イクス・トリムを救え!決死の軍民合同救済作戦!

第98話 出陣!紅円寺学園のお騒がせ生徒達!



「ふえ~~これがサーキット場……!初めてみた~~!」


「おお……これを生で見られるなんて!祭典サポートに志願したのは正解だったぜっ!」


「〔はいはい、二人共――今日は遊びや見学ではありませんからね?スケジュール通り、まずは軍部の方の案内に従い――〕」


「〔お客様の誘導をお願いしますよ?私は別件で寄る所があります……その間、紅円寺学園の名に恥じぬ様しっかり頼みますね?〕」


「「は~~い!」」


 学園へのお達しにわれ先にと手を挙げ参じた武術部部員。

 すでにサーキット場観客席裏側から、誘導ゲート内より……見知らぬ世界へ興味深々なムードメーカーケンヤと やる気が出た少女志那が顔を覗かせる。

 今回の彼等は客側ではなく主催側である裏方を演じるために、祭典開催からやや遅れて祭典の地イクス・トリムへと訪れていた。


「理事長先生……これ、貰って来ました!祭典の役員はこの腕章を付けて下さいって事です!」


「先生、こちら……軍部からの協力者と言う方をご案内しました。」


「〔はい、良太君もゆずさんもご苦労様です。――あなたが救いし者部隊クロノセイバー出向の……ムーンベルク大尉――でよろしかったですね?〕」


「あーえっと、はい私がムーンベルクです。……つか、イントネーションペダリング――初めてお目にかかったわ。」


 そしてこの裏方組へ協力するのは、現在機体を己が不始末で紛失させた男の娘大尉アシュリー――任務に付こうにも搭乗する機体それを失った少女は、自粛行動として民間人への支援指導の任に付く。

 しかし彼女も名前は聞き及ぶも、その設備や機能までは知識の外であった暁の理事長咲弥にとっての生命線――音声合成装置及び、音域調整イントネーションペダリングに見入っていた。


「〔あら、これに興味がおありですか?大尉殿。これは我が暁の大企業フリーダム・ホープ・A・Cが誇る重度の身障者——中でも、声を失った方への希望として生み出した肝入りの製品です。〕」


「〔それを他ならぬ私が愛用する事で、試験運用と改善を重ねるスーパーアイテムですね。〕」


 宇宙人そらびとの文化に於いても、聞こえる音聴覚発する音を失った身障者の絶望は他に勝る物……その希望を失った身障者へ、ささやかな希望をと優先的に開発される装置——

 身障者の中でも、極めて重度の症状であった暁の理事長……彼女自らそれを愛用する事で装置の信頼性と有用性を実証しているのだ。


 車椅子足元で彼女の手足の様に踊る、イントネーションペダリングは……男の娘大尉の賛美に心を弾ませるさまを合成音声で奏で——発した音声の後エヘン!と胸を張る暁の理事長は、其処彼処に幼さを残す愛くるしさを振りまいた。


「噂には聞き及んでるわ……。素晴らしき発明もさることながら、〈宇宙そらのヘレンケラー〉様は私にとっても綾奈あやなお姉様同等の尊敬対象――」


「余命宣告から立ち上がった生ける女神——そんなあなたに出会えた事……この瞬間に感謝します。」


 胸を張る暁の理事長を、羨望の中賛美する男の娘大尉。

 彼女は——その彼女にとって生ける暁の女神は、信仰対象にすらなりえる存在なのだ。


「〔ふふっ……お褒めにあずかり恐悦至極ね。まあ積もる話はありますが、今は祭典運営が優先——またあなたのお話を伺いたいわ……翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイトさん。〕」


 返す暁の理事長は、あえて知り得る大尉の異名を選ぶ。

 そこにはその名が何を背負って戦ったのか——そして……それが何を目指したのかを悟る様な含みを込め——

 男の娘大尉も理事長が言わんとする事を心に刻む様に……呼ばれた異名へ真摯に答える事とした。


「ええ……私もいずれ、ゆっくりあなたとお話がしたいと思った所よ。じゃあ学生さん、私がこれからあなた達と祭典運営補助を担います。ついてらっしゃい!」


「「「「はいっ!」」」」


 男の娘大尉の号令で張り切る声を上げる武術部部員達。

 しかし……否——は確実に、大尉殿の美貌に落とされかけていた。

 そのが、である事実は知らぬままに——紅円寺学園生徒一同は、人生初の祭典補助と言う社会実習へと赴くのであった。



》》》》



 待機任務。

 今までに無いほどの退屈さが俺を襲い、すでに何度目かの欠伸あくびが漏れた頃——コル・ブラント格納庫内で雌伏の時を過ごすΑアルファモニターへ、祭典の躍動が音を伴って響いた。

