第110話 赤き奇跡を憎悪して



 祭典の地イクス・トリム防衛に当たり――

 剣を模した旗艦コル・ブラント周辺で、今尚曳航中の避難シェルター護衛に当たるキルス隊とラグレア隊。

 その中にあって今、眼前で起きたるはずの奇跡を感覚で察しつつ――後詰の対応へと回る。

 祭典の地イクス・トリムを包んでいたクラッキングによる映像回線ジャックは、旗艦はおろか……その宙域にあるすべての関係映像機器を、無用の長物へと陥れていたためだ。


 この様な事態にこそ力を発揮する、電子戦担当である中華系中尉ディン

 思考を突如襲う感覚に驚愕を覚えつつも、成すべき事へ尽力——そしてその成果を見せ付けた。


『隊長っ、スキャニング結果出ました!どうやらあのクラッキングは、内部ではなく外部……これらのクラッキング衛星によるものと推定――』


『よって、これらの破壊にて……イクス・トリム側の全システム及び、宙域の映像回線復旧が見込めるかと!』


 電子戦に於いて、静かなる戦闘とも言えるサイバー攻撃への反撃。

 中華系中尉は己のシグムント=イプシロン・電子戦専用装備サイバーブラストを駆使し、クラッキングへのサイバー攻撃を行っていた。

 同時に算出された結果……突き止められた発生元がデータ上で複数検知される。

 すぐさま中華系中尉は電子戦用防壁を展開しつつ、隊長機へ詳細データを転送した。


「なるほど、これは事前に仕込んだ仕掛け――脅威としては低いサイバー攻撃。だがそれでも……多くの命が危機に晒された。」


 機体コックピット内では、超常の奇跡を起こさんと奮闘する若き精鋭の声のみが響き――それを聞く事しか出来ぬ歯がゆさに、眉根を顰めていた鉄火面の部隊長クリュッフェル

 しかし同部隊の中尉が転送して来たデータで、光明見つけたりと双眸を見開いた。


「ふっ……あの若造め。貴君らも感じたであろう……まさかあの蒼き英雄へ、これ程の速度で追い縋るとは——」


 口にしたのは格闘少年が今しがた放った、宇宙そらを震撼させる波動への物。

 宇宙人そらびとは元来、〈重なりし者フォース・レイアー〉に最も近しき覚醒者サイ・センシニティで構成された種族。

 全てではなくとも、宇宙そらを揺るがす胎動を察する事が叶う。

 奇跡の胎動は、宙域及び避難シェルター防衛にあたる者達全てへと届いていたのだ。


 故に鉄仮面の部隊長はらしからぬしたり顔で、長年共に歩んだ部隊員へと放つ。

 映像無き回線越しに伝わる言葉へ、当然二人のエリートも首肯した。


『どうにも——我らはあの者達にお株を奪われっぱなしでさぁね、隊長。』


『ですが……このクラッキングの正体さえ掴めれば——後は我らにも出番があるのでは?』


 部隊長へ届く音声回線には、隊長殿に負けず劣らずのしたり顔から出たる意思。

 やはりそこは、エリート部隊の名を欲しいままにした選りすぐり——最早眼前の格闘少年の目覚ましき活躍に、


 赤き勇者の覚醒は……防衛軍きってのエリートにさえ、熱き魂のたかぶりを呼び起こしていたのだ。


「無論だ!これより我らは、確認されたクラッキング衛星の全機破壊へ向かう!が……いかなこのイプシロンフレームとて、油断すれば木星超重力圏の餌食——」


『隊長!及ばせながら、我らの現機体——多少の無理も押し通す事が可能かと!』


『でさぁね!機体の推進力をいたずらに落とせば、潮汐力から木星重力捕縛のタブルコンボですが……常時機体出力80%を維持できりゃぁ——』


 すでにたかぶりが二人のエリート隊員すら煽り立て——

 音声通信先の隊員への説明も不要と、鉄仮面の部隊長が吠えた。


『出きるはずだ……伊達や酔狂でこの機体を与えられた我らではない!各機——機体出力80%を保ったままの一撃離脱にて、全ての衛星を各個撃破せよ!ラグレア隊……こちらは任せたぞっ!』


 鉄仮面の部隊長が放つ指示は、音声回線越しにおネェ中尉カノエニューハーフ少尉エリュトロンへも伝達され——


『ええ、心得てるわ。どの道こちらのT・Aテスラ・アサルト11イレブンじゃ、未だ潮汐力影響下の宙域では手も足もでないからね~~。お任せよ~~。』


『あら~~確かに落ちるだけよね~~。ならばお任せよね~~。』


 肩をすくめる仕草が微妙ににシンクロする女性を目指す者達ラグレア隊

 了承を確認したエリート部隊が、お株挽回と言わんばかりに新型機体——雷霆シグムントの名を冠する取って置きの得物へと火を入れた。


「各機散開!視界が奪われようと、可能とされる波長のデータを追えば宇宙そらを見るなど容易い事——遠慮は要らん……暴れてやれっっ!!」


 隊長が叫ぶが早いか、三機の生み出す気炎が宙域を染め上げた。

 視界が無い状況など物ともせぬエリート部隊は、紛う事なくエリートであった。

 程なくデータ座標上にて確認されたクラッキング衛星が、次々と爆轟と共に宇宙そらの藻屑と消え去り——


 ようやく訪れたる事態の全貌が……剣を模した旗艦コル・ブラントへと余す事なく伝達される事となる。



》》》》



 キルス隊とラグレア隊。

 両部隊で感じ取られた超新星の如き胎動は、当然剣を模した旗艦コル・ブラントへも届き——音声通信に頼らざるを得ない作戦状況の中……旗艦指令の冷静さをも揺さ振っていた。


