開幕!スペース・ヴィークル・チャンピオンシップ!

第90話 訪れる安らぎのひととき



「それでは救命艦側のお掃除、お願いしますね?いつき君。」


「了解っす、ナスティさん!今日もいかづちを綺麗にしてみせます!」


「ええ、今日はお二人にお任せします!」


 お披露目会からのソシャール襲撃に……合同演習を経てからの——

 俺の定番であり、訓練の一環としても馴染んだ艦内清掃に従事する。

 ナスティさんも変わらずの仕事ぶりで、コル・ブラントを今日も清潔へと導いてくれるけど——今日俺が任されたのは、救急救命隊の旗艦であるここ……いかづちの清掃だ。


 おまけに——


「じゃあこっちは俺が担当するんで、アシュリーさんはそっちを——って……いい加減馴染んで下さいっす(汗)」


「何でもするとは言ったけど……何で私が艦内清掃なのよ!?つかあんたも、当たり前の様に清掃従事してんじゃないわよ!それでも霊機のパイロット——」


綾奈あやなさんもきっと、喜んでくれると思うっすけど……——」


「——くっ……!絶対、マジで、冗談抜きに……覚えときなさいよ……。」


 機体を損失した男の娘大尉アシュリーさんへ課せられたのは、俺と共に艦内清掃へ従事すると言う任務——これは他でもないクオンさんからの指示だった。

 そもそも食堂の料理担当を買って出てた彼女だ……〈鬼美化のナスティ〉が誇る職場は、彼女の理想とする女性観を磨くには持ってこいだと思ったけど——

 結局料理担当と言うのは、のが目的かと苦笑してしまった。


 まあそれがアシュリーさんの人となりだと言うのは、それはもう嫌と言うほど味わった俺は……この部隊の裏方面における重要ポジション——この清掃業務へと二人でモップ片手に従事する。


「おう!いつも精が出るな、少尉殿——何だ……今日は大尉も一緒か!ならば我らの家も、一層美しさに磨きがかかると言うモノ——」


「あっ……シャーロットさん、おつ——」


「こ、これはシャーロット中尉!大変お見苦しい所を——このムーンベルク……シャーロット中尉のご期待に添える様、精一杯励みますのでっ!」


 ビシィ!と背筋を正し、俺のあいさつへアシュリーさん——それを見るだけで、女性を尊ぶ心根が否応無しに伝わって来て——

 って——バンハーロー大尉の時もそうだったけど……アシュリーさんも階級では下のはずなシャーロット中尉へ、払う敬意のレベルが尋常じゃない。

 クオンさんが最前線の英雄なのに対し……シャーロット中尉はまさに、最後方の砦を任された救急救命の英雄だと思い知らされる。


 しかしこの男の娘大尉は、だ——


「……アシュリーさん、今……俺にオモクソ被せたっすね?一応俺も、シャーロット中尉にいろいろご教授頂いてる身っす。せめてあいさつの一つぐらい——」


「う、うっさわねアンタ!アンタなんか、野郎共相手に言ってりゃ良いのよ!」


「いや、なんすかそのって!?意味が分からないっすよ!?」


「つか、を言ってんのよ!私がちょっと優しくしたらつけ上がりやがって、テメェ——」


「……アシュリーさんこそ、今確実にが露呈しまくりで——」


 熱くなり過ぎた俺は、なんと尊敬するシャーロット中尉の御前で——まさかのアシュリーさんとの痴話喧嘩を始めてしまい……それを暖かい目で見やる中尉に気付く事が叶わず——


「ふむ……これはこれは。どうやら二人は、仲直りが出来た様だな!では二人共——艦内清掃に励んでくれぃ!あと、私は小さくはないからなっ!」


「「なっ!?仲……——」」


 したり顔のまま口角を上げ、ワザとらしく弄ってきた中尉の餌食に……二人仲良くまんまとはまり——自分達でも分かるくらい赤面した俺らを一瞥した中尉は、ニヤニヤと視線を移動させつつ任務へと戻って行った。

 アシュリーさんからも視線を見下ろす体躯で、定番の「小さくはないからな!」を振りかざして——


 その後はと言うと……当然の如く赤面状態の俺達は顔を合わせる事も出来ずに——ただ黙々と、救急救命の旗艦清掃に明け暮れたのだった。



》》》》



 急転直下。

 目まぐるしく移り変わる事態は、新部隊発足間も無い隊員達の心身を直撃し——徐々に疲労を顔に滲ませる者も出始めた頃。

 かく言う自分もそれなりの疲労を抱えるも、すでに重責に頭を悩ませる月読つくよみ指令に丸投げする訳にも行かず——その足で艦内を渡り歩く事で、ねぎらいを振りまく方向の巡視を買って出た。


 『自分で全て抱え込むなと言いつつ、今はお前に任さねばならん。……せめて己の心身への労りも抜かるなよ?』などと口にした指令も、中々の疲労が顔を歪ませていたな。


 そう思考しつつ……まずはとブリッジオペレーターの集まるであろう艦内フロア、商業スペースのフードコートへ足を向ける。


 軍主導によるイベント直後であるため、艦内での事後処理任務を終えた後にソシャールへ降りる許可が出されるが――

 それまでいたずらにアル・カンデ内での実質的な休養を取る訳にも行かぬクルーは、こうして艦内施設で堪えて貰っている所——と、エスカレーターを降り立てば……いつもの場所へ定番のメンバーが集まっているのが遠目に視認できた。


