第82話 少女となる事を選びし少年
合同演習準備も大詰めの中、
その英雄の耳へ遠く響くやり取りに、聞き覚えのある声達がまたやらかしている感に苦笑しつつ……声の主がいる方へ足を向けた。
「ちょっと待て大尉殿!?そりゃ俺達だって、整備Tの意地があらぁ――がそいつぁ無理な相談だぜ!?汎用機の域を出ねぇこいつを――」
「――
「あら~~?出来ないのかしら?あのC・T・Oの誇る凄腕整備Tとあろう者が……。もしかして……あんたらもお飾りかしら?」
「グヌッ……そ、そう言う事を言ってんじゃ無くてだな——」
不穏極まりないやり取りで、あのイカツイ整備チーフですら手を焼く騒動の種——あの
「んじゃま、直ぐにでも準備しないといけないから……お願いするわね~~。」
殺気さえ漂わせる流し目に、あのマケディ軍曹が泣く泣く従う様は……あの
言いたい事を吐き出した男の娘大尉が、ツカツカと格納庫を後にする様を一瞥した蒼き英雄は……ここはフォローも止む無しと、苦労をかける整備チーフへと歩み寄った。
「済まないなマケディ軍曹。……聞き及ぶ以上に彼女は扱いが困難だ——けど少しの間我慢してくれ。」
「おう……クオンか。いいって事よ……俺らはそれが仕事だ——しのごの言える立場じゃねぇのは分かってる。だがよ——」
ボリボリと頭を掻き毟り、今大尉より魔改造着手を言い渡された機体を見上げ——
「機体をカスタムするのはいい——問題はそこじゃねぇ。そのカスタムと言う名の魔改造をするのは俺達だ。けれど——そいつを駆るのはフレームパイロット……もしそのパイロットがおっ死ぬ様な事があれば……——」
英雄はその整備チーフが言わんとする事を理解する。
フレームパイロットが己が命を預けるのは機体であるが——その整備を一手に引き受けるのは、整備チームのクルー一同である。
そこには整備チームを預かるマケディ軍曹が背負う、チーム一同の信用如何が関わっているのだ。
優秀と言われるチームはそこには掛かる重責も桁違い——それが最前線であろうと裏方のバックアップであろうと差など存在しない。
マケディ軍曹は何よりもパイロットの命を
「それは彼女も理解しているはずだ。……死神と言う異名は味方である者から名付けられたモノでは無く——あくまで彼女にとって、許されざる行為を働いた輩が勝手に名付けた悪名——」
「あの男性と見れば誰にでも牙を剥くのは、流石に
軍曹へのフォローを踏まえつつ、蒼き英雄も彼女の人とナリについてを洗い出して行く。
それは言うまでも無く、彼女の内に眠る正義の行方である。
正義の在り方の方向性によっては、部隊を内部から崩壊させる危険な存在として認識され——最悪彼女への、軍事法規的な措置も止む無しの判断を下さねばならない。
最前線をまとめる英雄は、整備チームをまとめるイカツイ職人肌に同質の苦労を感じ取っていたのだ。
その上で……万一の際、整備チームの責任が減じられる方向で——
「この合同演習で――彼女と
「彼女の駆る
そして
そのまま整備クルーが所狭しと駆ける、格納庫内部へ向き直り——大声を張り上げた。
「オイお前らっ!英雄様の許可が出た——アシュリー大尉の
「「アイサーっっ!!」」
英雄の嘆願が含む意味を、軍曹も理解した。
だからこそ、安全装置と生命維持システムチェックを——通常でも怠り無く命じる点を、さらに重点的にと付け加えた。
そこに感じたモノ——それは確実に、あの男の娘大尉が無茶を押し……機体に致命的なダメージを負う事態である。
しかし
「お前さんの許可通り——注文通りの仕事を、俺達はこなしてやらぁ。だからその先は——」
「その責任の所在は……任せるぜ?英雄さんよ。」
かつては引き篭もっていたのが嘘の様な、輝かしく——そして掛かる責任を一手に引き受ける姿は……かの軍曹の双眸にさえも眩しく映っていた。
ヒラヒラと手を振り己が職務へ戻るイカツイ軍曹——同じくしてそれを見送る英雄も、僅かに男の娘大尉の駆る機体を一瞥し——
「不遇を演じさせるかも知れない——そこは勘弁してくれよ?」
男の娘大尉が演じる無理無謀のトバッチリを受けるであろうその機体へ、ささやかな謝罪を送り……程なく英雄も格納庫を後にした。
》》》》
それは地獄——煉獄かとも思えた。
私をいつも見守ってくれた母様も姉様も、不貞なる男共に
目を背けたかったのに、脳裏に刃の様に突き刺さる非道——それから私は奴らと同じ男と言う性別を捨てた。
それからと言うもの——私の視界に映る男共はきっと女性と言う存在を、自分の都合のためだけに利用し、
そんな中……私の命を救ってくれた
この
それが——
「……我慢……出来ないのよっ……!あんたの様な男と言う存在が……世に出るのが当たり前の社会がっっ——」
「——引き摺り下ろしてやる、絶対に!
