第91話 臨時開催予告、宇宙の祭典



『——と言う訳で、いささか物騒となった火星圏での興行を一時控えたところ……こちらのソシャール運用コストが当面の間不安定であると言う結論に——』


「ええ、なるほど。そう言う事おしたら、当方アル・カンデ側としても協力を惜しまぬ次第おすが……問題は——」


 剣を模した旗艦コル・ブラントがイベント興行の事後処理に当たる中、宇宙人の楽園アル・カンデへとある太陽系内縁ソシャールよりの臨時依頼の報が舞い込んでいた。


『はい……それについて当ソシャールは、かねてより祭典開催の為——ソシャールへの恒星間航行技術の一部使用許可を技術監督官より取り付け、現状木製圏までの航行……並びに限定的にではありますが——』


『木星の超重力圏での軌道静止を実現した、特殊強化ソシャールとなっております。』


 剣を模した旗艦コル・ブラントより降り立ち、その臨時の報があると聞き付けた楽園管理者水奈迦は……早々に楽園管理区画施設の執務室へ足を運んでいた。

 その報とは、火星圏での興行を生業としていたソシャール【イクス・トリム】——社会への娯楽イベント専用に建設された航宙型巨大施設からの物である。


「分かりおした……その方向でこちらも日程を調整しよう思います。ただ……木製圏の重力増減データ確認——及び各衛星との重力共鳴時期には、くれぐれも留意願いますえ。」


『はい……ご配慮に感謝致します。では——』


 切断を見た通信後——深い嘆息の元、管理者がひとりごちる。


「イクス・トリムが、ソシャールごと避難して来る言う事は……火星圏の治安は想像以上に悪化しとると見るべきおすな。さてさて……こちらはどうしたもんおすかね~~。」


 新たなる防衛部隊発足に合わせたかの様な、各地での争乱勃発に——そこはかとない不穏を察する楽園管理者。

 彼女は楽園の民の安全と……心身への健やかな日々を招来するため、管理者としての責の重圧と対峙していた。


 イクス・トリムで開催されるイベントは、宇宙人そらびとと地上人を繋ぐ文化の架け橋と言われ——数少ない交流の場としても知られる。

 宇宙人そらびとの擁する防衛軍全体にて、数少ないフレームパイロット達が唯一の娯楽として興じる文化——地上においてはすでにこの時代、多く若者が興味を失いつつある廃れし文化の一つ。


「こちらでアレが開催されるならば……綾奈あやなにクオン――喜び勇んで参加するでっしゃろな……。」


 しかし——楽園アル・カンデ宇宙人そらびとにとっては、その廃れた文化が今密かにムーブメントを起こしつつあり……ソシャール管理者である水奈迦みなかも、民が望む娯楽を可能な限り楽園文化へ取り入れる意向であった。

 その文化発展の要として催される地上と宇宙の交流イベント——


 ——スペース・ヴィークル・チャンピオンシップ……S・V・Cと呼称されていた。



》》》》



「――S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピオンシップ?そんなイベントがあるんですか?私も初めて聞きました。」


「なんや、ジーナちゃん初耳かいな!いやぁ……バイク乗ってはるからてっきり、ヴィークルレース好きで——その手の情報は誰より最速で入手しとる思とったわ!」


「いやいや……(汗)。翔子さんそれ偏見ですからね?バイク好きが必ずしも、自動車ヴィークルレース好きとは限りませんから……——」


 英雄のねぎらいがてらの巡回から程なく……機体調整を終えたブロンド少女ジーナがブリッジオペレーター陣へと合流し——

 そこへすでに噂が一人歩きし始めた所に、となるメンツの耳へと舞い込んでいた。


 言わずと知れたその内容——現在楽園管理者水奈迦が交渉後承諾を返した件……宇宙そらと地上の交流を目的とした、宇宙人そらびと最大の娯楽イベントであった。


「何でもさっき、アル・カンデから正式にクロノセイバーへの警備任務依頼があったとか何とか——月読つくよみ指令が、しかめっ面を更に強化しながら走り回っとったで?」


「……うわぁ(汗)指令……ご愁傷様——って……え?それって——」


 通信手の少女ヴェシンカス軍曹の言葉を聞き及び、今しがた波乱の合同演習と言う修羅場を乗り切ったばかりの艦隊指令へ訪れたる惨状——そこへ同情の言葉を送るも、肝心な点に遅れて気付くブロンド少女。

