第84話 死神を焼く炎陽の正義



『殿下っ!お下がり下さい――現在合同演習の最中です!おまけに今すぐには、演習を止められぬイレギュラーが……――』


 合同演習最中に訪れたまさかの皇子殿下の突撃訪問――しかし如何いかんせん、状況が最悪を極めていた。

 急遽男の娘大尉アシュリーを主軸とし、残り全機が支援の元……Αアルファ・フレームとの演習が行われる算段――そこでΑアルファ・フレームを駆る格闘少年が、見る者すべてを魅了する一騎当千を演じ――

 エリート部隊キルス隊女性を目指す者部隊ラグレア隊を軽々ほふった彼は、返す拳で対戦相手における最大の強敵――蒼き英雄クオンとの一騎打ちへと飛んだ。


 そう――確かにそこまでは演習上、想定外としても誤差の範囲と言えたのだ。


 だがモニターに映し出された映像には、Αアルファ・フレームからの制止も振り切る程に正気を消失しかける男の娘大尉が……高負荷により加熱した機関もそのままに、機体イレブンへ全開をくれて禁忌へ飛ぶ姿。

 そして最悪な事に、まさに大尉が飛ぶ方向の宙域に……皇子が乗りつけた皇族御用達の航宙高速艦が静止していたのだ。


 優男の総大将フキアエズが放つ、一国を担う地位の者への避難勧告……しかしこの破天荒皇子は、


「よい……ワシはこのまま訪れる因果を受け入れよう。」


『で、殿下!?何を——』


「なにもないわ……ワシの眼前で、。ならばワシの役目は、その一部始終を見届ける事じゃ。まぁ——」


「お主の心配も杞憂に終わろう……ことのほか今目にする者達の発する気配は、正しきエネルギーに満ち溢れておるからのぅ。」


 避難勧告を発した本人は、と眉根を寄せるも——これこそが、この皇子殿下を破天荒足らしめる行いと知っている。

 故に殿下直々に放たれた言葉で、二の句も告げられなくなってしまう。


 そのやり取りが交わされる一方で、すでに赤き霊機Α・フレームを強襲した男の娘大尉——が、彼女が駆る機体はすでに限界を超えようとしていた。


『わ……たし…は、お前を——紅円寺 斎こうえんじ いつきを……Αアルファから引き摺り下ろすんだっっ!』


『——戦えよ!紅円寺こうえんじ……私があんたを——』


 双銃が舞い——赤き霊機Α・フレームの機体各所が火花を撒き散らす。

 演習中……奇跡の回避で敵対チーム全ての攻撃を避け切った炎陽の勇者が——いつ爆散するとも知れない男の娘大尉の攻撃を


『戦えよ……戦えって言ってんのよっ!何、調子こいて全部攻撃受けたりとか——してんのよっっ!あんたが私に無様に敗北しなけりゃ、お姉様の目指したそのシートが——』


「アシュリーさん……あんたには、俺の後ろにいる者が見えないのかっ……!この背に守るべき者がいるのに——俺がここを動いて、あんたの好きにさせると思ってるのかっ!」


 狂気の表情のまま、その感情を宿す様に振り抜かれる双銃の連続打撃——それを受け微動だにしない、赤き霊機Α・フレームコックピット内の少年はギリリと歯噛みする。

 狂気の少女アシュリーが己の事しか見えぬさまを双眸に捉え――その誤った思考を正すために……心の芯を貫き通す灼熱の正義を叩きつけた。


 世に舞う偽善的と言う嘲笑など焼き焦がす——灼熱の恒星の如き……裂帛の気合いで——


Αアルファ・フレームは……アーデルハイドG-3は、戦いを愉悦に変える凶拳じゃない――守るべき弱者を守護する盾だっ!その盾は……憎しみに囚われた心では決して砕けない——」


