第72話 慈しみの砲撃手と揺らぐ戦狼
「敵旗艦の~~主砲射程を抜けました~~。これより旗艦は撤退を~~開始します~~。」
変わらずのゆるふわな口調が響くと
実質本来の【
「お疲れ、ブリュンヒルデ……。よく頑張ったわね。」
機関室と通路を隔てる薄い青の金属製大扉——電磁式開閉したそこから現れたのは他でも無い
隊長よりの任を受けてからこちら、すでに忘れられた少女の調整と銘打った世話係が彼女の日課となる。
「あら~~ユーテリス~~……ご無事で何よりです~~。私の
「ええ、上出来きよ……でもあまり無理はしない様に。あの
「いえいえ~~私はあくまで兵器です~~。この旗艦を運行する事だけが、私の存在価値なんですよ~~?なので皆さん——特にユーテリスが帰って来ないのでは私も~~——」
コアとなる彼女を囲む台座——ゆるふわなままの返答で、自分を兵器と事も無しげに放った
「——取り敢えずあたしといる時だけでいいからさ……自分を兵器とか言うのは止めな?でないと、こっちも悲しくなるから……。」
ゴシック調のドレスごと、自分を兵器と断言する少女を抱きしめた砲撃手——人形である少女を妹の様に労わる思いが、その手にある温もりへ伝わって行く。
「——ありがとうございます~~。私の様な生命体ですらない者へ……その様に心を向けてくれるのは、貴女だけですよ?ユーテリス~~。」
砲撃手の女性よりも小さな
コアである人形の少女が、もし正統なる【星霊姫】であれば——その砲撃手をマスターと仰ぎ、生涯を共にしてもおかしくない程に——
【星霊姫】がこの世で受ける使命の本懐は、世界に必要とされる人類をマスターとして仰ぎ——世界の行く末を導くと言う点にある。
そしてパートナーとなったマスターと
だが——
それも【観測者】と言う存在が擁する
回した両手をゆっくりと解き、忘れられた少女の薄く艶やかな煌き舞う御髪を撫でながら——砲撃手が最大の労りを以って、少女を愛であげた。
「さぁ……これから一先ず予定場所へ向かうまでは、あたしらもあの戦闘後の事後処理で忙しい。——って事で、あんたの調整をさっさと済まして……ささやかな休憩と行きましょうか!」
元々サッパリとした男勝りの砲撃手——カラッと笑うその表情も、独特の爽やかさが溢れ出す。
その笑顔に魅かれ……忘れられた少女も、他では見せぬ程にゆるふわの綻びを披露した。
「はい~~、ではお仕事——済ませてしまいましょ~~。」
それは、マスターと星の生体姫と言う関係性など存在せずとも……ただ、仲睦まじい姉妹の様な暖かさを秘め——その温もりが、冷たい機関室の青を優しく包み込んでいた。
》》》》
『(己の強さの何たるか——それを見誤ったお前を置いておく程……我が部族は甘くない。)』
それは一族が課した部族の勇者を決める儀式——そこで起きた事件。
一族と俺が
火星圏の片隅で細々と生き長らえる俺達——バーゼラの民は、
『(ざけんなよ、師匠!今この時代に他を圧倒出来る武力が無けりゃ、俺達バーゼラは食い潰されるだけだ!……力が無けりゃ——何者をも叩き潰す力こそが——)』
『(アーガス……最早お主と話す事など一言も無い。——お前を一族より……我がバーゼラの伝統、ダイモス流格闘会より破門する!)』
火星圏の只中——あの当時すでに、幾つもの派閥の権力争いに端を発する紛争が拡大していた時代……火星の衛星【ダイモス】に追従する軌道に小さなソシャールを持つ俺達一族も、その戦果に巻き込まれようとしていた。
「今更あんなクソ部族——何の事はない。……何の事はないってやつだ!だからこそ俺は本当の力を手に入れて――」
破門などクソ食らえ——その勢いでソシャールを出た俺は、力を求めて火星圏を渡り歩いたが……俺が望む力は早々に手には入らなかった。
俺があの紛争
……当然そんな物がおいそれと、俺の眼前に現れる事も無かったんだ。
だが今——
あの火星圏でも最強クラストップ5に数えられる
先の
「……俺は部族の事など、あの時から全て思考から捨て去ったはずなのに——」
それはあの想定すらしていなかった、蒼いクソ野郎とのバトル——
けど問題はそんな事じゃない……
——「
突き付けられた宣言――そこに、あの赤い巨人を駆る奴の本質を知らなければと言う注釈までご丁寧に付け加えて来やがった事。
それがまるで俺の師匠——火星圏でも生身でフレームを相手取る狂気の超人と恐れられた、フォックス・バーゼラ・アンヘルムから突き付けられた言葉を蒸し返された様な……言い様の無い苛立ちを覚えていた。
機体コックピット内——前面を覆う超広角モニターに浮かぶ小モニター群。
奇抜極まりないここで進めていた調整が、思考を支配し始めた蒼いクソ野郎の言葉に浸蝕され——集中も何も無くなった俺は作業を中断したまま、ただ混迷へ叩き落とされていた。
「——
その時は気付かなかった——しかし確実に、俺の精神が蒼き英雄と呼ばれた男の策の餌食となっていたんだ。
だがそれは、俺の人生をぶっ壊す方向では無い——俺にとっての新たなる道を見出す道しるべ……いけ好かない隊長とは全く真逆の揺さぶりが、俺の魂の奥に眠る灼熱の闘志を呼び覚ましたんだ。
そして——俺は一人、
近い内……あの
》》》》
未だに行動の本質が見えぬ漆黒の動き——しかし、徐々に
——対し、
が、その見えぬ損害……今はまだ軽微であろう——軽微であるが、それは確実に浸蝕の魔の手を伸ばす。
浸蝕が色濃い側は救いし者部隊……固いと思われた結束は内通者の存在が、僅かなるヒビを生み——それがあらぬ場所へと飛び火していた。
あらぬ綻び——それは蒼き禁忌を夢見て駆け上がった一人の少女。
その出生から来る呪われた因子が、徐々に彼女を蝕み始めていた。
ジーナ・メレーデン少尉——出生:地球 地中海某国……
父 クレジェール・F・メレーデン……国際テロに加担し、某年某日未明 反逆罪にて処刑——
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