第89話 太陽系巨大通信機関〔ソシャール ニベル〕



『ねぇ~~、あたしひまなんだけど……。まだあいつらんとこ仕掛けちゃダメなの~~?』


「やかましい!……少しは黙ってろ!——依頼内容にある時刻はまだ先だ……頼むからテメェの得物の調整でも何でも——」


『ああっ!?誰に向かってやかましいだのぶっこいてんのさっ!——頭ぶち抜くぞ!?キヒヒヒヒっ……!』


「……ったく、手に負えんぜこの発狂女は……!」


 火星の公転軌道と小惑星帯アステロイドベルト軌道から大きく角度を取る宙域――本来その宙域へは、星間航行用の強化ブースターを長時間運用する事で到達出来る場所。

 現在宇宙人そらびと社会の技術は古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーの恩恵を受けるが――技術制限と言う壁の存在により、航行にもそれなりの時間を要する宇宙の深淵の先。

 その宙域へ……広大な深淵を背にし、巨大な影が浮かんでいた。


 宙域全体へ帯状に広がる浮遊岩礁に囲まれた物体それ――太陽系全体をカバーする宇宙人そらびと社会における情報の要である巨大通信設備……ソシャール【ニベル】である。

 が、ソシャール規模としての居住区画は他の物と比べて非常に少なく――変わって通信に使用される複数の巨大超広域通信アンテナが目を引く、特異な形状をしている事でも知られる施設だ。


「バーゾベル……こちらニード・ヴェック!そっちはいつこの宙域に到達するんだ!?これ以上、あの発狂女を抑えてはおけんぞ!」


『ヴェック殿……今暫くお待ちを!早急にそちらへ向かってはおりますが、新型機の調達に時間を要しました!その際、勘付いた火星方面防衛軍を巻くのに多少時間を——』


「待て……!?今新型と言ったか!?オイ、スーリー!喜べ……お前さんがお待ちかねの新型機だ!」


 傭兵部隊の問題児……スーリー・スウォルキーを抑えかねる隊長格のニード・ヴェック。

 黒人系の短く刈り上げた頭髪へサークレットを飾り、彫りの深い様相で傭兵部隊を取り纏めるも——先のファクトリー防衛戦で見せたこの部隊の構成は、おおよそ部隊を成さぬ異様さ。

