第81話 燃える宇宙



 軍本部の意向により、特別席で軍事演習を観覧する学園理事長と武術部員達——しかし生徒のいずれも、想定しない惨状に目を覆う。

 それも無理は無い……防衛軍に抜擢されたと言い放った部長の格闘少年が搭乗する機体——それが今眼前の演習で、


 優れた能力から来る抜擢と言う姿には程遠い事態で、不安と悲痛すら入り混じっていた。


「理事長先生!これ、ヤバくないですか!?いつきの奴……完全にボコられてんじゃんっ!!」


「つか良太、問題そこじゃねぇし!?何だよこの、って!?完全にイジメじゃねぇかっ!」


 いつもは部長をいじりいじられの間柄である友人達も、目の当たりにする惨状には……流石に抗議も止むなしと叫ぶ。

 後輩である少女達に至っては、先輩の少年が操る機体が攻撃を受ける度……涙で顔を歪め言葉を失っていた。


 だが——視界にその惨状を捉えられぬ暁の理事長咲弥は……生徒達が見えぬ物を感じていた。

 彼女が見えぬ視界に捉えたのは——……そして


 感じるままに口にした理事長の言葉は、生徒達では想像も付かぬ期待と羨望に満ち溢れていた。


「〈安心なさい、皆さん。ですよ?私達の希望が——〉」


「〈……、これからです。〉」


 暁の理事長は言い放つ—— 一騎当千を解き放つは今と。

 直後……演習を観覧に訪れた一般市民さえも感動と賛美に沸き返る瞬間が訪れようとは——


 紅円寺学園武術部生徒でさえも、想定の遥か彼方であった……。





 蒼き英雄クオンより、本人さえ想定しない主役を任された男の娘大尉アシュリー——その身に付けられた汚名……しかしあえて名乗り続ける【翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイト】の異名。

 それを名乗るに値する狂気をバラ撒き、赤き巨人Α・フレームを強襲する。


 本来ならば敵意さえ剥き出す、あのエリート隊ですら利用し——今は眼前のイケ好かない格闘少年を、霊装の機体の座より事に専念する。

 が——


「あらあら~~!何なの?手も足も出ないじゃない……それで綾奈あやなお姉様の座する場を奪ったなんて——反吐が出るわねっっ!」


 T・Aテスラ・アサルト11イレブンを霊装の機体との戦いに合わせ、突貫であつらえた装備——その無茶振りたるや、あのイカツイ軍曹マケディが泣いて逃走を図りそうな程のオーバーチューン。

