第106話 イクス・トリムを救済せよ!軍民合同救済作戦!(後編)



「各避難シェルター……AブロックからCブロックまでパージされました!同時に旗艦重力曳航用アンカー射出——各シェルター固定に成功!」


「よし!引き続き、DからFまでのシェルターパージを確認後、同様の手順で曳航に当たれ!猶予は無いが、各員手順を踏み違えるなよ!」


「「「了解っ!」」」


 木星への祭典の地イクス・トリム落下速度は徐々に増し、想定より僅かに事態を火急へと誘うが――

 時を同じくし……音声通信にて連携にあたる剣を模した旗艦コル・ブラントでも、パージが確認されたシェルター曳航作業が開始されていた。

 その曳航作業を確認しつつ、的確なるシェルターパージが順次祭典の地イクス・トリム中央管制制御施設より展開される。


「いいわ、この調子!中々筋が良いわね、ゆず!でも気を抜かない様に慎重に……そして焦らず——大丈夫、私がついてるわ!」


「は……ハイ、アシュリーさん!では次のシェルター……D以降のブロックパージに移ります!」


 中央管制室では、まるで長年付き添った上官と部下の様な二人——しかも片や民間団体出向の軍人であるも、もう片方は民間の学生である少女がシェルターパージ作業の舵を取る。

 臨時で指揮を任されたとは思えぬ男の娘大尉アシュリーは、民間学生の技術を伸ばす様な見事とも言える陣頭指揮で有能さを滲ませた。


 施設内を両親に連れられ回ったとは言え、それが幼き頃の記憶である勇気滾る少女ゆず――流石に詳細なシステム制御手順までは範疇の外であったが……不足した知識を男の娘大尉が随時補完する事でそれも解消。

 いつしか少女も、一端の管制官らしい風貌すら宿す様になっていた。


『こちらは指定のゲート前に到着した!最終確認だ……このゲート先は通常の道路として運用は可能か!?浅川嬢!』


 その一端の管制官ぶりを披露する少女へ、蒼き英雄クオンからの通信が響き——


「はわわわっ!?あの……えーとですね——」


「大丈夫……落ち着きなさい、ゆず。施設内の詳細データは——これね!」


「はい、それです!あのアシュリーさん——」


「分かってるわ……私に任せなさい!」


 僅かに凛々しき雰囲気が途切れるも、男の娘大尉の機転が少女を支える。

 次いでモニターで視認した迂回通路の詳細報告に移る大尉だったが——


「こちらアシュリー!その先迂回路の大半がこのソシャール運用に合わせ、ヴィークル型作業車両通路として機能しているわ!同時に——」


「通路を進むごとに下層へと下る仕組みを取るようね!後はこちらでゲート制御を行えば、の車両ですぐにでも動力炉階層へ辿り着くはずよ!」


 男の娘大尉の的確な指示の中に紛れた、英雄も気付く違和感に苦笑のまま突っ込みを入れ……反応した彼女が赤面しつつも、ツンとした口調で返答を返す。


『どう言う風の吹き回しだ?アシュリー。オレの呼称がラストネームに変換されて——』


「これはっ——!?て言うか、私が指揮を受け持った以上……いつまでもあなたを嫌味交じりで呼称する訳にもいかないでしょ!?つか、こんな時にそんなトコに突っ込むなよ!」


 返答が定番の男口調に戻りながらも、彼女はすでに悟っていた。

 あの格闘少年がド直球な労りをぶつけて来るとすれば――今通信先で弄って来る蒼き英雄は、見えない所でのバックアップに力を注ぐ。

 あまつさえ彼女の人生すらもサポートせんとしている。


 それに気付いてしまった彼女は、最早蒼き英雄を格闘少年と同様——同列に扱うべきではないと悟ってしまったのだ。


 そしてシェルターパージがとどこおりなく進む中……この作戦での最重要目標とも言える、落下中である祭典の地イクス・トリムの軌道回復。

 事実上不可能とも言えるその事態を、ひっくり返すための鍵となる少年……格闘少年の自称ライバルを豪語する佐城良太を動力炉へと引き連れる——


 すでに秒読み段階とも言える危機的状況の中——蒼き英雄は迂回路を前にし……相棒である地球日本は奇跡のスポーツカーと疾駆するため、煽るアクセルでエンジンへとたぎる魂を刻み込んでいた。



》》》》



 踏み込むアクセルを軽く煽り、アシュリーから放たれるスタートのタイミングを待つ。

 ヴィークルレースを詳しく知らぬ彼女では、レースに於ける的確な指示には無理があるだろうと予想し——

 オレは地球のレースの中でも、メインドライバーとコ・ドライバーと言うシステムが競技の要となるラリータイプの連絡手段を彼女へ教えた。


『いいわね!?クオン!こちらで開くゲートに合わせてルートを提示するけど——さっき教わったコーナーを左右にハード・ミドル……そしてソフト——』


『ストレート長をロング・ミドル、ショートで良いのね!?』


「ああ!どの道一般施設内の曲がりコーナーだ……その呼称で十分対処は可能——あと完全にUターンの場合はタイトで頼む!視界に映るゲートの先が、映像で確認出来ない今は君の指示が頼りだ——任せるぞっ!」


