騒乱、火星圏の彼方

第83話 量られる真価



 赤き炎Αが舞い——蒼き閃光Ωが駆ける。

 その雄姿が舞う光景を夢見た研究者達は、古の技術ロスト・エイジ・テクノロジーに対する使用制限へのあらがいの中――数多の思考錯誤を繰り返し、二柱の禁忌研究に没頭して来た。

 扱うは禁忌の兵器……だが宇宙そらに住まう人々は、その血に受け継がれた信念の元――その兵器研究を続けていたのだ。


 兵器を扱うは人である――よって、その人の手が間違いを犯さぬ限り……それを正しき道の力として扱う事が叶うのだと――


 そして今――その研究者達の夢見た光景は、現実の物となり……二つの禁忌の力は、蒼き英雄と赤き勇者に委ねられた。

 合同演習と言う形ではある――しかし望まぬ形であれ起動したそれらは今……ようやく待ち望んだ者達の視界を占拠していた。


「これが霊装の機体セロ・フレームの真価……何と言う――」


「あのザガー・カルツをも屠る者が、同時に二人も現われるなど――これはまさに奇跡か――」


 C・T・O本部重鎮でさえ、その禁忌が間近で作戦行動を行う姿など目にする事も叶わなかった――が、奇しくもザガー・カルツ襲来により……それを見る事が叶ってしまったのだ。


「――敵対勢力への防衛と言う望まぬ形ではありました。しかしながら、禁忌を手にした二人――いえ、それをサポートする者達も含め……四人共が真っ直ぐな志の下あれらを今、駆っております――」


「――そしてこれは我らが望んだ物の第一歩……これよりあの禁忌と畏怖された機体が、この太陽系を駆け巡り……――その第一歩となるのです。」


 本部特設観覧室へ同席する、宇宙人の楽園アル・カンデ内における重鎮勢――早々たる顔ぶれの前で、総大将であるフキアエズ閣下が感慨と供に言葉を零す。

 漆黒の部隊襲撃当初は、状況も不安視された禁忌の機体が歩む道――だがフタを開けてみれば、赤き勇者の目覚めに呼応した蒼き英雄……さらにその英雄に感化された勇者の、恐るべき進化――

 まさに切磋琢磨の二つの希望が、研鑽の中で禁忌と呼ばれた機体を正しき道へと導いている事態――総大将を以ってしてさえ、その姿に羨望を抱かずにはいられなかった。


 眼前の合同演習と言う形での、禁忌が舞い躍る様――それを視界に納めつつ、今後の世界の動向へと思考を移さんとした優男の総大将フキアエズ……そこへ一瞬耳を疑う通信が届く事となる。


『――失礼します!閣下――合同演習の最中……演習宙域で未確認の艦船を確認!照合の結果……皇子の――皇族御用達の高速艦であると――』


「な……っ!?皇子がアル・カンデへ!?――つい先日、別宙域で確認されたばかりでは――」


 驚愕の言葉を同席した重鎮皆が耳にし――ざわめきが捲き起こる。

 それは、突撃訪問を行う事で知られる皇子の行動へではない――だ。


 その状況を知らされていない禁忌を駆る英雄クオン勇者――今その二柱が激突をせんとする中……恐らくはこの事態へ、赤き気炎と供に特攻する様がモニターへ映し出される。


 ――突撃訪問によって訪れた……――



》》》》



 合同演習と言う対戦形式の中、機体がようやく俺の手足となったのを感じた。

 そして刹那の攻防で自分でも驚く事に、あのキルス隊とラグレア隊を……まぐれではあるがほふる事に成功する。

 けれどこの演習において、絶対避けて通れない戦いがある。


 急遽あの男の娘大尉との対戦カードを提示された時には焦ったけど、何とか彼女への一撃を見舞う事に成功した俺はその背後――こんな演習でなければ、今後そうはないだろう戦いへ望む。

