第104話 イクス・トリムを救済せよ!軍民合同救済作戦!(前編)



「正気で言っているのか!?クオン!超重力圏へ落下するソシャールを、それ丸ごと救済するなど……そんな事例は前代未聞——今まで聞いた事もないっ!」


『全ては承知の上です、指令。けれどあのアシュリーが、引っ提げて通信して来た——オレは仲間である彼女の見定めた、勇気の炎がもたらす因果を信じます!』


 前代未聞——

 それは未だかつて前例などない作戦——その指示をくれと蒼き英雄クオンは言い放つ。

 ともすれば、数万の民の命を奪いかねない作戦の是非を振られた旗艦指令月読……思考によぎるは、己が英雄に必要であれば自分へと責を振れと発した言葉。


 それが、さしもの旗艦指令も想定の遥か彼方であった。


「確かに責を振れとは言った!だがなクオン、物には限度と言うものが——」


 旗艦指令をして、事のあまりの大きさに責任の重大さを測りかねる最中——まさかの英雄を後押しする様な命令が……さらに想定外の場所から放たれる。


『おお、月読つくよみか……ワシじゃ!どうやら事は退きならぬ事態へと移行している様じゃが……ワシとしても、サイガに賛同したい所じゃ——』


『どうじゃ?英雄と我らが愛すべき宇宙そらを生きる民へ……事を任せて見てはどうかの?』


「お……皇子殿下っ!?あなたまで——」


月読つくよみよ……これは時間との戦いじゃ!議論する猶予はないと思えっ!』


「……それは――くっ!」


 部下よりのあり得ない作戦提案に乗じる様な、破天荒皇子紅真殿下よりのお言葉――だが艦指令も理解し、視線を旗艦ブリッジ内モニターへ移す。

 映るデータ観測上ではすでに、火山衛星イオの軌道は海洋惑星エウロパ近衛点へ近付きつつあり……その地点を過ぎればもはや祭典の地イクス・トリムは、火山衛星イオに引き摺られるまま落下するのみ。