「ふぁ~……ウチマジで疲れたわ……。ここ最近の任務ハード過ぎやて……。」


「そうねぇ……この前いつもの任務中に、ポロッと標準式言語——崩れてたわよ?翔子ちゃん。」


「いやっ!?何でそれ今、ぶり返すねん!あん時はメッチャしんどかったんやて~~。」


「そう言うテューリーさん……一部戦闘データ飛ばしそうになって慌ててたけど?」


「ゆっ……勇也ちゃん——何でそれ知ってるのよ。つか、トレーシー!チクったなっ!?——て……トレーシー?」


「——ふぇ?」


 互いにミスをしでかした件を言い合う様に……ストレス発散出来るのはこのブリッジオペレーター達のいい所でもあるが——珍しくあのミューダス軍曹が放心していた。

 部隊内でも、日常より任務中の生き生きさが有名な彼女——任務がハードを極めると、今目にした状況……放心状態におちいる事を最近知ったばかりだ。


 手にした、熱々のクイックフードも冷めやる勢いで放心した彼女を見るだけでも……つい先ほどまで押し寄せた、任務行動の熾烈さが伺えた。


「ミューダス軍曹、疲れているみたいだな。ハードな任務が続き、皆に苦労を掛けている——指令に変わって君にもお礼を述べさせて貰うよ。ありがとう。」


 放心からか視線もどこか定まらない軍曹へ向け、言葉をかけ――それに弾かれる様に反応した軍曹が……思い出した様な敬礼を送って来た。


「さっ!?サイガ大尉!?これはその――お礼など私の様な者に……私も任務に対し常に誠実かつ真摯に向かう意気込みで――」


 そう――ただかしこまると言うにはを込めて。


「サイガ大尉、見回りお疲れさまです。私達も確かに疲れはありますけど――きっと大尉のほうがお疲れでしょう?そんな中で皆をおもんばかる巡回……励みになりますよ!特にそこの……――」


「ああ~~そうか、そうやねぇ~~。確かこの前ちらっと洩らしとったな~~……「サイガ大尉ってさぁ……こう紳士な感じとかが良くない?」とかなんとか――」


「――あんた達……何余計な事サラッと本人前で……――はっ!?」


 相変わらずのオペレーター陣……軍曹の不自然な赤面の要因を見事にぶちまけてくれた。

 この女性陣特有の色恋沙汰への強烈な嗅覚は、任務時における生真面目さが売りのさえ餌食とし――

 かく言う本人から証拠を洩らさせる妙技――ある意味脅威でもあった。


「まぁこちらへの好意はありがたいけど……本人の許諾無しのまま、あからさまに暴露するのもどうかとも思うぞ?皆。ミューダス軍曹、すまないな。」


「いえっ!?そんな勿体無きお言葉!」


「あら!よかったじゃない、トレーシー――大尉との会話が弾んで~~。」


「そうだね……好意を持つ方とのコミュニケーションが取れる――それはうらやましいな……。」


「……勇也ちゃんがそれ言うと――なんやえらい重いな……(汗)」


 片梨かたなし軍曹の言葉は多分に漏れず性同一者としての意見——それでもすでに家族であるヴェシンカス軍曹が思いやりの元意見を返す。

 そんな彼女はあの、アシュリーとは対極に位置する性的感覚を所有していると聞き及んでいた。


 間逆とは……アシュリーの男性を捨てたと言う、に対し——彼女はの上で男性の身体として生まれたと言う物。

 男性から女性へなった者とは異なる、他人には到底理解出来ぬ苦しみを纏う者も少なくない中……彼女が自らを受け入れられるのは、まさにこの部隊が彼女を受け入れ——支えてくれいるからだろう。


 と、その軍曹がふと視線をこちらへ移したのに気付き——


「あの……サイガ大尉。あの子——アシュリーが大尉にご迷惑をかけてはいませんか?あの子は中々男性とは馴染めない男の娘なので……——」


「うん?片梨かたなし軍曹はアシュリーの事を深く知る仲なのか?」


「はい……。あの子は私を——私の性同一を最初に受け入れてくれた……大切な友人なんです。」


「なるほど——」


 応じた会話から思わぬ情報が飛び出した。

 察するに軍曹の性同一を最初に聞き及び、それを支えたのは他でもない……アシュリーだったと言う事実。

 男性と言う存在を憎悪していた彼女だからこそ、軍曹の女性である点を何よりとうとんだのだと……それを聞くだけで想像出来た。


「いろいろあったが、今は部隊としての関係も良好——片梨かたなし軍曹は、掛け替えのない友人と巡り会えたな。」


「……そう、ですか!はい……あの子は素敵な友達です!」


 弾む笑顔は、友人を褒めた言葉への歓喜を孕み——そして笑顔それは今まで部隊の仲間として接していたどれよりも輝いている。

 そうしてブリッジクルーへのねぎらいの巡回も問題無く進み……その足でさらに艦内——まだ声もかけたりぬと感じる部署へと向かうオレであった。

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