第85話 破天荒皇子の采配



 合同演習と言うイベント最中。

 そこで起きた部隊員機体爆散と言う衝撃は、さしもの演習観覧に訪れた民をも動揺させたが――直後に移行した救急救命訓練を目の当たりにした民達は、違う種の思考を宿す事となる。


 宇宙の深淵で生を営む宇宙人そらびとは、常日頃より宇宙災害コズミックハザードと隣り合わせの非日常が共にある。

 そんな境遇に生きる民は、目に映る演習興行に訪れた不測の事態――そこへ颯爽と現われる救世主の姿を目撃した。

 それは即ち……自分達が大宇宙の業に襲われようとも、生きる事を諦めずにいれば目にした救いの女神が助けにやって来る――宇宙そらの深淵と言う巨大過ぎる闇に立ち向かう人々にとって、それは希望以外の何物でもなかったのだ。


 確かに合同演習中は歓声でモニター前を沸かせるも――救急救命訓練へ移行した軍の行動を、沈黙の中食い入る様に見つめる数多の視線。

 それは楽園の民一人一人が身に宿す研鑽の証。

 目撃した訓練の一部始終を確実に情報として蓄え……次に自分達が災害に見舞われた際、如何いかにして家族や仲間を守るか――観衆皆が自分達の境遇に置き換え学ぶと言う、極めて民度の高い行為が観客席を包んでいたのだ。


「すげぇ……何がすげぇっていつき——絶対的不利な状況から、形成逆転って!?——これ、何てドラマだよ!?」


「……いつき先輩——こんなに凄かった……んだ。」


「ゆずちゃん、ヤダ……泣きすぎだって。そんなに顔ぐしゃぐしゃにしてたら、私まで——」


「これ……実はとか——イダッ!イデェよっ……何すんだ!?」


 格闘少年の激闘をその目に捉えた武術部生徒達——馴染んだ部長の劇的な逆転劇に並々ならぬ歓喜を浮かべ……その中でたった一人、ムードメーカーのはずがムードをぶち壊そうとしたケンヤを小突き回す。

 しかし皆その心に同様の思いを抱き……この時をキッカケに、彼等は一つの大きな変化を迎える事となる。


 それは演習時に起きた緊急事態——それさえも、流れる様な応対で事を治めた武術部部長と……直後に颯爽と現れた救急救命の女神たち。

 彼等が目にした物は正に、災害防衛に尽力する勇者達の弛まぬ研鑽が生んだ……輝かしき成果であったから。


「俺達も……なれるかな?」


 彼等は無意識で言葉にしただろう——それでもその心変わりを、真摯に受け止めた者がいた。

 他でもない、彼等武術部生徒の社会見学引率におもむいた理事長——暁 咲弥あかつき さくやその人である。


 何より自慢の息子が演じた奇跡の一騎当千が、彼等の心を大きく動かした事実は最早喜び以外の何物でもない彼女——未だモニターへ魅入る誇らしき生徒たちの横顔を一瞥し……同時に己が成しえた事の確かな実感を感じ取っていた。


 そして、生徒達の視線の先で繰り広げられる救急救命訓練の一部始終――

 男の娘大尉アシュリーT・A=11イレブンは爆散により機体が大きく損傷を受けるも、そこはイカツイ整備チーフマケディが念には念を入れて点検させた成果——生命維持装置を備える隔離型コックピットは無傷であった。

 救いの女神達セイバー・ハンズが、奇跡的な迅速対応で男の娘大尉を救出した裏には当然……蒼き英雄の見事な采配も活きていた。


 緊急事態から程なく救出された大尉は、軍本部大格納庫より医療施設へ運ばれる事となる。

 そこへ——



 》》》》



「——ここ……は?……あの世じゃ……ない、よね……——」


 光に眩む視界は、確かに機械的な空間を捉えている。

 そして幾つかの管が自分に巻かれていたのを悟るのには、それほど時間を要さなかった。


 ——ああ、ここは軍の医務室か。


 そう感じてゆっくり身体を起こすと……眉根をひそめたまま、私をじっと見つめる女性——自分の命の恩人であるお姉様が映った。


「……死神さんが死んでしまっては、元も子もないないでしょう?全く……。気分はどう?」


 放たれた言葉から、自分が無茶を押した結果——機体を大きく損傷させ、今に至る不甲斐なさを突き付けられ居た堪れなくなる。


「心配したっす……。アシュリーさん、無茶し過ぎっすよ——演習で命を落とすなんて洒落じゃ済まないっすから……。」


 そして聞こえて来たのはすぐ私の隣合う位置……今まで男性と言う性の者全てを嫌悪したはずの私——

 けれど……感じた事もないほどの温もりに支配され——言いようの無い恥ずかしさで、うつむいてしまう。


「べ、別に……あんたに心配なんてされたくもないから。て言うか何で、当たり前の様に隣を陣取ってるのよ——普通そこはお姉様が……——」


「そう思って、俺がここに座ったっすよ?まだ無理出来ない身体で、いつもの無茶させられないっすから。」


「……ばっ!?——後で覚えときなさいよ……!」


 アレ?何だろう……男性相手なのに変な気持ちになる。

 いつもお姉様の事しか頭に無かった自分が、何か自分じゃない気が——


「流石にこの状況で、はないと思ったけど——あんたならやりかねないからね?彼をそこへ座らせたのはその保険よ。……もしもしクオン?アシュリー……目を覚ましたわよ?」


 皮肉るお姉様が手にした携帯端末で、現場指揮官である英雄様サイガ大尉を呼び出し——ああ、面倒くさいお小言でも聞かされると思考し……嘆息する私へ——

 お姉様から——想定していなかった宣言を告げられる。


「……アシュリー。今回は私は愚か、クオンでさえ擁護出来ないからそのつもりで……覚悟しておきなさい。」


「えっ?それってどう言う——」


 そこまで口にした私を遮る格闘バカが——


「アシュリーさんが最後に突撃して来た時……俺の後方に船がいたのは——アシュリーさんも気付いてるっすよね?……あそこにムーラカナ本国の——皇子殿下が、搭乗してたらしいっす。」


