第94話 小さな勇気は火を灯す
すでに祭典開催の地が木星圏へ二日の距離を切った所、
言うに及ばず旗艦の出撃の必要性が発生していた訳で——指令の重ねに重ねた渋面の理由が分かった気がしたな。
全く……指令もつくづく大変だなと同情してしまう。
今回の任務ではオレも予定していた事だが、
だが流石に、
当然といえば当然の事だが——
ともあれエキシビジョンと言えど、あちら様が文化交流の決め手として組み込んだデモ走行で腑抜けを演じる訳にもいかない訳で……オレはその決め手でもある愛車——地球は日本で生まれし
「あら、早速危険な得物の調整かしら?よかったわ~~レース形式であなたと戦わずにすんで……。」
「はぁ……何かトゲしか無い言い方だな
文化交流ではある——が、地球のお偉方が
あくまで地上の民とソシャール民間人との交流を主体に捉えたイベントと、
それは一重にたかが文化交流であれ、それしか手段が無いのであればお偉方観覧の時点で趣旨が変化するからだ。
あくまでも、一部の者の行いに限ってだとは思うのだが。
オレが相棒をリフトアップし車体下回りの点検を行いつつ、掛ける言葉にトゲが剥き出しの
「分かってるわよ。……そのためにアンシュリークの整備に寄ったんだし。」
大人可愛いむくれ顏を披露した彼女は、言葉を濁した。
ツカツカと自分の車へ早足に向かった赤の同僚を見やり……思考へいつもの手と足の襲撃さえ無ければ彼女とて、引く手数多だろうと苦笑しながら車体下へと潜り込む。
それから三十分と経たぬ内に再びの来客が、
しかし珍しい顔を見つけたオレは、こちらから声を掛けてしまった。
「これはフリーマン軍曹……あなたがこの様な場所に出向くのは珍しい。何かご用で?」
と、オレの声に反応した軍曹も軽く手を上げ応対してきた。
「いえ、大尉殿がこちらにおられるという事で……少々変更となった予定をお伝えに上がりました。」
気取った風でもなく……しかし自分より年長の風格を宿す彼は文字通り、オレよりもそれなりに年齢の離れた人生の先達——のはずだ。
はずだとあやふやなのは、実の所彼自身というよりその経歴に特異な点を目にしていた故……真相が掴めずぼやけるのだ。
予定変更との言葉。
わざわざ通信を使わず訪れたのも、こちらが早々に蒔いた内通者への対応と察したオレも速やかに応じる事にする。
「予定変更……?軍曹が配された点で何か不都合でも生じたとか——」
「ああ、いえそう言う訳では。実はですね、サイガ大尉と
「そのパイロットを急遽、私が担当させて頂こうと段取りを組んだ次第——事情はすでに
ブリッジクルーでも数少ない男性クルー……それでいて、クルーから浮いた感を醸し出す彼が突如移送シャトル操縦を買って出る——
そこには、相応の意図が盛り込まれていると感じた。
「了解した。時間的な変更がない様であれば、定時には車両を移動し——以降は軍曹にお任せしよう。よろしく頼む。」
そう口にしたオレを、何か思案顔で見やる軍曹。
そこへわずかに感じたのは……疑念。
ほんの僅かではあったが、すぐに笑顔を見せる軍曹は——
「はい。では定時にシャトルでお待ちしております。」
嫌味では無いが……どこか敬遠した様な敬礼を返すフリーマン軍曹は、必要最小限のやり取りを終えると——そそくさと大格納庫を後にした。
そのやり取りを見ていた
「あの件に賛同するクルーが大半を占めるって……聞いてるでしょ?クオン。それへ反対するクルーはほんの一握り——フリーマン軍曹はその筆頭よ?」
「……そう……か。」
彼から感じた疑念は間違いなく、オレが講じた内通者への策に対する物——そして同時に彼の特異な素性が思考へと過ぎった。
「(……フリーマン——C・T・O特務諜報部旧所属……情報収拾のプロフェッショナル、ロイック・フリーマン元少佐……か。)」
極秘情報にあった、任務上彼が関わるある事件で——極秘で侵入していた先の内情を知り過ぎた彼は、仲間への危機的状況を回避するため殉職の方向で姿をくらませたと記述されていた。
