偉業の影……造反の少尉

第107話 紅円寺学園の奇跡!武術部員、人命救助へ奔走せよ!



『通信は聞いておったな、理事長よ!今このイクス・トリムと言うソシャールを……我らが誇りしクロノセイバーが救済に当たると!そして——』


『民間団体からの救済支援とし……お主の育てた学園生徒が命を賭しておる——これは最早学園始まって以来の奇跡的事件じゃ!』


 響く通信はすでに曳航が始まったパージ済み避難シェルターへ、最後まで祭典の地イクス・トリムへ連結されたシェルターから発せられた物。

 避難誘導に尽力するかの皇子殿下は、祭典の地イクス・トリム管理者の制止を振り切り——最も危険の及ぶ恐れのある場で陣頭指揮を取っていた。


 その皇子殿下ですら奮起させたのは、彼が口にした疑い無き事実——学園の生徒と言うソシャール一般市民が、作戦へ手を挙げた事だった。


「〔ええ……ええ!耳にしましたとも!私にとって視界などハナから存在しておりません……!ですが今——私の視界に映っているかの様な彼らの活躍が、今までの人生で最高の瞬間を描いております!〕」


 暁の理事長咲弥はすでに曳航が進むソシャール内で、皇子殿下の羨望に満ちた叫びを聞いている。

 彼女にとっては声も視界もハナから存在しないのは言わずもがな——だが、その光映らぬ双眸には愛しき生徒達の輝ける勇姿が、映像を映したかの如く舞い踊る。


 しかし——

 その通信は事情を知らぬ祭典の観客含む民へ、言い知れぬ恐怖を呼び起こすには十分であった。


「え……もしかして——イクス・トリム、助からないのか?」


「まてよ!あそこは俺たち家族の故郷だぞっ!?そんな……もしあそこが助からないんじゃ——」


 言い知れぬ不安は、地上から上がって来た観客を中心に膨れ上がる。

 当然だった——地上……地球と言う大地の上で暮らす民は、は遠き非日常。

 だが眼前に起こる事態はまがう事無き真実であり——彼らに、宇宙そらの齎す深淵の恐怖を植え付けるには十分であったのだ。


「……そんな……イクス・トリムが無くなったら、私達どうやって生きていけば——」


「お……おいっ!?気をしっかり持て!だれか、うちの娘が——」


 伝搬する恐怖が避難民を包む最中——

 その避難シェルターに、……視線を合わせて頷き会うと——通信操作パネルへ向かうや各シェルター全体へ飛ぶ通信を強制解放し、力の限り咆哮した。


「大丈夫です!皆さん落ち着いて下さい!」


「そうっす!今俺達の友人が、ソシャールの救済に当たってます!だから——」


「「皆さんは絶対に、その不安に負けないで下さいっっ!!」」


 放たれた咆哮に驚愕したのは、他でもない暁の理事長。

 その咆哮を上げたのは——

 そう……理事長を介助するため共に避難していた、武術部の残る部員——ケンヤ・アルバートと片折 志奈である。


「〔あ……あなた達——〕」


 映らぬ視覚。

 補助機械による聴覚でのみ世界を事の叶う暁の理事長が……今まで感じていた場所より違う所からの、熱きたぎりの咆哮を察知し――それが傍に居たはずの生徒達であると悟った彼女は、声の方角へ向き双眸を見開いた。


 二人は彼女が唯一事を知る手段である、聴覚へ響く様に声を上げる。

 多分に混じる恐れから来る震えさえも振り払う様に――自分達の恩師である理事長へ向け叫ぶ。


 この宇宙そらで戦う生徒は――そしてだけではないと。


「正直、いつき先輩には全然敵わないけど……ゆずちゃんや良ちゃん先輩が、あんなに勇気を振り絞ってるんです!なら私達が――ここで踏ん張らない訳には、いかないじゃないですか!」


 最早やる気がなかった感が、彼方へと吹き飛んだ少女が高らかに吼え――


「……志奈ちゃんの言う通りです、理事長先生!オレなんか両親がどうのとか何にもないけど……今この瞬間なら、――そんな気がしてますっ!」


 ムードメーカーと言われ、部員内でも場を和ませるのが関の山であった少年は……自分に無い物を持つ友人をうらやむ所か、自分自身と言う力があると豪語する。


『いいぞ、少年少女よ!よくぞ吼えた!では我ら【救いの御手セイバー・ハンズ】による、救急救命活動への協力を要請するっ!』


 直後に避難ソシャールへ響いたのは外部音声。

 各シェルター内避難民の医療面サポートに駆け付けた救いの女神――その小さな体躯の隊長殿が推参したのだ。

 シェルター外部より緊急ハッチへアクセス。

 隊長と副隊長……シャーロット中尉にウォーロック少尉が、救いの機体セイバー・レスキュリオより降り立ち気密隔壁を経てシェルター内部へ――同時に速やかなる状況確認に移る。


