第77話 デモンストレーション



「誠か……。なるほど……確かにそれはΩオメガ運用において、今後の憂いとなるな。」


「ええ。現状でも無視できぬと、こちらで機体操縦レベルで可能な対応を行っている所――しかし現状では、Ωオメガのシステムに大幅な制限を設けざるを得ないかと――」


 統合制御帰還室アマテラス・システム傍通信隔離施設――軍幹部が一同に介するそこで、蒼き英雄クオンが今後の憂い……その中でも蒼き禁忌Ω・フレーム運用上で最も重要な不穏事項を軍幹部へ献上に訪れていた。


「エンセランゼ大尉……この件、軍医の視点ではどうかね?」


 通信隔離施設内――近未来感溢れる金属テーブル中央に座する優男な総大将フキアヘズ閣下が、蒼き英雄の持ち込んだ不穏案件に対する解を……軍を代表する美人女医ローナへ振る。

 対面する位置に座した美人女医――閣下の指名と、閉じていた目蓋をゆっくり開きおもむろに語りだす。


「詳細把握は精密検査等が必要と思われます――が、私の意見としては……、我らの想像を大幅に超えていると推測します。何せ――」


「Ω・フレームが繰り出す機動性能は、既存のフレーム規格をことごとく凌駕する数値を叩き出しており――現状その機動性能へ追従出来るのは、重なりし者フォースレイアーに覚醒したサイガ大尉のみとの結論に至っています……。」


「……了解した。なかなかにこれは、深刻ではあるな。」


 蒼き禁忌Ω・フレームを運用する上での不穏とは、蒼き英雄をサポートし――Ωオメガと言うブラックボックスのシステム制御を一挙に請け負う少女……ジーナ・メレーデン少尉の身体的負担状況であった。


 通常霊装の機体には、有人機体の機動性能に合わせた重力相殺制御を初めとしたシステムにて――パイロットの負荷軽減を目的とした装置が設けられる。

 さらに従来のフレーム規格をあらゆる面で超える霊装機セロ・フレーム各機は、大幅に改良を施したシステムを搭載――想定される機動性能から来るパイロットへの負荷軽減は、必要規定値に達していたはずなのだ。


 その想定さえ凌駕したのは、他でもないクオンと言う人類千年来の覚醒者が同調し……突如として異常なまでに上昇した禁忌の蒼の動力性能――あたかもで、通常のパイロットが耐えられる限界を凌駕する超機動性能を実現してしまった事。


 つまる所――メレーデン少尉の身体面が、その常軌を逸した機動性に対し悲鳴を上げていると言う現実である。


 軍医からの視点で、すでにほぼ確定した状況を慎重に吟味する優男の総大将――思考から考えうる対策を絞り出し――


「……サイガ大尉。貴君はこのままΩオメガで行っている対応を続行……こちらでもあれの――あの蒼き閃光の力を発揮した際のデータより、可能な限り対策品を間に合わせよう。なに――」


「我々としても、せっかくあの少尉が――出来るだけ彼女をその舞台で活躍させたいと……防衛軍総本部も考えている。」


「ご尽力……痛み入ります。」


 蒼き英雄へ送られる……彼のパートナーへの最大限の賞賛――軍部としても、実質禁忌とよばれたシステムを統制出来る者が彼女しかいない事は百も承知。

 故の最大限のバックアップであり――軍部のパートナーに対する深き理解へ蒼き英雄も最大の謝意を首肯と共に、優男の総大将へ送り返した。


 降り積もる不穏の山々を思考に刻み、今回の事情聴取は終了となり――軍本部へ帰還させた本題へと移す優男の総大将。


「――ではその件は対策を進めるとして、これからの本題だ。軍部としてもお披露目会を漆黒の襲撃によって、まんまと台無しにされた事もある――」


「よって、サイガ大尉も聞いた通りであるが……今回合同演習と銘打った、軍部のデモンストレーションを行う事にした。では、天城あまぎ大佐――」


 変わる話題の説明役に選ばれた月読つくよみ大佐の同期にして、現C・T・O指令である天城あまぎ大佐が説明に入る。


「了解しました。今閣下から提示されたデモンストレーションは、現在ようやく揃った赤と蒼の禁忌――そしてそれを支援する部隊である【キルス隊】と【ラグレア隊】を、この機にまとめて一般公開する軍事イベントである。」