 エリート隊長でさえ、劣る部分をで補っていた霊機との性能差——それを、で追いすがる男の娘大尉。


 だがそこは大尉の階級を預かる少女——整備チームに無理を押して整備させた機体の負荷……それを最小限に抑えた戦術で赤き霊機を圧倒する。

 そのための火砲格闘一体型・特殊近接格闘戦術……ガン・グラップル・アクションであった。


 己が大恩を抱きし美しき大尉の目指した座——それを奪い取ったと言う、誤解に偏る決め付けのままに赤き巨人へと襲いかかる男の娘大尉。

 バラ撒く狂気の奥底へ仕舞う、にも気付かぬままに……。


 —— 一方的な襲撃はエリート部隊キルス隊女性を目指す者部隊ラグレア隊に……蒼き霊機Ωの支援を受けて、さながら大部隊の総攻撃が襲うかの如き錯覚に捉われる。

 否——赤き霊機の搭乗者である格闘少年……肝心なそのパイロットの面持ちは、彼が口で騒ぐ程に取り乱したりなどはしていなかった。


 そして——格闘少年の中に眠る、霊機に相応しき秘めたる能力が……男の娘大尉の目にしたモニターへあるまじき驚愕を呼ぶ事となる。


「さあさあ、そのまま私に潰されて……さっさとその霊機の座を——」


 と、狂気の笑みで少年へと罵倒を浴びせようとした大尉が——見開く双眸のまま絶句……同時に湧き上がる殺意のままに、溢れる怒声を響かせた。


「——ふざ……けんな!……何よそれ——……——」


「……私を——舐めてんじゃねぇぞっっ!!」


 男の娘大尉の双眸に映ったあり得ない光景——それは1対7と言う、常軌を逸した合同演習最中……格闘少年がと言う、正気を疑う姿である。


 同時にその姿が、己に対する著しい侮辱ぶじょくと映った大尉——怒りのままに機体出力を上昇させ、オーバーチューンギリギリの気炎が機体を赤く加熱させた。

 そして突撃……近接格闘を想定した翡翠色ジェイダイトの双式短銃を赤き霊機の懐へ叩き込もうとした時——


 機体メインカメラより……赤き巨人が姿を消した——否、


「なっ……ぐっ——!!?」


 視界から巨人が消えたと認識した男の娘大尉は、その認識が思考を支配する前に——機体もろとも後方へ弾かれ——


「何が——!?」


 機体体勢を立て直す大尉は再び双眸を見開く。

 今視界より消えたはずの赤き霊機が……すでに懐に張り付き——


『舐めても……侮ってもいないっす!あんたが強いから——それを超えなきゃ……俺は前へ進めないからっ!』


「ぐっ——こんのぉ……!……がっ!?」


 視界を閉じた格闘少年がモニターを占拠——しかし大尉がそれを確認する事も叶わぬまま、再び機体への強烈な衝撃。


『少しでも前に進まなけりゃ——多くの命のために戦場を駆ける、クオンさんの背中なんて……守れないっすからっっ!!』


 男の娘大尉のT・Aテスラ・アサルト11イレブンは、襲う少年の……熱く燃える恒星の如き信念に焼き焦がされた。



 》》》》



 観客となった市民……そして特設席であらぬ惨状を見せつけられた暁の学園生徒達。

 直前まではこの演習に期待を寄せ——しかし目にした惨状から、幾つもの悲痛を乗せた悲鳴が舞う。

 何も知らぬ素人でさえも理解出来る常軌を逸した演習に、否定の声さえ上がり始めた。


 しかしその観客席の視界、宙空モニターへ映し出された映像で——観客である全ての者が絶句した。

 何と今……明らかに多勢に無勢な演習戦闘の最中——双眸を閉じた、赤き霊機を駆る格闘少年が映し出されたのだ。


「……あいつ……何で——何で目を閉じてんだっ!?」


「いやいやおかしいだろ!?いつきがあの赤いのを操縦してんだよな??理事長先生っ!」


「危ないよ、先輩!ケガしちゃうよ!」


「ちょっ!?ケガじゃ済まないから!死んじゃうから先輩!」


 武術部員から口々に漏れるは驚愕と困惑。

 信じ難き光景……眼前の軍事演習で集中砲火を浴びる、赤き霊機パイロットが巻き起こす異常事態——紅円寺 斎こうえんじ いつきが、閉じた双眸のまま巨人を操る姿。


 だが——

 隣り合い——生徒達と同じ者を、違う世界から認識する暁の会長 咲弥さくやが合成音声へ……一段の音量をかけて解き放った。


「〈さあ、いつき!今こそ見せる時です——Αアルファ・フレームがなぜあなたの手にあるかを——〉」


「〈そしてそしての拳が……あなたとΑアルファが、一騎当千を振るうに足るとの証明をっっ!!〉」


