第108話 命の襷は蒼き英雄から、炎陽の勇者へ!



『次っ!ストレートミドルからターンミドルレフト、同じくライト!……そのまま次は――』


 初めてのナビゲートとしては上々の声が、通信端末から響き渡る。

 相棒の爆音の中にあって突き抜ける様に耳へ届く彼女の声色は、素の所がやはり男性の声であるとも言えた。

 幸いにもそれが聞き易いナビゲート音声に変貌したのは、僥倖とも言える。


 さらにはソシャール内部地下部――そのほぼ全域がアスファルトに近い材質の路面であったのも運が良かった。

 相棒の持つマシントルクは機械質の路面であれば、滑るばかりでまともに走行も出来ぬ所――そもそも車両運用すら考慮されない凹凸だらけの場所では、車両など何の役にも立たないのだから。


「ぎいいいいやああああぁぁーーー!!?」


 そしてアシュリーの指示に合わせ、右に左にマシンを振りながら滑走するオレの横——助手席でタイヤスキール音と聞き違える様な、佐城君の絶叫が木霊する。

 正直このクラスのマシンが繰り出す走行速度は、霊装機には遠く及ばずとも……一般人には紛う事なき狂気の沙汰のスピードだ。


 それに意識を持って行かれぬだけでも、よく耐えている方とも言える。


『次は、ストレートロング直後にレフトターンタイト!長い下りでスピードが乗るわよ……気を付けて、クオン!』


「いい指示だっ、任せろ!」


「ま、まだスピードに乗るって……まじスカーーーーーっっ!!?」


『ちょっと隣、黙りなさいっ!指示が送れないでしょうがっ!?』


 だが、その絶叫が些かアシュリーの指示へ被るには嘆息が溢れる所だ。

 それでも一刻の猶予も無い状況で速度を緩める訳にも行かず——佐城君への残酷宣言を贈呈して置く。


「次のストレート以降……時間短縮のため、ナイトラス・オキサイド常時噴射で行く!叫んでると舌を噛むぞっ!!」


 ナイトラス・オキサイド・チャージ・システム——

 宇宙そらでの通称N・T・Cは、亜酸化窒素をエンジン内部へ強制噴射し……酸素の燃焼効率を瞬間的に上昇させると同時――発生する気化熱による燃焼室内強制冷却を誘発させる

 そうして生まれた高酸素濃度の混合気による、瞬時の爆発的なエネルギーを生むドーピングシステムだ。

 地球発祥のドリフトレースではハイパワー化が進む中で、一時はムーブメントとなったブーストシステム——

 祭典レギュレーションの関係上備えるも使用には至らなかった故、この様な緊急時……奮発するには絶好の機会だ。


 ミドルの右コーナーを抜けると同時、ステアリングに備えたスイッチを押せば……噴射されたN・T・Cシステムが、4ローター各内部燃焼室を強制冷却。

 上昇する酸素濃度による爆発的な燃焼が余りあるパワーとなって、後輪へ過剰なまでのホイールスピンを誘発させ——


「うっぎ……ぎゃああああっーーーーー………——」


 隣から聞こえる、少年の絶叫すらも置き去りにするパワーで相棒が猛加速。

 ——イクス・トリム落下危険ラインまで……後僅かとなるその時を駆け抜けた。



》》》》



 祭典の地イクス・トリムの軌道は、すでに予断の許されぬ地点へ到達する。

 水の衛星エウロパから火山衛星イオまでの距離は、地球から月までと大差なき距離……推進力を失った物体が火山衛星イオ軌道付近へ落ちるのはさほど時間を要さぬ所——

 そしてその軌道付近まで近付けば、火山衛星イオの潮汐力にされるがまま——それこそ軌道回復が絶望的な状況となり得る。


 そんな中で起死回生となる施設起動のため、かなめの少年移送をと祭典の地イクス・トリム特殊通路内を爆走する蒼き英雄のマシン。


 同時に中央管制制御室では、勇ましき令嬢ゆずが制御隔壁の残電力を見極めつつ……英雄の走行経路に合わせた隔壁解放を行い——さらにそれを男の娘大尉アシュリーが、走行中の英雄へ的確に伝達を行う……それこそラリーレースさながらで神業の様な連携を繰り広げていた。


 だが……アクシデントはいかな事態にも付き物であり——


「……ダメです、アシュリーさん!この次のゲートが、電力不足で解放出来ませんっ!!」


「なっ……!?クオンっ、ストップ!!」


 まさに蒼き英雄クオンが次に駆け抜けるはずのゲートが、半開きで機能停止に追い込まれる。

 非常動力のままでの度重なるゲート解放で、余剰電力が一時的に底をつき……車両通行出来ぬほどで完全停止していたのだ。


 管制制御室へ響く音声へ、今まで英雄が繰り出したドリフト走行時に発するスキール音——それを明らかに超えたタイヤの悲鳴が木霊し……が制御室の大尉らの背筋を凍らせる。


「クオンっ、大丈夫なの!?返事してっ、クオン——」


『大丈夫だ、アシュリー!ギリギリだったが……旋回スピン回避してテールをやった程度——まだ走れる!』


 寸での指示が功を奏し、英雄の見事なドライビングテクニックも相まって——背筋を凍らせるも冷や汗にとどまる制御室の二人。

 続いて勇ましき令嬢が、緊急の措置を講じんと男の娘大尉へ許可を請う。


「アシュリーさん、各ゲートの解放レベルをギリギリまで抑えます!サイガさんの車両上限プラス40mm程度——行けますかっ!?」


「ゲートを丸々開け放つよりも電力消費は抑えられるわね……。いいわ——という事でクオン、その車両の全高は分かるかしら!?」


『全高はリア大型ウイング上で、約1240mmとしてくれ!』


「そこへプラス40mm……了解したわ!ゆず……ゲート解放上限を1280mmに設定——同時に、ソシャール内に於ける生命維持に必要な設備以外の余剰電力をゲート解放に回して!」


