第99話 裏切りの牙が向かう先



 文化交流の祭典も大詰めを迎える中――ある意味宇宙そらでは、最も警戒するべき事態が訪れる。

 祭典の地イクス・トリムが到着時期を調整した事もあり、混乱はなく祭典開幕がなったが……その日時においては、未だガリレオ三衛星の軌道共鳴が起こっておらず――

 計算される次の軌道共鳴時刻へは、警戒の必要が多分に存在していた。


 軌道共鳴で最も警戒すべき三衛星の共鳴……それは時間にして7日前後を周期に持ち――

 そしてすでに祭典の地イクス・トリム到着より前には、前段階であるイオとエウロパによる軌道共鳴警報が発令され――解除された後であった。


 そう――まだイオと、エウロパ……そしてガニメデが引き起こす最大級の共鳴は訪れていないのだ。


「所であんた達、理事長から聞いたんだけど……親がソシャール開発に関わってるって?それって何処の部門になるの?」


 助っ人学生達を引き連れて、男の娘大尉アシュリーが祭典会場のパドック出口……そこから広がるギャラリー交流コーナーへ足を向け——

 その道すがら、学生の緊張を解さんと話題を振った。


 掛けられた言葉へ……パァと瞳を輝かせる女子陣と、ズゥウウンと視線を沈ませる男子陣。

 両極端な反応で答えて見せる。


「アシュリー大尉!この子の両親はね、まさに〈イクス・トリム〉の基本設計に関わってるんですよ!?スペース・クリエイティブ=アサカワって知ってますかっ!?」


「し……志奈ちゃん、恥ずかしいってば!そもそも何で私の両親の事で、志奈ちゃんが喜んでるのよっ!?」


「二人とも私の事はアシュリーでいいわ。へぇ~……って、普通にお嬢様じゃないのあなた(汗)。」


「そんな……私お嬢様なんて言われた事、ないですからぁ……」


 大尉へ解を提示したのは当の本人そっちのけで、テンションが突き抜けるやる気が無かったの少女 志奈。

 しかし何かが吹っ切れたのか、異様に滾り始めたやる気のまま最初にイベント運営補助へ参加の手を挙げた泣き虫少女ゆずを置き去りにする。

 当の泣き虫少女に至ってはお嬢様呼称にむず痒さを覚え、紅潮した顔でモジモジ俯く始末である。


「大尉殿っ!俺もアシュリーと呼び捨——」


「却下。」


「酷いっ!?」


 落ち込む素振りも、そもそも男の娘大尉の質問に無関係なムードメーカーケンヤは先の態度も何処吹く風。

 コロッと機嫌を入れ替え、大尉の愛称呼びへ即座に反応するも――最後まで言い終わる事なく無情にも切り捨てられる。

 クスクスと笑いを零す女子陣を尻目に、一人ブツクサ視線を落とす自称ライバル良太


 そこへ追い打ちをかける様に男の娘大尉の止めが炸裂した。


「そっちの……良太?だっけ?あんたは何かソシャール関係には——」


「あっ!?ダメですアシュリーさん!良ちゃん先輩のは——」


「う……うっせーーーーーっ!!どうせウチの親が作ってる物はちいせぇよっっ(涙)!ゔぁーかーーーーっっ!!」


 まさかの自称ライバルが、号泣のまま走り去ると言う惨状が導かれ——


「……な、何なのよ一体(汗)」


 救いし者部隊クロノセイバーを騒がせた、アシュリー・ムーンベルクが——まさかの己が振り回される現状に嫌な汗を滴らせ、盛大に嘆息してしまった。


 流石に友人を哀れに思った泣き虫少女が、すでにプライドがへし折れかけている自称ライバルへのフォローを飛ばした。


「あのっ、実は……良ちゃん先輩の両親はソシャールの動力機関でも——その……なんです!」


「……それ全然フォローになってないわよ?あなた(汗)。で、動力機関の何処の事なの?」


「え~と……良ちゃん先輩の両親はですね——へーれつ融合?動力炉……ぶーすと機関制御??あれ……そんな名前だったっけ?」


「……はぁ。なるほどね……理解したわ。」


 見事にフォローが空ぶってしまった友人に変わり、無理やり記憶を呼び起こす様に回答するやる気滾る少女志奈

 その回答で男の娘大尉も納得と供に嘆息した。

 同時に相当する機関の特徴を思考整理し——今へし折れかけたプライドのまま走り去った自称ライバルの方を見やりまた息を吐く。

 少年すらあずかり知らぬ、その親御が紡ぐ功績への賛美を込めて。


「(並列融合動力炉統合制御・緊急ブーストアシスト機関……。ソシャールが万一超重力などの網に囚われた場合の緊急ブースト制御機構——その中枢である制御コントロールシステム——)」


「(本人は全然気付いてないみたいだけど……それはこの木星圏の様な場所に於ける、緊急時の起死回生となるシステムよ?そのシステムで数万の民の命が左右される、最終安全装置じゃない……。)」


