第80話 勇者と死神



 宇宙人の楽園アル・カンデでは、ソシャールコロニー外縁区画下部——複合集光ミラー群を大きく回避した場所で、外宇宙イベント用の軍民共用施設を設ける。

 ソシャールコロニー周辺は、コロニー外板からの距離にして10km辺りまでに生活重力圏を持ち——同時に多重重力障壁展開による安全設備を完備するそこは、軍事民間問わず様々な興行で利用されていた。


 そして現在——

 先の台無しにされた、お披露目会に変わる軍事イベントを開催するための準備がとどこおり無く進められる。

 楽園アル・カンデを守護する防衛軍本部としても、お披露目会の後に日を改めて霊機隊と新規フレーム隊の一般公開を予定していた事もあり……早めた予定以外はスケジュール上の問題も微小と言えた。


 防護フィールドが強化展開されたイベント区画で、軍事演習のための舞台設営が進む中——軍本部設備で襲撃を凌いだ学園理事長含む武術お騒がせ部員達は、そのまま軍関係者扱いと言うVIP枠の席を流れのままに手に入れる。


「〈ああ……ここですね。では皆さん、一足先に演習会場の観客席を陣取りましょうか。〉」


「「「おー!」」」


 通常ではあり得ない待遇は軍部からのせめてもの謝意——宇宙災害コズミック・ハザード時には危険に晒した彼らを、その後の漆黒による襲撃の際においてまでも軍事施設内で不安な時間を過ごさせた事に対する物であった。

 同時に——

 度重なる不運に見舞われようとも奇跡的に大事に至らぬのは……そこに暁 咲弥あかつき さくやと言う余命宣告を受けながら、その宣告すら跳ね除ける生命力を体現したの成せる技——そう受け取った軍部も、その好待遇を準備した。


 その一行の為だけに準備されたVIP席は、今回予定する一般ソシャール市民席から大きく離れ——且つ専用とされたゆったりとしたソファーに、外部モニターも完備した大型の専用観覧席。


「「「——おおおお……おうっ!?」」」


 勢いに任せ電磁扉を潜った武術部員達は、今まで目にした事も無い様な豪勢極まりない空間を目にして目を見開くと共に感嘆した。


「わ……私こんな椅子座った事無いよ?マジなの?夢じゃ無いの?」


「みろよ!ヤベエよ!こいつフッカフカだよっ!つかこんな所に座って良いのかよ!?」


「フフフっ皆甘いな……オレはこの程度では——」


「止めよケンヤ君?虚しくなるよそれは……。ここは素直に初めてと——」


 ムードメーカー少年ケンヤを悲しい瞳で諭す泣き虫な後輩ゆずちゃんに——夢の様な待遇で一憂する無気力な後輩志奈ちゃん自称ライバル良太

 やいのやいのと騒ぐ生徒の方を、映らぬ瞳で一瞥する様に微笑む暁の会長咲弥は……次々襲う不運を乗り越え、今に至る実感を噛み締めていた。


 それもその二度ともが、確実に赤き霊機Α・フレームを駆る誇らしき息子の功績と言う事もあり……心がさらなる幸福に包まれていた。


 そこへ響く館内通信—— 一般ソシャール市民からの観客も別区画で待機する中、軍事合同演習の趣旨が告げられる。

 当然……その演習に際してのプログラムまでは聞き及んでいなかった武術部員は、信じられぬ事態を耳にする事になるのだが——


『こちらは軍部広報部です。これより一般でご来場の皆様へ、臨時となる軍事演習イベントをお送りしたいと思います。尚——』


『此度は先のザガーカルツと言う、部隊襲撃の不安もあろうかと思いますが——該当する部隊を我らが誇りし新規フレーム部隊……それも有人機体が防衛成功した所です。』


 あえて漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツ襲撃をチラつかせたのは、これから行われる演習に於ける………言わばお膳立てである。