「俺が倒れれば……!」


『……っ!?』


 狂気アシュリーの一撃……短火線銃を——その銃口を霊機へ向けた状態で、赤き恒星が受け止めた。

 その狂気全てを受け止める様に——


 そして——

 己の事しか見えなくなっていた死神の……を——赤き炎陽の正義が焼き尽くして行く。


「アシュリー大尉、落ち着いてよく見て下さい。あなたのこの銃は……になっちゃいけない——そんな事……綾奈あやなさんも望んじゃいないっすよ?」


『お……ねえ、様——』


 正義を纏う恒星の炎が、死神の心を露わとし——少女の目に映っていたモノが、赤き霊機Α・フレームだけではない……この宙域全体へと広がって行く。

 そしてようやく目にした赤き霊機の背後……300と離れぬ距離に浮かぶ艦艇——迂闊に彼女が銃火砲を放てば沿


 同時に……翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイトと呼ばれた少女は理解した。

 気付かぬ内に、演習宙域に入り込んだ艦艇を守るため……己が滅多打ちになるのもいとわずに、赤き霊機は徹底防戦へと移行していたのだと——


 そう——赤き炎陽の勇者紅円寺 斎は……少女の大切な者を奪い人生を狂わせた、卑劣で外道極まりない男共など——

 熱く燃えたぎる正義を宿す——誇り高き拳士であったのだ。


 狂気のままに握りしめていた操縦桿……力なくそこから手を離した死神アシュリーは——


「——なんだ……、こんな男も……。あんたが——あんたみたいな奴が居れば……私の人生も——」


 操縦桿から離したその手で……熱き少年が映るモニターを掴む様に伸ばした——

 ……刹那——


 少女の駆るT・A=11イレブン——遂に限界を超えた機関のエネルギーラインが焼き切れ爆散。

 機体の機関部を中心とした場所から、赤き霊機を巻き込む様に弾け飛んだ。


「アシュリーさんっっ!!?」


 すでに爆散は目前のはずであった——しかしイレブンは、……

 己を駆る闇に堕ちた死神少女が——光に戻る道を手にするその時を……待ち望む様に——



 》》》》



 オレ自身も想定だにしないイレギュラー——それも、まさかの身内からのモノだった。

 いつきの真価が本物ならば、オレとの一騎打ちが叶うと想定し——そこに割って入るアシュリーといつきとの……わだかまりを解消出来るかも知れぬと踏んだ対戦カード。


 その思考していたプランを見事に台無しにしてくれたのは、いつきの言葉と同時に演習宙域僅か外で確認した艦艇——直ぐにその所属船籍を調べ上げ……と痛感する。

 オレとて軍事に関わる身である故に、軍部総大将であるウガヤフキアエズ閣下のさらにその上——あの方にさえ勅命を下せる存在を聞き及んでいた。


 艦艇に刻まれた紋章は紛れも無く、【ムーラカナ皇王国】皇族所有の高速艦……搭乗するのは殿下……――

 新帝ノ紅真ノ命アラタミカドノアカマノミコト——破天荒で知られる、新帝あらみかど 紅真こうま皇子殿下だ。


 その艦艇が巻き込まれぬ様、速やかに防衛行動に入ったいつきの機転は個人的にも賞賛に値する所——けれど問題は別にあった。

 言わずと知れた死神と呼ばれる男の娘大尉アシュリーが……皇子殿下がいるとも知らずに、その方向へ突っ込み——あまつさえ、いつき達の制止を振り切り演習を強制実行に移した事実。

 Αアルファ・フレームが防衛行動に入っていたのは、功をそうしたと言えるが——正直目も当てられない事後処理で目が眩みそうになる。


 自身もまず訪れないであろういつきとの一騎打ちに、いささか慢心気味だった事も自重せねばと思った矢先——これは確実に想定内であった非常事態。

 視認したオレは速やかに対応に移るため、通信を飛ばそうとし——


「シャーロット中尉!大至急アシュリー大尉を——」


『言わずもがなだ、英雄殿……すでに出ている!これよりアシュリー大尉の緊急保護に当たる——搬送ポッド準備、続けクリシャ!』


『了解です!――搬送ポッド準備完了……すぐにと飛びます!』


 事前の予測に対し、素早き対応を見せる救いの女神達セイバー・ハンズ—— 一刻を争う事態であるも、この女神達は事前の情報が組み合わされば百人力……救急救命に於ける

 加えて……無理を押して整備チームのイカツイ頭取マケディ軍曹へしかと依頼した、必要装備への入念なチェックも活きており――爆散したT・A=11イレブンもコックピット周辺に過度の異常は見受けられず、排出されたコックピットを隔絶内包するポッドも視認。

 発せられるSOS受信と生命反応も併せてレーダーに投影される。


 その顛末全体を確認したオレは……すぐさまC・T・O総本部への通信を飛ばす。


「こちらクオン・サイガ!緊急事態に付き、急遽演習を中止とします!我等は直ちに、爆散したムーンベルク大尉の救助サポートへ移行――同時に当該事態における以後への影響調査へ移ります!」


『うむ……そちらは任せた!――本部でもムーンベルク大尉の生存ビーコンを捉えている……すでに救いの女神セイバー・ハンズが救助に向かっているならば大事にも至るまい!――これは事前に貴君が弄した策と判断の賜物……こちらで合同演習中止からの救急救命訓練移行を、観客へも伝えよう――』


『事前対応――ご苦労だった、サイガ大尉!』


 忘れてはならない点……この演習は観客の今後への不安を和らげる種のイベントとして開催されている事――演習中の機体爆散が……それは民の不安をいたずらに煽る事にも成りかねない。


 だからこその事前対応――そしてそこで最大限に活かされるのが、救急救命のために宇宙そらを駆ける救いの女神達セイバー・ハンズの役割。

 まさに彼女達はこの様な時にこそ、その真価を発揮する。

 軍部としてもその点を民へ伝えるためにも、T・A=11イレブン爆散後の対応は最重要点であり……軍の信頼を得るか失うかの境目だった。


 結果としてオレ達の戦いや行動が、軍部と言う組織の宣伝に利用された形ではあるも――今おかれた楽園アル・カンデの状況下では、それも已む無しと感じていた。


 モニターへ映る現本部指令である天城あまぎ大佐へ敬礼を送り、速やかに女神達支援へと移行するのにあわせ……目配せで演習に参加した各機へ撤収を指示――その視界に映ったラグレア隊二人の双眸へ不安に満ちた動揺を感じ……大事ではないと視線を送った後通信を切る。


「さて――これからどうするか……いつきはむしろ守った側だから賞賛を賜るだろうが。……問題はムーンベルク大尉か――」


 女神の機体を支援しつつ思考に描くは、こちらも想定していない大問題が持ち上がりそうな予感――あの男の娘大尉が、知らずとは言え殿下の御前で制止を振り切り演習を強行し……危うく殿下へその銃火砲の矛先を向けそうになると言う、重い軍法会議待ったなしの事態。


 責任を取ると、あのマケディ軍曹へ豪語した手前――責の重さと今後への影響が計り知れない点を思考したオレは、深い嘆息の海に沈むのであった。

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