「そこで今回、現場指揮官として第一線を指揮するサイガ大尉に——デモンストレーションにおける妙案の提示を求める件も含めて……ここに来て貰った次第——」


 思いがけない振りに、一瞬目を丸くする蒼き英雄を見据え——軍部指令が妙案を待ち侘びる様に問う。


「急で悪いが……良い案はあるかね?サイガ大尉。」


「……はぁ……これはまた唐突ですね……。」


 額に冷たい物を滴らせながらも、英雄は思考する。

 お披露目会を台無しに――と言う点からも、デモンストレーションと言う選択は英雄も確かに理解している。

 が、そこで重要となる点……それは内通者の件が絡むと途端に事が難解となる――故の自分ご指名との考えに至る英雄。


 それらを踏まえ、逡巡しゅんじゅんの後――英雄が一つの案を導き出した。

 しかし英雄の発した案に、提示を求めた軍上層の面々までも驚愕の眼差しを向ける事になるのだが――


「では、こういうのはどうでしょう……。内通者に対するけん制も含め――すでに公となるΑアルファ・フレームの戦闘力を、敢えて大々的に公表する方向――」


Αアルファフレーム一機に対し――Ωオメガ含む我らフレーム隊全機で相手取ると言う、一騎当千を見せ付けるデモンストレーション……と言うのは?」


 英雄は口にした――

 ――Α――


 妙案が飛び出すであろうと待ち構えた軍幹部月読つくよみ天城あまぎ――

 さらにはフキアヘズ閣下でさえ、軍部頂点にあるまじき呆けた表情を炸裂させてしまう。

 そして謎の静寂が微妙な間を生み――直後、豪快な笑いが場を支配した。


「くくくっ……!はっはっはっ……いや、面白い!サイガ大尉――貴君にこれを振ったのは間違いなかった様だ……!確かに妙案――」


「それならば、Ω調カバー出来るな!流石……いや誠に流石と言って置こう!」


 豪快に笑いを響かせたは総大将。

 英雄が提案した興行内容――優男の総大将を持ってしても、そこへ内通者の件に加え……蒼き禁忌Ω・フレームが現在内包する不調の件すら考慮した案に感嘆しか浮かばなかった。

 蒼き禁忌Ω・フレームを興行中終始バックアップに徹させる事で、燻る不調から来る機体性能とパイロットのデータ上のずれを最小限に――その上あたかも、内通者の警戒対象を赤き禁忌Α・フレームへ移らせる妙案である。


 さらには現在、急成長の最中である格闘少年――その鍛錬さえも興行へと差し込んだ蒼き英雄は、もはや優男の総大将にとって絶大なる信を置かせるには充分な存在となっていた。


「いいだろう!――では月読つくよみ大佐……そして天城あまぎ大佐は、その方向でイベント準備を進めてくれ給え!」


「「了解しました!」」


 応じる二人の将官も、再起した蒼き英雄の躍進をその目に焼き付けながら……閣下殿の指示を速やかにこなすため特設室を後にした。

 続いて……蒼き英雄と共に呼び出された美人女医ローナも、楽園管理者水奈迦共々監督官リヴ嬢と扉へ向かい――


「最近重いお話ばかりで、私は少しお暇を持て余しています……。」


「あら?それは大変ですわね。では監督官――いえ、リヴ様……この後よければ雑談などいかが?」


「ほっ!?本当ですか、ローナ様!では私と雑談して下さいませ……!」


「ほなウチも、リヴ様とのお話に参加させて貰いまひょ☆」


「是非是非!水奈迦みなか様とゆっくり話すのは、久方ぶりでございます~~☆」


 などと、最近話から置いてきぼりを食らう事もしばしばの監督官へ……完璧な采配を見せる女医――彼女がただ言う、その片鱗を垣間見せつつ管理者達としばしの雑談へと消えて行った。


 監督官を自分の家族の様に手がう女医を、微笑ましさと供に一瞥する蒼き英雄も退出しようと歩み出し――そこで優男の総大将から制止がかかる。


「サイガ大尉……少し構わないか?」


「はい、他に捕捉など必要でしょうか?閣下。」


 英雄の言葉へそういう事ではないとの意味で首を横に振り、総大将閣下の心中が蒼き禁忌を駆る者へと紡ぎ出された。


「これより宇宙人そらびと社会が、混迷の時代へと突入する事は明白――そのタイミングで救いし者部隊クロノセイバー発足がなった……それは恐らくは天命であろう――」


 双眸を閉じ――重き意味を乗せて告げられる総大将閣下の一語一句……それを余す事無く脳裏に刻む英雄。


「因果がこの争い渦巻く混迷を引き寄せると言うならば……我ら宇宙人そらびとは、。――だからこそ、サイガ大尉……我らの希望として宇宙そらへ戻った君が、となってくれ……。」


「――いかなる時も、我等にとなって……その未来行く先を照らし続けてくれ。この通りだ……。」


 語られたのはまさに、宇宙人そらびとが辿る未来の行く末への憂い――それを案じた閣下が深くこうべを垂れ……蒼き禁忌を駆る英雄へ懇願する。


 ――未来を照らす閃光であれと――


 もはやこの場に、あの8年の歳月を棒に振った引きこもりなど存在していない――今ここに居るのは宇宙人そらびとの誇り……防衛軍の最高司令官をして絶大なる信頼の元民の未来を託さんとする、奇跡の英雄である。


「はっ!どうかオレにお任せ下さい!」


 ――その懇願に腑抜けた返答など出来る由も無い。

 その心持ちと共に、蒼き英雄クオン・サイガは鋭き閃光の宿る双眸にて――総大将閣下へと敬礼を返した。


 すでに部屋を後にした妖艶な女医の傍を歩く監督官。

 ――神と同格である存在へと僅かに移り、その英雄の姿を量子的な視界にて一瞥し――

 小さくも賞賛とも取れる笑みを口角に浮かべ、すぐに機械姫ドールへとその意識を戻す。


 蒼き英雄は神の如き存在にとっても、すでに希望メサイアそのものとなりつつあったのだ。

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