観測者達の黄昏

第??話 観測者は遥かな姉妹と黄昏る



 救いし者セイバースが新たなる名を戴くその前後、技術監督官——否、【観測者】である存在が剣を模した旗艦コル・ブラントの先端……あの姉妹と霊的な通信をやり取りした場所へ赴いていた。


「暫くじゃの……どうじゃ、そちらは上手くやっているか?アリス。」


 監督官である少女の身体のまま、揺れるツインテールが不自然なほどに似合う姿が彼方……灼熱の恒星方面を見据えながら、距離にして40天文単位に迫る場所へ霊量子振動イスタール・ヴィブレードを響かせる。

 それは宇宙そらの真相——【膜宇宙ブレーン・スペース】をまるで音が伝わる様に……しかしその速度は、太陽光が宇宙そらを駆ける速度で目的である蒼き大地地球へ届く。


『〔はい、暫くぶり……ふふっ。私達の様な永遠とも言える時を刻む存在にとっては、ほんの一瞬——暫くも何も無いでしょうに。〕』


 僅かに遅れて届くその声——しかし宇宙の膜を振動させ届くそれは、少しだけ過ぎ去った過去。

 それでも人の世を観る者にとっては、遥か悠久の刹那の瞬き——生命にとっての過ぎ去りし過去など、取るに足らない物である。


 しかし——剣を模した旗艦に在りし疑似生命体ドールの身体を借りる者は、眉根を少しだけ潜めて彼方の姉妹であり……同胞である少女へ返す。


「気休めは止さぬか……すでにうぬの永遠は途切れておる。わらわとは違う時間を歩んでおるのじゃぞ……。全く……うぬの気長さが無ければこの様な事には——」


『〔気長くて結構ですよ。私は地上で生きる生命を、今まで見放したいと思った事は一度もありませんから。〕』


 ツインテールの観測者の言葉へ被せる様に彼方より言葉が紡がれた。

 しかし蒼き大地との距離を鑑みれば、あらかじめ彼女の言葉を予測しての物と察し——人の世を観る者は、ツンとそっぽを向いて告げる。


うぬよ……そのわらわの事は全てお見通しと言わんばかりの被せは止めい。」


『〔ええ、貴女リヴァハの思考はお見通しです。貴女が人類は愚か……同胞にまでもその慈しみを向ける素敵な存在である事も……。〕』


「その人類に……かの?」


 今度はお返しとばかりに蒼き大地の星を観る者アリスへ、お小言を返す人の世を観る者リヴァハ

 その問いに返答は無い——だが、決して暗く落ち込む様子も無い事は人の世を観る者もすでに知り得ている。


『〔……では、貴女のご報告……お聞かせ願えますか?〕』


 嘆息——それこそが本題であるが、先の問いの答えをはぐらかされたまま。

 が、人の世を観る者もそれが優先事項ゆえ……その本題へと話を進めて行く。


「良かろう……ではまず事の発端じゃ。それは本来8年前には動く事態——時の歯車はその時には噛み合うはずじゃった……。」


『〔ええ……。〕』


 語られ始めたのは木星圏における事の行く末——それこそが人類の行く末を見届ける役を担う者の責。

 蒼き大地の星を観る者はただ静かに、数十天文単位の彼方から相づちのみを送る。


「じゃが……あの者は闇に沈む道を選び——事が歩む速度に遅れが生じたと言うところじゃな。それでも——」


彼奴あやつは再び宇宙そらへと舞い戻り——因果を構成する歯車として動き出した。」


『〔そうですか。それは何よりでした。〕』


 穏やかに紡がれる命の物語。

 宇宙そらは太陽系——そこで今再起した命の歯車が、新たに歴史へ刻む因果の道。


「じゃがの……彼奴あやつめが闇に沈む道を選んだが故——むしろ因果は進み始めた。それが終わらせる者オメガと対なる存在……始める者アルファの誕生じゃ。」


『〔そう……ですか。〕』


 蒼き大地から僅かの驚きと興奮が届き——


「しかしの……始める者アルファは未だひよっ子の域を出ん。——ひよっ子ではあるが……あの漆黒にとっての脅威と成りつつあるのは確かじゃ。」


『〔それは嬉しい誤算です。〕』


 直後——人の世を観る者はその瞳を、淡く薄い青が滲む床へ落とし……逡巡しゅんじゅんの後ゆっくりと続ける。


「火星圏外縁……アステロイドベルトへ到達した救いし者は、数多の世界でその力をかざすための権利を戴く事と相成ったが——そこへも奴の根回しであろう不穏が、待ち構えた様に降り注いだのぅ。」


