第71話 地上の安寧を憎悪する者



『(あいつは引き篭もりだからな……。信用に値しないぞ?)』


 学生の頃から地球は日本で普通の日々を送っていた。

 自分にとってはロボット物や、SFサブカルチャーが生き甲斐で……そんな作品に包まれて生きるのが幸せだった。

 日々自宅のPCやゲーム機で、プレイしたSFミリタリー作品は数知れず。

 そのせいか、無用な迄に膨れ上がった軍事知識だけが取り柄でもあった。


『(またあの子はアニメの事で頭がイッパイね……ちゃんと将来を見据えて、生きるつもりがあるのかしら?)』


 普通と思ってた——けどそれが普通じゃ無いと認識する様になったのはいつ頃だろう。

 自分の趣味趣向を言葉にするたび「キモイ!」だの、「暗い!」だの差別的な罵倒を浴びせられ――次第に人を信じられなくなった私は、身の回りにいる人間を信用しなくなり……いつしか周囲も私を信用しなくなった。

 そして辿りついた果て――どうやら自分は、社会には求められてはいないのだ……その思考に支配された時、私は


 光取りの窓をカーテンの隔壁で閉め切る、薄暗い自室と言う居城……PCがいくつもチラつく画面を送りつけて来る隔絶空間が、自分にとっての憩いの場となって数年——ネットの情報網から、宇宙人そらびと社会の全容を知る事ととなる。


「何……これ?地球でもこんなの見た事も無い!」


 地球世界において、未だその古の技術形体ロスト・エイジ・テクノロジーは一部の国家機密レベルのヴェールに包まれ——その恩恵に預かる民の存在ですら、私達一般人にとっての未知の世界……しかしネットに映し出された映像は、自分の常識が余りにもつたない事実を突き付けた。


 そして誘われる様にネットの海から見つけ出した物——それが【ザガー・カルツ】と言う部隊……と名乗る存在のページ。

 今にして思えば、確実に悪質サイト級勧誘レベルの情報操作——それでも私は、魅了されたその部隊を目指して宇宙そらへ上がる決意に燃えた。

 

 その当時――地上人と宇宙人そらびとの接触は極めて稀。

 そもそも宇宙そらに上がる手段を知らぬ時点で絶望的だったが——悪質サイトの勧誘よろしく、私が願う所へ向かう密航便がご丁寧に準備され……【ザガー・カルツ】の名が暗号の様に働き、私をVIP席へと誘った。


「名前は——いや、その名を名乗る必要も無い。お前にはこちらから任務上の名を送る……以後はその名を本名とし——使。」


 密航便による宇宙への旅もそこそこに、訪れた初の謁見。

 その場所は確か火星圏のとあるソシャール——すでに当時、幾つもの派閥が睨み合う一触即発の場……言わば戦場の只中だった。

 宇宙人そらびと社会では当時以前から、天才エースパイロットと呼び声も高い部隊長殿。

 けど――彼はその名乗りも済まぬ内に、私に名を捨てろ……違う、そのと言って来た。


「これからお前の部隊内の名は、ユミークル・ファゾアット——そう名乗れ。俺の名はエイワス・ヒュビネット……歓迎するぞ——よ。」


 黒い機体を操る、 漆黒の嘲笑ちょうしょうとの字名あざなが似合いそうな部隊長——彼の発した言葉で私の心は貫かれた。


 ——地上の安寧を憎悪する者——


 それは正しく、あの時の自分そのものだったから——



》》》》



 火山衛星イオが公転のまま水と氷河の衛星エウロパの姿を後にする頃——救いし者部隊クロノセイバーは成功した防衛任務後の警戒のため、宇宙人の楽園アル・カンデ宙域に止まっていた。