「——ウソ……でしょ?それ——」


 格闘バカから放たれた言葉の真意を理解した時……失意に沈んでしまった。

 ……その方に銃を向ける様な行為を取ってしまった大失態に——深く……深く沈んでしまった。


 それは——軍法会議に於ける厳罰が……確定も已む無しである事態だったからだ。



 》》》》



「あの……今、何と——」


「なんじゃ、聞いておらんかったのか?会議などよいよい……いたずらに事を荒立てる事も無かろう——厳罰など以ての他じゃ!」


 そこに居合わせた皆が呆然とした。

 かく言うオレも、事を鎮めきれなかった責任の所在云々が——それ以上に、ムーンベルク大尉の行為は、一般的な思考で言えば軍法会議に於ける重罪も待った無しのはず。


 本部小会議室へ招集を受け、アシュリーを引き連れ向かうオレに綾奈あやな——流石に事態を悟った当の本人も鎮痛な面持ちのままで連行されていた。


 会議室へは軍部重鎮が勢揃いし……いずれも固い表情で眉根を強張らせていた。

 普段は余裕とも取れる笑みを湛える、あのフキアエズ閣下でさえ……面持ちは暗い。

 それもそのはず——閣下でさえ反論が難局を思わせる相手が、事の一部始終をご覧になっていたからだ。


 ——そう……それ程までに事への覚悟をしてこの場に挑んだ皆が、呆然としたんだ。


「聞けばそこな大尉と、赤き禁忌Α・フレームを駆る者にくすぶわだかまり解消も兼ねた演習だったのであろう?そうとも知らずに、その様な場所へ迷い込んだのはワシじゃ!——むしろそこは咎められてもおかしくは——」


「殿下っ!?その様な……我らが殿下を咎めるなどとは——」


「愚か者っ!」


 予想など、遥か斜め上を光の速度でぶっちぎる皇子の発言——続いて語るそのお言葉へ、皇子ともあろうお方としてはあるまじき内容が含まれ……——

 そこへ、当然とも言える異論を挟もうとしたフキアエズ閣下が——愚か者と制された。


 しかしその真意は——


「ワシは、皇王国王族としての責を全うすべく動いておる……。じゃがの——だからと言ってワシが全て正しいと言う訳では無い。ワシとて人間じゃ……過ちも犯すやも知れん——」


「その時に、それを止める事が出来るのはお主ら——民の盾であり……剣である防衛部隊クロノセイバーじゃ!……よいか——」


 目にした時から口元を覆っていた扇子をパチンと畳み、真っ直ぐで——それでいて全てを見透かした様な視線が、一堂を見渡し告げる。

 なりは中等部学生と言ってもおかしくは無い身の丈……が、そこに宿す風格は紛れもなく皇王国王族の血統——その彼が宣言する。


「撃つべき者を見誤るな!そして、守るべき者を見落とすな!例え王族であったとて、間違いであればそれを間違いと訴え——例え敵であっても、救うべき弱者であれば全力を以って救え!」


「それがお主達、宇宙そらを股にかける救済部隊にしか出来ぬ——いや、じゃ!以後……心せよっ!」


 その宣言に度肝を抜かれた。

 今まで出会った誰よりも雄々しく——それでいて心の底へ、揺るぎなき信念を貫く王族。

 これ程までに尊き人間を見た事が無いと……オレは心を打たれた。


 ムーラカナ本国の王族は、地球で最も近しい皇族として唯一の存在——暁の大国日本国に於ける天皇家が挙げられる。

 ——いや、そもそもムー大陸の血筋を受け継ぐ点で言えば……両者は切っても切れない存在と聞いた事があった。


 その皇族へムー大陸時代より仕えた機関こそが、楽園を守護するヤサカニ家を含む【三神守護宗家】——そう……全ては繋がっているんだ。


 画してオレ達は完全に拍子抜けのまま退室を促され——しかし何の沙汰も無しなど示しも付かぬとして、アシュリー大尉へ三日間の営倉入りを命じた。

 けど——どう言う訳か……大人しすぎる程に従う男の娘大尉は、仕切りにいつきの処分を気にしており——


「ねぇ、英雄殿!その——あいつ……あの格闘バカは……処分とか、されたりはしないの?」


「うん?処分も何も——むしろいつきならば後ほど皇子殿下へ、素晴らしき機転と行動に対する何らかの報酬をと……進言する予定だが?」


 とだけ伝えると——


「っ……そう!なら良かった……って!?いい事、英雄殿——この事はあの格闘バカには内緒だからねっ!!?」


 最後の方が、若干男に戻っていた気がしないでも無いけど——なんとまあ、いつきに天然ジゴロの気がある事態に——

 それもオレと同質の、……要らぬところまで継承しつつある異常事態へ——先の緊張とは異質の疲れで大きく嘆息しながら、残る事後処理へと足を向けるのだった。

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