第86話 死神の闇を払うのは……



 それなりに覚悟はしていたけれど、降って湧いた様なお咎め無しの沙汰——けれど示しが付かぬと、英雄殿サイガ大尉から営倉入り三日間の刑を頂いてしまった私。

 流石に演習でしでかしてしまった手前、その指示には殊勝に従った。


 それよりもだ——私が営倉三日間を喰らうならあいつは何か、刑を喰らうのかと心配になり……いきなり英雄殿に問い詰めてしまい——

 ハッ!と気付いた時には、英雄殿よりフッと微笑を送られてしまう。


 そう……あの一件からこちら、胸の奥に変な感情が渦巻いてる。

 最初はあの格闘バカをΑアルファのシートから引き摺り下ろす——ただそれだけを芯に置き行動していた。


「クソッ……何なのよこれ……!この私があんな男なんかに——今までお姉様一筋だったのに!?」


 閉ざされた営倉も慣れてきた矢先、突如としてぶり返す感覚が私の落ち着き始めた思考を掻き回す。

 モヤモヤなのか、ドキドキなのかも正体不明な感覚でイライラが荒ぶりだした私の聴覚へ——時間差で響く事となり——


「——リーさん?アシュリーさん、夕食時間っす。ここに置いとき——」


「うっひゃああっ!?」


「って、どうしたっすか!?アシュリーさん!」


 完全に不意を突かれた私はあらぬ所から声を上げて、それに驚いた格闘バカが……まさかの営倉扉を開けて飛び込んで来る事態。

 何故か自分でも驚く程に慌てふためき……飛び上がる様に立ち上がった私。


 何でこの時立ち上がったんだろうと、後で後悔するハメとなってしまう。


「アシュリー——って……うわっ!?」


「バ、バカ!何飛び込んで——」


 格闘バカの飛び込みの勢いは、立ち上がった私を見事に押し倒し——もつれる様に床へ倒れ込んでしまう。

 咄嗟に後頭部を守る様に取った受け身のその先に——


「痛ぅ~~……あんた、何で——」


「……あ、アシュリー——さん!?」


 バカ野郎の顔が……私の目と鼻の先で熱い吐息を漏らしていた。


「——っ!?きゃあぁぁぁぁーーーーーー!?」


「うぼえぁぁぁーーーーーーーーーーっっ!?」


 仰天した私は、それはもう反射的にバカ野郎のボディを打ち上げ距離を取り……——

 その後の事はよく覚えて無いけれど——激しく息を乱した私の眼前、あの格闘バカが私にボコられたであろう醜い顔となって……営倉内でのびた姿に気付きようやく治まりを見た。

 声を聞いて駆け付けた、営倉近くでお姉様が一部始終を目撃し……呆れ顔で呟かれてしまう。


「はぁ……いつき君のラブコメ体質は性別も選ばないのかしら。それとも、ちゃんとアシュリーの事を女の子として見てくれてるのかしらね?」


「お、お姉様っ!?これは……その、違うんですってば!私はこんな奴——」


 現れたお姉様にあられもない姿を目撃され、しどろもどろで両手をブンブン振り回して言い訳をぶち撒ける私を——

 お姉様は……優しく——とても優しく抱きしめた。


「——私はね?あんたがずっとあのまま闇を抱え込んで、死神の道をひた進むのを恐れてたの……。でも——もう大丈夫みたいね……だって——」


「あの戦いできっと、いつき君の持ってる直向ひたむきな正義の炎が……あんたを覆ってた闇——それを焼き払ったみたいだから——」


 耳元へ語られるのは、安堵の吐露——私はその時確かに、綾奈あやなお姉様の言葉と姿を……すでに亡きお姉様やお母様に重ねていた。

 勝気で凛々しく……それでいて優しかった肉親達は、最後の最後まで私を思い——守り続けて


 そして——

 悲劇の記憶が今……訪れた出会いの暖かさで氷の様に溶かされ——露わとなった私の心が、お姉様を見つめる瞳から……籍を切った様に輝く雫を溢れさせた。


「お姉……様——お母……さ……うぅっ、うわぁぁぁ……——」


 止まらぬ雫は、止まっていた時が動き出しかの様に……私の心を洗い流して行く。

 そこで私はようやく気付いたんだ——救いし者部隊ここは……地獄で彷徨った自分がずっと求め続けた、安寧の地であった事に——



 》》》》



「すまぬの、事後処理で慌しい所を。じゃが……歴史上初めて霊機の座を会得した輝ける英雄を拝んでみたくての。」


「い、いえ。オレとしては殿下にお目通り出来るなど……この上なき光栄で——」


「堅いっ!堅すぎるわお主!もっと気楽に接する事は出来ぬのか……全くどいつもこいつも——」


「——肯定。しかしながら英雄殿は、皇王殿下の御前の対応としては何ら問題はないかひゅょぉ……」


「ワンビア!お主まで堅いのは流石に解せぬ!こうやって柔らかくしてやろうではないか——うりゃうりゃ!」


「ひぇ、ひぇひゅひゃりゃ……おひゃめひゅだひゃいと——」


 波乱の合同演習に水を差す形となった突撃訪問は、流石に破天荒皇子紅真としても思う所となり——

 しかしその演習時に起きた予測されていたイレギュラーへ……予測の二手三手先の対応で以後への影響を最小限に抑えた英雄クオンへ——全てを見定める審判者としては、並々ならぬ興味を示していた。


