第60話 結成、クロノセイバー部隊



 直感は正しく、格闘少年の駆る赤き霊機は見事なまでに小惑星を食い止め——あわやの所で、学園理事長含む生徒の救助を見た。

 恐らく災害全てが、この様に上手く運ぶこと事態が稀だろう——けど、今回はあいつの胸騒ぎの本質に掛けた。

 これは自分が重なりし者フォース・レイアーに目覚めた頃から感じる、魂の波長——それこそ数十天文単位離れていようとも、想い合う心が時空を超えて共鳴する感覚。


 いつきの胸騒ぎが、仲間と――そして肉親と繋がっていると確信したからの判断だった。


 実の所SOSが発された場に居合わせたのが、格闘少年の部活仲間と言うのは後に知った事実であるも——すでに魂の波長である【霊量子振動イスタール・ヴィヴレード】を感じていたオレは、さしたる驚きもなかった。

 故に「取り返しがつかなくなる前に」と彼に言い放ったんだ。


「こちらΩオメガより旗艦コル・ブラント。災害規模及び方位危険レベルAの対象は確認出来ず——災害収束と判断し、これより帰還する。」


 まあ後はあいつの分も含めて、指令よりの叱責お小言を受けるは止むなしだ。

 責任を取ると豪語した手前——今更手の平を返すのはあいつの働きに対しても失礼と感じるからな。


『……あの、サイガ大尉。良いですか?』


 少し格好の付かない自問自答を始めた矢先、我が禁忌の機体サポートを預かるご令嬢より通信だ。


「構わないが……何か問題か?」


『あっ……いえ、その……。そう言う訳じゃ無いんですけど……。その——』


 薄めのブロンドがヘルメット内——その余所々よそよそしく躍る蒼い瞳を隠す。

 かく言うオレも、この手の経験は乏しくも未経験と言う訳では無いゆえ——何となしに彼女が言わんとする事を理解している。

 そのについては定かでないが。


 と、サポートを務めるブロンドの少女が肝心な言葉を発言するか否かで——無情にも旗艦指令からの通信入電を確認した。


「こちらサイガ……指令、何か御用で?」


 思考で「空気を読んで欲しいものですね」と言葉を浮かべながらも応答し——


『クオン——君はそのままΑアルファと共にC・T・O側格納庫へ帰還してくれ。後々の為に、君らの扱う機体使用許可に関する旨——総司令部へそれらの説明を献上せねばならん。良いな。』


 「了解です。」の敬礼を送る視線の端、モニターに映る幼さが残るブロンド少女が酷く嘆息したのを見やり——彼女の想いの方向性がと確証を得ながら、指定されたC・T・O本部格納庫へと機体を飛ばす事にした。


 恐らくかなりの勇気で放った話の腰を折られ——やや意気消沈気味のパートナーをすまないないなと一瞥した後、視界に神の名を冠する巨大なるガス惑星ジュピターを捉える。


 天より降り注ぐ危機の訪れは、いつきの感じた胸騒ぎにより回避に至る。

 彼が危機を予見出来た背景には、確実に霊機への搭乗が関与しているだろうと感じながら——オレはさらにその先の危機とも言える物を感じていた。

 そう——胸騒ぎを感じていたのは何も

 しかしオレが感じる胸騒ぎは、彼の感じたものより遥か先へと伸びる長期的な物。


「……視界の大半を奪う程の巨大なガス惑星ジュピター……普通であればそこに存在する事さえ不可能だな。」


 巨大ガス惑星が持つ引き寄せる力超重力圏は、本来人類では決してあらがう事の出来ぬ宇宙を代表する事象。

 だがそれを無き物に出来る力が——

 それがこの禁忌の機体であり、特務艦であり——それらを内包せしいにしえのオーバーテクノロジーだ。


 対する敵対者——漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツは、襲撃直後もそんな忌むべき力は持ち合わせていなかった。

 いなかったはずだ……しかし後に続く襲撃で、奴らはその片鱗をそれ見よがしに見せつけた。


「——ならば、あんたは。必ずこの宙域の何処か……息を潜め、獲物を狙うが如く……。」


「けど……させはしない。そのためにオレは禁忌の蒼オメガと共に宇宙そらへ上がったんだ……それを阻止するためにな。」


 記憶の中に残る漆黒の悪夢——図られたら作戦から8年の時を超え……奴は再びオレの視界と思考を脅かした。

 ならばオレがその悪夢を終わらせるんだ。

 それがΩオメガを——を駆るオレの試練の全て。


 あの赤き巨人と共に、未来を始めるために宇宙そらへ上がった少年が——オレの背を追い走り出した。

 ならば腑抜けた姿など見せられない——オレはただその思いを胸に刻み神の名を冠する主星を睨め付けていた。


 すぐ傍で共にあるパートナーの心の奥底——そこに忍び寄る深淵にも気付かぬまま。



》》》》



「緊急事態とは言え……此度は斯様かように過酷な旅へ駆り出した事、誠に申し訳無く思う——だが、よく一人の死者も出さずに生還してくれた。……すでに英雄である貴君らに、改めて賞賛を贈りたいと思う。よくやった。」