 どの道、最後の砦として立ちはだかるのは目に見えてた事だ。


「クオンさん!俺との一騎打ち――手合わせ願うっす!」


 なかなかに大それた事とも思うけど、俺だってあの漆黒に対して接敵した身――少なからず自信も付いて来た所だ。

 ――けど、だからと言って慢心は禁物だった。

 自信が付いたからとおごれば、最初にΑアルファ・フレームに搭乗した時の二の舞だ。


 まずはこの演習において、俺がクオンさんとどれだけの戦力差があるのかを確認――それを今後の特訓課題に織り込むため、この場をしっかり活用させて貰おう。

 そもそもあの蒼き英雄が準備してくれた舞台――遠慮の必要なんてないんだ。


綾奈あやなさん……予定通り、俺は全力でこいつの性能を出し切れば問題ないっすね!?」


『ええ!クオンの指示は例の件も織り込み済み――機体のデータ収集は私に任せて……派手にかましてやりなさい!』


 綾奈あやなさんの指示にも含まれる内通者の件――極力俺が派手に暴れ回り、内通者の興味をΩオメガの運用上における弱点より可能な限り逸らさせる事。

 その事を念頭に置き、正に蒼き禁忌へと接敵せんとした俺の耳へ――綾奈あやなさんより飛び込んだ。


『――ただし……いつき君、気を付けて挑みなさいよ?恐らくクオンにあなたの格闘技――通じないと思うから!』


「へっ!?――今綾奈あやなさん、何て……――」


 そう……聞き間違いかと思い、おっかない上官へ問い返そうとした俺の視界――Αアルファのモニターに捉えていたはずのΩオメガが――


「――っくっ!?これっ……はっ――」


 自分のお株を奪う様にふところに滑り込む蒼き閃光Ω

 防御からの当身で逃れようとするも、当身で出した腕に絡まる様に伸びるΩオメガの腕部。

 自分の視界が反転したの気付くのが遅れるほどの、刹那の閃撃——違う……クオンさんは攻撃など繰り出していない。

 ゼロ距離から打ち出した俺の当身を、かすらせる事なくいなしたんだ。


 直感が先の男の娘大尉アシュリーさんと同質——いや、それ以上の動きと感じるや……即座に距離を取りつつ口にした。


「クオンさん……システマなんて身に付けてたのか!?——これこそまさにシャレにならなんねぇ!!」


 男の娘大尉が駆るT・A=11イレブンは優れた機体であったとしても、汎用機体の域を出ず——驚きこそあったにせよ、初見で対応可能な範疇だった。

 だけど——こんなモノを禁忌と呼ばれる閃光の如き機動性を有する、イカヅチの化身で体現されてはひとたまりも無い。


 地球の武道の中では、日本の合気道をより攻撃に特化させた様な格闘技最強の呼び声高き対人実戦格闘技。

 さらには極寒諸国の軍隊で広く採用されるそれは、軍事戦闘に護身術と幅広い活躍を見せる事で知られ——正直、俺が身に付けた競技レベルの総合格闘術では完全に不利。

 あの漆黒の部隊長ヒュビネット大尉とやり合った時は、完全に機体性能に助けられていたのが……奇しくも思考へ蘇る。


『本当はヒュビネット大尉との戦闘に合わせて、温存していた技なんだが……先の戦闘、君がすでに漆黒へゼロ距離近接格闘で挑んだからな。今後あちらも、対応して来るだろう——』


『故に……。と言う訳で——思う存分発揮させて貰うぞ……いつきっ!』


 モニターに映るしたり顔——クオンさんのこんな表情も珍しいけど……今さらっとトンデモ発言を宣言してくれたぞ?


 シャレにならないが上乗せされた事態……けど、そこに内包された血の滲む様な研鑽は容易に想像出来た。

 クオンさんの身体的な事情は、本人のカミングアウトで知り得ている。

 宇宙人そらびと社会でも稀に見る遺伝子総合劣化症——それを思考した時……このシステマと言う格闘術は、クオンさんにとって軍という組織で生き残る為に必然だったとの理解の至る。


