第72話 慈しみの砲撃手と揺らぐ戦狼



「敵旗艦の~~主砲射程を抜けました~~。これより旗艦は撤退を~~開始します~~。」


 禁忌の怪鳥フレスベルグ機関室にて――

 変わらずのゆるふわな口調が響くと忘れられた少女ブリュンヒルデがふぅ、と一息を付く。

 実質本来の【星霊姫ドール】ではない彼女は、禁忌の怪鳥程の物体を完全制御するには想像以上の負荷を伴う。


 漆黒の部隊長殿ヒュビネットは、それが労わりか否かは定かでないにしろ――必要最低限の負荷となる様考慮した采配を振るっていた。


「お疲れ、ブリュンヒルデ……。よく頑張ったわね。」


 機関室と通路を隔てる薄い青の金属製大扉——電磁式開閉したそこから現れたのは他でも無い部隊の砲撃手ユーテリス

 隊長よりの任を受けてからこちら、すでに忘れられた少女の調整と銘打った世話係が彼女の日課となる。

 漆黒ヒュビネットが万一……労りと言う言葉の元に采配を振るっているとするなら――彼女に、忘れられた少女の調整全権を任せた点は最大の労りとも取れる。


「あら~~ユーテリス~~……ご無事で何よりです~~。私の支援ニーズヘッグ——お役に立ちましたか~~?」


「ええ、上出来きよ……でもあまり無理はしない様に。あの超集束対艦砲撃ヴォルテクス・ヴォクスターの後であんな物使えば、あんたの負荷も尋常じゃ無いんだから。」


「いえいえ~~私はあくまでです~~。この旗艦を運行する事だけが、私の存在価値なんですよ~~?なので皆さん——帰って来ないのでは私も~~——」


 コアとなる彼女を囲む台座——ゆるふわなままの返答で、自分を兵器と事も無しげに放った忘れられた人形ロストドールである少女を……歩み寄った部隊の砲撃手は優しく広げた両の手で包み——


「——取り敢えずあたしといる時だけでいいからさ……自分を兵器とか言うのは止めな?でないと、こっちも悲しくなるから……。」


 ゴシック調のドレスごと、自分を兵器と断言する少女を抱きしめた砲撃手——人形である少女を妹の様に労わる思いが、その手にある温もりへ伝わって行く。


「——ありがとうございます~~。私の様な……その様に心を向けてくれるのは、貴女だけですよ?ユーテリス~~。」


 砲撃手の女性よりも小さなつたない両手が、その労りを向けてくれる存在へと回される。

 コアである人形の少女が、もし正統なる【星霊姫】であれば——その砲撃手をマスターと仰ぎ、生涯を共にしてもおかしくない程に——


 【星霊姫】がこの世で受ける使命の本懐は、世界に必要とされる人類をマスターとして仰ぎ——世界の行く末を導くと言う点にある。

 そしてパートナーとなったマスターと星の生体姫ドールは、マスターとなる者の……永遠に寄り添うパートナーとなるのだ。


 だが——

 それも【観測者】と言う存在が擁する高次霊量子情報網アリスネットワーク——その霊量子の糸で、神と同格である者と繋がる正統なる生体姫のみ。

 忘れられた人形ロストドールである少女——存在していたはずの、神と同格である者が消滅し……彼女ではそれも叶わぬ願いなのだ。


 回した両手をゆっくりと解き、忘れられた少女の薄く艶やかな煌き舞う御髪を撫でながら——砲撃手が最大の労りを以って、少女を愛であげた。


「さぁ……これから一先ず予定場所へ向かうまでは、あたしらもあの戦闘後の事後処理で忙しい。——って事で、あんたの調整をさっさと済まして……ささやかな休憩と行きましょうか!」