 C・T・O総司令部の擁する特設大会議室にて——無事に帰還した、剣を模した旗艦を代表する乗組員が一堂に集められる。

 さらには今回、目覚ましい活躍を見せた【救いの御手セイバー・ハンズ】の部隊員——加えてこの長旅を支え続けた整備チームや主計に関わる部隊員全員……言わば剣を模した旗艦コル・ブラントにおける家族の一員全てが招集された。


 地球と言う大地に置いても大海原を長期間旅すると言う事は、様々な危機が降りかかるが常——それが宇宙そらと言う舞台であれば、危険度が無制限に跳ね上がる。

 深淵を往く旗艦を万が一失う事になれば、そこに人が生きられる場所など存在しない——無限とも錯覚する闇の地獄が、待ち受けるのだから。


 たかが数ヶ月——されどその数ヶ月が幾年もの歳月と同意である事を、宇宙そらに生きる宇宙人そらびとの誰もが学び……そして無限の深淵そらの一部となるのだ。


「その帰還した足での災害防衛——使用許可を受けて間もない禁忌を駆り、見事に防衛した姿。――そして想定し得ない事態へも盤石の体制で事を成す、後方で支える者達の活躍に……我ら宇宙人の楽園アル・カンデ防衛軍総司令部も感嘆を禁じ得ない。」


 特設大会議室は太陽系各国の名だたる関係者を招集する事すら叶う、広大な空間を有し——そこへ参集する帰還したばかりの英雄達を一瞥する、総司令部を代表する大将である男。

 感慨深さと――これより宣言する、重責を伴う命令との狭間で複雑な面持ちとなる。


 特設室の最下段中央——代表される大将を始め臨時のソシャール防衛を担った天城あまぎ大佐、ソシャール管理者である慈愛の女神 ヤサカニ 水奈迦みなかと副管理者の初老の男性……技術管理監督官であるリヴ嬢。

 皆一様にこれから放たれる命令——恐らくは、宇宙人の楽園アル・カンデにおける千年来の歴史上初となる大命が下る事へ……不安と羨望を同時に讃えた面持ちで粛々と事を見守る。


「——それを踏まえ、今後の事態への対応を総司令部にて協議した結果……我らは議長閣下の支援を得た諸君らへ全てを託さねばならぬ今——敢えてその命を指示するに至った。」


 それはやはり事を成せるのが、今眼前に居並ぶ危機を乗り越えし英雄ら以外に適材する者が存在せぬ故——しかしその者達の命を捨てて任務に臨む姿など、代表者の誰もが望んでなどいない。

 あの火星圏の情勢に翻弄される議長閣下と同様——生きて事を成して初めて成果と呼べると言う見解に、相違など存在しないのだ。


 そして——帰還したへ今後彼らの命運を左右する勅命が、大将である男……レボス・ヘリオス・ウガヤフキアヘズより下される。

 ムーラ・カナ皇王国を代表するラ・ムー皇族直系の軍族にして、宇宙人の楽園アル・カンデの守護を任される総大将——現皇太子である新帝ノ紅真ノ命アラタミカドノ・アカマノ・ミコトが最も信頼を置く守護の要。


 長髪がかつての日本……いにしえの時代の様に、額から分けられた前髪を後毛おくれげと共に束ね——現代の流れに合わせてまげの様に結う所を自然に流し、同じく後ろ髪も装飾で纏めて流す……ラ・ムー皇族直系の者ならではの正装と言える髪型。

 面持ちは穏やかさの中に凛々しき信念を通す様な、男性とも女性とも取れる中性的な印象が刻まれる。


 悲痛などは無い——が、英雄達が無事にこの任を全う出来る事を切に願い……勅命は下された。


「貴君らはこれより正式なる救済部隊を称し、太陽系の各地に訪れる災害への防衛——そして同時に、あのを託す。」


「貴君らがこれより名乗る部隊名は、特務宇宙防衛部隊【クロノセイバー隊】——と……そしてから人々の安寧を、命の限り守り抜いて貰いたい!」


 遂に宇宙そらの歴史上——千年の平和の中より、戦う事を目的とした部隊結成が宣言された。

 それも争いを助長する物では無い……争いから、そして天災から人類を守護するための守りの力。


 歴史上常軌を逸した事態を切り抜けるために、楽園に住まう宇宙人そらびとが選んだ戦いの道——それは禁忌を駆る者達にとっての、想像を超える試練である。

 あの【観測者】であるリヴァハ・ロードレス・シャンティアーが口にした啓示に沿う様に——禁忌の機体と禁忌の鑑は、過酷極まりない壮絶な試練の道を歩み出したのだ。

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