第92話 祭典の地 イクス・トリム



「聞いたか!イクス・トリムがアル・カンデまで来るって話だぞ!?確かあそこって——」


「ああ……うん、私の両親が設計に関わってたんだよね~~」


「ウソッ!?ゆずちゃんそれ初耳なんですけど!?」


「——実は内んとこも——」


「「「それは知ってる。」」」


「ちょっ!?それ、酷くねぇか!?」


 合同演習にて武術部の誇る部長様の、感極まる一騎当千を存分に楽しんだ武術部員一行は……お約束の騒がしさのまま、招待されたC・T・O本部施設を後にしていた。


 学園への帰りにまで、軍から送迎シャトルが準備された彼らは終始ご満悦——さらにシャトル内では、すでに軍内部に飛び交っていた祭典の地イクス・トリムが木星宙域に訪れる情報を何処からか聞き付け現在に至る。


「〈全くあなた達は……。まだその情報は、おおやけにすらなっていないはずですよ?いいですか?軍部ないし、楽園アル・カンデ管理者である水奈迦みなか様からの告知があるまでは他言無用でお願いしますね。〉」


「「「「はーい!」」」」


 泣き虫少女ゆずちゃんのささやかなカミングアウトには、驚きを露わとしつつ——自称ライバル少年良太の戯言には、間髪入れずのツッコミでいじり倒すお騒がせ部員達。

 軍施設まで引率に向かっていた学園理事長咲弥も、まだ漏れてはいけない情報で盛り上がる部員達に嘆息——注意を促していた。


「〈しかし今の話ではないけれど、浅川さんのご両親——ソシャールの基礎設計開発は順調なのかしら?〉」


「あっ……はい。いつも忙しそうにしてますが、実家へは必ず帰って来てくれて——いろいろ開発逸話を聞かせてくれるんですよ。それが結構楽しくって——」


「ゆずちゃんは将来ソシャール設計とか、そっちに進むって言ってたもんね~~☆」


「……ちょ、志奈しなちゃん!それ内緒って言ったでしょ!?」


「〈あら?内緒にするなんて勿体無いじゃない。それは宇宙そらに生きる人として、とても立派な夢ですよ?むしろ誇っても良いぐらいです。〉」


 理事長と生徒の他愛もない会話。

 そこで語られるは、生徒の両親が宇宙人そらびとの生活のかなめに関わる職業柄である事実——しかし、理事長と友人から褒めちぎられるも……恥ずかしさを前面に押し出してしまう泣き虫少女であった。


 その会話にむくれる自称ライバル少年も、無用な負けず嫌いを発揮し——


「う……ウチの親父だって、ソシャール開発に関わってんだぞ!?——それもメイン動力機関の……その安全なんとかって……その——」


「ああ、知ってる知ってる。メイン動力機関の横の方にあるね。」


「小ちゃくて悪かったな!動力機関は動力機関じゃねえかっ!」


 どうも自称ライバル少年は、両親が開発に携わる物のがトラウマである様で——負けじと叫んだ割には語尾は聞き取れぬほどすぼまり——

 結果……見事に友人のいじり第二弾を受ける事となる。


 だが——定番のいじりあいを披露する少年少女達を尻目に、ライバル少年の言葉に強く反応した理事長。

 思考の中で人知れず、感嘆を露わとしていた。


「(……詳しくは聞き及んでいなかったけれど……なるほど、そうなのね。良太君は気付いてはいないでしょうけど——)」


「(その設備はソシャール動力機関施設でも取り分け重要な、緊急装置……。その存在如何いかんで何千——何万もの命の生死を左右する、極めて高い信頼性を求められる最終安全装置なのよ?)」


