示を解き放つ。


「各員……奇跡を堪能したい所だが、事が事だ!事後処理は相当の物と覚悟し、対処に当たれ!言わずもがなだが……避難シェルターにいる民は、現時刻を以ってとして扱い——」


「彼らをコル・ブラントから引き継いだ後、アル・カンデにて保護する!本部救急救命隊を向かわせ、そちらへのケアも決して怠るな!一同……かかれ!」


「「「了解!」」」


 赤き炎陽の巨人は

 その旗が一万に登る民を救済した救助劇は、その後の対応次第で軍部の真価すら測られる稀に見る規模——先に学園生徒と理事長を襲った宇宙災害コズミック・ハザード……そこでの同じてつを踏む訳には行かぬと本部指令 天城あまぎが奮起する。


 宇宙人の楽園アル・カンデ内で、被災民となった民受け入れへ尽力する楽園防衛軍本部と剣を模した旗艦コル・ブラント

 だが——


 部隊内でナリを潜めていた不穏が遂に解き放たれる。

 それは——であった。



》》》》



「本部より通達——イクス・トリム避難民は、現時刻を持って宇宙災害コズミック・ハザード被災民とし……アル・カンデにて受け入れを開始するとの事です!現在アル・カンデではその受け入れのために、各種機関を無償解放——同時に本部救急救命隊及び医療班が、民の心身ケアに移ると——」


「……そうか、了解した。天城あまぎ……先の失態を見せぬ様上手くやっている様だな。では我らは、イクス・トリムのエウロパ衛星軌道回復が確実な完了を見るまで現状待機!なお——キルス隊は軌道共鳴警報解除に伴い、速やかに各方面警備に当たれ!」


 訪れたる奇跡の救出劇も、両手を上げて喜べぬ救いし者部隊クロノセイバー——早急なる祭典の地イクス・トリムの早期生活常用稼働を目指して動き出す。

 最早奇跡の余韻か、多くの民のために自分達が成した偉業に対する感慨深かさを噛みしめるブリッジクルー——


 直後——浸る余韻が吹き飛ぶ一触即発が、彼らを襲う事になった。


「はぁ~~つっかれた~~!ソシャールを救うなんてマジありえないわ——指令、そろそろ私達もおいとまを貰いたい所なんですけど——」


 待ちかねた様に伸びをして、大袈裟に言葉を放つのは——戦略兵装データ観測担当 宇津原うづはら シノ少尉だ。


 旗艦指令月読の指示を待つのも億劫おっくうとばかりに立ち上がった少尉だが……そこに宿ったを見逃さぬ者が——

 彼女の背後から鋭き眼光で銃を向ける。


「何処へ行こうと言うんだ、少尉。まだ指令の許可は下りてはいないぞ?」


 オタク少尉の行動は、ブリッジクルーもあらかた予想していたであろう——しかし、


「ちょっと……あなた一体何をして——何をしてるのか分かっているの!?」


「はっ……えっ!?ロイックはん……なんや——なんで銃や持ってはるの!?」


「あんた、何バカなことを——」


 突如として降って湧いた異常な事態——それも旗艦ブリッジ内での奇行。

 混乱を来したクルーが口々に、銃をかざした男——操舵士であるロイック・フリーマン軍曹へと非難を上げた。


 しかしさらに混乱を来す言葉が——今まで包み隠されていた殺気と共に……オタク少女と言われた少尉から放たれた。


「……なんだ、そう言う事かよ。どうりであたしの行動が筒抜けだった訳だ。同じ穴のムジナ——いや?もっと上か?」


「まあ、もうどうでもいい……すでにあんた達には用はないから。」


「な……シノさんまで!?あなた、が……まさか――」


 語る言葉はオタク少女と言われた影など、形もない程に殺意に塗れ……眼光は遠く心酔する者しか映らぬ凍てつく狂信的な光。

 振り向いたその双眸——シノに声を掛けんとしたトレーシーを含めたクルーの、突き殺される様な悪寒に包まれた。


「ロイック・フリーマン軍曹!これより貴官を本来の任へ特別に回帰させる!――彼女の……軍極秘艦内不法侵入者への対応を任せる!頼むぞ、ロイック・フリーマン・!」


「……へっ!?ロイックはんが少佐って――ハイデンベルグ??」


「不法侵入者か――了解……これより、C・T・O軍部として行動します。と言う訳だ少尉――」


「その後ろ手に隠した銃を投棄して頂こうか?」


「特務諜報部……!?クソっ――これじゃミイラ取りがミイラじゃないかよ!?けど、だからと言って捕まってやる訳には……いかないっ!!」


 旗艦指令月読はオタク少女の変貌ぶりへ動じる事無く、それへの緊急対応――最初から想定した様に、を本来の職務へと復職させる。

 ロイック・フリーマン・ハイデンベルグ少佐――殉職の方向で行方を眩ました様な扱いであった彼は……この様な事態に対する備えの切り札として、この艦へ乗艦していた。

 そしてハイデンベルグと言う名は、当時の彼に与えられたコードネームに相当するのだ。


 盲点であった操舵士の男――その明かされた正体に戦慄した内通者の少女は歯噛みし……しかしすでに、あらかたの事態を自分優位に作り変えた現状から策を思考――

 銃を取った反対の手で、筒状の機械部品をブリッジ床へと叩き付けた。


「くっ……!?」


 弾けたのは閃光。

 視界を奪う程度の閃光がブリッジをまばゆく照らし、それが床面で音を立てて二三跳ねると同時……内通者の少女は準備していた視覚防護ゴーグルを装着――そのまま逃走を図る。

 咄嗟に視界を守る諜報部少佐は、辛くもその足取りを視線で追っていた。


「ハイデンベルグ少佐!追えっ!」


 閃光も収まらぬうちに指令から放たれる指示へ、速やかに反応した少佐がブリッジを飛び出し――


「こちら月読つくよみだ!全艦に告ぐ――これより艦内全ての非常用外部アクセスゲートをロックせよ!大至急だっ!」


 奇跡直後の想定外な緊急指令が艦内を駆け巡った。


 ただ逃がさぬと言う訳ではない。

 そこには以前、蒼き英雄が内通者へ掛けた情けが関係しているのは明白。

 せめてその少女を家族としてやり直させたい……ただその想いだ。


 それが例え少女の裏切りの意向へ、揺さぶりを与えられなかったとしても――

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