第97話 魂の共演!クオンと綾奈のツインドリフト!

 MCの絶叫にも似た祭典開催の合図から程なく、一旦パドックへと姿を消した地球と宇宙そらの熱きドライバー達。

 満を持して行われるエキシビジョン——宇宙そらを代表するヴィークルドライバーである、蒼き英雄クオン赤の同僚綾奈による共演の間雌伏の時を過ごすのだ。


 全周へオーバルコースを持ちつつ、高速・低速・複合を数カ所含むコーナーと二つのヘアピンコーナーからなるテクニカルサーキット。

 宇宙そらに浮かぶソシャールコロニーと言う環境故の、限られた空間を生かす様に――立体交差を交える事でそのドライバー達の熱き戦場を生み出していた。


『さあ、始まったチャンピオンシップ!そして今回は残念ながらエキシビジョンのみの参加となったが——この祭典に合わせてマシンを持参して頂いた宇宙側を代表する方々を紹介するぞーー!』


『——今回逆周り走行となるメインストレート、最終コーナーへ注目してくれっ!まずは赤き炎がほとばしる、宇宙製中型スポーツヴィークル……神倶羅 綾奈かぐら あやな選手の駆るアンシュリーク タイプRSだーーーっっ!』


 金属テーブルを足蹴にした興奮冷めやらぬMCが、唾を飛ばす勢いで観客を煽り——歓声に合わせた様に、逆周り最終コーナーから飛び出す疾風。

 ボディカラーを本人が好む赤系でまとめているため、それはまさに赤き霊機Αの搭乗者に相応しき猛々しさを纏う。

 速度が乗るコーナー手前よりの、高速度域に迫る流れる様なテールスライド。

 繊細且つ素早いステアワークにより逆ハンドル状態カウンターステアでマシンをねじ伏せ——飛び出す赤き疾風は赤き同僚綾奈の愛機、アンシュリークだ。


 そのままメインストレートで、まんじを切る様にドリフトしてからの円旋回——支点を中心に円を描くテールスライドで魅せる、通称「円描えんかき」を披露した。


『宇宙と言う舞台……それも宇宙製の車両でこんなアクションが見られる日が来るとは——皆今日はついてるぞーー観・客・席ーーっっ!』


 円描き後も続くテールスライドが、朦々もうもうと白煙を巻き上げ……メインストレートから続く第一コーナーへと消えて行く赤きマシン——

 そして直後……割れんばかりの歓声で、会場が騒然となった。


『アンシュリークに続くのは——地球より訪れた観客はその目を見開くが良い!これが宇宙と言う舞台で舞う——』


『世界で唯一、日本だけが量産化に成功した奇跡のエンジンを搭載し……あの伝説の世界最高峰レースで頂点に輝いたマシン——奇跡の車両——』


 観客席から僅かに死角となる最終コーナー奥から響くは、かつて地球で〈狼の咆哮〉とも〈天使の絶叫〉とも言い表された跳ね馬フェラーリのサウンドさえ凌ぐ高周波の雄叫び。

 エンジン回転上限レブリミットを掠め、排気マフラーからその証である爆轟を吐き出し——遂に最終コーナーから、躍り出た。


との共演……宇宙の英雄クオン・サイガ選手の駆る、地球生まれの孤高のマシン——4ローター搭載のFD3S RX−7……スピリット Rだーーーーっっ!!』


 かつて引き籠り……精気すら抜け落ちた英雄を魅了したのは、地球は守護宗家が開催する箱型ツーリングカーレース――その舞台で一際輝いていた孤高の存在。

 後に彼へ、宇宙人の楽園アル・カンデへの帰路の供にと……地球は宗家を代表するクサナギ 炎羅えんらより友人の証として譲渡されたマシン――


 それこそが今――宇宙そらに帰還し、輝ける邁進を続ける英雄の駆るマシンであったのだ。



》》》》》



 久々の感触。

 背中から凄まじい勢いで押し出される感覚は、重力制御された蒼き霊機Ωとは違う――地球で言う大気圏内を突き抜ける戦闘機のそれだった。

 そこから左右へ振る横Gも同じく……レベルとしては超音速戦闘機には遠く至らずだが、そこには確実にが働ている。


 人類が重力に縛られる生き物である瞬間を思い知らされるな。


 メインストレートを抜けた先では程なく、流す綾奈あやなが華麗にテールスライドを見せ付ける。

 こんな所まで似通っている同僚には、妙な縁すら感じる所だが――まずはこのイベントの掴みを得るため、続いての演目をとインカム越しに声を上げる。


 ただ……、怒鳴るようになるのは致し方なしではあるが。


綾奈あやな!次はツインで攻める!まずは君が先行し――さらに次の周回で入れ替わるっ!」


 眼前でコーナーを舐める様に流すアンシュリークから、距離を置いてこちらもテールスライド――すでに逆周りS字コーナーとヘアピンを抜け、立体交差……通称280度コーナーを横向きのまま駆け上がる。