 何気ない理事長と生徒のやり取りは、軍が手配したシャトルが学園へ到着するまで続いていた。

 しかし武術部の少年少女達は未だ知らない。

 火星圏から訪れた巨大なる来訪者の命運が、自分達の口にしたそれにより決定される未来を——


 そしてまさか自分達が、その渦中——

 地上と宇宙そらの国際的な文化交流面……へ身を投じる事になろうとは——まだ……知る由もなかったのだ。



》》》》



 モアチャイ伍長を引き連れて、オレは旗艦内大格納庫へ訪れる。

 すでに作戦時や待機時と……幾度ととなく足を運ぶそこは未だ新鮮で、八年引き籠もった歳月を無きものとしてくれ——存外にその道のりも気に入っていた。


「おいっ!Αアルファの装甲補修……まだ終わってねぇのか!こいつはいつ出撃命令が下るか分かんねぇ機体だ……それを頭に叩き込んどけ!」


「「「アイサーっ!!」」」


 木霊するマケディ軍曹の声が今日も響き、勢い付いた整備班が所狭しと駆け回る。

 宇宙そらに上がってこちら——この整備班の働きに、どれだけ助けられただろうとの思いにふけりつつ——

 ウズウズ感が只事でなくなっている隣のマスコット少女を見やる。


 かく言う彼女も臨時の整備研修を行っているが……取り敢えず非番には休憩をしかと取る様嗜めておく。


「モアチャイ伍長……非番の時はしっかり心と体を休めておけよ?特に伍長の心身は伸び盛り……しかし無理を通せば、成長してからの五体に負担として伸し掛る。」


「医療の現場を目指すならまず、己の心身を労わる事から始めないとな?」


「おお……、大尉ドノ——ローナと同じ事イッテルのだ!大尉ドノもイリョーを目指す方ナノダ?」


「そうか……実はこれ、ローナの受け売りだ。これはしてやられたな。」


「ウケウリなのだ?やっぱりローナは、凄い医者ナノダ!ホコッテいいのだ!」


 テンションが上がると、やや言葉の意味がチグハグになるが——その度彼女の成長度合いを確認でき、癒されるので良しとする。

 と、その姿を視認したイカツイ軍曹が歩み寄り——しかしニヤニヤと、意味ありげな表情でオレを覗き込んで来た。


「おうおう、クオンよ……相変わらずの人気ぶりだな!ここんとこ、ウチの部署でもお前さんの噂で持ちきりだぜ?それもからなぁ~~。」


「その、いろいろな方面と言う点は聞かないでおくよ(汗)心当たりしか浮かばないからな。それよりも——」


 女性陣からのいじりは兎も角、いろいろな方面と言うくだりがこのの整備チーフにだけは触れられたくはない点と察し――さらっと話をすげ替える事にしたオレは、想定通りの事態による被害を極めて軽微に抑えられた点へ触れ謝意を添える。


「先のアシュリー暴走の件——よくあそこまで被害を抑えてくれたよ、チーフ。それに……最高の仕事をこなした整備チームの働きは、目を見張る物だ。本当にありがとう……仲間を守っててくれて。」


 それは紛う事なき本心。

 想定していた事態であれ……大破した機体の整備もろくに為されていなければ、アシュリーの命も無事では済まなかったはずだ。

 だからこそ、整備チームの仕事ぶりには感謝以外に浮かばなかった。


 その褒め言葉がむずがゆかったのか、ボリボリと頭を掻き視線を泳がせるマケディ軍曹は——


「あー、よせよせ。俺らは依頼された仕事を責任持ってこなしただけだぜ?むしろそれは出来て当たり前……そんな褒めちぎる様な事でもねぇだろが……。」


 想定通りの言葉を返して来た。

 そこにあの、救急救命艦隊を取りまとめる猛将に近しい遠慮を感じ……軍曹の背後へと目を向け言い放つ。


「それでもさ。その当たり前を、当たり前としてこなす事がどれ程困難か——オレは嫌と言うほど味わって来た……。それにマケディ軍曹はそれでもいいかも知れないが——」


「あんたの背を追いかける若き精鋭は……やはり褒めてやらないと伸びが鈍くなるんじゃないか?」


 オレの言葉で気配に気付いたマケディ軍曹が、振り向き目にしたのは——いつの間にか集まって来ていた整備チームの若き精鋭達。

 すると軍曹はふと真っ先に目に止まった、未だ地球で言う十代未成年を抜けたばかりであろう整備員を呼び付けた。


「ちょうどいい!おい旗條きじょう……英雄殿にあいさつしとけ!」


「えっ!?いいんすか!?」


「おうよ……を軌道に乗せるためにゃ、このタイミングを利用して英雄殿へ口添えして貰うのが手っ取り早い!」


 呼び付けられた旗條きじょうと言う青年は、緊張からか震える足で歩み出るが——しかし見据える双眸は熱き情熱をたぎらせていた。


「ご、ご紹介に預かりました!俺……いえ、すみません——自分は整備課内Αアルファチーム整備部門所属で、マケディ軍曹補助を兼務する旗條きじょう・ディスケス一等兵であります!今後ともよろしくお願いします。」


 たどたどしいあいさつではあったが、最後にいつきを彷彿させるしくじりで締めくくり……表情を紅潮させて「しまった!?」感をぶち撒ける。

 いつきもそうだが語尾に「っす。」を付ける若者達は、上官への応答の際もが抜けぬのだろう……だが個人的には大した事ではないと苦笑を送り——


「はは……構わないさ。いつきでも最近は遠慮もなく「っす!」と語尾へ繋げてくるんだ——慣れたもんさ。では、よろしく頼む……ディスケス一等兵。」


 送った言葉に気持ちを緩めたディスケス一等兵は、凛々しき敬礼を返して来る。

 その新進気鋭の青年が口にしたΑアルファチーム整備部門と言う言葉で、軍曹が彼を呼び付けた意図がその時深くまでは察せず――


 後々ディスケス一等兵を全面的に後押しする事になったオレも……その時点では、彼を一整備クルーとして対応していた。


「さあお前ら!英雄殿自らこの整備チームへ賛美を送りに来てくれたんだ。これからも気合を入れて、整備チームの名に恥じねぇ仕事……こなして見せろっ!」


「「「アイサーっっ!」」」


 大格納庫へ木霊する、職人魂を携えし整備クルーのたぎり。

 程なく軍曹以外の皆が散って行く様を見届けながら、小さな整備兼任伍長殿も同じくたぎりを顕にしていた。


「み……みんな、キアイが違うのだ……!やっぱりクオン殿はスゴイのだーーっ!ピチカもセービとイリョー——セイシンセイイでとりくむのだーーっ!」


 両手を上げて元気を爆発させる幼き少女を、まるで自分の娘を見る様に蕩けた表情を見せていたイカツイオヤジを尻目に——

 見上げた先の蒼き雷光Ω赤き炎陽Α……そしてそれを護衛する機体群——視認しつつ見回り残しがないかを逡巡する。


 ——直後に指令より……外来ソシャール防衛の任務を告げられるまでの時間を、大格納庫で過ごすオレであった。

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