「……今のは——まさかあれは紅円寺こうえんじ少尉の!?しかしそんなはずは——」


 旗艦ブリッジは全面型光学映像による視界を持ち——しかし現在……宙域全体の量子波クオンタム・ウエーブがジャックされた事で、全面視界含むあらゆる外部モニターへあのユミークル姫の映像が映し出されている。


 この様な無謀な作戦を、音声回線のみで遂行する時点で正気の沙汰では無い所……突如襲った胎動は想定外以外の何物でもなかった。


 だが直後——感じたる胎動がまさしく奇跡の前兆である報告が、ブリッジ内を騒然とさせる。


「指令……現在、データ上でイクス・トリム現在位置を確認した所——軌道が……イクス・トリム軌道が、徐々に回復を見せています!」


「……っ!?確かかっ!だが音声回線だけでは状況把握も——」


 データ観測状況を驚愕のまま伝える小麦色肌の曹長グレーノン

 が、事態が事態だけに希望的観測では事を図れず……旗艦指令月読も詳細把握出来ぬ現状に眉根を歪めた。

 そこへさらに事態好転の通信が、直前にクラッキング衛星破壊へ飛んだ鉄仮面の部隊長よりもたらされる。


『こちらバンハーロー!先ほどクラッキング発信元となる衛星を多数確認!その後全機破壊した所——』


『各所通信施設へのウイルス等影響は軽微であるが……念のため電子戦用防壁ブレイズウォールを展開——程なくこの宙域の全体の映像回線復旧を終える!』


「そうか、大尉……よくやった!艦内通信系統を再チェック後、映像回線を開け!」


「了解!艦内通信系統チェックに移ります!各種ウイルスは確認出来ず……映像回線——回復します!」


 飛ぶエリート部隊よりの通信が状況を一変させる。

 無謀とも言えた救済作戦——実質最低限避難民の救助を成し得た現在……従来の思考であれば作戦完遂と旗艦指令も判断したであろう。

 しかし今作戦には、を回避する重要点……彼らの故郷を救済する点が含まれる。

 ——民の安寧なる日々を守り抜いてこその防衛軍であると、旗艦指令も覚悟を決めていた。


 まさにその真価を問われる一大作戦——

 回復するモニターに映し出されたのは……防衛軍たる真価を——この楽園の地アル・カンデ宙域はおろか、太陽系全土へと知らしめる奇跡の偉業であった。


「……指令、これは——こんな事が……!?」


「嘘や……こんなん今まで見た事もあらへん!?」


「ソシャールが……木星圏重力を――」


「イクス・トリムが——ソシャールがたった一機の霊装機セロ・フレームの手によって、木星超重力圏からの離脱を見るなんて!?こんな――これは奇跡とでも言うのですか!?指令!」


 ブリッジにて戦うオペレーター陣が——口々に声を上げる。

 回復した映像を席巻する奇跡の瞬間を。

 宇宙人そらびと史上……恐らくそれは初めての超常を超える偉業。


「ふっ……よく見るが良い。あれは紛う事なく、紅円寺こうえんじ少尉と神倶羅かぐら大尉が搭乗せしΑアルファ・フレーム。我らクロノセイバーが誇る——」


 驚愕と羨望の中……しかとその名は刻まれた。

 この宇宙人そらびとの歴史の新たなる時代の始まりとして——


「炎陽の勇者……アーデルハイド G‐3。いや……敢えてこの名を贈ろう——アーデルハイド と!!」


 超常の奇跡を起こした巨人はライジングサンと呼称され——

 一時は、軌道回復が不可能とも言える地点まで落下しかけた祭典の地イクス・トリムを……水の衛星エウロパ軌道上までへ、舞い上がる様に導いた。


 しかしそれは、——



》》》》



 炎陽が宙域を激しく焼き焦がす。

 私はそれを歯噛みしながら睨め付けた。

 すでに隊長へと送るはずの戦力分析情報は、遅延に遅延を重ね—— 十分な仕事を熟したとは言えぬ惨状。


 けれど隊長は想定外であろうと、全てのイレギュラーなど許容した様に事を成す。

 私の失態でさえ、想定の範囲内での出来事でしかないんだ。

 それでもあの革命者は私を必要としてくれる。

 だからこそ……戻らせて貰うとしよう——このを利用して。


 そんな思考を見計らった様な信号が、今なお奇跡を演出し続ける宙空モニター端——深淵の宇宙から僅かに煌めいたのを確認した私は——


 歓喜に打ち震えるブリッジクルーを他所に……操作パネル下の実弾銃を手に取った。

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