 元々サッパリとした男勝りの砲撃手——カラッと笑うその表情も、独特の爽やかさが溢れ出す。

 その笑顔に魅かれ……忘れられた少女も、他では見せぬ程にを披露した。


「はい~~、ではお仕事——済ませてしまいましょ~~。」


 それは、マスターと星の生体姫と言う関係性など存在せずとも……ただ、仲睦まじい姉妹の様な暖かさを秘め——その温もりが、冷たい機関室の青を優しく包み込んでいた。



》》》》



『(己の強さの何たるか——それを見誤ったお前を置いておく程……我が部族は甘くない。)』


 それは一族が課した部族の勇者を決める儀式——そこで起きた事件。

 一族と俺がたもとを別ったあの日……古い儀による部族の継承にかまけ、戦力になる機動兵装すら持ち合わせない一族との衝突。

 火星圏の片隅で細々と生き長らえる俺達——バーゼラの民は、古の超技術ロスト・エイジ・テクノロジーと古き伝統の狭間で常に翻弄されてきた。


『(ざけんなよ、師匠!今この時代に他を圧倒出来る武力が無けりゃ、俺達バーゼラは食い潰されるだけだ!……力が無けりゃ——何者をも叩き潰す力こそが——)』


『(アーガス……最早お主と話す事など一言も無い。——お前を一族より……我がバーゼラの伝統、ダイモス流格闘会より破門する!)』


 火星圏の只中——あの当時すでに、幾つもの派閥の権力争いに端を発する紛争が拡大していた時代……火星の衛星【ダイモス】に追従する軌道に小さなソシャールを持つ俺達一族も、その戦果に巻き込まれようとしていた。


「今更あんなクソ部族——何の事はない。……何の事はないってやつだ!だからこそ俺は本当の力を手に入れて――」


 破門などクソ食らえ——その勢いでソシャールを出た俺は、力を求めて火星圏を渡り歩いたが……俺が望む力は早々に手には入らなかった。

 俺があの紛争蔓延はびこる世界で欲した力は、機動兵装と言う武力——それも俺自身を力に変える事の出来る格闘型機体。

 ……当然そんな物がおいそれと、俺の眼前に現れる事も無かったんだ。


 だが今——まばゆき黄と灼銅しゃくどうに染まる金剛の如き剛腕と、近接格闘を前提とした無駄という物を全て排除するシルエット。

 あの火星圏でも最強クラストップ5に数えられる望んだ武力スーパーロボットに、俺は収まっている。

 先の楽園アル・カンデ襲撃後の機体調整——今後考え得る戦闘に備えた準備を怠るなと、あの……不思議と引き込まれるカリスマを持つ隊長の命で淡々とこなしている最中。


「……俺は部族の事など、あの時から全て思考から捨て去ったはずなのに——」


 それはあの想定すらしていなかった、とのバトル——いつきとか言う奴の、赤い巨人Α・フレームと戦うつもりがとんだ番狂わせ。

 けど問題はそんな事じゃない……いつきの野郎と戦えなかった俺に、あの蒼いクソ野郎Ω・パイロットが突きつ付けた言葉——


 ——「いつきの足元にも及ばない。」——

 突き付けられた宣言――そこに、あの赤い巨人を駆る奴の本質を知らなければと言う注釈までご丁寧に付け加えて来やがった事。

 それがまるで俺の師匠——火星圏でもと恐れられた、フォックス・バーゼラ・アンヘルムから突き付けられた言葉を蒸し返された様な……言い様の無い苛立ちを覚えていた。


 機体コックピット内——前面を覆う超広角モニターに浮かぶ小モニター群。

 ここで進めていた調整が、思考を支配し始めた蒼いクソ野郎の言葉に浸蝕され——集中も何も無くなった俺は作業を中断したまま、ただ混迷へ叩き落とされていた。


「——紅円寺 斎こうえんじ いつき……あいつは、何を背負ってる。何を背負って戦ってやがる……。」


 その時は気付かなかった——しかし確実に、俺の精神が蒼き英雄と呼ばれた男の策の餌食となっていたんだ。

 だがそれは、俺の人生をでは無い——俺にとっての……いけ好かない隊長とは全く真逆の揺さぶりが、俺の魂の奥に眠る灼熱の闘志を呼び覚ましたんだ。


 そして——俺は一人、灼銅の巨人ガソウの中で揺るがぬ決意を固めた。

 近い内……あの赤き巨人Α・フレームを駆る宿敵との—— ——



》》》》



 剣を模した旗艦コル・ブラント禁忌の怪鳥フレスベルグの激闘は、互いの被害も軽微のまま——双方の腹を探り合う形の撤退を見る事となる。

 未だに行動の本質が見えぬ漆黒の動き——しかし、徐々に救いし者部隊クロノセイバーを浸蝕する天才の策略。

 ——対し、蒼き英雄クオンの剥いた牙も同時に漆黒の指揮する部隊へ深々と突き刺さり……を互いに追う形となった。


 が、その見えぬ損害……今はまだ軽微であろう——軽微であるが、それは確実に浸蝕の魔の手を伸ばす。

 浸蝕が色濃い側は救いし者部隊……固いと思われた結束は内通者の存在が、僅かなるヒビを生み——それが

 あらぬ綻び——それは

 が、徐々に彼女を蝕み始めていた。


 宇宙人の楽園アル・カンデ防衛がなって僅かばかり置いた日――それを境に、少女は己が血に流れる宿命に翻弄される事となる。




 ジーナ・メレーデン少尉——出生:地球 地中海某国……

  クレジェール・F・メレーデン…… ——

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