 英雄のかしこまりは兎も角とし、定番の如くお付き護衛の星の守り人ドールである少女——お堅いガードマンワンビアの堅さには、お約束とも言えるほっぺたムニムニの刑を披露し——

 一瞬自分が置かれた立場に戸惑いを隠せず、嫌な汗で額を濡らす英雄がそこにいた。


「おう、済まぬ!この様な取り急いで準備した皇族個室まで、せっかくお主達を呼び寄せたのと言うのに……ウチの可愛い護衛との和気藹々を見せ付けてしまって。」


 と言う発言へ突っ込みそうな言葉が喉まで出かかる英雄も、何とかその場は堪え……同席しているもう一人——先ほどから既に石像の様に固まるS・パートナージーナを見やる。


「なぁ、ジーナ。殿下もこう仰って——いや、皇子もこう言われてるんだ。少し肩の力を抜こう……いいか?」


「いえっ!?あの……しかしこのお方は、皇王国を代表される皇族であられます!私の様な者がそんな——肩の力を抜くなど大それた事——っっ!?」


「——そう、無理してになるぐらいなら……肩の力を抜けって(汗)」


 臨機応変に言葉の硬さへ軟化を見せた英雄に対し——もはや過度の緊張で収集の付かなくなるブロンド少女。

 そしてその余裕無き姿に業を煮やした者が、遂にその者へ制裁を放つ事になる。


「お主!このワシの前でその様な——緊張で言葉も満足に口に出来ぬ姿!そんな硬すぎるお主にはこちらの護衛同様、ほっぺたムニムニの刑じゃ!こうしてくれる……うりゃうりゃ!」


「——へぅっ!?ひゃ……ひゃへへくひゃひゃいまひぇ!おうひひぇんひゃ!?」


 まさかの光景を目にした蒼き英雄も、今までお目にした事の無い状況で……困惑のまま苦笑いを浮かべ——ブロンド少女も何が起こったのか分からぬままに、破天荒皇子必殺のほっぺたムニムニ攻撃を甘んじて受ける羽目になる。


 そして、一頻ひとしきりブロンド少女へムニムニの刑を執行?した破天荒皇子——彼のトレードマークとも言える、煌びやかな扇子を開き口元を隠すと……少女へ言葉を送った。

 それも長く連れ添った家族の様な面持ちで——


「どうじゃ?少しは緊張も取れたかの?」


「……えっと、その——はい……ありがとうございます皇子。——こんな感じで、いいですか?」


「うむ!僥倖、僥倖……これより先、英雄と共にあの禁忌Ωを纏って歩むのじゃ——この程度の試練ぐらいは乗り越えねば、先も思いやられると言うものじゃ!」


 一国家を代表する皇族からの、家族を慈しむかの言葉を賜ったブロンド少女。

 が——そのに……少女が、傍目には分からぬ程にピクリと反応し——


「は、はい!皇子のお心遣い、感謝です!」


 パァッと明るく輝く……破天荒皇子へ、謝意を返した。


 そして、皇子が破天荒と呼ばれる要因をまざまざと見せ付けられた蒼き禁忌を駆る英雄とブロンド少女——程なく、ささやかな面会から事後処理と言う任務へと戻るため退出して行く。


「クオン・サイガ大尉……構わぬかの?」


「はい?何か——」


 少女を皇子の個室から送り出して、それに続こうとする英雄が——破天荒皇子によって呼び止められる。

 しかし振り向いた皇子殿下は鋭き視線のまま扇子を折り畳み……決して軽んじてはならない言葉を放たんとする厳格さを、その双眸に宿す。


 呼び止めた英雄の側へ歩みよる破天荒皇子は、他に漏れぬ様耳打つ体勢のまま——


「クオンよ……。あの娘——決して、その動向への対応を見誤るでないぞ?ワシの掛けた言葉直後より——いや……それ以前からか?只ならぬ影が渦巻いておる。もし——」


「もしもお主が……あの娘——?」


 破天荒皇子の言葉が、英雄の背筋を冷たい刃物で撫で上げる。

 破天荒と言う言葉が先行して、皇子に対する不安が蔓延する宇宙人そらびと社会に於いて……一部関係者にのみ知られる真実——皇子が扇子を開き口元を隠して零す言葉は、世の人を和ませる治世の格言。

 が——開いた扇子が閉じられ、そこに秘められる言葉は警鐘であり……厳格なる審判者の警告。


 軍部からの情報でそれを知り得る英雄としても、語られた言葉を看過出来ぬ事態——

 皇子と同様の違和感を感じていた英雄――それは禁忌を駆る上で少女と常に共にいたからこそ見出した、小さな異変であった。


「はっ!肝に銘じておきます……ご忠告、感謝します皇子。」


 ——だが……——

 そこには英雄の境遇から来るささやかな……しかし致命的な読み違いが存在していたのを、その時英雄は気付かなかった。


 英雄の視線はあくまで宇宙人そらびとの自分——敗北から立ち上がり、前へ向いて生きる己の視線で事を見定めていた。

 それに対するブロンド少女の視線は地球……それも、終わらぬ戦乱で血の雨に濡らされ続ける——

 少女はその背に伸びた、地獄からの縛鎖——血塗られた歴史と言う過去に囚われ、後ろへの憂いばかりが双眸を濁していたのだ。


 そのささやかにして、致命的なすれ違いは——僅か後、Ωオメガフレームと言う禁忌を……絶対絶命の窮地へ追い込む事となる。

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