第70話 放つのは家族への願い



「敵旗艦主砲射程から離脱――こちらのフレーム部隊もΩオメガを残し、順次帰還……同じく暁艦隊全艦も本艦とのドッキング完了です!」


「うむ!対空支援はそのまま——【凶鳥フレスベルグ】の動きから目を離すな!メイン機関――衛星直列時刻に合わせ、動力を第四宇宙速度……木星重力圏脱出レベルで安定させよ!」


 禁忌の怪鳥フレスベルグから放出された、この後に及んでの更なる不穏到来。

 優勢のまま推し進めた救いし者部隊クロノセイバーは、今後を鑑み漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツへ充分な打撃を与えたい所――が、又もや振り抜かれる漆黒ヒュビネットの牙……天才の策略があざ笑う様に立ちはだかる。

 救いし者部隊としてもあくまでこの戦いは防衛戦――予期せぬ増援も、それが敵勢力の撤退を支援するのみの戦力であれば無理を押す必要もない。


 剣を模した旗艦指令も、小麦色の肌を揺らすグレーノン軍曹の戦況確認を聞き――無用の戦闘を避ける方向で、旗艦の後退を指示して行く。


「火器管制――了解。対空支援は継続、火器運用出力も調整済み……念のため【凶鳥】の更なる動きにも備えます。」


「操舵了解です!機関室……機関出力を第四宇宙速度へ――操舵とのタイミング調整願う!」


 火器管制で初の出番となる整備課を兼任する少女の心を宿す男子片梨軍曹も、冷静な面持ちのまま火器管制制御を担当する。

 彼……としても、災害防衛時においては余程の事が無い限り出番の無い立ち位置――しかし相手が、抗争を目的とした戦略部隊とあれば話が別である。

 加えて剣を模した旗艦に搭載される兵装群は、古の超技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーに連なる強力無比の大戦型戦略兵装――まさに彼女の様な冷静さが適任と言えた。


 その冷静――否、むしろ素っ気無い彼女を密かに一瞥する紳士たる操舵手フリーマン軍曹……女性として彼女を応援する心配りは、誠の紳士たる姿を覗わせていた。


 剣を模した旗艦と禁忌の怪鳥が放つ対空砲火――その閃条が幾重にも重なりながら、激戦を繰り広げた宙域を染め上げる。

 しかし巨大ガリレオ衛星の一角――衛星【イオ】は確実に衛星直列の軌道へ進んでおり……すでに衛星【エウロパ】からの視界にも巨大に映る。


 主星からの距離が地球と月との距離の1.7倍強に相当する水と氷河の衛星エウロパ――さらにその内側を周回する火山衛星イオとは、25万Kほどしか離れていない。

 地球に及ぼす月の潮汐力が、地上の生命活動に影響する程の重力変化を及ぼすのと同様に――近時する火山衛星イオ水と氷河の衛星エウロパを抜き去る時点の重力集束の乱れの影響も巨大である。

 さらにそれが、木星の超重力を振り切れぬ出力特性の機体へ大きく作用する事となる。


 潮汐力に引っ張らた物が辿る道――太陽系外へ弾き出されるか……木星へ落下するかの末路を辿る事と相成るのだ。

 

「おっしゃーーメンテは後回しだ!各員速やかに、帰還したフレームから順次格納庫内へのホールドを済ませろ!に持ったいかれぬために――」


が、最大出力を発揮しなさる!そん中で機体転ばして大損傷なんてのは、俺達にとって名誉もクソもあったもんじゃねぇ!」


「「アイサー!」」


 旗艦格納庫へ続々と帰還する、今しがた激戦を潜り抜けた鋼鉄の勇者達フレーム隊各機――荒ぶる様に吼えた難儀な整備チーフマケディ軍曹に答える整備クルー……頼れる裏方の男達が、対火山衛星イオ潮汐力用出力放出へ移行する旗艦巨大格納庫内を駆け回る。

 機体に搭載される動力機関推定総出力に限りのあるフレーム隊では、あの蒼き禁忌の機体Ω・フレームを以ってしても木星の超重力圏を単体で抜ける事は困難である――だが……元々経緯を持つ、禁忌の旗艦コル・ブラントは別である。


 未だ明かされぬ聖なる剣コル・ブラントの全容は、漆黒も示唆する「。」状態。

 意図的にその全システムを開放せぬままに運用を行う点で言えば、漆黒の言葉通り――の意に、全てが含まれるのだ。


 旗艦護衛を担ったこの戦闘初お目見えの【ラグレア隊】の搭乗するT・Aテスラ・アサルト11イレブンを皮切りに……エリート部隊が見事ぶっつけ本番の作戦運用をこなして見せた軍部最新鋭機――イプシロン・フレーム シグムントが着艦を見る。

