第87話 死神を支える原石



 破天荒と呼ばれた皇子の突撃訪問——そこからの急遽取り計らわれたささやかな面会。

 イレギュラーで荒れた合同演習の事後処理もそこそこのオレ達は、中々に勘弁して欲しいタイミングの強襲だった。

 けれどそこで最後に皇子より直々に伝えられた不穏は……オレにとってを起因としていた。


 聞き及ぶ殿下の先見の明から来る警鐘は、あのフキアエズ閣下でさえも恐れる正確さ——まさに破天荒と言う言葉の裏に、を隠す……それが新帝 紅真あらみかど こうまと言う皇王国の王族であると痛感させられた。


「では、先の合同演習での事後処理に当たり……今後の作戦へ影響する事案の洗い出し——同時にそれへの対応を、話し合いたいと思うが——」


「……アシュリー大尉。こちらへ——」


 その不穏は最も身近なS・パートナージーナのもの——部隊の戦力的な面などよりもまず、彼女の心情こそを重要視しなければと思考しつつ——

 すでに事案の対処に追われる、最前線の指揮官である自分——泣き言とまでは行かずとも、自覚出来る程に披露も蓄積しつつあった。


 しかしそれでも目先の案件処理が重要であるため、まずはこの件——アシュリーがしでかした件の処理とし……合同演習後ミーティングとして、本部会議室に演習参加者への参集を願い出た。


 そこまでは良いが——何かいつきとのやり取りがあったとかで、アシュリーが殊の外殊勝な態度で会議に臨む事態へ盛大な疑問が宿り……綾奈あやなに状況を問い質して、苦笑いしか浮かばなくなっていた。


「はい……。」


 大会議室の宙空モニター前へ歩み出た、大尉アシュリーの足取りも重く……事あるごとに騒ぎ立てたあの少女と、本当に同一人物なのかと言う失礼な疑問も浮かぶ程。

 そして——まず滅多にお目にかかれない、あのアシュリーが謝罪の念と共に……こうべを下げて反省の弁を述べ——


「今回は私の無謀で皆様への多大な迷惑をかけ……且つ、演習と言う舞台でありながら——貴重な戦力である、軍から寄贈されたフレームを大破させ——」


「……誠に、申し訳ありませんでした!」


 謝罪の念が篭る言葉……それは深々と下げられたこうべで、演技ではない事実を物語る。

 そしてそれを目撃した同隊員二人が——


「ちょっ……えっ!?〔翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイト〕が——男性に向かって謝罪って……いったいどんなトリックを使った訳!?」


「あら~~そんなトリック、ぜひ見てみたいわ~~。でも~~こんな隊長は~~初めてかも~~?」


 驚愕と共に立ち上がる、中々の失礼さをぶち撒けたカノエに――エリュトロンも負けず劣らず失礼を撒き散らす。

 ——全くこの男の娘大尉は、同部隊内でまでも信用が危うかったのかと嘆息したが……やはりと重要点へ思考を移した。


「ごほん!……まあ同部隊で知らぬ仲ではない——それは承知しているが、二人共……流石にアシュリーに対して失礼の度が過ぎると感じる。曲がりなりにも彼女は——そこは自重願おうか?」


 テヘッ☆と、謎のダブルテヘペロアクションで誤魔化すカノエとエリュトロン。

 変わらずの二人は兎も角として、オレが注目したのはアシュリーの心情の変化——噴き出す様に狂気をばら撒いていた頃とは、明らかに変化が見られた事。

 それも、良い方向への変化だ。


「営倉入り三日間の罰は終えたが、今君には肝心の機体が無い……暫くは後方任務に従事して貰う事になるが——異存は無いか?」


「……ええ、無いわ。あと英雄——いえ、サイガ大尉には恐らく見えぬ面で多大な迷惑をかけました。その……ごめんなさい……。」


「——ふぅ……それが分かっているなら構わない。そもそも今回はオレでさえ君の対処をしあぐねる所——謝罪は兎も角、この件に関しては皇子殿下のご配慮へのお礼も必要なぐらいだ。」


「アシュリーも、以後は肝に銘じる様に……いいな?」


 危うく不意打ちの様な魅了を受けそうになったが、彼女はとんだお転婆娘で——それでいて間違いなく生涯を女性として……誇りを持って生きていると感じた。

 ——そう……あの、ほどの魅力を宿して……(汗)


 そして前置きが長くなってしまったが、本題となる件に移すため……アシュリーへ着席を促し、彼女が席に着いたのを視認し宙空モニターへ必要データを投影する。


「まずは部隊構成についての影響だが——」


 そのまま、禁忌を支援する機体大破による部隊構成の影響と……それに伴う今後の部隊運用を提示しつつ——

 視界に入ったアシュリーの視線を追えば、その先は綾奈あやなでは無くいつきである事実に……喜んでいいやら悲しんでいいやらの複雑な思考を描きながらも——今後を鑑みた作戦行動指針を速やかに進めるのだった。



》》》》



 蒼き英雄クオンが合同演習イレギュラー後の作戦調整に移る中、大格納庫では男の娘大尉アシュリーが大破させた機体搬入を終え——大きく嘆息しつつも、事態が予想以上に軽微な今に安堵するイカツイ整備長マケディ軍曹がいた。