 多分に苦労人を醸し出す男は、堪り兼ねてバーゾベル——かつて漆黒ヒュビネット楽園アル・カンデ襲撃に用いたフレーム搭載艦への通信を飛ばす。


 そこで明らかとなる真実——傭兵部隊にファクトリー襲撃依頼を出したのは、紛う事なく漆黒の指揮する部隊ザガーカルツ……その隊長である。


『新……型!?——マジ!?マジかよっ!!やっべーっ……キヒヒヒヒッ!なんかあたし興奮して来た……オイ、バーゾベルに早く来やがれって伝えろ、オッさん!』


「——毎度毎度……テメェ、発狂女——俺はまだ地上換算で三十前だゴラッ!」


『十分オッさんよ……スーリーからすればね。それよりも新型機——ちゃんと私について来れるんでしょうね?』


 狂気に舞う表情は、幼さが残る赤髪とオレンジ色の双眸――

 ゴシック調のドレスが狂気を上乗せする発狂少女スーリー……新型機と言う言葉で昂ぶりが暴走する。

 その少女への通信へ同時に反応したのは、赤き禁忌Αフレームのサポート大尉への憎悪を晒した者……暗殺術の使い手ユウハ・サキミヤ。

 アッシュブロンドが片側に掛かるその奥で、瞳に宿る復讐の怨嗟が燃え上がり——発狂少女スーリーとはたかぶりを露わとする。


 オッさんとの罵りで嘆息もそこそこの苦労人隊長ニード……型遅れフレームサーベル・ハインツを、偵察のため現在浮遊岩礁宙域へ張り付かせていた。


「俺も正直このS・Hサーベル・ハインツには多少不満を持ってた所だ。なんざ、傭兵の得物としては向かない事この上ねぇ……。だがこいつは——」


「このデータ上の数値と装備が確かならば、こいつ——Οオミクロンフレーム【戦砲騎クリューガー】……暫くは楽しめそうだな……!」


 S・Hサーベル・ハインツの機体モニター上データへ目を走らせる苦労人隊長が、目に映る現在到着待ちである機体へ珍しいほどのしたり顔を浮かべる。

 曲がりなりにも傭兵である彼は、依頼された仕事を確実にこなす為には当然……己が扱う機体へのこだわりも存在していた。


『かの漆黒の隊長殿が、どの様な隠し玉を準備するかと思っていたが——まさか皇王国でも希少な新基軸フレーム……あの、〈量産型擬似霊装機体デ・イスタール・プログレッシブ・フレーム〉シリーズのコンセプトに近所する機体を準備して来るとはな……。』


「……珍しいな(汗)カスゥールとまともな会話が出来るとは……——」


『こちらとしても、あの地球圏から訪れた技術者——の作る機体には興味があった。〈可変式 高機動長射程砲撃戦術車両ハイマニューバ・ラウンドライド・ランチャード・ヴィークル〉……地上の戦車兵装の概念へ、この宇宙そらの岩礁宙域での戦いに特化させるための可変高機動化と言う新概念を盛り込むなど——』


、まさに退化人類ターニテルらしい兵装だ……。』


 切れ長の双眸は一際鋭く、無造作に伸ばされた肩口にかかる紺の御髪を揺らす男……先のファクトリー襲撃時の、会話をしていない様で会話が成り立つと言う独特の怪しさを持つ傭兵カスゥール。

 が——己が興味が多分に含まれる内容には会話への積極性を見せ、苦労人隊長を困惑させていた。


 宇宙人そらびと社会の軍用機体は、苦労人隊長ニードが口にした戦争の無い世界の兵器と言う言葉の通り——全般的に、フレーム基準を災害対策用機体アンチ・ハザード・フレーム規格に準じさせており、火星圏正規軍も多分に漏れずその範囲内である。


 が、漆黒が用立てた機体群はその規格から大きく逸脱するモノばかり――

 世界へ、大量に放出される抗争の種――地上において無用なまでに戦闘に長けた人類が生んだ殺戮兵器……今傭兵隊へ配されている機体群はその範疇である。


 それは傭兵隊にとっては水を得た魚——さらに漆黒の隊長が関わる事態は、この火星圏どころか太陽系全土を巻き込む只ならぬ不穏のさざなみ

 渦巻く不穏を引き連れて……程なく漆黒の旧旗艦バーゾベルも傭兵隊へと合流——火星圏の不穏のさざなみが、次第に荒波へと移り変わりつつあった——



》》》》



『クソッ!?奴らどこから狙ってやがる……まだ見つからねぇのか!?』


「ダメだ……ここのレーダーじゃ全く反応しねぇ!どうなって——砲撃っ……来たぞっ!」


『——っ!?おせぇよっ……がああっっ!?』


 巨大通信ソシャールニベルの外壁に取り付くは、その施設を防衛する守備兵にも見える——が……操る機動兵装はおおよそ一貫性が無く、多種多様の武装を施された型式。

 最も近き存在を挙げるならば……〈火星圏反政府テロ組織〉——


 そう——現在……この宇宙人そらびと社会における重要設備である超広域通信ソシャールは、火星圏を騒がせるテロ組織によって占拠された状態であったのだ。


「畜生っ……たかが傭兵部隊——政府の犬どもが!奴らの機体は火星圏でも底辺——間に合わせ機体だったはず——」


「それが俺らの用立てた、スーパーフレームを超える攻撃を見せるなぞ——」


 テロ組織が駆るは火星圏でも希少である特機スーパーロボット

 かの戦狼アーガスの機体に連なる個体……しかしランクとしては、脅威と言う点でもそれを大きく下回るスーパーフレーム アイアンハウンド=パワード。


 それでも……各正規軍の持つA・Fアームド・フレームベースの機体では歯が立たぬ防御力を有する戦力——占拠するテロ組織が、その驚異をかざしてソシャールを奪った事は想像に難くなかった。