 嘆息と共に通信手の少女から、手痛いツッコミがぶちかまされた。


「はあっ!?何言うてんねんジーナちゃん!アンタも霊装機セロ・フレームで護衛に付かなアカンねんで!?人事やあらへんがな……。」


「はぅ……ですよね……(涙)」


 突っ込まれた内容が忘却の彼方にあった事で、一掃肩を落として嘆息したブロンド少女――しかしこの時、

 それを忘却の彼方へ追いやっているのが、己の中にまだ小さくであるが……芽生えてしまった――である事を――


 当の本人も無自覚なままに、ただ過ぎて行く一時の緩やかな日常。

 剣を模した旗艦コル・ブラント艦内のショッピングモール区画――フードコートエリアで、ブリッジオペレーターとささやかな和気藹々を享受する少女――


 その当人の心身的な――そして致命的な精神面の傷を……フードコートの影となる場所で気取った者がいた。


「(なんだよジーナちゃん……傍目には分からないけど――これ、かなりきてんじゃないか?視線を落とす回数と嘆息回数の多さ――)」


「(あれじゃまるで……じゃん……。)」


 和気藹々から離れ――彼女らの視界から死角となる場所で、一見を見せる女性が――


「(これは――見つけたかもしれない。……あの――)」


 一人思考の内に宿すそれは……部隊――取り分け蒼き禁忌Ω・フレームにとって、危機的な定めの訪れ。

 そのまま演技を続ける女性――宇津原うづはらシノ少尉は、己の行動に付かず離れずで視線を送る監視を軽く流す様に……を、虎視眈々と覗っていた。



》》》》



 ブリッジオペレーター陣へ程よいねぎらいを送ったオレは、その足でさらに旗艦の階層を下へと進み――今回の合同演習で、恐らく裏方としては救いの英雄セイバー・ハンズ同等の成果を見せてくれた一級職人達の所へ――

 向かう途中偶然に、殿と遭遇した。


「オウ!クオン大尉殿……散策オツカレさまなのだ!ゴキゲンいかがなのだ?」


「やあ、モアチャイ伍長――そう言えばここ最近、伍長も医療現場で多忙だな?患者となってしまった者達――まぁ今回は、あのアシュリーだが――」


「皆の心身の回復へ貢献してくれているそうじゃないか。尽力に感謝している……これからも精進して、ローナの様な名医を目指してくれ。」


「どうイタシマシテ!なのだー!」


 どうも格納庫と医療区画が構造上近い事で、そこへ向かえばそれなりの確立で彼女と遭遇してしまう。

 当然モアチャイ伍長も遊びでフラフラしている訳ではない。

 その彼女の現状の扱いは、看護士と言う中々珍しいモノだ。


 元々地上は飢餓地帯で明日とも知れぬ命であった伍長は、勉学などとは程遠い生活環境であったため――この部隊内で活動しつつ、必要な勉学を学んでいる最中。

 そして同時にエンセランゼ大尉の指導の下、まずは雑用をこなしながら医療現場の基礎も学ぶと言う生活が彼女の主な任務となる。


 お褒めの言葉に花の咲き誇る様な笑顔を振りまく黒人系少女は、いつもの様にオレの足へしがみつき――看護士見習いとは思えぬ幼さで、子猫の様に擦り寄っている。

 その相変わらずマスコット感全開の少女へ、視認した手ぶらぶりから今が休憩時間と察したオレは……しばしの慰労巡回への付き添いを申し出てみた。


「伍長は今非番か?そうなら、どうだ……オレはもう少し艦内への慰労を兼ねた巡回を予定してるんだが――」


「いいのだ!?ピチカもご同行をシンゲンしても、よろしいのだ!?感謝カンゲキなのだ!」


「――そこは、あめあられ……な?」


「それなのだ!」


 片言ではあるも……語学にこなれて来た伍長――たまに出る大きく意味を外した会話が、逆に隊員達の心を和ませると評判だそうで――

 皆がそれを暖かく訂正してやると、驚くほどのスピードで吸収し……正確な言葉を覚えると評価されている。


 自分もその会話訂正後に得られる暖かな雰囲気を堪能しつつ、提示した件を伍長が了承したのを確認し――


「では暫くご同行願えるかい?伍長殿。」


「うむ!苦しゅうない……チコウよれ~~なのだ!」


 例の……近う寄れと言いつつ自分が擦り寄る伍長を従え、格納庫へと足を進めたのであった。

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