第95話 開幕!スペース・ヴィークル・チャンピオンシップ!

 木星圏でも稀に見る二つの巨大ソシャールが隣り合う。

 アル・カンデからすれば数段小さな規模だが、それでもアル・カンデ周辺に集合する小規模ソシャールに比べれば確実に巨大だ。


 距離にして10万を超える位置に構えたイクス・トリム――おおかたアル・カンデ側生活重力圏へ干渉せぬ様配慮した結果だろう。

 恒星間航行可能なあちらと違い、アル・カンデはあくまで木星の衛星エウロパL・Pラグランジュ・ポイントに止まる静止衛星の立ち位置——少なくとも、ソシャール単体での恒星間航行それは不可能だった。


 先んじてイクス・トリムへ到着したオレは、ソシャール格納庫から指定された通路を通り——会場予定区画へと、愛車を慣らす様に走らせる。


『久しぶりの景色ね……懐かしさ半分——後ろめたさ半分ってとこかしら。』


「……ああ、綾奈あやなもアル・カンデ居住は長いからな。」


 エキシビジョンでのデモ走行用に、持参したインカム通信装置越し——地上出身である綾奈あやなが後方を走るアンシュリークから声を掛けて来た。

 それへ返答しつつ自分の過去を洗い出し——引き籠もっていた時代の記憶を呼び起こす。


 きっとオレが立ち直るキッカケとなった出来事……地上側の三神守護宗家を代表する者——クサナギ家を代表する当主、クサナギ 炎羅えんらの広き器から来る配慮を思い出した。


「(オレは今、前へと進んでいるぞ?これもあんたのお陰だ……炎羅えんら。)」


 遠く蒼き星で今も御家のために奔走する彼へ……並々ならぬ感謝を込めた謝意を送ったオレは、甲高く鳴り響く4ローターの高周波サウンドを後塵に変え——レース会場へとを走らせた。


 そして——


 視界を埋めるのは、小高い丘上の入り口から一望出来る宇宙そら唯一の場所——モータースポーツにおける、レーシングカーと呼ばれる競技車両の群雄割拠するサーキット場。

 そもそも、一部の限られた者のみがモーター・ヴィークルを所有する世界では全くと言って良い程馴染みのない世界。

 けれどその光景は、オレが全てを放棄しかけていた時に見た光景を彷彿とさせ——言い様のない思いが胸に溢れてくる。


 あの時とは全く違う懐かしさと共に——


「ようこそ、宇宙人そらびとの誇る英雄殿!ささ、マシンをパドックへ誘導します!……それにしても——」


「ありがとう。やはり宇宙そらでこいつは珍しいものだろ?すでに地球ではうん十年を数える旧時代の化石だからな。」


 入り口ゲートより程なく現れたオフィシャルは、恐らく地球出身者だろう——相棒RX‐7を見定める視線が宇宙人そらびとのそれどころじゃないのが証。

 宇宙人そらびと社会の一般人では、相棒が秘めたる価値を理解する事も不可能だからだ。


「化石も何も、こいつは名車中の名車じゃないですか!その上にこのエンジン音——まさかこの宇宙で、伝説とも言われる4ローターサウンドを聞けるとは夢にも思いませんで……と、すみません!誘導を放ったらかして!」


「ああ、大丈夫だ。では誘導をお願いしようか。」


 オフィシャル男性のまさに激レアのお宝を見つけた子供の様な視線に、さしものオーナーであるオレも驚愕だった。

 当時あの炎羅えんらから聞き及んではいたが、流石にこれ程とは想定していなかった故……その勢いに引きかけるが――

 同時にそれが文化交流として不可欠である要素と悟り、返って気が引き締まる事となった。


 オフィシャル誘導の元パドックへ車を進めたオレは、すでに戦いの息遣いで準備万端を顕とする相棒RX‐7のエンジンを切ると――後に続いた綾奈あやなのアンシュリーク……さらに後方、遅れて到着したワンボックス型電動ヴィークルを視界に捉える。

 その運転席に鎮座する、整備Tのイカツイ軍曹の顔を確認し降車した。

 そしてデモ走行を前に……マシンを待機させたオレ達はレースオフィシャル事務所局へ――レース前に重要不可欠なドライバーズミーティングへと徒歩にて向かう。

 その間、向かう足のままインカム型携帯通信端末を通じ――


「こちらは現在オフィシャル事務局へ向かう所だ。いつき、ジーナ――そちらは準備出来ているか?」


『こちらいつきΑアルファは現在待機中……特に異常もないっす!』


『ジーナです。Ωオメガもシステム立ち上げ済み――緊急時もすぐに出撃可能で待機中。』


「了解した。何事もなければ君達は大会中待機任務となるが……決して気を抜かない様にな?」


『『了解です!』』


 二人のヴィークルレースに関わらない後輩への指示を飛ばし、確実な復唱を聞き届けた後——隣に並んで歩く綾奈あやなを見やる。


「二人ともむくれてるかとも思ったけど……だいぶ霊装機セロ・フレーム乗りとしての雰囲気になって来たな。まぁ……ジーナは兎も角、いつきはヴィークルさえ持っていない学生なんだが――」