 木星の衛星軌道をたった一日弱で超高速公転する火山衛星イオの潮汐力は、推進力を失った施設ソシャールにとって恐るべき脅威以外の何物でもないのだ。


 猶予など無い――今決断せねば、多くの命を失う最悪の結果が待つ。

 渋面のままの逡巡を経て……旗艦指令が遂に全艦へ―― 一世一代の作戦決行を宣言する。

 一路の希望を蒼き英雄と、宇宙の歴史を刻まんとする救いし者部隊クロノセイバー……そして、輝ける希望宿せし民間出の少年少女へと託す様に――


「止むを得まい――いいだろう、クオン!我らクロノセイバーはこれより、イクス・トリム内の全ての人命救助のために……ソシャールの落下阻止作戦を決行するっ!!」


「作戦名〈オペレーション・ライズフェニックス〉――この地上と宇宙そらの交流の地……救済してみせるぞっっ!」


「「『了解っ!』」」


 通信に応答する全ての救いの勇者達が一斉に復唱を返す。

 すでに決は下された。

 この……限られた制限の中での電撃救済作戦が遂に決行される。


 この宇宙人そらびと社会における歴史に匂いても、後世まで語り継がれる事となる……世紀の救出作戦が開始された——




》》》》



 通信先から響いた作戦名に心が躍る。

 それはいささか不謹慎ながらも、たかぶりを感じざるを得なかった。

 〈ライズフェニックス〉——それはまさに、オレのもう一つの相棒に組み込まれる世界唯一の車両用内燃機関……その威信復活を賭けて臨んだ計画。

 それが〈フェニックス計画〉と呼称されていたと言う。


 図らずともその名を冠した作戦で失敗など許されない。

 すでにこの場に揃う希望への鍵——民間人を作戦に巻き込むのは、正直看過できない所であるも……それが多くの人命がかかる事態であれば致し方なしと覚悟を決める。


 だからこそ——自ら名乗りを上げた民間人に及ぶ危険を最小に抑えるために、さらなる希望へと通信を飛ばす。

 恐らく本人も気付いてはいるだろうが、その希望たる彼へ大切な友人達がここにいる事も伝えねばならなかったから。


いつき、聞こえるか!この作戦……君とΑアルファが要となる!だが動くのは全ての準備が整ってから——」


「オレの意図が理解出来るな!?」


『了解っす!事態は飲み込めました……つまりはΑアルファの深淵を渡る力が鍵となる——つー事っすね!』


 すでに救いし者の一員としての覚悟がみなぎる格闘少年……オレがわざわざ口にせずとも、その真意を確実に突いて来る。

 思わずにやりと口角を上げたオレは続いて伝達する。

 この作戦は、彼にとっての掛け替えのない友人の助力が重要である点を――


「そしていつきへ報告がある……よく聞いてくれ!この救出作戦は実質時間的な猶予がない……その中で、民間人——」


「端的に言えば君の部活仲間が、この作戦への協力を申し出てくれた!」


『っ!?マジっすか、クオンさん!あーでも、分からないでもないっす……アシュリーさんからウチの部員がいる事は聞いてるし——』


『おまけに良太とゆずちゃん辺りなら、この作戦には欠かせないと思うっすから!じゃあ——なおさら気合い入れないといけないっすねっ!』


 そこへ多分に暁の会長の采配が活きているのだろう——彼自身もさしたる驚きを見せず……さらにはその必要性すら悟っている。

 ならばと、続けて作戦成功への決め手となる行動へと移す事とした。


「アシュリー大尉!いつきの友人達と彼を通信させてやってくれ!猶予は無いが……これは最優先事項だ!」


『はぁっ!?いや、猶予は無いのにそんな事……って、分かったわよ!ほら、あんた達……いつきと何か話しときなさい!』


『へうっ!?わわわ私もですかっ!?』


『なんか知らんけど俺、緊張して来たっす!』


『いいからさっさと話せ!』


 通信先でいつきの友人達と、最早気の合う仲間の様に振る舞うアシュリーへ……今後に於ける様々な希望を抱きつつ、そのやり取りを見守る事とする。


いつきっ!今このソシャール大変なんだろ!けど俺達も出来ることをやってやるから!』


『あのっ……先輩!こんな状況になって初めて——先輩が凄い事してたんだなって思います!だから——』


 その友人達の言葉へ——僅かの間を置き……彼らから羨望を浴びせられる格闘少年が語る。

 ……そして——


『今そっちには、ケンヤと志奈ちゃんもいるんだろ?そのみんなが巻き込まれる形になって、済まないと思ってる。けど——』


『一刻を争う事態——だから俺達クロノセイバーへ、みんなの力を貸して欲しい!この通りだっ!』


 これは音声通信。

 映像が奪われたソシャールで、叶う通信手段はそのやり取りのみ。

 だがその通信先で、あの炎たぎらす少年が……大切な絆を育む友人達へこうべを垂れたのは——映像など無くとも通信を聞く友人へと伝わっている。


『ま……任されたぜっ!』


『がが……頑張りますっ、先輩!』


 オレが彼らのやり取りに求めた物は、まさにこの絆がもたらす団結力——そこには民間人の彼らだけでは無い……Αアルファに秘められた可能性へ、絶大なる力を呼び込むキッカケになると推察していたから。


 赤き炎陽の巨人は——命の絆と団結を力に変え、熱く激しく燃え上がると……。


 事を見守ったオレはいよいよ作戦概要説明に入るが——

 そこに一つの未来……行く末で必要となる事項のために、この作戦に於ける現場指揮権移譲へと移る。

 本人にとっては想定外も甚だしいだろう——だがこの瞬間では、最もそれが必要であると直感した。


 故にその相手へと指揮権を委ねる事としたんだ。


「これより〈オペレーション・ライズフェニックス〉概要説明に入るが、この作戦での指揮を——アシュリー……君へ移譲したいと思う!」


『……って——はああああぁぁっ!?いやいや何唐突に、トンデモ発言ブッこいてくれてる訳よ!?』


「事情を説明している暇は無い!少なくともオレは、この作戦に於いては君が適任と感じている!……——」


「背負った死の数だけ——いや、それ以上の命を救う作戦指揮をこなして見せろ!翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイトのアシュリーっ!」


『……吠えたわね、英雄殿……!上等——これより今作戦の指揮を、サイガ大尉より私……アシュリー・ムーンベルクが引き継ぎますっ!これで文句は無いわね、英雄殿っ!!』


 彼女が光へと向かうために必要な……奪った命を遥かに超える命を救うと言う使命。

 今がまさにその時と感じたオレは決断した。

 さらに彼女に秘められた、指揮官としての有能ぶりへ一層の磨きをかける方向へと振り——


 これよりオレ達は前代未聞の救出作戦へと、身を投じる事と相成ったのだ。

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