 そこで綾奈あやなからも怒鳴る様に了承の合図が送られるが――


「了解よっ!次は複合コーナーから飛ばすわっ!――それと……相変わらず、4ローターがやかましいわね!まともに通信が聞こえないんだけどっ!?」


 突っ込みが入ってしまった。

 

「それはすまなかったなっ!では……この二つ先のヘアピンコーナー——合わせるぞっ!」


 嘆息の中気を引き締め、一番の見せ場への準備を図る。

 このドリフト競技における華——単走による魅せる走りも、もちろん競技には欠かせぬ物だ。

 だが——オレが地球で魅せられたのは、それを凌駕する走り。


 ただレーサーがマシンでの腕を競うだけではない。

 レーサーとマシン——そして観客が一体となる……追走と言う種目。

 それこそが地球と宇宙そらの民を一つにする事が叶う、この祭典の華々しき演目——それをオレは演じる事を許されたんだ。


「(きっと時間をおいて、あんたにも届くだろう——だから得と拝んでくれ!あんたが差し伸べてくれた手は無駄じゃなかったと!)」


「(クサナギ 炎羅えんら……オレはここにいるぞ!前を向いて突き進んでいるぞっ!)」


 ヘアピンから複合コーナーを抜けた直後の、逆回りで最も速度の乗るセクション。

 オレのFDと綾奈あやなのアンシュリークがフルカウンター……内側が見えるほどに走行方向と逆向いたタイヤが、アンシュリークのドアサイドギリギリまで近接し——


 ——ツインドリフト——

 オレ達は二台横並びで、逆回り最終コーナーより飛び出した。



》》》》



 歓声に沸いた客席が息を飲む。

 それはドリフト競技においても、阿吽の呼吸が最も必要とされる演目の一つ。

 

 低い速度レンジであれば互いが接触しようと、マシンへの小規模の破損で事は足りる。

 だが……それが200kmに迫る速度であれば、途端にデッドゾーンへ放り込まれる。

 ————

 しかもドライバーにさえ身の危険が及ぶそれは、成功如何いかんに関わらず……もはや正気の沙汰ではない。


 しかしドリフトレーサーは、それを見事にこなして見せる。

 それはただ勝つためだけでは無い——自分たちへ、歓声と羨望を送ってくれる観客へ魅せるため。

 その魅せると言う行為のために、二人の霊装機セロ・フレームに関わるトップドライバーが——二台横並びで逆回り最終コーナーから飛び出した。


『おおおおおおおっっ!!?来たーーーーーーっっ!!蒼き英雄と赤きご令嬢の——ツイン・ド・リ・フ・トだーーーーーっっ!!』


『——っ!?当たるーーっ!ドアとタイヤがギリギリ数センチだーーーっっ!!』


 MCの絶叫が、悲鳴に変わる勢いで会場へ木霊する。

 地球ではすたれ始めたモータースポーツ界……すでにそれを演じられるドリフトレーサーはほんの一握りの時代——

 そんな時代にこの宇宙そらで、伝説級の狂気の走りが飛び出した。


 両者マシンの速度メーターは、すでに180km越えを記録——それが真横に向き、スピンや接触をしないのは正気の沙汰では無い。

 そんな走りを難なく体現出来るのはやはり、両者が霊装機セロ・フレームパイロットである事が由来していた。


 学び、経験を活かすことが出来る前提ではあるが——

 速度に勝る物へ搭乗した者は、それにより経験した以下の速度は停止しているかの様に感じられると言われる。

 自動車より戦闘機……戦闘機よりロケット——そしてロケットより霊装機セロ・フレームと言う具合に、得られる速度感は桁外れに上昇するのだ。


 だがそう単純に行かぬのがこのヴィークルレース。

 二台は双方が撒き散らす、タイヤスキールと共に吐き出される白煙で……200kmに迫る速度の中、まともに双方の位置確認が出来ぬほどに視界を失っている。

 その上でのツインドリフトだからこそ、真価のほどが示されるのだ。


『て言うか、見えてんのか両者!?真っ白で、何も見えねええええぇ(笑)!』


 絶叫から笑いへとめくるめく解説を放つMC。

 ドリフト競技でよくある光景に笑いを込め、観客をこれでもかと楽しませる。

 しかしその妙技は、ドリフトドライバーが真に優れた実力者であるからこそ得られる余裕であるのをMCも理解する。


 そんな白煙で包まれたサーキット場を駆け抜ける二台が、二本めに突入するために逆回り第1コーナーへと消えて行き——

 もはや掴みは大成功の様相で祭典は進んで行く。


 そんな光に隠れた影。

 ……——背後に忍び寄るのも知らぬまま、時だけがただ無情に歴史を刻み続けていた……。

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