 加えて赤き勇者が搭乗するΑアルファ・フレームも着艦を待つばかりとなった。


 そして最後――蒼き禁忌の機体は未だ旗艦を防衛する様に、禁忌の怪鳥との間にて殿しんがりを務める。


特務救済防衛部隊クロノセイバー各員へ……。これは冗談や悪ふざけのたぐいではない事を前提とし――クオン・サイガより報告がある。』


 突如開かれる回線――未だ殿しんがりとして剣を模した旗艦周辺宙域へ機体を止める蒼き英雄が、何の前触れもなく仲間へ向けた物――


 否――それはクオンと言う英雄が、

 と……そしてが入り混じる言葉――それは今、たった一人……その


 英雄が放つは……裏切りを働いているであろう者へ向けた、切なる願いのたけであった。



》》》》



 タイムリミットはすでに5分を切った。

 あの禁忌の怪鳥からの対空砲火はともかく、量子誘導兵装ニーズヘッグまで持ち出した漆黒ヒュビネットには肝を冷やしたが――逆を言えば、あれは今後に備えた隠し玉だったと直感している。


 その隠し玉が披露されたのが、劣勢時でなかったのを良しとするも――やはり奴が準備する策の底が知れない。

 加えてこちらにはまだ内通者と言う火種がくすぶっている――まずはそちらを何とかする必要があるとオレは踏んでいた。


 こちらの旗艦とあちらの旗艦共々、火山衛星イオの潮汐力に引かれぬための出力調整に移り――その機を見てあちらが撤退を計る頃合だ。


 ――なら、あえてこの機を利用させて貰おう……追い詰める形にはなるが、それも已む無し。

 そもそも内通者――の行為は、オレ達救いし者部隊へ致命的な被害を及ぼすたぐいではない……どちらかと言えば産業スパイの方向だ。


「これは冗談や悪ふざけのたぐいではない事を前提とし――クオン・サイガより報告がある。……冷静に、そしていたずらに事を荒げない様静聴すると皆約束して欲しい。」


 モニターの端に映る月読つくよみ指令が、目を見開き――そして眉根をしかめる。

 その思考に「まさかこのタイミングでおおやけにするか?」と宿ったのが手に取る様に分かる。


 禁忌の怪鳥が撒き散らした不穏へのけん制もそのままに、Ωオメガを徐々に旗艦方向へ後退させながら個人的な決断を下す。

 サポート・パイロットを映し出すモニターでは、よくこの戦場でΩオメガの動きに耐え――ヘルメット内で額に汗を滲ます幼き同僚ジーナが視線をこちらに向ける。

 彼女も内通者云々の内容であると察してか、オレの言葉を聞き逃さぬ様努めていた。


 だからオレは決断し――その言葉を紡いで行く。

 オレ達だけではない……家族として今まで共に宇宙そらを駆けた女性――宇津原うづはら少尉のためにも――


「今オレ達が命を共にする剣の旗艦内において――遺憾ではあるが……内通者が確認された。これは月読つくよみ指令――引いてはカベラール議長閣下も知り得るところだ。」


 同時に広がる疑惑のさざなみ――重なりし者フォース・レイアーに目覚めたオレだからこそ感じるその波は、予想していた程には不安を示す波長も紛れてはいない。

 先の注釈が効いているか……或いは、薄々と感付いていた者が大多数であるかのどちらか。

 得体の知れぬ見ず知らずならば兎も角……この宇宙そらにおいての家族の変調は、むしろ気付けぬ方がどうかしている。


 だからこそ……今この場でそれを口にして置くべきと確信した。

 共に歩んだ家族の愛情が――そのと信じて――


「だが――オレは断言する。その名をオレは……今はその者にも作戦に集中して貰いたいんだ。そして一区切り付いたその時――」


が、敵対組織と救いし者部隊のを決断して欲しい。――これは、共に宇宙そらを駆け……共に生活を営んだ家族への――切なる願いだ。」


 甘い――だろうな。

 それでもオレはこの決断に迷いなど無い。

 何故なら彼女が、我々部隊内で見せていた笑顔は紛れもない本物――きっとその触れ合いは、彼女が気付かぬ内に心が求めた安息だと確信しているから。


 だから信じたい――家族である彼女が、自らの意志で罪を認め……本当の意味での家族になるための贖罪を果たす事を。


 でなければオレ達は……銃を向けあう敵対者となってしまうのだから……。


「オレからは以上だ。Ωオメガフレーム――これより帰還する!」


 オレが発した通信が終わる頃――漆黒の指揮する部隊旗艦からの砲撃が停止……撤退を確認した。

 こちらもリミットで言えばかなり危ない所――そのままΩオメガのスラスターより気炎を撒きながら、殿しんがりの役を終えたオレは帰還を見る。


 まあ――この後は流石に予想外のタイミングで事を暴露した件に関する、旗艦指令からのささやかなお小言も覚悟しなければならないな……。


 剣を模した旗艦は出力安定により、潮汐力の影響も無く……宇宙人の楽園アル・カンデへ悠々と帰還して行く。

 衛星直列地点から軌道正公転方向へ、一日弱で木星を周回する速度で飛び去る火山衛星イオ――閉鎖を開始した格納庫の隙間から、Ωオメガのモニター越しにそれを一瞥しつつ……と言う、今後の複雑な状況に嘆息するオレであった。

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