『致し方ないわね!上手く出きるか分からないけど、やってみるわよっ!』


 アシュリー達がイクス・トリムの現状をモニタリングした所……現在クラッキングで停止させられた常用動力炉とは隔離された、中央動力炉で臨時に生命維持及び生活重力等の電力供給設備が稼働した状態であり——

 もし一度にゲート全てを同時解放すれば、たちまち電源の大元が過負荷によりショート……今この場に残る作戦遂行者全員が危機に晒される恐れがあった。


 故に非常電力設備の電力残量を見極めつつ……且つ迅速に目標地点に向かうには、進む経路をラリーレースに見立て――順次開くゲートに合わせた迂回路走破以外に選択肢が存在しなかった。


 そして全てのタイミングを合わせるため、最後の砦である炎陽の勇者Αフレームを……この機に出撃させねばならない故——

 思考するままいつきへの通信を振る事にする。


いつき……作戦のあらましは理解したな!ここから君とΑアルファが真価を試される……最初の迂回路ゲート解放と同時に発艦——」


「イクス・トリムの落下進路方向先で、深淵を渡る力を展開して待機!だがそこはすでに、イオの潮汐力と木星の超重力が牙を剥く宙域だ……一切の油断は出来ないぞっ!」


『了解っす!こちらはいつでも出撃可能——アシュリーさん……開始タイミング、よろしくっす!!』


 たぎる気合が作戦に臨む皆を包み——


「いいかい、佐城君!君は動力炉に着いた直後こそが出番——いつきと君……そして浅川令嬢が、!」


「うおおおっっ!?まじスカ!?俺達って今主役っすかっっ!!?絶対失敗は許されないっすよね!?あっ……でも——」


「ここは冷静に……っすよね!?サイガさん!!」


「ああ、その通りだ!」


 いつきの勇姿に感化されつつ……この様な事態の心構えを確認として問うてくる佐城君は、すでに民間出の頼れる存在だ。


 そして——全ての準備は整った。

 もう一つの相棒RX‐7も高周波の爆轟を撒き散らしつつ、世紀の活躍を今かと待ち侘びる。

 皆の気概をまとめる様に……アシュリーから作戦第二段階発動が高らかに宣言された。


『では作戦第二段階……隔離中央動力炉、及び最終安全制御装置緊急始動のため——クオンと佐城良太君が該当施設へと急行します!』


『迂回路ゲート順次解放——ストレートミドルの後、コーナーミドルレフトから同じくレフト!いいわねクオン——スタートっっ!!』


「了解した!これよりクオン・サイガ……RX‐7にて急行する!!」


 イクス・トリムの迂回路、最初のゲート解放と同時に相棒が爆轟を轟かせる。

 猛烈な後輪の回転が白煙を巻き上げ——車体がカタパルトから弾き出されたロケットの様に疾駆する。


「うわあああああっっーーー!?ぎゃぁあああーーーーっっ!!!」


 4点で絞め付けるハーネスに身を捩りながら、助手席から発される佐城君の絶叫を掻き消す様に――高周波サウンドがソシャール内通路へ木霊した。


 さあいつき……次は君の番だ——

 再び国際救助の旗を掲げ、赤き巨人と共にこの宇宙そらへと舞い上がれっ!



》》》》



 通信の先から木霊したのは良太の絶叫と……それを掻き消すほどに響く高周波の咆哮。

 先にチャンピオンシップで響き渡った、あのエンジンサウンドだ。

 詳しくは知らないけれど……聴覚へ、俺の魂にすら突き刺さる。


 ならば俺も負けてはいられない。

 同じ部隊の誇れる背中が……同じ部活の勇ましき部員が、すでにこのソシャールを救うために命を賭しているんだ。


 その全ての命運を最後に託されるのは俺と綾奈あやなさん。

 そしてこの赤き炎陽の巨人アーデルハイド G‐3なんだ。


綾奈あやなさん、行きます!これより俺は、再び国際救助の旗の下——多くの命を救うために宇宙そらを駆けますっ!」


『ええ、行きなさい……いつき君!このΑアルファ・フレームと共にっ!』


 モニター先でいつに無く紅潮したおっかない上官が、今の俺には予想すら出来ない感情を抱いている事にも気付かないまま——

 それをいつもの任務から来る期待の視線と捉えた俺は、返す双眸に熱き魂を込め……その身全てを赤き炎陽の巨人と一つとし——カタパルト先の深淵を睨め付けた。


紅円寺 斎こうえんじ いつき、これより国際救助に基づく救済行動に移ります!アーデルハイドG‐3……イグニッションっっ!!」


 亜音速でカタパルトから弾き出された炎陽の巨人。

 刹那——今までに感じた事のないΑアルファの胎動が、俺の魂を通じて深淵の宇宙へ解き放たれる。


 ……——炎陽の巨人を包む紅炎プロミネンスとなりほとばしったんだ。

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