 何気ない会話へ、何気ない話題を乗せる。

 けれどオレはすでに聞き及んだパートナーの精神状況を、その言動で逐一把握に努めていた。

 言うに及ばずジーナの言動は、ある時期を境に無用なカラ元気が目立つ様になり——同時にオレの視界から離れた際の塞ぎ込み様は、いささか常軌を逸し始めていた。


 共に切磋琢磨する同期のいつきが、あからさまに成長を見せ……見るからに前を向き邁進する姿が、ジーナの変調を余計に際立たせていた。


 それは、同じ女性パイロットである者にも悟られる事となり——


「クオン……何か隠してない?いつき君は……バカにする訳じゃないけど、正直すぎる真っ直ぐさで嫌でも状態が把握できるわ。でも——」


「問題はジーナちゃんよ……。最近彼女おかしくない?」


「……流石は綾奈あやな——よく見てるな。現状は部隊士気に関わるため、大袈裟には出来ないが……綾奈あやなの直感通り。状況によっては公開も考慮して——」


「それ……あの子の個人的な状況絡み……ね?こちらでも何となしに警戒しておくから――あんまり一人で抱え込み過ぎないでね?」


 言葉を濁す様に語ったオレの意図を察した我が同僚——機転を利かして、それ以降を有耶無耶にする形で言葉を切ってくれた。

 やはり彼女も引き籠っていた時分のオレへ、たゆまぬ献身を見せてくれた女性……配慮のレベルが頼もしい領域だ。


「理解に感謝する。……さあ——オレ達も気をとり直して、しっかりデモ走行を演じよう!」


 嘆息のままにオレの言葉へ同意の視線を送る赤の同僚と共に、オフィシャル事務局へ向かうオレ達——

 開幕間近の祭典への意気込みをたぎらせる。


 ——その最中に訪れる……己が弄した策の導いた、悲しき結末を示唆する緊急事態襲来を知らぬままに——



》》》》



 宇宙そらと地球の文化交流。

 数少ない共通点となるモータースポーツの祭典——その開幕が宣言される。

 ソシャールと言う宇宙そらでは限られた空間故、いたずらには広げられぬ観客席ではあるが……祭典専用に建造されたこの地は、大半をそれで占める広大な敷地を有し——

 居住区画も祭典関係者と観客動員を考慮した、一種のリゾート地として機能していた。


 限られた空間では娯楽の種類も限られ——それが影響し、この様な祭典も立派に宇宙そらを生きる民の息抜きとして機能しているのだ。


『さぁ、始まったこの宇宙の祭典——S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピオンシップ!今回のレースはドリフト競技だーーー!!』


 マイク片手に荒ぶるMCは、かつて地上の一文化として進化したドリフト競技のMCを彷彿させるノリ——備わる叫ぶ様は、ノリと勢いが信条であるドリフト競技そのものを表していた。

 文化発展交流の関係上、手に汗握るレース展開は同じくするも——固唾かたずを飲んで静観するタイムアタック競技よりも……観客へのパフォーマンスと共に、選手と観客が一体となるドリフト競技が選ばれた。


 厳しくも簡略化された規定の元でジャッジされるこのドリフトレース——そこで相対する地球側と宇宙そら側のドリフトレーサーが、サーキットメインストレートへマシンと合わせ一同に会す。


 その中央へ——


「今回は私共の呼びかけにお答え頂き、感謝しています。宇宙そらを駆ける蒼き英雄殿。」


「……むず痒いので、流石にその呼び方はご勘弁願えるかな?ここでは一選手と同等の扱いで構わないよ。」


「では失礼して——サイガ選手……君の走行を見られるこの日を待ち望んでいたよ。」


 宇宙そらと地球の双方を代表する選手である二人——宇宙そら代表はまさに今回、デモ走行を依頼された蒼き英雄クオン

 ——対する地球側は、今大会に合わせて急遽宇宙へ上がった選手……現在地球の各大会を荒らし回る、世界を代表する選手——

 〈ドリフトキング〉の称号を囁かれる青年……葛葉 煉矢くずのは れんや選手だ。


 地上で廃れ始めたモータースポーツ文化。

 その状況に業を煮やした国際モータースポーツ連盟が、現在地上でスポーツカーの特殊任務導入と——それが緊急走行出来る法整備を、国との共同で進める三神守護宗家を味方に付け——

 自動車とそれが活躍するレースの舞台を、宇宙そらにまで広げようと言う奇想天外な偉業——その中心であり先駆けとなった人物が、この未来のキングこと葛葉くずのはであった。


「地球では多くのスポーツカーが今や化石同然——しかしそこへ詰め込まれた、レーサーの思いは今なお熱くたぎっています。我らが思いの結集である戦闘車両ドリフトマシン……それを用いた上で、あなた方宇宙人そらびととの文化交流——」


「互いの健闘の元、見事に成功させて見せましょう!」


 出された手は、ステアリングを振り回し——マシンをねじ伏せて来た歴史を刻む様に……力強い骨格を顕とする。


「ああ!デモ走行のみ参戦ではあるが……地球側同胞の健闘——期待させて貰う!」


 宇宙人そらびと社会を代表し、蒼き英雄が固く握手を交わすと——

 すでに観客席へ訪れた双方の民が、割れんばかりの歓声を浴びせ掛けた。


 地球と宇宙そらにおける交流の祭典——S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピオンシップの開幕である。

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