 全てにおいて力の劣る遺伝子障害を持つ彼が、健常な遺伝子を持つ軍人を相手取るのに……は無いからだ。


 その全てを思考し……俺は——


「シャレになんねぇ……けどっ!こんなに燃える展開――望むところっす!!」


 胸の奥に秘めた俺自身の夢が——少しだけ幼かった頃口にした、宇宙そらへ向けて思い描いた夢が再び燃え上がる。

 機体へその灼熱の闘志を宿し……俺はひるむ事なく突っ込んだ。


 そして再び双眸を閉じ……深淵の宇宙ブレーン・スペースを感じれば——そこへ鮮烈に輝く閃光が舞うのを確認出来た。

 通用しないと言って挑まなければ何も始まらない——その閃光を感じつつ、先の先を読みΩオメガへと近接にて接敵する。


 攻撃がことごとく無かったかの様にいなされるも、活路を見出すため――

 ゼロ距離近接で力を発揮する八極拳の連撃を見舞い……体勢を崩されようと、ひるがえす様に重力の膜で方向転換。


 そこで見えた一つの違和感——きっとクオンさん……Ωオメガの抱える現状では、これ以上の機動性を発揮出来ないのでは?と過る。

 確かに閃光の如き機動性は今まで通り健在……けれど双眸を閉じ、宇宙そらを感じるからこそ見えるモノもある。


 Ωオメガの動力炉……確か偏心回転機関ロータリックリアクターと言うアレがくすぶっている。

 そして気のせいかも知れないけど——クオンさんの鮮烈な光に抗う様な、も同時に感じた。

 暗い影の正体はよく分からないけど……Ωオメガくすぶっているなら、俺に勝機は存在する。


 単純な事だ——格闘技に於ける機動性に特化したΑアルファで……それを超えて行けばいいだけだ。


綾奈あやなさん……クオンさんに——Ωオメガに仕掛けるっす!機関の制御を——」


 視えた感覚そのままに……Ωオメガへの一撃を見舞おうとした俺。

 双眸を開き……Αアルファもそれに呼応しアイカメラ部が赤き閃光を宿したその時——この宙域へあらぬ反応を捉え、その方向を視認した。


「船!?演習宙域に——なんで!?綾奈あやなさ——」


『うわあああああああっっーーーーーーーーー!!』


 そして雄叫びと共に襲撃する影。

 それは最初に屠ったはずのアシュリーさん——けど……俺は目にした。

 猛烈な突進を見せる男の娘大尉のT・A=11イレブンの機関部が、異常なまでに発熱し……確実に臨界を突破しかけている事態を——


「アシュリーさんっ!ダメだ……それ以上は機体が——」


『アシュリー——あんた、何無茶して——』


 俺と綾奈あやなさんの悲痛の叫びも届かない男の娘大尉アシュリーさんが、両腕部に構えた短銃を乱射し襲い来る。

 男の娘大尉とクオンさん—―

 そして宙域に捕らえた未確認の船——全てを思考内で繋いだ俺は……躊躇ためらう事なく信念を解き放った。


「クオンさん……演習の手合わせ中申し訳ないっす!これより俺は、未確認対象の防衛行動へ入ります!」


 思考の必要など無かった——そこに守るべきモノが居たのだから。



》》》》



 合同演習直前。

 対峙する陣営が指定宙域で待機する中、蒼き英雄クオンは事前準備として想定される事態対応のカギとなる者へ通信を繋いでいた。


『これは英雄殿!何か私に御用か?演習の万一に備えて我ら、【救いの御手セイバー・ハンズ】も待機中だぞ?』


 それはこの様な演習興行に於ける裏方で必須とも言える部門……救急救命部隊——その隊長である救いの女神シャーロット中尉であった。


「ああ、それは了解している……そこでシャーロット中尉に、一つ頼みがあるんだが——」


『おお!私に出来る事なら、何なりと依頼して貰おうか!』


 英雄としても、問題児である男の娘大尉ムーンベルクのしでかす事の顛末——確実に訪れる事態への対応とし、救急救命の英雄へ通信を繋いだのだ。


「恐らくは演習のあるタイミングで、アシュリーが無茶をしでかすと見ている……。正直穏便な状況で済むとは思えない——」


「そこでその無茶を視認した時点で、迅速且つ確実な対応をお願いしたい。——頼めるか?」


 蒼き英雄はを、へ変え——救いの女神による対応の効率化を図った。

 今回男の娘大尉がしでかす事態そのものは、部隊全体としておおよそ予測の範囲であるも……救急救命任務を生業とする者達にとっては願ったり叶ったりの事前指示である。


 セイバー・レスキュリオ隊長機——そのモニターで、英雄の言葉を受けた救いの女神は返すしたり顔と共に——


『英雄殿よ……あなどって貰っては困るな!我らが命を救う任務に……願いに対して、二の足を踏む様な者だと思うのか!?喜んで対応しよう……この返答で満足か?』


 勇ましき女神の猛りがモニター越しに伝わり――謝意と供に、軽く敬礼を贈呈した英雄。

 程なく掛けられた合同演習開始の合図……それが掛かるや、英雄も危惧する予測済みの事態へ流れる様に進んで行く。


 奇しくもそれは合同演習と言う興行と、直後に訪れる事態で救急救命訓練の様相を呈する事となり――その一部始終は……彼等の与り知らぬ所から突如として現われた、皇子殿下のお眼鏡に晒される事となる。


 禁忌の機体を駆る者が振るう、正義の真価の全てを――余す事無くその全てを――

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