第100話 クラッキングの電脳姫



 イクス・トリムへの軌道共鳴臨時予報。

 発令を確認した。

 いずれ観客を含めた者は、最寄りのシェルターへの避難を終えるだろう。


「(この旗艦内では現状私が設置したクラッキング衛星の位置は把握出来ない——けれど、事前にキーは仕込んでおいた。)」


 この艦へ搭乗する前に急遽衛星設置を急いだのは功を奏した。

 まぁその対象はイクス・トリム——隊長からの言葉がなければしてる所だ。

 合わせてこの計画で無用の犠牲を払わぬ様厳命されているから、観客避難を待つも止む無しだけど——


「(正直私を社会から疎外した地上人も混じる観客相手では、そんな猶予さえ与える気もはばかられる。それでも——私を拾い……必要としてくれた隊長の指示は絶対だ。)」


 それを踏まえての計画実行……暴れまくる傭兵隊が起こす火星圏宙域での騒動は、イクス・トリムが木星圏へ避難する口実になると推測され――

 隊長の推測は見事に的中し、今の状況を生み出していた。

 だから最初の時点で衛星に設定したキーは、イクス・トリムとS・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピオンシップ——祭典の地が星間航行した際、備蓄資産低下から来る臨時祭典開催に漕ぎ付けるのは想定済みだった。


「(後は迎えがそれに反応してこちらを回収しに来る。どうせユーテリスは動かないだろうし、アーガスでは役不足——というか頭が不足してる。消去法ならあいつ——)」


「(みたいなラヴェニカなら、隊長の命に絶対服従……と考えるだけでもあの女以外に思い付かない。)」


 ラヴェニカの搭乗するスーパーハーミットの重力圏離脱ブースターなら、三衛星の軌道共鳴直後の重力が荒ぶる真っ只中であれ辛うじて離脱可能——


「(つまり……。イクス・トリムの危機にこの部隊は動かないはずは無い。)」


「(ならば——その危機を回避した直後こそが私の決別の瞬間だ。)」


 私はその決意のまま、無様に一喜一憂する哀れな群衆をモニターで睨め付けた。

 これより私は宇津原うづはら シノではない……ユミークル・ファゾアットとして——

 ザガー・カルツの構成員としての人生へ戻る。


 その狼煙こそが、私が地上のネット空間で生み出した電脳世界のクラッキング姫——バーチャルC・tubaコズミック・チューバー……ユミークル姫なんだ!



》》》》



 蒼き霊機Ω赤き霊機Αが待機任務に従事する中、すでに部隊として馴染む鉄仮面の部隊長アイアンフェイス・コマンド率いるエリート部隊キルス隊と——女性を目指す者部隊ラグレア隊はすでに出撃を見ていた。

 現状機体使用による作戦行動可能な各員は、剣を模した旗艦コル・ブラント外縁へ陣形を組み祭典護衛の任につく。


『ようやく訪れた任務も、中々に気合の抜ける護衛任務——火星圏での目眩めくるめく争乱が嘘の様でさぁ、隊長。』


「謹め、ニキタブ中尉。この楽園周辺では、災害防衛セイブミッションを含む緊急事態に対応した警護任務も立派な軍の責務だ。現に楽園アル・カンデの歴史で見ても、いたずらに災害での被害拡大が無いのは正に防衛軍の働きの賜物——」


「皇王国本国が如何にこの楽園へ力を入れているか……そして、そこで活躍するC・T・Oと言う軍事機関が如何に優秀であるかを表している。」


 旗艦外縁で陣を組むエリートの一角、屈強な中尉パボロが思わず零した言葉へ注しを入れる鉄仮面の部隊長クリュッフェル

 鉄仮面と称される彼をして、この宇宙人の楽園アル・カンデを代表する防衛軍——皇王国直轄でもあるC・T・O機関は評価に値する組織であった。


 すでにそこに組み込まれて久しい鉄仮面の部隊長は、今はその機関の延長である救いし者部隊クロノセイバーに所属する事も踏まえ——


「元来軍とは使、災害の様な……初めて真価が問われるもの。我らが組み込まれた部隊こそが、防衛軍のあるべき姿と——肝に銘じておけ……中尉。」


『……でさぁね。了解……肝に銘じておきまさぁ。』


 血気盛んさを見せるも場にそぐわぬ解であったと、屈強な中尉も素直に従う。

 この様なやり取りも、エリート隊にとっては日常のやり取り——鉄仮面と称される隊長へ物怖じせずに言葉をぶつけ……その意見の是非をしかと見定める隊員も、やはりエリートを地で行く優秀さを見せた。


