第88話 ざわめく火星圏の彼方
火星圏中枢であるフォボス火星議会——皇王国元老院議員会、太陽系中央評議会と並ぶ
火星圏から
が——他の二機関に比べ、多くの問題を孕んでいる事でも知られていた。
「何っ!?あのボンホース派が動いた……だと!?我らはまた奴が
「口を慎んだ方がいいぞ?とは言え、その方向での議会への参加は変わらずと聞く……。しかし今回の議会に参集を呼びかけたのはボンホース派——あのクロント・ボンホース直々だと言う話だ……。」
その議会議員大半は火星圏周辺の住人である、レムリア・アトランティス連合国出身者とされるが——
一部には、地球圏は地上からのし上がった議員が顔を並べていた。
さらには——
「ここの所この火星圏でも、地球から上がった者が統治する星州が幅を利かせているのだ。米に露……己が国優先を全面に押し出す私利私欲の亡者との呼び声は、すでに火星圏全体へ不安の種をばら撒いている。」
「そこに来てボンホース派の動きが活発化するなど……いよいよこの火星圏の安定が揺らぎ始めたのではないか?」
あのボンホース派が参集を呼びかけたとされる議会——不穏に揺れる各星州の議員達が一堂に会する。
火星圏を代表する二つの衛星であるその一つ……衛星フォボスを取り囲む様に建造された、車輪状のソシャールコロニー【エイヌーイン】 ——小規模ではあるが、火星のラグランジュポイント各地へ散る星州の代表者を集めるには充分であった。
すでに不穏なる臨時召集依頼へ警戒を見せるも、続々代表者を乗せた艦船がソシャール宇宙港へ入港する。
しかし——その代表者達の会話へ、一様に認識のズレが生じていた。
それはこの太陽系と言う広大な世界における会得情報の時差——だが
火星圏外縁の
それを経由する事で、情報のタイムラグを最小限にできるはずである。
——そのはずなのだ。
「……だが火星圏で、ボンホース派がどれほど暴れようと……あの
「全くだ……。未だにレムリア・アトランティスの正規軍が、野放しのテロリスト紛いを打ちあぐねている状況——その様な戦火は、奴らにとっては対岸の火事にすらならんだろうな。」
電脳コロニーと称される【ニベル】であれば、数日単位の誤差はあれど直ぐにでも太陽系外縁部へ情報伝達出来る規模を持つ。
が——彼らの会話内容は、すでに平和の象徴である楽園が二度の襲撃を受けた事実が完全に抜け落ちていたのだ。
不穏の非常呼集を受けた関係者各位が口々に放つ、確実に現状へ違和感が紛れ込む言葉の羅列——それらを並べ立てながら、各々充てがわれた大会議室の席へ着いて行く。
『〈すでに皆様はご参集の様で……ではこれより会議を始めたいと——〉』
現れるや否や、有無を言わさず会議開催の指揮を執る者。
諸々の代表者がわざわざ足を運び座する中——議員の一人が口にした様にただ一人……テーブルの空き席へ映し出される
肩口まで伸びた髪と前髪は切り揃えられ、怪しき紫色の御髪の下は目元から鼻先までを覆う薄紫の仮面の存在——しかし発する言葉は、機械合成で作られた様な音声。
まさに全ての点に於いて怪しさを踊らせる仮面の存在こそ……今
「お言葉であるがボンホース卿、以前から思っていた事だが——皆がその身で対峙する中……貴公のみがその様に、
往々にして仮面の存在に不満を募らせた議員が、遂に抗議の言葉をあげるが——
『〈近年楽園と呼ばれたあのアル・カンデ……それより外縁となるムーラカナ皇王国の推し進める計画について——〉』
「ボンホース卿!話を聞いているのか!?」
それは完全なる一方通行——実の所このボンホースと呼ばれる仮面の存在は、議会という名の演説を繰り返す事で知られ——
しかし提案される内容が有無を言わさぬ件ばかりで、各議員も従わざるを得ない――その点を抜きにしてもおおよそ会議の体を成していない実情を生んでいた。
繰り返される実情に対し、業を煮やした議員の抗議であったが——またしても強引な議題進行に、舌打ちのままに黙り込んでしまう。
——が、直後——
不満をぶちまけた議員を含めた参集者全員が絶句したまま、凍る戦慄を刻まれる事となる。
『〈ムーラカナ皇王国は、地上との融和政策を推し進めている事で知られていますが——その彼らが防衛目的とは言え……禁忌と呼ばれる兵装群を然るべき許可無く運用した事に対し——〉』
『〈それらを
「「「なっ……!?なんだと……——」」」
参集者全員を襲う寝耳に水の事態……確実に事後報告の情報で—— 一同が戦慄した。
しかし彼らが目を剥いた本質——それはその概要一切が、火星圏へ情報として送られていないと言う非常事態であった。
あり得ない事態——
火星圏が争乱の最中と言えど、曲がりなりにも彼らとて
そんな中……その凶報に対し野心を燃やす者達がいた。
「(これは良い機会だな……我ら米国の軍事技術の一端を売り込むには丁度いい……!)」
「(くっ……米国が!我ら露国に先んじるつもりだろうが——そうはいかんぞ……!)」
画してこの火星圏は、クロント・ボンホースによる道化の様な三文芝居に踊らされる者達によって……新たなる争乱の局面を迎えつつあった。
》》》》
「事は上々か——いや?そろそろ
そこは火星外縁
太陽を背にした怪鳥が、雌伏を過ごす様に暗黒の深淵へ潜んでいた。
『ボンホース卿の演説は此度も事無きを——ですが、そろそろ今のデータ蓄積では限界が——』
禁忌の怪鳥の艦橋部……宙空モニターに映る男性士官の言葉で思案するのは
しかし、モニターに映る男の言葉の羅列はボンホース卿を語るも……そこに上層に位置するはずである存在への尊厳——そう言った感情が欠片も見当たらない。
「了解した……。そちらは現状の
「傭兵隊と共に、
すでに止まる所を知らぬ不穏が、再び漆黒の口から漏れ出した。
先の旗艦であったフレーム搭載艦の大幅強化に留まらず——そこへ傭兵隊と呼称した存在と、付け加えられた新型機の影。
モニターの向こう……想定するに一天文単位近く、先行した距離を行く漆黒に属する者達。
敬礼と共に接続を遮断した彼らの行動さえも
「——
「となれば……火星圏の
「はい……ここに——」
艦橋中央……薄い青を基調とし、電気的な輝きが走るラインに包まれる
歩み寄った少女の御髪を柔らかく撫で上げる漆黒と——覗かせた狂気そのままに蕩ける狩人の少女が供に……広大なる深淵を睨め付ける。
「現状電脳姫からの連絡が途絶えがちだ……。恐らくはこちらへの通信に障害——若しくは奴らに勘付かれた可能性がある。……ならば近い内に、あの地上の安寧を憎悪する姫も帰還を見るだろう——」
「その時は速やかに姫を回収——いいな?」
睨め付ける双眸はそのまま……しかしどこか優しさを孕んだ様な言葉が、
そして——
「今はお前も待つがいい——いずれお前を地獄の苦しみへ叩き落とした俗物らが、正義を語る英雄の部隊に屠られる。いいか……それまで逸らずオレについて来い、ラヴェニカ——」
「はい……隊長。——愛しきヒュビネット隊長……。」
漆黒は
——世界の愚かなる行く末を、淡々と手繰り寄せるのだった——
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