 吹き出た冷や汗を脱ぎ払い、伝達された英雄の車両全高と余剰電力にてまかなえるギリギリの上限を見極め——男の娘大尉が指示を下す。

 無事さえ確認できればと速かなる行動を継続する大尉へ、「了解です!」と首肯を返す勇ましき令嬢はモニターを睨め付け——現時点で生命維持施設以外に回る余剰電力……そのほぼ全てをゲート緊急解放に当てた。


 令嬢も今をしのがなければ後がない事は百も承知——ここ来て、令嬢の中に眠る宇宙人そらびととしての心構えが一層研ぎ澄まされた様に管制制御を熟して見せた。


 そして再び動き出すゲートの反応を確認した大尉が、を移送せんとする英雄へ吼えた。


「クオンっ、後は任せるわ!そっちの佐城 良太——絶対送り届けなさいよっ!?」


『言われるまでもない——走行を再開する!そちらも最終タイミングを見誤るなよ!』


 英雄の叫ぶ様な言葉とタイヤスキールが同時に音声へと流れ込み、残す所僅かのゲートを疾走する4ローターの魔狼RX‐7


 ——祭典の地イクス・トリム救済作戦は……最終局面を迎えた。



》》》》



 繋がる通信の先。

 今——尊敬するクオンさんによる移送で、俺の部活仲間でありライバルを自称する良太が中央動力炉設備へと向かう。


 いつも部活では何の前口上だか、必ず自称ライバルを名乗り模擬試合と言うバトルを吹っかけてきてはアッサリ敗北していた良太。

 けど……今思えば、あいつはふざけて挑んで来た事なんて一度も無かった。


 天才とおだてられていた当時の俺では、そんな事にも気付けなかったけど……今ならハッキリあいつの真剣さが伝わって来る。

 あいつは……あいつなりに悔しがり——けれどそこで決してへこたれずに上を目指していたんだ。


『ラストの直線……N・T・C全開だっ!準備を怠るなよ、佐城君!』


『……うっぷ、りょ——了解です、サイガ……さん——』


 響く通信で、あいつが青い顔をしながらも……クオンさんの強烈無比な車両走行ドライビング・テクニックに耐えている。

 それはもう、嫌でも伝わって来る。


 けれどもう……俺はそんな良太を笑ったりなんか出来ない。

 あいつは今——俺と肩を並べんとして、戦っているんだから。


 と——

 とっさに響くゆずちゃんの声が、再度のトラブル警告を発するものとなり……俺の聴覚を通信越しで揺さぶった。


『サイガさん、最終ゲート前で電力が——』


『目視で確認したっ!だがこれならば……行けるっ!』


 ゆずちゃんの声に被る様なクオンさんの叫び。

 同時に鈍い破砕音と何かが激しく跳ね飛んだ音とが響き、俺の背筋を凍らせたけど——直後の停車したタイヤスキール音は、二人の危険を暗示する物では無かった。


『こちらクオンっ!コル・ブラント及びイクス・トリム中央制御室……そしてΑアルファフレームへ——』


『我々は中央動力炉へ到達した!これよりイクス・トリム救済作戦最終フェイズへ移行するっ!』


 それは祭典の地であるソシャールと……そこに住まう者達の故郷の命運を決める合図——俺達クロノセイバーの、作戦如何いかんの全てがそこで決まる。


いつき……聞こえているな!これから佐城君が、動力炉の最終安全機構であるブーストシステムを起動させる!そして最初のタイミングを図るのは、中央管制制御室で戦う君の後輩だ!』


「はい……委細承知っす!」


 きっと音声回線先で、口角を上げているだろう誇らしき英雄から——


『その瞬間より君達……——!救うぞ……このイクス・トリムをっ!!』


 宇宙人そらびとの故郷とも言えるソシャールの命運が、武術部員へと託された。


 ただ強さを極めるだけであれば、がむしゃらに技を磨けばいい——でもそれでは心が清く成長することは無いと……親父はいつも言ってたっけ。

 時には——時には、正しき心に従わなければいけない時もある。


 それこそが武の真髄たると……正義であると親父は言った。

 お袋が絶望のあまり、自ら命を絶とうとしていた時……それを救った俺の親父は——そう言った。


「了解っす、クオンさん!俺達武術部員は、これよりソシャール イクス・トリム救済作戦——最終フェイズを発動します!」


 そんな親父の様に……それを目指して最初は格闘家を目指し——そしていつしか、それさえも超える場所にたった俺は赤き霊装の巨人Α・フレームへと心を委ねる。


「行くぞ、アーデルハイドG‐3!そうだ——……!!」


 瞬間——

 まばゆく輝く炎陽が俺の心へと流れ込み……俺は太陽という名の恒星の如く命の炎に包まれた——

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