 あの蒼き英雄クオンが考案した奇想天外な演習項目へ、更なる彩りを添えるため——軍部指令らより広報部へも打電されていた。


 そして——奇想天外の演習は、直後に英雄が加えた撹乱により……観客席へ常軌を逸したどよめきを呼ぶ事となるのだ。


『——では、救いし者部隊……。正式なる命名を受けし我らが【アル・カンデ】に於ける誇り高き特務宇宙防衛部隊【クロノセイバー】——その華である霊装機セロ・フレームと、正規フレーム隊の勇姿をご覧頂きましょう!』


『演習項目対戦カードは赤き霊機Αアルファ・フレームに対し——蒼き霊機 Ωオメガ・フレーム含む、6機のフレーム隊が激突する事となります!』


「えっ!?今赤いのと他全機……とか——言ってなかったか!?」


「ウソ——それ、先輩が不利なんじゃ——」


「いや、不利どころか——」


 初めて聞かされた演習項目で驚愕しか浮かばぬ武術部員達——しかしそのありえないと言う問いに誰が答える事もなく——


 ——異例ずくめの合同演習が開始された——



 》》》》



 演習開始の合図が機体モニターへと投影された。

 手に滲む汗は緊張からの物だけじゃない。


綾奈あやなさん、ヤバイっす!俺ガチで緊張して来ました!」


 メインの機体スクリーンは半全天型——その他機体のコンディションや外部状況は小型モニター投影で全てを網羅出来るコックピット。

 その中で直立に近い状態の俺は、小型モニターに映る おっかない上官綾奈さんへ武者震いを伴った言葉を投げ——


『あら?奇遇ね。実は私も緊張して来た所よ?敵とは違うと言えど、恐らく……よね。』


 珍しい綾奈あやなさんの緊張に震える声が、俺の聴覚へ響くも——明らかに事を楽しむ感じが伝わり……ああ、やっぱりこの人も格闘家なんだなと改めて思う。


 防護フイールド内での演習と言う制限の中、周辺の生活重力圏に於けるΑアルファの感触を確かめつつ……Αアルファと対極に配置された各機の気炎を確認した。

 少なくとも視界に映った状況では、クオンさんのΩオメガは最後方——この演習でも後方からの最大火力砲撃支援に徹すると読んだ時……その本人よりの通信が届いた。

 それも一瞬、マジですか!?と声が裏返りそうな内容で——


いつき……この演習では敵同士——通信はこれで最後にしておくが、一つ君に報告がある。この演習上での。』


「……えっ?——って……ええっ!?いやそれ——」


 そう——マジですか!?を放つ間も無く、視界をハックした機体が問答無用の接敵を試みて来る。

 剥き出しの殺意と本能のままに襲撃したのは、以前エリート隊長が駆っていたT・Aテスラ・アサルト11イレブンコマンドカスタム——しかしその腕部を含めたあらゆる箇所が、翡翠色ジェイダイトの輝きを紫のフレームで包む外装へと換装され——


 振りかざす機体メイン武装……翡翠色ジェイダイトの短銃形状の火器二丁が俺を——Αアルファをロックし火を噴いた。


「これっ!?まさか……アシュリーさんっっ!?」


 短銃形状の武装が放つ連射式機関弾を、寸でで見切りつつ——今はこれを凌ぐと、T・Aテスラ・アサルト11イレブンふところへ滑り込む。

 けど——俺が相手のふところから体当たる一撃を放つより先……牽制で放った上中二連打撃が——

 翡翠色ジェイダイトの短銃に弾かれた。


『あらごめんあそばせ!ショボイ拳打過ぎて——打ち払ってしまったわっっ!!』


 追撃とばかりに振り抜かれたのは、またしても翡翠色ジェイダイトの短銃による打撃——全く想定していなかった近接攻撃で、俺は完全に出鼻を挫かれる事となる。


 ふところへの強襲を防がれ後方へ下がりつつ……小型モニターの一つを視認し――その先で目の合った綾奈あやなさんが、事の詳細を語る。


いつき君……あれは私があの子に——アシュリーがこの先戦いに役立てる様にと教えた戦闘術。ヤサカニ式オリジナル戦闘術の、ガン・グラップル・アクションよ。』


「——……ッて、それ……要はガン=カタじゃないっすか!?なんつーもん伝授してんすか、綾奈あやなさんっっ!!?」


 いわゆる厨二病文化と言う地球のサブカルチャー技——しかし綾奈あやなさんは、それをご大層にも実戦術として編み出したと言う事……それが実際に戦闘術として成り立つならばもはや無駄に脅威しか感じない。

