第96話 疑心の軍曹と、反意の少尉
デモ走行を依頼されたオレと
デモ走行とは言え、今祭典の目玉でもあるため——
車両メンテに万全を期したいと、マケディ軍曹と数名のメカニックをシャトルへ同行させる。
そのメンツは通常
「大尉殿、少しよろしいですか?」
「構わない……いえ——正直ここなら建前を並べる事もありません。そもそもそちらが年長なのです……今この場はその様に接して頂ければ。」
「……ならば、そうするとしよう。」
シャトル内では現在愛車達の格納されている区画に、軍曹ら総出で詰めてもらっている関係上——シャトル操縦席を含めた乗員席のあるブリッジで、フリーマン軍曹の背を見る形の席へ陣取るはオレと
軍曹の素性を知る者のみが会する場であり……個人的に年長の者からの敬語へ、任務上必要とは言え抵抗のあったオレは——
敢えてそれを踏まえての対話を申し出てみた。
シャトル航行中であるため、すでに目視で確認出来る
「今は祭典が控える故、簡潔に済ませるとして……内通者に対し、あの様な決断を下したその経緯を本人より直接問いたい。回答も簡潔で願おう。」
通信を切断した時点で察したが、「来たか」と思考してしまう。
それも当然の事——彼は元軍部諜報機関の出……その彼からすれば、オレの行動は常軌を逸した奇行でしかない。
シャトルを臨時で操縦代行すると言う名目は、オレと極秘裏に接触するには打って付け――それを踏まえた上で、旗艦との距離を取れる空間を準備した元少佐殿の根回しには恐怖すら覚える。
それはある種の警告——万一彼が納得の行く解が提示できぬならば、実力行使も辞さぬ考えと。
己の存在と引き換えに、全てを敵に回してでも軍部——引いては国家の利となる情報を持ち帰ると言う、特務諜報部時代の覚悟が元少佐より突き付けられたに等しかった。
「……それは、
オレは僅かな逡巡の後——彼女への対処を任された当時そのままの思いを元少佐へ提示する。
嘘偽る必要も無い……いや、彼に対してそれは愚策でしかありえない。
求める解が得られぬなら……問答無用でこちらの命を取りに来る様な、真の諜報部員と呼べる男なんだ——虚言などいとも容易く見抜かれる。
が……そんなオレの思考を見事に読みきった、眼前でシャトルを繊細に操縦するパイロット殿は——
「安心し給え……虚言や愚答だからと言って、いきなり命を取ったりはしない。今の私は操縦士——その観点から意見を問うたまで。」
「なるほど……あの時の宣言も口から出たでまかせなどでは無い様だな。——ではシャトルを早々にイクス・トリムへ向かわせます。大尉殿も準備をよろしくお願いします。」
唐突に戻る下士官じみた返答へ、事は難なく進んだとオレは胸を撫で下ろす。
すると視界に映った
赤き同僚でさえも、眼前の男の秘匿された経緯から来る言いようの無い圧力を感じていたのは、想像に難くなかった。
そんなシャトル内での、ささやかではあるが——肝を冷やす様な一悶着を越え……オレと
》》》》
『
異常事態に対する監視警戒に勤しむブリッジクルー達は、旗艦指令と共に一大イベントの黒子を演じていた。
ブリッジ中央の宙空モニターへ映し出される、耳を
「何や楽しそうやな~~。それを尻目に監視警戒って……これどんな貧乏クジなん?」
「翔子ちゃん、今は任務中。そう言う発言は慎みな。」
「ふえ~~い……。」
気だるそうな雰囲気で
その彼女を定番の如く嗜めるは、任務中の気合いが群を抜く
これまでの危機が桁外れていた事もあり、監視警戒と言う動きの少ない任務にはクルー達も
ある意味
「各員これまでが激戦であった分、気が抜けてしまうのも無理はない。……が、やはりここは宇宙空間——せめて任務中は、いつ何時起こるやも知れぬ危機に対し最低限の心持ちで臨む様に。いいかね?」
飛んだ指令の注しを聞き届け、「あんたのせいよ。」と半目を送る
その中にあって……明らかに他のクルーと異常な温度差が周囲を包む
かけた下縁眼鏡の奥にしまった視線には、傍目では分からぬ程に冷たさと憎悪が渦巻いていた。
「(笑顔で巧妙に隠してはいる——が、そこまで感情をだだ漏れにさせては……見つけて下さいと言ってる様な物だろうに……。)」
「(……彼女が見る先はやはり、奇想天外な策で想定を引っ掻き回した英雄殿か——何せあちらが組んだであろう段取りを、尽く台無しにされたんだ。しかし——)」
視線のみチラリと憎悪舞う少尉を見た後……彼が持つ一般兵には秘匿された素性の上での能力を発揮し、クルー内では違う種の警戒を張っていた。
「(諜報活動を行う者としては、余りに感情コントロールが稚拙——と言うより彼女は、何らかの存在……崇拝対象への過ぎた狂信的思考に突き動かされている。……そんな感じだな。)」
秘匿された素性から来る、全てを見通す様な知識の引き出しで憎悪の少尉を見定める秘匿の軍曹。
その姿は例え形を変えようとも、彼が持ち得る能力が伊達ではない事を裏付ける。
彼に隠された元特務諜報部・特殊工作員と言う鋭い爪が、憎悪の少尉が纏う偽りの姿を徐々に引き裂いていく。
憎悪の少尉が起こすであろう、今後の行動パターンへ目安を付けた秘匿の軍曹……その彼の正体を知る旗艦指令へ視線を移し——
同じく視線を感じた旗艦指令も「今は待て。」の意思を、同じくアイコンタクトで返す。
憎悪の軍曹としてはその視線に気付かぬ訳ではない——しかし、自分を見定める軍曹が元特務諜報部所属である事実は想定の遥か彼方なのだ。
——だが——
想定の遥か彼方であるのは……
それは憎悪の少尉の思考でのみ動いていた策略——彼女がただ、この
「(あんたらがいくら私を監視しようとそれは無駄……。こう言う時のために
「(当然……すぐにバレる旗艦内に、そんな物を仕掛けるのはただの無謀。けど——この宙域ならば話は別だ……。)」
「(旗艦へ配属が決定された時点で、宙域各所へ配置したステルス式・システムクラッキング衛星……それであのイクス・トリムに異常を起す。我がクラッキングの電脳姫——私がかつて地球で生み出した、バーチャル
届けたい者へ届く事なく……虚しき現実を刻むのだった。
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