 「知らぬと言うのは恐ろしいわね。」と、口にしつつもう何度目かの嘆息を吐き……今しがた走り去った少年へ続く様に歩を進める男の娘大尉は——


「取り敢えず……走り去ったお友達を追うわよ?こんなんじゃあんた達の社会体験——幸先ささきも何もないわ。ほら、シャキシャキ歩く!」


「「はーい!」」


「イエスっ!アイ、マ——」


「お前は普通に喋れっ!」


「イダっ!?」


 二人の少女を微笑みながら先導し、ムードメーカーの下士官のノリへ……彼女お得意の、男性への攻撃的な手の速さで小突きつつ——

 満更でも無い雰囲気のまま、学生達の保護者を演じる男の娘大尉がそこにいた。



》》》》



 エキシビジョン走行も終了となり、観客との交流へ向け——今しがた白熱したツインドリフトを演じた相棒RX‐7を、パドックから少し離れたギャラリーコーナーへ移動する。

 すでに人集ひとだかりが視界を占拠し、この祭典での相棒の人気がいかに高いかを見せ付けられた。


 そんな中——そのマシンを展示する区画でが、を引き連れ奮闘する様を目撃してしまう。


「そうか——指令から民間人の祭典協力者が若干名参加……と聞いていたが、なるほど——ある意味あのメンツは妥当だな。なぁ、綾奈あやな。」


 そのメンツをよく知るであろう綾奈あやなへ振ると、インカム越しで感心した様な返答が返される。


『それはそうかも知れないけど……あの子達もよく志願したわね。仮にも学園理事長とあの武術部員の子達……ほとんど日を置かない期間で、数度に渡る危険に巻き込まれてたのよ?』


『その中でアル・カンデを離れてまで、社会体験学習に出るなんて。』


 全くその通りの意見を送ってきた綾奈あやな

 停車し――エンジンを切った相棒よりドアをかち上げて降車したオレは、インカムを外して同じく降車した赤き同僚へ思うままに自分の意見を提示した。


「むしろそれは逆……だと思うぞ?オレは。少なくとも彼らはあのいつきの友人だ……彼の活躍を誰よりも身近で感じられる立ち位置な上——」


「何よりあの、いつきの母親である理事長が手塩にかけた生徒達なんだ。他の生徒を超える勢いで自立心が芽生えれたとすれば――あれほどの危険体験すら成長への糧に変えてしまう……と、オレは捉えている。」


 はぁと息を吐き眉根を寄せて苦笑する綾奈あやなは、「充分あり得るわね。」と賛同意見を提示する。


 そこへ――


「……ああ、英雄殿——じゃない、部隊長と——」


「お・姉・様ーーーーっっ——っは!?」


「「あ……姐さん!?」」


 降車したオレ達の姿を視認したアシュリーが、オレへは適当に(汗)……そして綾奈あやなへはいつもの偏った敬愛から来る超反応を示した——が……何と彼女が背後から感じる視線で踏み止まった。

 その要因は……背後で彼女が支援指導するいつきの友人達——武術部員の困惑の視線を感じていたから。


 しかも男子生徒二人が……オレもちょっと想定外の事態で驚いた。


 するとそんなアシュリーを見やる綾奈あやなまぶたを閉じて微笑する。

 かつて死神と呼ばれた少女が、自分より幼き高等部学生に翻弄されるも……訪れた得難き瞬間に興じる様——

 その姿こそ……綾奈あやなが何より贈りたかった物——光に満ちた世界への一歩だと言うのは、オレ自身も容易に想像できた。


「ムーンベルク大尉……楽しそうで何よりだ。だが——任務である事を忘れない様にな?」


 思考に浮かんだ状況を賛美する様に、大尉へ敢えての言葉を送れば——


「ばっ——つか、五月蝿いわねっ、分かってるわよそんなの!ちゃんと任務も熟してみせるわよ!見てろよ、ちくしょうっ!」


 無用に紅潮させた顔のままキーキー喚き……やはり語尾が男に戻りながら——しかし明らかに変わり始めた彼女の雰囲気へ僥倖と感じつつ、観客との交流へと移る。


 その最中、ふと視界に映った祭典を映し出す会場特設巨大スクリーン——端に表示された時刻でふいにきたるべき事象が過ぎる。


「(そろそろ軌道共鳴の緊急予報が発令される時刻か……。皇子の視線が警告を促していた事もある——ここは一旦気を引き締めるべきだな。)」


 宇宙人そらびとの社会においては日常における宇宙災害コズミック・ハザードに対する物と共に、軌道共鳴が誘発する巨大重力干渉への備えは重要不可欠な心構え。

 さらには不意に訪れる災害に対し……軌道共鳴による超重力の乱舞は、見舞う時刻がはっきりしている分対処もし易い。


 想定された事象へ合わせた緊急予報に備え、重力異常軽減シェルター等への避難勧告は前以て発令されるはずだ。

 と言っても—— 一般的に軌道共鳴による重篤な災害は今まで聞いた事もない。


 それでも、こと宇宙そらと言う世界に於いては軽微とされる災害へも意識を常に払うが通例——


 だが——……その時救いし者部隊クロノセイバーの誰もが想定していなかった。


 たった一人の……裏切りの牙を研ぎ澄ませる女性以外は——

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