 下がる警戒レベル——しかし、先の今である現状は気を抜くには早すぎると……ブリッジオペレーターへ交代にて監視を行う様通達した剣の旗艦指令月読


 その監視ローテーション内……作戦直後の居残り監視を勤めるは、軍事兵装情報統制を任された女性——字津原うづはら少尉である。


「ああぁ~退屈だ~……。何かこう——面白いレア物機体の情報とか無いですかね?指令……。」


「……ふむ、残念だが……有力な情報は持ち合わせてはいない。それより監視任務中だ……少しその、すぐに趣味へ振る思考を自粛して貰いたい物だな少尉。」


「……ふぅ……りょーかいです……。」


 ブリッジ内で未だ警戒解除とならぬ現状に、少し怠け気味の少尉へのお小言も止むなしの剣の旗艦指令——通常ならば、それは日常の延長上にある家族の様な雰囲気に包まれてもおかしくはない会話。


「もう!指令様の言う通りです!シノさん……まだ気が抜けない状況ですよ?しっかりとお仕事こなして下さいまし!」


「——うふぇ~……何で監督官までブリッジにいるの?」


 プンプンと言う言葉の似合う監督官の可愛い怒り顔——それをお見舞いされた機械オタクのOP宇津原少尉は、嘆息のままブリッジを覆う機械デスクへ頬杖をつく。


 ——だが、機械オタクのOPとその旗艦を代表する者二人が揃ってブリッジに居座る事態は異様その物……それは先に蒼き英雄クオンが発した、内通者へ向けた言葉の全容に起因する。

 実質その該当者が名指しされた様な状況で、当の本人が不穏な動きを見せぬ様——監視強化の名目で、斯様な事態と相成ったのだ。


 故に——今この剣の旗艦ブリッジに漂う空気は家族団欒の物では無い……異常なまでにヒリついた、緊張と警戒の只中と言えた。




「クオン……確かに総大将閣下へ発した言葉への責もあるだろう——だが、あのタイミングでを公開した経緯……聞かせてもらうぞ?」


 それは少し時間をさかのぼり——漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツ撤退を確認して程なく……遅れて着艦する、殿しんがりを務めた蒼き英雄帰還に合わせ大格納庫へ指令自ら足を運んだ時の事。

 英雄も想定していたお叱りのため——今回の件に合わせて即席で用立てられた、外部通信遮断区画の一室へ蒼き英雄を連行……しかめた顔のまま剣の旗艦指令の尋問が遂行された。


「——すみません。流石に今回は、こうなる事も予想出来ましたよ。……けど、それでもオレはあの通信は最良だったと。」


「「。」か……。「。」では無いのだな?」


「……ええ、そうです。」


 一室には指令の座するデスクに対面する様に、蒼き英雄が直立したまま尋問の言葉を浴びている。

 昨今……周囲からの信望も厚く、そして英雄然とした行動ばかりが旗艦クルーの視界に燦然さんぜんと輝く英雄——こうしたトラブルで、上官からのお小言を浴びせられる彼の姿は珍しくもある。


 が、英雄は英雄であっても救いし者部隊の一隊員である。

 ただ誰よりも、宇宙空間と言う場所での実務経験が多いだけ——そう……それだけなのだ。

 事の行方が懸かる決断に疑念が生じれば、やはり上官からその委細を問い詰められるは必然と言えた。

 その覚悟も承知した上で、英雄へ事を任せる剣の旗艦指令――だからと言って、部隊の士気に関わる行為を見過ごす訳にもいかず……蒼き英雄が下した決の経緯が語られるのを待つ。


「まぁ……何と言いますか――彼女は……と言う所でしょうか。オレとしてもこの旗艦で共に歩むクルーとの距離を、少しでも縮めるため皆の人となりを観察して来た身ですが――」


「その中でも……クルーとの近親感溢れる会話の割に、――それが宇津原うづはら少尉を最初に見た感想です。」


 静かに瞳を閉じる旗艦指令――蒼き英雄の発した言葉は同時に、指令月読つくよみをして救いし者部隊発足以前より感じていた違和感……その違和感を、隊に復帰して日も浅い英雄は見抜いていた。