 次いで、小さな女神が今しがた吼えた武術部の二人を見やり――


「お初にお目にかかるな!如何いかんせん我らの機体は、あのいつきの機体の様に超重力圏での自由が利かぬ――が、旗艦の重力アンカーを辿る事で何とか各シェルターを巡る事が可能――」


「故に我等はすぐに次のシェルターへ向かうため、作戦に対する時間と人手が足りない!私が――このシャム・シャーロットが言わんとする事が理解出来るな!?学生達よ!」


 にやりと口角を上げた初見の女神。

 その見かけの体躯で高を計れば痛い目を見るのは明白の、歴戦の器を如何いかんなく振り撒く女神の言葉――待ち望んだ瞬間が自分達の下へ転がり込んだと、二人の生徒は首肯と供に返答した。


「はいっ!私達でよければ協力させて下さいっ!」


「俺、力ぐらいしか取り得がないけど――よろしくお願いしますっ!」


「と言う訳だ……暁の理事長殿よ!〈宇宙そらのヘレンケラー〉の呼び声高き、生ける女神が育てし生徒達――しばらく借りるぞっ!?」


 理事長 咲弥さくやは女神の発した言葉に異論など持ち合わせてはいなかった。

 彼女の息子が炎陽の勇者として宇宙そらへ飛び、その同じ部活仲間二人が祭典の地イクス・トリムで今尚それを救わんと奮闘し――さらには残る部員達まで、感化されて自らの輝ける人生の一歩を踏み出しているのだ。


 肯定するしかない――

 小さな女神に返さんとする機械合成音声が響き……同時に生ける女神の光映らぬ双眸から輝く雫が零れ落ちた。

 生きる事を諦めないでよかった――双眸からただその思いが熱く……熱く雫を零させた。


 余命宣告を受けた日から……彼女の人生はすでに決定された死が目の前にあり――

 生まれてから声も、光も――音さえも病魔に奪われかけた彼女は、絶望のどん底で自暴自棄のまま暴れ狂っていた。

 だがそれを救ったのは一人の天才格闘家――紅円寺 陽善こうえんじ ようぜんと言う宇宙そらで名を馳せた男である。


 その出会いが、余命宣告を受けた彼女の……死の絶望を越える力となったのだ。


「〔ウチの生徒を――よろしくお願いします。〕」


 合成音声にて女神への言葉を送って後……車椅子上で深くこうべを垂れる暁の理事長。

 慈愛宿す生ける女神の面持ちは――奇跡に恵まれた己の人生へ、最大の感謝を贈る様に煌いていた。


「よし!ではまず君たちの名だ……点呼っ!」


「は、はい!私は片折 志奈です!」


「オレはケンヤ・アルバートですっ!」


「確認した……!次に私の妹に――クリシャに続け、二人共!」


「「はいっ!」」


 暁の理事長への会釈もそこそこに、素早き行動で学生達を先導する女神の姉シャム

 指示を受けた妹少尉クリシャも学生達を引き連れる様に――未だ不安拭えぬ避難民の下へと足を向けた。


「皆さん、落ち着いて下さい!お気分を害された方がいれば、すぐこちらへ――志奈さんは、この医療ボックスを持って私に続いて下さい!」


「はい、これですね!?」


「ええ……それよ!さああなた、こちらで娘さんの容態を確認しますので……そのまま彼女を静かに横にして。――ケンヤ君!そちらの初老の方へ肩を貸してあげて!無理に引き寄せてはダメですよ?軽く支える様に、労わる様に――」


「了解っす!おじーさん……ゆっくりで大丈夫っすよ?」


「ああ、にいさん……すまないねぇ。」


 救いの女神が介入した事で、覚醒した様な動きを見せる二人の生徒。

 不調を訴える避難民へ、次々救済の手を伸ばし続ける。

 戦う場所など関係はない――訪れた危機の最中、武術部員全員がその勇気と意志で……等しく数多の人々を救わんと誇らしき生き様を見せる。


 それはすでにこの宇宙そらで……紅円寺学園と言う一つの学園機関に於いて――

 輝ける軌跡の偉業として、歴史の表舞台に燦然さんぜんと刻み付けられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る