第74話 翡翠色の死神



「ええ~、先の防衛戦では名乗りも無いまま兵装部隊戦へ投じられ……まぁ、それなりの戦果は果たせたと思いますが——」


「改めて自己紹介となります!我が隊は女性によって構成された部隊——否、……【フリーダムホープ・A・Cアカツキ・コーポレーション】所属の民間軍事部門【ラグレア隊】です!以後、よろしくぅ!」


「あっ……後、我々は同時に——ぎゃひん!」


「あんたは余計な事を言わんでよろしい!」


 旗艦大格納庫にてブロンド少女を襲った嵐は、紹介も済まない状況であり——それに配慮した剣を模した旗艦コル・ブラント指令……全クルーを例の大ホールへ収集し、お約束とも言える入隊歓迎パーティが催される事となる。


 だが、今までに無いテンションの部隊員——新参部隊を率いる隊長の再び起こす嵐の様な事態には、さしものクルーもいささか一歩引かざるを得なかった。

 その騒がしい隊長は、巻き起こす嵐へも辞さぬ言葉を口にし——そこへ投じられる、美人な大尉殿綾奈の投擲物で嵐は辛うじて沈静化する。


「……ゴホン!——では、中々個性的な面々との顔合わせとなったが……これからは彼女達も我ら救いし者クロノセイバーの家族だ。皆が彼女達と共に苦楽を乗り越える事を願って——乾杯!」


「「「かんぱーーい!」」」


 先の防衛戦を越え、部隊の絆もさらなる繋がりを見せた一同——その皆を激励する様に、旗艦指令月読が乾杯の音頭を取る。

 大ホールにあつらえられた食事の数々は定番のバイキング形式から一歩進んだ、手の込んだ料理が並ぶが——実の所その一部に新規参入した騒がしい大尉殿……アシュリーの手料理が紛れ込んでいるのだ。


「ちょ!?アシュリーさん……バイキングに肉じゃがって——う……うまっ!?」


「……いやホント、バイキングに和食ブッ込むってどうよと思ったけど——ヤバイわ……このサバの煮付け洒落にならない、ってかよくこんな食材宇宙で手に入れたわね?」


「あら?お口に合ったかしら?私のちょっとしたで、地球産を取り寄せたんだけど——」


「うえっ!?これエウロパ衛星養殖ちゃうの!?ガチもんの地球産……超高級食材やん!」


 ホール一面へ広がるテーブルに並ぶ、定番のメニュー間で異色を放つ純和食それ

 小麦色肌の曹長グレーノンが、真面目な切れ長軍曹ミューダスが——そして、麗しき通信手ヴェシンカスが口々に賛美と共に頬張る美食の品々。

 おおよそバイキングとかけ離れたそれら料理が、女性陣を骨抜きにする。


「彼女達は事前の打ち合わせで、兼任可能な職務を質問した際……この艦の料理部門を申し出てくれたのですよ。食堂でも多くのクルー相手に食事を振るうには、もう少し人手をと具申されていたので……当部隊としても願ったり叶ったりで——」


「ああっ!監督官様……この度は私の意見許諾ありがたき幸せ——そして相変わらずの、無垢なる容姿……ああ、お慕いして——」


「はわわわっ!?ちょっとアシュリーさん!見境いという物が無いのですか、って……綾奈様ーーーっ!?」


 監督官のねぎらいも終わらぬ内に、幼き姿の少女へ飛び掛る

 まさに見境いと言う概念の存在しない大尉殿——監督官の叫びが響くか否かの瞬間に、騒がしい大尉殿アシュリーの軍服の襟が引っ張り上げられる。


「アシュリー……もう少し節度って物——あるでしょう?」


「あ……はいぃぃ……って、お姉様?顔、笑ってませんね~~……——」


「誰のせいかしら?——だ・れ・の?」


「わ……私……ですよね~~。」


 騒がしい大尉の背後——

 掴まれた襟が伸び切る勢いの騒がしい大尉が、完全に座った視線の大尉に睨め付けられ……蛇に睨まれた何んとやらへと変貌する。


 薄い緑は御髪をショートボブ気味にまとめ、眉上で斜めに切り揃えた前髪が左右非対称に額を押し出す……御髪と同じ翡翠色の双眸で凛とした可愛らしさを持つ彼女——それが男の子と言う事実さえ吹き飛ばす。

 慎ましやかささえ備えれば、完全な女子へと変貌するはずであるが——いかんせんその性格が、全てを台無しにする残念な男の娘。


 確かにその容姿云々だけで言えば……彼女は賑やかで変わり者の新参――それだけで終わっていたのだ。

 彼女の本質に名付けられた、存在しなければ――



》》》》



 それは嵐——紛う事なき嵐。

 つか……新規入隊の方々が放つ、に圧倒された俺はいささか言葉を忘れて立ち尽くしていた。


 手にした小皿に盛ったバイキングディナーを頬張る事も忘れて、視界の嵐をただ見過ごすだけだった俺——まさかその嵐が予想の遥か斜め上だった。


「あら?あんたがあの赤き禁忌——本来なら……紅円寺こうえんじ会長のせがれ……ね?」


 ツカツカと歩み寄るしょうね——もとい、少女は俺に向けた言葉と共に眼前に立つ。

 その身長差は、頭一つ以上眼下に見下げる小柄な体型——にも関わらず、発するオーラは自分など足元にも及ばぬ巨大な猛獣の如し。

 しかしそこへ友好を深める様な感じとは真逆——ともすればあの、謎の傭兵部隊で憎悪を剥き出しにしたサキミヤさんの様な……


「……ちょ……アシュリー、私……その件はまだ——」


「お姉様は少し黙っていて下さい……。」


 らしからぬ歯切れの悪さのおっかない上官綾奈さんを、鋭い翡翠ジェイダイトの様な視線で一瞥する騒がしい大尉殿。

 さっきまでのやり取りが逆転した様な、綾奈あやなさんとアシュリーと言う男の娘の雰囲気……その件、とおっかない上官が口にしたのは今初めて聞いた事実——Αアルファのメインパイロットシートがだろう。