 地上で見られる実戦格闘のシステマなどには、ガン=カタに近い物が見られるため——それは絵空事の戦闘術とも言い切れないのだ。


『あら~~どうしたのかしら~~!?ボディが——ガラ空きよっっ!!』


「グッっ!?つか、綾奈あやなさん!……マジでこれ危険なんすけどっ!?」


 近接主体であるΑアルファの拳撃が、尽く短銃で弾かれる様は最早悪夢——銃火砲の攻撃に対し、格闘技……その優位性をぶち壊されたのだ。


 間違いなくにカスタマイズされた連射式短銃——まずフレーム装備としてもお目にかかれない珍武装は、まさにアシュリーさんにとっての伝家の宝刀。

 ワザとらしく光学モニター越しで挑発を繰り出す男の娘大尉が、妖しい視線に狂気を宿し——蠱惑的な唇で威圧して来る。


 そこへ乗せた殺意の先——俺は一瞬感じたモノに、自身の感覚が間違いでは無いのを確信し……殺意の一撃をかわしつつ重力の膜グラビティー・ブレーンを展開。

 俺が持ち得る伝家の宝刀深淵を渡る力で、狂気の死神アシュリーさんを迎え撃とうとし——


『少尉よ!何か忘れているのでは無いかっ!そんなナリでは、戦狼に屠られるが関の山ぞっ!』


 襲い来る三機のエリートが、一体の生命体の如き連携で死神を支援し——


『そうね!ラグレア隊には私達も居るっての——忘れて貰っちゃ困るわねっ!』


『あら~~それは困るわね~~。』


 合わせて——ラグレア隊の残る二機まで連携に加わる始末。


「くっ……うおおおおぉぉ!?これシャレになんねぇーーーっっ!?」


 生まれた状況は—— 十字砲火の只中に放り込まれた感じしかしない事態。

 そして——


 生まれた隙を見逃さない、脅威の連携が巻く様に俺の視界を塞ぎ——刹那開かれる視界の遥か彼方で、二筋の脅威となり猛襲した。


「くっそおおおおおっっ!ここでクオンさんかよっーーー!?」


 まともに受ければΑアルファですら無事では済まない、蒼き二条の雷鳴へ向け——前面集中でミストル・フィールドを媒介し渾身の重力障壁を展開——


「やらせるかーーーーっっ!!」


 二条の雷鳴を周囲に拡散する様に弾いた俺は、思考を宇宙そらへと向けて——揺らぐ【膜宇宙ブレーン・スペース】を睨め付けた。


 これ程の攻撃さえも、この部隊ならば陽動に利用する——同じ部隊に所属するからこそ、それが手に取る様に理解出来る。

 それを、視界に捉えてから反応したのでは迎撃なんて叶わない。

 咄嗟に判断した俺は、シフトした。


 そう——今まで霊装機セロ・フレームと言うロボットを操る感覚が邪魔をして、純粋な自分自身のスタイルが欠如していた事に今更ながらに気付いてしまう。

 今自分が操るのはフレームと言う機体だけど……その戦闘スタイルは格闘技——当たり前である事実に嘆息が漏れ出した。


 俺はまだ——Αアルファと一つに、なりきれていなかったんだ。


 Ωオメガの放つ蒼き閃条を弾いた機体モニター——想定通りに、間髪入れずの強襲をかける男の娘大尉アシュリーさんT・Aテスラ・アサルト=11イレブン

 翡翠色ジェイダイトの双銃が弾幕直後……近接打撃へと続こうとする様を目撃した俺は——


Αアルファ……悪かったな。——手を貸してくれっ!」


 赤き炎陽の巨人アーデルハイドG-3へ共に行こうと誓い……その双眸を閉じた。

 刹那——


 膜宇宙の世界ブレーン・スペースが——俺の手足となるのを感じた——

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