「——漆黒は、やはり本気の様じゃ。本気で事を構えにかかっておる。しかし——」


 その言葉へ静かに相づちを打つだけであった、星を観る者が初めて口を挟む。

 そこにいたわりといつくしみを込めて——


『〔それは貴女が——【観測者】が手を出せるか否かを見極めた様な手筈……と言う事ですね?〕』


「——そうじゃな……漆黒アレは我らの手が出せぬギリギリを狙って策を張り巡らせておる。」


 伏せた目のまま歯噛みする人の世を観る者——その感情の揺らぎは本来、観測者には在るべきでは無いモノ。

 しかし彼女はそれを持つ事を許された狭間の存在——物質と霊質を繋ぐ精神の守り人、リヴァハ・ロードレス・シャンティアー……リリスと言う存在である。


 星を観る者は全て理解している——リリスと言う【霊格存在】が精神を司る事。

 であるが故、慈しむべき人類が窮地に立たされる事に我慢がならない事。

 ——そして何より……星を観る者であるアリスがその慈しむべき存在によって、観測者としての力を奪われた現実を許せぬ事。


 それは宇宙そらに生きる人々の仕業では無い——今蒼き大地で生を謳歌する者の一部によって強行された事は、人の世を観る者も知り得ていた。

 だが問題は、その——あの漆黒が策を弄している節がある事だ。


「漆黒がソシャールへの襲撃を敢行した時——間違いなく奴は、「地球圏及び月方面における融和政策軍の撤退」と言う言葉をチラつかせておった……。」


「それは奴が地球圏の現状を知り得ているが故の策……と見て間違いあるまい。」


 沈黙が走る——剣を模した旗艦の第一艦橋とも言えるそこへ、深き深淵より湛えられた全天の星々だけが……遥かな過去の光を送りつけて来る。

 と、沈黙を破ったのはまたしても星を観る者——その声に元気を出せとの弾む思いを乗せて、木星圏で今も歯噛みする姉妹へ紡ぐ。


『〔ですが大丈夫……貴女は目にしたのでしょう?時の歯車クロノギアの目覚めを——この宇宙そらと歩むべき者の目覚めの瞬間を……。〕』


 暖かな言葉は、やがて人の世を観る者の心を解きほぐし——その瞳をゆっくり上げて、リリスである存在は語る。


「そう……そうじゃな、その通りじゃ。わらわは動く事叶わずとも、彼奴あやつの目覚めが果てなき因果に奇跡をもたらしてくれる。そうじゃ——それが【宇宙と重なりし者フォース・レイアー】と言う生命の奇跡じゃ!」


 ようやく心が前を向いた人の世を観る者——その姿は、おおよそ【霊格存在】とは程遠く思える感情の起伏。

 彼女は霊格の力を持つ者の中で、最も人類に近き者――時に赤き蛇リリスと称され忌み嫌われる側面を持つ存在。

 しかしその本質は、人類が進むべき道を指し示し――その行く末を見定める者……それこそが彼女へ与えられし役なのである。


『〔待ちましょう。貴女が見定めた始める者アルファ終わらせる者オメガが、世界の危機を屠る時を……。私は私で為すべき事を成しますので、こちらの心配は無用です。〕』


「ああ、うぬとて……くれぐれも己が命、軽んじるで無いぞ?今のうぬは愛すべき人類よりも、もろはかないのじゃからな……。」


 遥か数十天文単位の彼方——【霊格存在】姉妹が交わした霊量子のやり取りは、互いにクスクスと笑い合う声で幕を降ろす。


 しかしその神の如き者達のやり取りに気付ける者は——誰一人存在していなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る