「相変わらず堅いやり取りね~~。流石はエリート部隊……ウチの隊長はその点で行くと、随分と扱い易いわね~~。」


『あら~~それは同感ね~~。ウチの隊長~~——ほんとーに、扱い易いですわね~~。』


『ははっ……(汗)そちらは隊長不在と言う状況下、中々に酷い言いようですね……お嬢様方。』


「やだわ~~お嬢様なんて~~。ウチの隊長は……むしろ私はのよ~~?」


『あらやだ~~それはカノエだけにして欲しいわね~~☆流石おネェは違いますわ~~。』


「ちょっとエリュ……あなたも大概、言う様になったじゃない。けどそれも、ウチの隊長から殺気が著しく抜けた事が多分に関係してるんでしょうね。」


『そこは喜ぶべき所とは言えますね。——ん?何だこの反応……。隊長——』


 エリートのもう一角——中華系中尉ディンおネェ中尉カノエの言葉へ突っ込みを入れ……そこへ割って入る性転換少尉エリュトロン

 救いし者部隊クロノセイバー結成からこちらの死闘が、良い意味で部隊内の壁を無きものとし——さらには正規軍と民間協力軍と言う、を取り払った関係が構築されていた。


 最中——電子戦担当である中華系中尉が、ふと見やった機体内モニターへささやかな異常を発見し、その旨を隊長へと告げようとする。

 それはガリレオ三衛星の軌道共鳴発生時刻——その事前予報が祭典の地へ鳴り響き、観客と選手……さらに祭典運営側も含めた者が緩やかにシェルター避難を始めた頃——


 関係すると思われるあらゆる部署へ——

 同時多発的に起こる異常……地球と宇宙の民をも巻き込む緊急事態。

 木星圏宙域へと静かにその爪を伸ばすさまが、不穏なデータの羅列となって――祭典の地イクス・トリム宙域を飲み込む様に映し出さていた。



》》》》



「管制官……イクス・トリムの機関出力は良好です。現在三衛星軌道共鳴の臨時予報発令を確認——観客のシェルター一時避難も程なく完了です。」


「了解だ。万一のために、シェルター緊急パージシステムの作動チェックも怠り無く——」


 祭典の地——ソシャール〈イクス・トリム〉管制室。

 木星圏での興行に際し……宇宙人の楽園アル・カンデからのデータを元に、ガリレオ三衛星の軌道共鳴時刻を算出——

 その時刻に合わせた、観客及び祭典運営員のシェルター避難準備へと移る。


 楽園側からこの三衛星による重力の事象は、船外活動を行う者には厳重警戒が必要とされるも……ソシャールコロニーと言う大型設備内にいる者への直接被害は軽微とされていた。

 しかし重力異常とは、が相手であるため……生活重力圏内の者にも身体的被害の可能性が残り—— 一定の生活重力が維持可能なシェルター避難が推奨されていたのだ。


 木星圏と言う、超重力源と隣り合う世界で生きるための術。

 祭典の地も宇宙人そらびと社会の規範にのっとり、民の安全を最優先とした災害対応を展開していた。


 だが——

 この時ばかりは、その備えでさえも対応しきれぬ異常事態が——歓喜と歓声に沸いた地へ只ならぬ不穏を撒き散らす事となる。


「……ん?何だ、このノイズ?統制官……正体不明のノイズが突如——なっ!?全てのモニターがっ——」


「どうしたっ……状況を知らせろ!一体何が……——なんだ、これは!?」


 祭典の地管制制御室——その異常は突如として訪れた。

 制御室内全てのモニターが、ほぼ同時期にノイズをともない明滅……直後一斉にシャットダウンしたかと思うと——

 全てのモニターを占拠する様に、一人の少女が投影された。


『ハロハロ、モーニーング!皆元気かなぁ~~☆わ・た・し・は、皆のアイドル……電脳姫のユミークル姫だよ~~☆ブイッ!』


 異常を極めるは、全く場にそぐわぬハイテンションの少女が現れた事——否……少女であるが、その画像はあたかも人の様に行動するの様相を呈す。


「何が起こって……そんな――システムが!……管制官、イクストリムのシステムが……シェルター施設を除く全ての管制制御が——」


 その完全に異常が異常を呼ぶ事態——補助を担当する副管制官も双眸を見開き訴える。


『今日は皆さんに、残念なお知らせなのです~~。故あって~~これよりこの祭典の地を~~電子的にジャックさせて——い・た・だ・き・ますぅ~~☆キャハッ!』


 ザガー・カルツに属するたった一人の女性が……己が部隊へ回帰するそのためだけに——

 数多の民間人を巻き込む緊急事態——その引き金を引いた瞬間であった。


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