禁忌の機体から受けたダメージは既に機体の限界ギリギリ——このまま無理を押せば私自身も無事で済むかどうかも分からない。
正直合同演習で命のやり取りをかますなんて、馬鹿げてるにも程がある。
それでも私は止まれない——私の正義は……女性が世界の優位に立ってこその正義。
そのために私は、男の性を捨てたんだ。
全てはお姉様のために——そして未だ
「
出力ゲージが限界を超え——コックピット内部に響くアラート音。
それでも止まらない……止まれない。
焼き切れるエネルギー炉のワーニングセンサーも無視。
——全てはお姉様のために——
》》》》
「何とこれは面白い演出をこなしておるの~~。いやはや見ものじゃ。」
合同演習宙域のすぐ外れ——ひっそりと潜む煌びやかな航宙艦が、傍目からすれば奇想天外な催しに見入っていた。
その広々とした操舵室で全てをモニタリングするは、【ムーラカナ皇王国】が誇る破天荒皇子——
そしてモニター内に舞う赤き霊機の一騎当千——開いた扇子に顔を埋めつつ……しかし双眸には全てを見透かす様な、審判者の如き裁量を宿らせる破天荒皇子。
その目は……ただの軍事演習と言う点など吹き飛ぶ様な、事の真相を見定める。
赤き霊機と……渡り合う部隊後方に構えた蒼き霊機——
それを振るうパイロットらの行動——その一挙手一投足が、破天荒皇子の
『皇子……一応そこは演習区画からギリギリの場所です。くれぐれも用心下さい。』
「分かっておるわ……面倒くさい奴じゃのぅ。お主はまだ姿を現さんのであろう——ならばしっかり、その姿が悟られん様隠れておれ。」
扇子の奥で盛大に嘆息する皇子へ苦笑を送るは、皇王国直属の
その皇子のお膝元——むくりと起き上がる影が、薄い緑の御髪をパラパラと零す。
「……ようやくお目覚めか、お主はいったいいつまで眠れば——って、その目はワンビアか。……何かの気配を感じたのかのぅ?」
「肯定……因果の乱れを確認。しかしそれは世界を調律する
「固い!じゃからお主は固いと言うておろうっ!柔らかくなる様に、こうしてやる……うりうり!」
「おひゃめくりゃひゃい、おふひひぇんひゃ……」
膝で船を漕いでいた少女——が、先の少女では無い無機質な感情が破天荒皇子に厳格な受け答えを返し……固いとばかりに、白く膨らむほっぺを無抵抗のままムニムニされる。
彼女の名はワンビア・クレールト――シバ・シルエイティに内包されるもう一人の人格。
厳密に言えば彼女の人格が表に出た【
だがその厳格さも破天荒皇子からすれば、堅苦しいと弄られる原因となるのだが。
破天荒皇子と護衛の少女——仲の良い?睦まじさを演じる彼ら。
その直後……彼らの航宙艦が演習に於ける佳境に巻き込まれる。
まさに護衛の
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