 宇宙そらに響くは——

 それは格闘少年の思考……彼が閉じた双眸で捉える膜宇宙ブレーン・スペースを震撼させ——彼の脳裏へ運ばれた。


 刹那——赤き機体は……フレームと言う人の造りし機動兵装の概念を吹き飛ばす、超常の機動性能を叩き出す。


 狂気のまま強襲した翡翠色ジェイダイトの機体に対し、光学的な視界で捉えられぬ旋回と同時——赤き爆炎を纏いて懐へ……少林寺拳法による反撃からの一撃を——

 さらに追いすがり、立て直す翡翠色ジェイダイトの機体を八極拳の形にて追撃した。


『ムーンベルク大尉を援護する!続けっっ!』


 なす術無く後方へ弾かれた、翡翠色ジェイダイトの機体に入れ替わる様に……うごめく一個の生命体と化すエリート部隊が支援射撃の弾幕を撒くが——

 少年はその弾幕さえも双眸を閉じたまま回避する。

 ——それも……——


「いつ……き、君……!?」


 最早その奇跡の様な回避は、それを目撃したサポートパートナーである美しき大尉綾奈からも言葉を失わせた。

 さらに少年は重力障壁を展開後——元来機体眼前で完全防御として発するそれを……


「くっ!?……これはΑアルファの静止停滞型防御ではなかった——」


『隊長っっ!!』


 意表を突いた攻撃に気を取られ—— 一瞬の視線の移動を見逃さぬ赤き霊機が再び視界より消滅……辛うじて反応したエリート隊 ディン が追った視線の先——

 モニターを埋め尽くすのは、至る所に輝く炎陽の膜——それを足場とした赤き巨人が……宇宙そらと言う世界のあらゆる場所を踏み締めて、エリート部隊を強襲する姿であった。


「ぬうおおおおおーーーーっっ!!」


 エリート隊長も想定など遥か彼方に吹き飛ぶ眼前の異常事態で、鉄仮面と称された仮面へ動揺を走らせながら……ばら撒く重機関砲による迎撃を見せる——が……その宙域一帯を足場とした、赤き巨人の恐るべき機動性へ追従する事が叶わない。


 重力無き世界での頼みの綱は、機体メインスラスターと各部高機動マニューバのみ——それを駆使して制御するも……機体が加速すれば、次の減速にその機体質量を制止させるに足る出力を必要とする。


 結果……機体をいくら加速しようとも、姿勢制御と方向転換を行えば自ずと機動力のロスが発生し——さらには耐G軽減システムを介してではあるが、搭乗者がそれを全て受け止める事となる。


 あの蒼き機体のサポートを担うジーナを襲う、相当量の負担は言わずもがなであった。


 しかし赤き霊機は、宇宙そらに描く重力の膜を足場とする事で……重力膜の干渉により減速・急制動時のGを相殺、そして機体の姿勢制御に於ける出力ロスを無数の足場を介す事で最小限に食い止め——本来宇宙戦闘を行うフレームでは、あるまじき機動性を実現させていた。


『隊長っ……さすがにこれは——うおっ!?』


 エリート部隊が迎撃に手間取る刹那、隊長機を柔術による絡め手で機体腕部を封じる様にすれ違い——編隊を組む部隊の他二機へ投げ飛ばし……その勢いでラグレア隊の位置する方へ飛ぶ。


「——うわっ……これマズくない!?って——いやぁぁーーー!?」


『あらあらーーーーーっ!?』


 エリート部隊がまくられる事態に、さしものラグレア隊が誇る女性を目指した二人も……迎撃虚しく機体懐へ飛び込まれ——致命打のまま弾かれる。


 それは一瞬の攻防——しかし誰もがその瞬間を目に焼き付けた。

 誰の目にも明らかな多勢に無勢の常軌を逸した合同演習——だが、全ての観客の目に……思考に刻み付けられた。


 不利と……無勢と思われた赤き巨人が…… 一騎当千を演じたのだから——


 そして赤き巨人は並み居る同部隊の適役達をほふり……彼にとっての真の目標へと飛ぶ。

 恐らくは、——蒼き霊機Ω・フレームとの一騎打ちである。


「クオンさんっ!俺と一手——手合わせ願うっすっ!!」


『ふっ……了解した。見せてみろ……Αをっっ!!』


 合同演習会場の誰もが——否……軍部に関わる者でさえ、それに魅入る事になる戦いが——

 Αアルファ・フレーム……アーデルハイド=G—3と——Ωオメガ・フレーム……グラディウス=メテオストライカーの、演習と言う名の一騎打ちが開始された。

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