「よくもまあ、あの無茶の後でここまで機体を持たせたなぁ……。クオンの奴が言ってたが——アシュリー大尉の軍内部の高評価……そっちはどうやら事実らしい。」


「そおっすねチーフ。けど動力機関が爆散寸前で、ここまで耐えられるもんなんですか?」


 格納庫で横たわる無残な姿の機体は、その姿を晒して尚……コックピットを隔離する区画への被害が異常なまでに軽微であり——整備員の疑問もうなずける様相を晒す。

 しかしその疑問へ返すイカツイ整備長は、「何も分かっちゃいないなぁ」と前置きし……まだ未熟を抜け出せぬ新米であろう整備員へ講釈を始めた。


「よく聞け?この機体は確かに、軍が運用する戦力の一部に過ぎねぇ。それに同じ個体なんざごまんと製造されてらぁ。軍用機体の絶対的な種類の乏しさを補うために、一個体を徹底的に磨き上げる対応を取るのが……宇宙軍全体のスタンスだからな。だがな——」


「それ故に、同じ個体をあらゆる部隊で使い回すのもザラ——だからこそ生まれるモノもあるんだよ。」


 語る整備長が無残に横たわる機体へ歩み寄り——未だ形状を残す装甲部へ手を添え……未熟な部下へ熱弁する。


「こいつにゃ霊装の機体の様な、なんて何処にもありゃしねぇ。それでも……少なくともこいつは今まで、多くの軍人と死線を共にして来た歴史が詰まってやがる。こいつの整備状況の何処を見ても、常に最高のパフォーマンスを発揮できる最高の整備がされた感が半端ねぇ。つまりな——」


「こいつは宿——軍人達と死地を乗り越えたからこそ、宿。」


 振り向く整備長が双眸へ宿すは、一級の職人の目——その目だから見えるモノがあると熱き想いを、未熟な部下へ叩きつける。


「だからこいつが、最高のパフォーマンスを見せる大尉に答えた。そんでもって、その大尉が超えるべき壁を越えられるまで……キルス隊からラグレア隊へ機体を継承した時からずっと——こいつは大尉を守って来たんだよ……。」


 未熟な部下はその熱き語りで理解した。

 それ程に誇り高き機体整備を担う、部隊の重要戦力に自分が属していると言う事を。

 その理解を得た整備員は、未熟さから僅かの脱皮を見せる様に言葉を放ち——


「そんなにこいつは凄いのか。……じゃあチーフ——この機体、元どおりに修理しましょう!でなければ、イレブンも——」


「元どおりか………残念だがそいつは無理な話だな。修理ってのは、直して何とかなる部分が生きてる必要がある。動力機関だけなら乗せかえれば済むだろうが——機体のフレームが……吹き飛んじまってる。」


「——じゃあ、こいつはもう……——」


 未熟より脱皮するも、突きつけられるは厳しい現実。

 人型フレームを有人無人問わず、数多の修理をこなして来イカツイ整備長は……機体損傷具合で瞬時にそれを見抜いていた。

 男の娘大尉アシュリーの機体は人間の中枢である場所――機体における重要骨格である脊椎部が、木っ端微塵となっているのだ。


 アームド・フレームを始めとするフレーム規格は、人の形を基準にした骨格を中心に……それを機械に置き換えた場合、如何にして人間同様の動きが可能かを研究の上生み出されている。

 そして機体運用に不可欠な動力機関は往々にして体幹上部、重要骨格後方へ位置付けられていた。

 元々監督官に技術運用制限解除を徐々に申請……開発が行われる関係上、あらゆる機構を試す様な物量に任せた非効率な開発が出来ず——結果、最も理解し易い人型をベースとした必要最低限の機体開発を余儀なくされる。


 当然男の娘大尉アシュリーが、鉄仮面の指揮官バンハーロー大尉より引き継いだ機体も例外ではなく――まさに軍部に於ける貴重な機体が、と化してしまったのだ。


「——だが……よ……それでも出来る事はあらぁ。ちょい耳を貸せ。」


「な、何スカ!?」


 整備長が取った不可解な行動は、英雄クオンより大々的に発信された事案——部隊内内通者の件がチラついた故——

 迂闊に漏らせぬネタを、未熟より成長せんとする若手へ密かに伝えるための行動である。


「(お前さんも内通者の件は聞いてんだろ?だからこいつはその心の内に止めておけ。いいか――」


「あのキルス隊のイプシロンフレームが納入された大型コンテナの……未開封の中にある同型の奴――それがラグレア隊の新しい機体だ。)」


「(ま……マジスカ!?)」


「(ああ……ならば出来る事ってのは——想像つくだろう?)」


 整備長に耳打ちされた内容に、心を踊らされる未熟な部下——その成長を後押しするかの様な整備長の言葉が……その部下へ信頼に足る価値を与えて行く。


「(この大破した機体データ——、戦闘データをチューニングし……彼女の新たな機体——イプシロンフレーム シグムント=ヒュレイカをアップデートする!)」


「(お前さんにそれだけの情熱があるってんなら……推薦してやる。やるか?)」


 語られるはラグレア隊専用新型機体の機密——そして熱き情熱を買われた未熟な部下は、まさかの専属メカニックへの推薦を提示された。

 しかし未熟な部下には、推薦などと言う言葉は瑣末な物であった。

 己が軍用機体の専属メカニックになれるという事実そのものが、彼の足を前へと進め——


 気合いすら宿る双眸で首肯のみを整備長へと返す姿は、整備長の目利きが見出した

 男の娘大尉が己が不始末に自重する傍らで、密かに彼女を支える力が育ちつつあった。


 それは後に、救済部隊における救いの機体専門の特殊整備チーム設立と……イカツイ整備長を継ぐ後継者——旗條きじょう・ディスケス整備顧問誕生へと繋がる物語。

 その一端が……輝かしき前線を戦う者達の陰で、人知れず産み落とされたのだった。

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