それが彼の階級——少佐ではなく、軍曹である理由だと言う事は……軍上層部でも共通認識とされていた。
この祭典開催を控えた時期に、
》》》》
「〔——と言う訳で、急ではありますが……あちら様からの依頼に対して当学園からもスタッフを用立てる事となりました。尚——〕」
「〔この件へ協力して頂いた生徒には、学園より志望専科先への推薦もと考えております。〕」
それは唐突な依頼。
祭典開催に際し……地球側の人員不足を理由に、
かつては地上を席巻したモータースポーツも、環境悪化の悪役に仕立て上げられ……いつしか地上の人々から、その熱が奪われ始めていたのだ。
急遽の報を受けた学園も、授業の合間を縫い各教室へその
「けど理事長先生。学園規則では原則——他ソシャール間イベントへの参加や支援は、学園卒業後に正式な手続きを経て……って言われてなかったですか?」
「〔はい、そこ……よく覚えてましたね。その通りですが——今回は特例です。その経緯として——〕」
そこは武術部部員も属する学年——それもあの格闘少年の後輩……一年生の教室であった。
唐突に理事長自ら語る要請へ疑問を提示した生徒。
それに応じた解を、学園理事長が順を追って機械合成音声にて話し進めていく。
「〔元来その規則は学園での災害時における知識と経験が、社会人として最低限必要な物を備えている上での規定——それも個人で活動できるレベルを指します。が——〕」
「〔今回は軍部主導の下で活動する民間協力と言う関係上、その規定は一部免除されます。まあ……軍部としてもその職場体験を
楽園軍部にとって、楽園内の学園は運命共同体であり……未来を担う若手育成の期待を掛ける組織。
その趣旨を軍部より聞きおよぶイクス・トリム側が、ならばと人材育成への協力と言う方向で依頼を振った形だった。
しかし——
「〔協力を申し出る方は、ぜひ挙手をお願いします。〕」
生徒への説明後……参加者の名乗りを期待し告げた理事長であったが、騒めきと共に生徒がみな顔を見合わせる。
そこには不安と恐れ——未だ学生である彼らは、すでに襲った未曾有の楽園直撃型災害と……それすらも上回る恐怖——
敵対勢力による楽園襲撃を体験してしまった故、楽園の外へ出る事にさえ増幅する不安で尻込みする様になっていた。
「(やはり先の今では、皆も足が前へと出ませんか……。)」
生徒の反応も理事長は織り込み済み——すでに危惧した状況は、参加者は決定済みの二人のみの結果へと進もうとしていた。
だが——たった一人の声が教室を驚きと沈黙へと導いた。
「は……はい!私……参加します!いえ、参加させて下さい!」
生徒が同時に声を上げた者へ注目した。
だがその視線にまさかとの驚きが宿る。
「〔……まあ想定通りではありますが——浅川さん、参加でよろしいですか?〕」
声の先に立つのは格闘少年の一年後輩であり、武術部員の少女——浅川ゆずである。
「ちょ……ゆずちゃんだけが立候補したら私置いてけぼりじゃん!?理事長先生、私も参加していいですか!?」
そして……勇気を見せた
「〔——他に参加者は?」」
そんな二人の参加の声も生徒皆の心には届かず――それ以上の挙手は無いと判断した教室へ向け、理事長も決を言い渡す。
「〔では以上が参加者となります。他のクラスは高等部二年生の佐城良太君、ケンヤ・アルバート君——そして一年生は浅川ゆずさんと、片折
理事長の言葉へ「あっ……。」と顔を見合わす二人はそのまま苦笑を零す。
結局は、武術部面々ですでに決定していた様なものであった事実へ。
しかしそれは確実に……誇らしき大人の階段へと、同級生達よりも一歩早く歩み出した生徒達の道。
その先には紛う事なく、自分達を救い……そして今も多くの人命のために、数多の危機へ立ち向かう武術部部長——
今も
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