第105話 イクス・トリムを救済せよ!軍民合同救済作戦!(中篇) 



 開始された作戦は前代未聞。

 そして極めて限られた時間内での電撃作戦。

 多くの人命が掛かる作戦としては余りにも分が悪い状況であった。


 その中にあって、すでに発された命令の中……キーとなる民間人である少年少女の使命が、緊急ブリーフィングのため合流した作戦指揮移譲を受けし男の娘大尉アシュリーより提示される。


「まずゆずちゃん……だったわね!あなたは私に付き、このソシャール中央管制制御室へ向かうの!救済行動最優先事項として、民間人の避難するシェルターをパージする――」


「英雄殿、現在のソシャール位置ならまだシェルターパージは間に合うわね!?」


「ああ!それに合わせ現在コル・ブラントがすでに動き、キルス隊及びラグレア隊もこちらへ向かっているから――そちらへパージ後のシェルターを任せる手筈だ!旗艦重力アンカーなら強制的に牽引曳航可能だからな!」


「私はアシュリーさんと中央管制制御室へ……!そしてシェルターをパージ――シェルターをパージ……――」


 まず作戦前段階として――

 最優先事項でもある一般市民の救済とし……剣を模した旗艦コル・ブラントがソシャールへ強制ドッキング――それに合わせて市民の避難するシェルターパージ後、旗艦重力アンカーでシェルターを牽引曳航。

 そのまま旗艦の有する推進力に任せた離脱を敢行する。

 と言った一連のプランに沿う様に、男の娘大尉が作戦立案をぶち上げる。


 前段階においては炎陽の勇者の後輩である少女――泣き虫であるも勇敢さを見せる浅川のご令嬢 ゆずが最初のキーとなる。


 と、大尉が作戦提示する中……事態を聞き及んだ男が支援にと乗り出した。


「僭越ながらサイガ大尉殿!このソシャール内では、あらゆる場所への車両による移動を想定した通路が設けられています!ですから――ですから俺に、彼女らのエスコートを許可願えないでしょうか!」


「俺の車両はGTクーペS14 シルビア……かろうじて四人搭乗もこなせる仕様で、人員移送にも対応可能と……!」


 予想外の所から上がった声――だがこの現状での議論も不要と感じた英雄が、地上は未来のドリフトキング候補である葛葉 煉也くずのは れんや選手へと確認を取る。


「現在そういった人手は大変ありがたい所。だが―― 一つだけ確認を取っておく。これは失敗が許されない上、多くの人命が掛かる作戦であり――失敗すればオレ達はおろか君の命も保障は無い。その事だけは――」


「言わずもがなだ、サイガ大尉殿!この手で宇宙と地上の命運を左右する作戦に貢献出来るなら、命がかかろうと惜しくはない!いや――命を救う者が己の命を軽んじる訳にはいかないな……俺は、皆さんと供に生き残るっ!」


 そして語られた覚悟は、宇宙人そらびと社会に於ける覚悟に相当する猛り。

 〈人命を救わんとする者は、決して己の命を軽んずるべからず〉……図らずしてその意図を明言した未来のキングへしたり顔にて首肯する蒼き英雄クオンは――

 目配せで男の娘大尉へ振り……同じく彼女も首肯する。


「分かったわ、英雄殿!ではあなた――煉也れんや選手へ、私達の移送を軍部からのものとして要請します!」


「あと、これは今作戦でもう一つの重要任務――」



》》》》



 この作戦案提示の間も刻一刻と危機は迫っている。

 だがアシュリーの的確な指示は、オレの推測通りこちらや民間人の素早い動きへと反映されていた。

 しかしよく観察するとその姿……アシュリーの動きの端々で目にする行動パターンが、綾奈あやなに重なって見えたのはなるほどと感じる。


 間違いなく己が心酔する命の恩人へと近付こうとする、彼女の献身さの賜物と思い至った。


「佐城君はこちらだ!オレと地下直通経路を辿って——」


 それも踏まえ——アシュリーの指示に従う様に彼女達とは別方向……ソシャール深部へ向かう経路を急ぐ。

 こちらは動力炉直上に位置する経路の存在を、斎の後輩より聞き及んだためさしたる時間は要さなかった。


 が——すぐにそれが窮地に変貌してしまう。


『あら~~残念ですっ!キャハッ☆ここは~~行き止まりですよ~~?』


「……くっ!?アシュリー!こちらのゲート制御はクラッキングの影響下だ!」


『マジっ!?ゆずちゃん、あちらのゲート以外に動力炉への通路はある!?』


『あの……えっとですね——』


 辿り着いたゲート周辺モニターが、あのサイバーテロリストの映像で埋め尽くされる。

 嘲笑うような画像はおよそ生命感を感じない、3Dモデリングキャラクター——思わずそれを睨め付ける様にアシュリーへと他の経路を問う。

 すでに煉也れんや選手のマシンに乗り込み制御室へ向かうアシュリー達から、緊急の代替案が模索され——


 直後、斎の後輩浅川嬢より――音声回線による彼女からの直通指示が放たれた。


『サイガさん!そのゲートから数十メートル後方に車両固定格納庫があって、さらに進めば動力炉まで迂回出来ます!でも迂回路を回れば、二km弱の距離があって……おまけに幾つかの隔壁を越えないと——』


