漆黒の訪れは凶鳥と共に

第61話 忍ぶ凶鳥はほくそ笑む



 太陽系内衛星でも最大を誇る、木星圏ガリレオ衛星ガニメデ――

 英雄達の警戒を掻い潜り——巨大なる翼を持つ不穏が成りを潜める。

 来る救いし者セイバースとの総力戦へ向け――準備を滞りなく進めて行く、漆黒の指揮する部隊。


 滞りなく——


「いい?ブリュンヒルデ。このシステムは隊長の指示まで温存——極力【凶鳥フレスベルグ】のデータ収集を最優先。……あっちと同じで、こっちのデカイのも実戦データなんて無いに等しいんだからね。」


 機関室——薄い青の隔壁に包まれる近未来空間。

 中央のコア部と接続される人形を思わせる少女ブリュンヒルデへ、漆黒の部隊側——砲撃手の女性ユーテリスが語りかける。

 ただその表情は変わらず、任務上必要とは言え——人形の様な少女へ、兵器然とした調整を行わなければならない事への憤りを湛えたままだが。


 砲撃手の女性の心を知ってか知らずか——恐らくは後者である線が濃厚な当事者である人形の様な少女は、こちらも相変わらずのゆるふわポワポワな回答を寄こす。


「はい~~、心得ておりますよ~~。データ収集最優先の後に~~隊長殿の指示を待ってシステム。万事……どうしました?ユーテリス?」


 本人は意識してはいないであろう——しかし少女の僅かな口調の変化へ、過敏に反応する砲撃主の女性。

 眉根を歪めるも、そこへ労りを込めて人形の様な少女の髪を撫で——慈しみのまま愛であげる。


「——ったく……あんた、気付いてないでしょ。まああたしの前でそんな感じなのは……嬉しいんだけどね——」


 漆黒の隊長殿と任務上のやり取りを行う最中、人形の様な少女は純粋に兵器である面を前面に押し出した機械的な対応を取っていた。

 ゆるふわであっても——そこへ込められる感情など皆無と言える様相で。


 しかし少女もこの砲撃手の女性と二人きりになるや否や、ゆるふわポワポワの言葉がより砕け——傍目には理解できぬ程、ささやかな感情が込められていたのだ。


 機関室は現在禁忌の怪鳥フレスベルグ調整のため、艦のコアである少女と砲撃手の女性のみ。

 そのおかげか——他の者では踏み込めぬ柔らかな雰囲気……ともすればが、冷たい機械で覆われた空間へ温もりを与えていた。


 直後——その温もりをぶち壊す一触即発が訪れるまでは……。


 機関室の大扉——排気される圧縮空気と電磁的なモーター駆動音が、重厚さを感じさせぬ軽やかさで開け放たれる。

 合わせて艦内へ響く足音はか細く消え入りそうな——その足音の主を表した様な歩調でリズムを刻む。

 機関室へ現れた消え入りそうなを地で行く少女の、開口一番に発された言葉——その後へ続くが、砲撃手の導火線へ見事に点火する事となる。


「ブリュンヒルデ……私のハーミット、一部装備の制限解除を貴女に依頼しろと隊長から——って……いたのユーテリスあなた。なに??」


 消え入りそうな足音で現れたのは、漆黒の部隊内——不可視の襲撃者を駆る狂気の狩人ラヴェニカ

 禁忌の怪鳥を制御する少女が西洋人形とすれば、その不可視の襲撃者を駆る少女はさながら日本人形と言った所か。

 しかし人形と言う形容を上げられたとて、当の本人らはさしたる嫌悪もうかべぬであろう。


 だが——禁忌の怪鳥の、コアである少女をは違う。

 人形と発した同じく人形の様な同僚へ、爆発する様に詰め寄った。


「この子をあんたと同じにすんなよ!——あんたこそだろうが!」


 力任せに軍服の襟首を掴み上げ——先に人形の様な少女へ見せた慈愛が吹き飛ぶ様な形相……修羅か羅刹が同僚へ殺意にも似た怒気を叩きつける。

 同じく叩きつけられた言葉へ、が含まれていたのに触発され——狩人の少女までもが、怒気を狂気に変えて吊り上げた口元から罵声を突き返す。


「——隊長に何の関係があるの……?ふざけてんの?死にたいの?ねぇ、ねぇ、……ねぇ!」


 すでに爆発寸前の一触即発——両者の導火線が、最後の火花を散らす刹那。

 状況を飲み込めぬ少女から、言葉が差し出された。


「まぁ~~。ラヴェニカもユーテリスも~~……とっても仲がよろしいんですね~~。是非私も混ぜてくださいな~~。」


 結果——導火線は見事に鎮火される。

 明らかに一触即発の二人を水際でき止めたのは、人形の様な少女の場違いな空気破壊。

 浴びせられた二人は思わず呆然とし、揃って毒気を抜かれてしまう。


「——ほんと、あんたは変わってるわ。」


「——怒る気も失せた。さっさと制御解除をして。」


 互いへの嫌悪は引きずるも、視線を合わさず事の成り行きに身を任せる二人。

 その二人を見やる人形の様な少女ブリュンヒルデは、そのまま場違いな空気を沿へと作り変え——なにも無かったかの様に、調整をつつがなく終了させてしまうのだった。



》》》》



「確かに隊長の指示通りの装甲を取り付けましたが——本当にこれで宜しいんですか?こいつではいいとこ、正規軍のカスタム機を超えるのが関の山でしょうに——」


「要らぬ心配だ……。戦いは何も、が有利とは限らん。こちらに気を回すぐらいなら、ユーテリスの方へ回せ——アレはアレで厄介なシロモノだ。」


 砲撃手の女性と狩人の少女が一触即発を演じる中、禁忌の怪鳥格納庫では所属する整備員と漆黒が機体に関したやり取りを展開する。