「キヒヒヒヒッ……!いいね、いいねぇ……この命中精度——それがこの岩礁宙域からブチかませるって冗談かと思ったよ!」


「地上で言う戦車砲——だったっけ?もう少し戦車って、地味で役立たずなイメージだったけど——」


 巨大通信ソシャールより1000の距離……稀に見る質量弾の命中精度へ狂気する発狂少女スーリー——その彼女が搭乗する機体は浮遊岩礁へ張り付いていた。

 しかし異様な光景が遥かな陽光に照らされ影となる。

 複雑な変形機構を持つ多脚式の本体——さらに、対砲撃ショック吸収脚を岩礁へ突き立てる姿は多脚砲台のそれ。


『よし、あのアホウ共の防衛線が崩れた!……おい発狂女——ソシャール内部の人質には気を付けろよ!?その前提ならお前の好きにして構わん!』


「——言われるまでも……ないわよっ!ひゃっはーーーっっ!」


 苦労人隊長が注釈と共に指示を出し……待ちかねた発狂少女が浮遊岩礁からその機体を飛び立たせた。

 刹那……多脚砲台然としたシルエットが、脚部及び腕部を水平に伸ばし——いわゆる航宙形態へと移行させ——

 戦車砲と称された質量弾と、並装された高集束火線砲をばら撒きながら——


『な……何だありゃ!?——あんなフレーム見た事も……があぁっ!?クソッ——火力も相当じゃ——』


 突如浮遊岩礁から襲来した宇宙を疾駆するアンノウンに……動揺を隠せないテロ組織のスーパーフレーム——彼らも想像だにしない火力の十字砲火で、防御が売りの機体を大破に追い込まれる。


 テロ組織のスーパーフレームも、機体高出力に任せた大火力砲を複数備える——だが……それらのフレームに存在するデメリットとしては、長射程での命中精度に欠ける点が指摘されていた。

 対し——傭兵部隊の機体が有する戦車砲……量子演算による極めて高い命中精度により、質量弾頭でさえも的確に長射程の目標狙撃を可能としているのだ。


「さあ次はどいつだっ!あたしの砲撃のサビになりたい奴はっ!」


『新型に酔いしれるのは構いません……けれど——突出はまた先の失態を招きますよ、スーリー!』


「黙ってろよ格闘女っ!あん時はあんたもしくじっただろうがっ!?大人しくあたしの援護でもやってろよっ!」


 連携も何も無い傭兵部隊の女性陣——その後方から呆れつつ支援に付く苦労人隊長と、さしたる感情の変化も見せぬ冷徹なる傭兵カスゥール

 苦労人隊長と冷徹なる傭兵の二機は、発狂少女の駆る機体に準じるも——格闘女と称される憎悪渦巻く傭兵の搭乗機体のみ、大きく異なる形状を持つ。


「——あの霊機アルファとの戦いで、そんな戦車紛いの機体など役には立ちません……。なればこそのこの機体——擬似霊装機神ストラフレーム戦姫神カーリー】……現状相手の役不足は否めませんが、ここでの慣らしを終えるとしましょう!」


 戦車砲の機体をフタ回りは上回る体躯に、両腕部へ格闘用の高集束振動ブレードを構えるそれ——細身ではあるが……確実に各部を防御する曲線美を宿す装甲は、戦いと殺戮の女神を彷彿とさせた。

 気焔を吐く高出力スラスターも機体各所へ複数配される、純格闘型機体の様相——あの赤き禁忌の機体を相手にしたならば、そこへ優位性すら覗えた。


 通信ソシャール宙域を襲う戦乱の余波——しかしそこには、漆黒が思考するが指し示す……本質的な意の片鱗が——

 ——込められ……次第に戦火を木製圏へと広げて行くのであった。

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