「その隔壁開閉は中央制御室で可能か!?」


『はい!万一に備えて制御が独立していますし……中央制御室からなら隔壁操作をダイレクトに出来ると……!』


『両親に連れられて施設を回った経験が役に立ちました!』


「いい情報だ!こちらも速やかな対処に移り易い……感謝する!」


 浅川ご令嬢の意見には同意しか浮かばない。

 しかもご丁寧に事細かく記憶していたご令嬢……それは勉学の一環だろうが今は感謝を送っておく。


 となれば、このまま徒歩で向かうのは時間的にも得策ではない。

 すでに一刻を争う状況が悪化の一途を辿るなら、あちらに合わせこちらも移動手段を変更せざるを得ないところだ。


「佐城君……君は少しここで待機しててくれ!オレのマシンを乗り付ける!」


「ファッ!?いやあの爆音車両で行くんすか!?マジで……——」


 ここは彼の返答を待つ時間も無いわけで、オレは愛車の元へ駆ける。

 思考に描くはこの作戦——〈オペレーション・ライズフェニックス〉には相応しい事この上無い相棒。

 オレの宇宙そらへの再起を手助けしてくれた、蘇りし不死鳥4ローター搭載のRX-7……今再びその手を借りて


 今度は


 幸いにも、重力変異への対応であるアンカーを装着する前で待機するマシンへ……火を入れると共にアクセルを煽る。

 するとその活躍を待ちわびた様な4ローターの咆哮が高周波を伴い炸裂し、猛るマシンの勢いそのままに……待機させたいつきの友人の元へと乗り付けた。


「うおっ!?これ……近くで聞くとより爆音なんすけど!?サイガさん!!」


 流石にレースマシンさながらの爆音が少年にはキツイのだろう——しかし、四の五の言える状況ではないのも理解しているようだった。

 かち上げたガルウイングドアにまでビビりながらも、助手席へと乗り込む少年へ——気合を入れる様にを送るも止むなしだ。


「言っておくが、佐城君!いつきが搭乗する赤き巨人の超常を越える動きに比べれば、今から披露するこのマシンの走りなど赤子の様な動きだ——」


「故に――ここで泣き言を言う様ならいつきに勝る事は叶わない!いいか!?」


「い……いつきがっ!?うーーっ、よっしゃーーっ!!俺、耐えて見せるっす!あいつには自称ライバルとして、絶対負けられねぇっすから!!」


 関係者の話ぶりから、佐城君の同部活在籍であるいつきへ向けたほとばしる負けず嫌いは聞き及んでいた。

 が……彼と改めて言葉を交わすとそれもあながちハッタリという感じではなく——むしろ、間違いなく自称などでは無い本物のライバルともなれる逸材。


 送ったハッパに奮起する姿で否応なしに感じさせられた。


『英雄殿、こっちは管制制御室へ到着!すぐにシェルターパージ準備に取り掛かるわ!』


「了解だ!月読つくよみ指令へ伝達と、同時にコル・ブラントとの連携を密に取る必要がある……そのタイミングは臨時現場指揮の君に任せる!」


『ええ……大役ね!けれどこの名に——翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイトの名に懸けて、努めあげてみせるわよ!』


 今作戦の重要設備の一つである目的地到達を見たアシュリーが、速やかな伝達を飛ばし……まずは避難用シェルターパージの準備がつつが無く進む。

 彼女の「死神の名に懸けて——」のくだりは、知らぬ者が聞けば大丈夫か?との不安も覚えるだろうが——壮絶な過去を聞き及ぶオレは、異なる思考で彼女の覚悟を感じ取る。

 敵対する者より死神の名で恐れられるほどの命を奪ったアシュリーは、だからこそそれを上回る命を救い続けてみせる——オレが彼女へ送った言葉を、心に刻んだ故の確固たる意志だ。


 程なくコル・ブラントとの連携にて、パージされた避難用シェルター曳航が始まり……観客やソシャール民含む人命救済が進む中——


 自分が知り得る限りでも常軌を逸した救済作戦……木星へと落下するソシャールを救済すると言う、確実に宇宙人そらびとの歴史に残るであろう一大作戦――

 その大詰めへと移行するオレ達であった。

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