 「同じ感じ。」と言う一種の共通点が、蒼き英雄と機械オタクのOPを繋げていたのだ。


 至る経緯は違えども……と言う共通点――悲劇的な、現実からのである。


「――だからこそ、オレは彼女に……この【聖剣コル・ブラント】で共に過ごした家族として、直接的な名指しを避けました。――そしてオレの言葉を受けた家族クルーの愛情が、彼女の心へ迷いと……皆と共にありたいと思う気持ちを生んでくれると信じて――」


「分かった分かった……。全く――事が全てお前の時の様に、上手く運ぶとは思えんが……この件は不問にする。だが――」


 双眸を再び開いた剣の旗艦指令は、蒼き英雄のへ呆れと共に盛大な嘆息を放ち――理解の上で、最後に重い釘を刺す。


「お前だけがこの隊を背負っていると思うなよ?これはお前自身が口にした言葉だ……自分の発言に責任を持つは大いに結構――しかし、事を一人で背負い込む様な真似だけはするな。」


「「我らは部隊であり家族」――これもお前自身が口にした宣言……今回の件で重大な失態へ陥る可能性が確認された場合は、まず。それ以後の対応に関しては、しかるべき立場である監督官も――そして水奈迦みなか様に総大将フキアヘズ閣下もいらっしゃる。……いいな?」


 刺された釘は旗艦指令からの――かつて8年の歳月の中、友を失った責をたった一人で背負い続けた蒼き英雄……当時クオンへの指令を下した上官である月読つくよみ大佐も、その立場であったが故の後悔を募らせていたのだ。


 その深き恩情を一身に受けた英雄は、感謝の念を凛々しき敬礼に籠め―― 一先ずは防衛戦で被った心身の疲労を癒すため、休養待機と言う任に就くのであった。



》》》》



「何のつもりだよ、あいつ……。ふざけているのか……。」


 ブリッジでの任務――警戒態勢維持の時間がどれ程窮屈だったか。

 私用の部屋内でチラつくモニターを睨め付けながら、事の詳細をまとめていく。

 けど――ブリッジで感じた窮屈さは、すでにこの艦にいる事への居心地の悪さへと昇華されていた。


「……クルーはともかく、すでには私の正体を把握済み――って、とこか……。くそっ……これじゃ台無しだ。」


 この分では部隊に送っていた暗号文も、通信規制で送信は不可能だろう——そろそろ潮時かも知れないな。

 正直……隊長に求められただけの情報を得られたとは言い難い——度重なる災害防衛任務の影響もあり、こちらからは十分な情報返信も出来ず……自分としては満足のいかない結果なんだが——


「——ここから、おさらばする算段を考えておかなければ……。」


 ——言葉を口にした私……だが、何故か心にわだかまりがくすぶっていた。

 冗談じゃない——自分の発した言葉へ、自分の心が疑問を投げかけて来る。

 私が今帰るべき場所はあのがいる部隊——決してこの様な、平和の使者で満たされた世界では無い。


「クソッ……ムカつく。何なんだよこれは……!」


 漆黒の部隊に自分の存在価値を見出された私の心を……今、あの蒼き英雄の言葉が搔き回す。

 それはあの地上にいた頃、もはや誰もかけてくれる事も無くなったいたわり——家族だの……願いだのと言う

 私はまんまとあの英雄の言葉に翻弄され——自分が進んで目指した姿さえも、深い霧の奥底で見失ってしまった。


「——戻らなければ……。私はあの漆黒の指揮する部隊へ……戻るんだ!」


 だから……私は、その見失った姿を取り戻すため漆黒の部隊へ——

 エイワス・ヒュビネット大尉の元へ戻る決意を新たに固めながらも……残り僅か——居心地の悪い、安寧に浸るこの部隊での生活を余儀無くされたのだった。

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