 映像を占拠するは、クオンさんと綾奈あやなさんが駆るあの愛車達。

 イクストリム内サーキット場を……それはもうヴィークルではあるまじき速度で滑走し——さらにはスピン寸前にも関わらず、超絶接近状態でほぼ真横を向いてコーナーを弾け飛ぶ姿。


 見やった瞬間、部隊に入る前の俺が綾奈あやなさんにスカウトされた時を思い出し——あらぬ物がノド元へ込み上げてきた。


「うっぷ……。つかこれ、見てるだけでもぞっとするな……(汗)モーターヴィークルって、こんな速度で走るんだ……。」


『凄いでしょ。クオンさんがドリフトしてるのは、流石に私も初めて見たけど……綾奈あやなさんのはそれなりに有名だったからね。』


「ああ……(汗)綾奈あやなさんのはドリフト?じゃ無いけど、似たようなの体験したから何と無く分かるっす。俺がΑアルファにスカウトされた時に——」


『は……はは。それはご愁傷様だね、いつき君。』


 ゲンナリした所へジーナさんの自慢が通信越しで飛び、すでに似た体験した旨を返すと同情の様な返しが送られた。

 それは多分にジーナさんもその恐怖を知り得ての物と、察した俺は取り敢えず乾いた笑いを送っておく。


 そんな俺のコックピットへ、また違う所からの通信通知アラームが響き……はて?と首を傾げながら外部モニターへ切り替える。

 現在映像回線で繋ぐ場所とは無関係の場所からの物だったから。


「なんだ?クオンさんや綾奈あやなさんでは無いし……指令からなら通常任務回線で——って!?うおわっ!?」


 回線映像をオンにして……流石に想定外でビックリしてしまった。


『アシュリー殿っ!繋がったであります!こいつですこいつ——このちょっとフレーム搭乗歴が長いからって、もう格好良さが三倍増しな……あ~~——』


『ちょっとどきなさいよっ!?通信が出来ないでしょうが!——おい、聞いてんのか格闘バカ!こいつら何なんだっ!?私の手をわずらわせるって——』


『聞く所によると……同じ部活であんたが部長って事らしいけど——いったい部活そこでどんな教育してたのよ、あんた!』


「……いや、アシュリーさん?つか、なんでウチの部員とあなたが同じ場所へ??」


 まずはウチの部員でも、もはや腐れ縁な良太のどアップでビックリし——そしてその部活仲間を引っぺがす様に現れた、男の娘大尉殿に二度ビックリした。

 その俺が返した返答であんぐり口を開けたアシュリーさん……ちょっと可愛かったけど、すぐ様いつものに戻った彼女が——


『……まさかあんた、何も聞いてないんじゃ——はぁ~~……まぁそれはいいわ。イクス・トリム側からの依頼で、あんたの学園に祭典への人員派遣協力の要請が出てたって——』


『そのあんたのお母上様から届いた通信で、軍部支援者として私が同行する事になったんだけど……その顔から察するに、全然聞いてなかったみたいね。』


 嘆息しながら経緯を語ってくれ、寝耳に水な事態に今度はあんぐり口を開けたのは俺の方だった。


「え~……全然知らなかった。てか……わざと伏せられてた?」


 思うままを口にし思考へまたしてもお袋の企みと過ぎった俺は、嫌な汗に額を濡らしながら——遅れて引っかかる言葉……お騒がせ部員が発した謎のセリフに行き着いた。


「えっと、アシュリーさん……。その、ウチの部員が——良太って言う、たのが……何かおかしな事言ってませんでした?」


『気付くの遅いわね!?それを何とかしなさいって言ったのよ!さっきからこいつらの目が、何かこう……いやらしいと言うか、なんと言うか——』


 対応したアシュリーさんが最初の方の剣幕の割に、尻すぼみのまま余所余所しくなったのを見た俺——そこで全く後先を考えずに、とんでもない言葉を口走ってしまった。


「そ……それはきっと、——えっ?」


『……な、ななななななっ!?ああ、あんた……!!?——後で殺す!ぶっ殺すっ!!』


「ひっ!?」


 ゆでダコの様に真っ赤になったアシュリーさん。

 直後——最初の頃に見たまさに死神タナトスの様相で凄まれ、蛇に睨まれたなんとやらと化した俺は……自分が発した言葉の重みすら理解しないまま怯えて硬直。


 ビックリが強襲した外部モニターが接続を断つまでの間、良太とケンヤの「流石大尉殿、いやあねさん!一生着いて行きますっ!」と言う謎の問答を聞く事もなく——

 硬直の渦中から脱するのに少々の時間を要してしまう俺であった。

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