 そう思考する俺を、構わず視線で刺し殺しに掛かる男の娘大尉——額に嫌な雫が噴出するも……この殺意は決して逃げてはならない類と感じ——


「そうっす……。俺がそのシートを——多分、奪った……事になると思うっす。なんか文句あるっすか?」


 浮かんだままに叩き付けた。

 それは彼女が民間軍事部門所属と言う点に、あのが必要と察したから。


 すると僅かに気配が緩み、謝罪と共に握手を求められた。

 ……——


「——こんな場所で、いきなり脅しかけてごめんなさいね?少尉殿。一先ずは私達の歓迎会を楽しみましょう☆——ね☆」


「いえ……俺の方こそ上官に当たるムーンベルク大尉へ失礼が過ぎました。申し訳無いっす……では今のを水に流してと言う事で、ようこそ我ら救いし者部隊クロノセイバーへ!」


 こちらも非礼を詫びつつ、出された本来男性と言うには小さなその手に握手を返し——けれど視線は真っ直ぐ彼女を見据えて、「俺の立ち位置に文句があるならその目にしかと焼き付けろ!」と返納してやった。

 俺の視線を一瞥し、ヒラヒラ手を振り食事の並ぶテーブルへ戻る騒がしいムーンベルク大尉殿。

 と、背後にいた同ラグレア隊所属メンバーのオネエビエット中尉……ローナ大尉にも引けを取らぬ美貌に、想定通りのハスキー声で俺の耳を擽る様なあいさつを放って来た。


「初めまして格闘少年君。しかし、貴方もいきなりあの【翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイト】に目を付けられるなんてねぇ……不憫だわ。」


「あら~~不憫だわ~~。」


 オネェ中尉の傍らにいたニューハーフなエリュトロン少尉――騒がしい大尉殿とさして変わらぬ背格好に、薄桃色のサイドポニーを揺らすおっとり少女も声を重ねて来る。

 そこに不穏極まりない言葉が混ざり込み……取り敢えず詳細をと聞き返そうとし——察した返答がオネエ中尉より返された。


「……あら、ご存知なかったなら教えといてあげるわ。この隊は大丈夫とは思うけど、あの子は……それも女性の尊厳を踏み躙る様な——」


「女性を道具か何かにしか見ていない、——それが【翡翠色の死神タナトス・オブ・ジェイダイト】のアシュリーと言う男の娘よ……。」


 神経が凍りつく何かに締め上げられた。

 女性の尊厳を踏み躙ると言う点が、自分のΑアルファのパイロットシート会得に関わっていると察するに充分な要因——しかしも多分に含まれている。


 ——けど何故かあの死神と称される少女に、自分とも似た熱き魂の猛りを俺は感じていた。

 ――、熱き魂の猛りを——


 過ぎ去った嵐を見送り「はぁ~。」と盛大に気を抜いた俺は、おっかない美人上官にコツン!と小突かれた。


「あだっ!?……って、綾奈あやなさん……痛いっす!」


「勇猛果敢は買うけれど——少しは相手を選びなさい。なんだから……。」


「……でも、彼女——なんつーか……俺の持つ正義の感覚に近いっつーか——」


「過ぎたる正義は時として悪である……と言えば分かるかしら?」


「——っ!?それは……——」


 確かに感じた魂の猛り——でも同時に綾奈あやなさんの言葉の意味も理解した。

 その意味は今地球圏から火星圏を包む争いの因子その物……過ぎたる正義が前後不覚になると、その先に産み落とされるは——


 少なくとも、ムーンベルク大尉が死神と呼ばれる所以ゆえんと言う意が絡む以上——徒らに煽り立てる物では無い……それが綾奈あやなさんの言い分らしい。


「事情……話してやった方が早いと思うが?」


「私もそれ聞きたいです。……部隊の内情、まだ知らない事も多いので……。」


「って、また私?——はぁ~~……仕方がないわね。後で霊装機隊集合かけてね?クオン。」


 嵐の被害に巻き込まれた俺に感付き、近付く蒼き英雄クオンさんブロンドの同僚ジーナさん

 手に取った小皿のチキンを頬張る姿そのままで現れた英雄を目にし、クオンさんもこう言う姿を見せるんだと苦笑しながら——英雄の意見に乗る算段で、おっかない美人上官に返答を投げた。


「俺にもそれ——是非聞かせて欲しいっす。……今後部隊で、。」


 止めの部隊戦と言う必要事項をチラつかせ、半目からの恨めしい視線を貰いはしたけど——


「……元はと言えば、貴方があのを煽ったのが――はぁ~……いいわ、しっかりと後で話してあげる。」


 渋々なおっかない美人上官の返答の後、ようやくパーティを本腰で楽しめた俺だった。

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