 総力戦と言う事態に合わせたかの様に、漆黒の嘲笑ヒュビネットが発した言葉へ含まれる不穏——すでにどれ程の数の一手を準備しているのか、想像出来ぬ内容。


 漆黒が整備クルーへ目で指した方向——対面して立ち並ぶ機体が、牙を剥く準備を整える。

 怪鳥の構造上、カタパルトに対する格納庫形状が前後に短く縦に長い事で——格納される機体は対面した数階層のブロックが上下可動し、カタパルトへ運ばれる仕組みとなる。


 黒と薄いグリーンの発光を散りばめる隊長機初め——灼銅しゃくどうまばゆき黄が鮮烈な飢えた戦狼の機体に、一際巨大な不可視の襲撃者……狩人の機体がそびえる。

 そして——漆黒が発した不穏の元凶がそこに合わせて格納される。


 シルエットは救いし者の機体で言う蒼き閃光オメガが如く、曲線と直線を織り交ぜた細身各部へ、姿勢制御アクセル・カバースラスターが多分に配された様相。

 そこへ装備される超射程粒子反応砲ロング・グレイン・バスター・キャノン大型重機関砲ヘビー・ブラスト・ファランクス——さらには機体各所へ弾倉と思しきパックを装着し……背部では複数の粒子反応砲群グレイン・アーク・シューターを中心に重装化された文字通りの砲撃支援機体。


 薄桃色を基調とし、黒のアクセントが随所に施されたカラーリング――危険な女性の香りを漂わせるそれは……あの砲撃手の新たなる相棒。


βベータフレーム……ストライフ=リム V・R・Mヴァリアブル・ロック・モデル ヘビーアームズ。——本来このへ、無理を承知で準備させたんだ……それ相応の働きは見せてくれねば困る。」


 救いし者達が、漆黒との遭遇に合わせて万全を整える中——天才エースパイロットと呼ばれた漆黒は、それを上回る策で事を収めにかかっている。


 着々と進む準備を、格納庫で確認した漆黒の嘲笑——禁忌の怪鳥内でも数少ない展望区画へと歩を進める。

 しかしこの漆黒——おおよそその様な場所で黄昏れる姿など考えられぬ男。

 そこに秘められた思惑は常人を超えた所にあった。


「——何の用だ……。俺は忙しいんだ。」


 禁忌の怪鳥の先端部——防護隔壁の役目を持つ巨大展望窓。

 その前で歩みを止めた漆黒は、何も無い空間へ独り言の様に声を投げた。

 漆黒の感じ取った気配が指し示す者——指し示す存在はあの蒼き英雄が接触した者。


 剣を模した旗艦コル・ブラントへ搭乗する監督官【星霊姫ドール】の容姿を借りる

 彼女を構成する【観測者】本体——かつて引き篭もっていた蒼き英雄の前へ現れた赤き蛇リリスの姿が……揺らぐ時空より、霞が実体化するかの如く現れた。


『これは手厳しいの……。』


 神を名乗る存在リリスは漆黒の背後——深淵を見渡せる艦の骨格を成す場所へ、組んだ脚を投げ出す様に座した。

 その姿を視界に捉える事なく、深淵へ向けて言葉を放つ漆黒——あからさまな敵対意識などでは無い……寧ろ興味は無く、ただ邪魔者をあしらう体である。


 あからさまな漆黒の態度へ、特段気にも留めぬ神を名乗る存在は……男の背後から投げかける様に——独り言の様に語る。

 あの引き篭もっていた英雄の前に、幾度と無く現れた時の様に——


うぬがどれほどの事を企てているかは知らぬが……この宇宙そらへあのΩオメガが再来したのじゃ——事がそう上手く運ぶとは思わぬ事じゃな。』


 強くは無い——しかし、重きを込めて語られる独り言。

 されど漆黒はその重さをヒラリとかわす様に、彼のトレードマークとも言える嘲笑を浮かべ——やはり神を名乗る存在を視界に映す事なく、深淵へ向け語る。


「いくら言葉を並べ立てた所で、どの道に手出し出来る要素は無い。せいぜい人の抗う様を見ているがいい。」


「この宇宙圏で生きる者が……あのより上がって来た不貞が、。」


 漆黒が語る言葉——そこには今その牙を向けようとする、宇宙そらの英雄達への憎悪や殺意など微塵も感じられない。

 しかしこの漆黒の部隊を操る天才は、と切り捨てる。

 彼が今——宇宙そらの同族を敵に回さんとする意志の根幹が、にあるかの様に。


「その宇宙そらの誇り高き歴史を台無しにするのもいとわぬ愚か者と、共に歩むための融和など愚の骨頂——ならばその意志へ牙を向けられようと、宇宙そらの民は言い訳など出来んだろう?」


 神を名乗る者の、眉根が歪み言葉に詰まる——彼女は……宇宙そらを余すこと無く見渡せる存在はすでに知り得ている。

 漆黒の言葉に嘘偽りなど存在しない——そう……蒼き地球の民は

 【観測者】と呼ばれる存在——宇宙そらにおいて神格と同等である者を、のだから。


 一時の沈黙——そして再び漆黒は口を開き——


「分かったら自分の愛でるあの英雄とやらへ、せめてもの慰めでも送っていればいい……」


 神を名乗る者の霊圧などどこ吹く風の漆黒はそれだけを残し、今後まず訪れる総力戦へ剥く牙を研ぎ澄ますため——手にした力……禁忌の怪鳥奥へと消えて行く。


『……愚か者が……。』


 そして残された神を名乗る存在も、口惜しさばかりを残し……再び霞の様に霊量子の海へと帰還して行くのであった。

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