第58話 降り注ぐ天の業



 中央評議会より出頭を受け、宇宙そらへ飛び立った剣を模した旗艦コル・ブラント

 火星圏までのは技術制限をまともに受けて、満足な速度も出せずに目的地へ向かったが――対する帰路では標準的な巡航速度を保つ剣の巨艦……評議会を代表する議長閣下より、技術使用の一部許可を受けた事でその恩恵が現れていた。

 その速度たるや、行きの速度とは比べるまでも無く高速であり――まさに禁忌を体現するすがたが徐々にその全容を現し始めていた。


 そして、救いし者セイバース部隊は今までの敵対者襲撃が嘘の様に事を運ぶ状況の中――木星圏最外縁へ差し掛かる。


 その頃――


 ソシャール【アル・カンデ】で数少ない中高一貫の学園である紅円寺学園にて――あるイベントの準備が進められていた。

 希望者を募った外部ソシャール体験学習である。


「理事長、現在のガリレオ衛星軌道位置です。ご確認下さい。」


「〈ハイハイ、ありがとう。……軌道共鳴までは充分時間がありますね。ご苦労様です。〉」


 毎年数回に渡り、学園では社会見学と言う名目で【アル・カンデ】に寄り添う外部ソシャール——それらへ学生を同行させ、社会的な見聞を広めると言う恒例行事。

 基本それらに応募出来るのは、対宇宙災害防衛を担うC・T・Oへの入隊が予定される学科及び部活の生徒に限られるため——必然的に少数の応募者を引き連れる事になっていた。


 現在その希望者と共に宇宙港へ訪れるは、学園理事長である暁 咲弥あかつき さくや——自走も可能な車椅子を操作レバーで器用に操り、必要事項申請のためシャトル港管制センターへ車椅子あしを運んでいた。

 全体的に車椅子感を極力押さえたスタイリッシュな椅子だが、やたらと少女趣味な装飾に彩られるのはご愛嬌だ。


 ことこの外部ソシャール社会見学は、今まで宇宙そらに出た事の無い生徒を引き連れるため—— 十分に技術的な安全が確保される移動手段と、木星圏の巨大な重力を引っ掻き回すガリレオ衛星の位置は取り分け重要であった。

 管制センター係員より転送されたデータを、手元の携帯端末で確認後――同行するべき生徒達のいるシャトル港ロビーへ理事長は来た車椅子あしを返す。


「〈では皆さん、軌道エレベーターで航宙シャトルへ向かって下さいな。すぐこちらも向かいます。〉」


 何時いつもの慣れた手つきで手元のキーボードを流れる様に叩きつつ——足元のイントネーションペダリングで、あたかも自分が放った声の如き機械音が通信先の生徒へ送られた。

 暁 咲弥あかつき さくや——現紅円寺学園理事長にして、宇宙そらに置いても稀に見る複合レベルの身障者の身である彼女。

 余所行きの明るい正装のまま座する車椅子は彼女専用——自らの手足とも言えるそれを進めて、生徒達の元へ向かう姿はおおよそ暗さやうつに陰る気配は見受けられない。

 晴れやかな朝日の如き笑顔で、車椅子を進める様は正にあかつきのそれ。

 ロビーに訪れる一般市民ですら、その笑顔で幸せを感じる程である。


「あっ!理事長先生こっちこっち、ちょうど良かった!やっぱり見知らぬ外宇宙は不安で——」


「嘘つけ、その顔の何処に不安が存在してんだよ?つか、これめんどくさいな……手続きにこんな書類データの山が必要だなんて。――えーと?このファイルとこのファイルにサイン?か?」


 あかつきの如き理事長を呼ぶ声は、今回初の外部ソシャール見学となる生徒達。

 そして今回少数ながら自ら立候補してこの場へ訪れた勤勉な生徒——否、いささかか勤勉さから遠く離れた少年少女が理事長を待ちぼうける。

 それはあのC・T・Oを専科先に持つ、宇宙そらでも数少ない格闘術学科代表——紅円寺学園武術部の面々であった。


「見て見て、すごっ!こんな近くに宇宙そらなんて見た事ない!このどっかに、いつき先輩が——」


「いや——てゆーかゆずちゃん、そっちは逆!?そっちは太陽無いよ!?が見えてるよ!?いつき先輩はそっちには行ってないって!」


「ほえっ!?……あっれ〜、おかしいな。ちゃんと前もって星座の位置確認したのに……。」


「……太陽の位置確認するのに、星座の位置知る必要あるのか?もしかしてゆずちゃん天然か?」


 勤勉と言う言葉が、目的と内容含め完全にカラ回るお騒がせ集団――あの赤き霊機を駆る少年をして、そう断言できる武術部員。

 かく言う彼らがこの社会見学を進んで申請した理由——栗色の髪を揺らす天然少女が口にした、この部の部長である格闘少年が由来しているのは明らかである。


「おい、あれがアームドフレームだよな理事長先生!すげぇ……宇宙そらで運用してる所、生演出だよ!」


「いや、生演出って……あれは普通に作業してるだけだし?決して私達用のイベントでは無いし!?」


 部活の中でのカラ回り感からして、どうもボケ担当がはまり役の様な少しブロンドがかる赤髪ハーフのケンヤ・アルバート——そこへ何故か申し合わせたかの様に、ツッコミ役に回ってしまう武術部在籍に疑問しか浮かばない、やる気無し少女の片折詩奈かたおり しな


「〈ハイハイ、みんな騒ぐのは後回しですよ?申請済ませてシャトルへ向かいなさいな。〉」


「理事長先生……そっちじゃ無いっす。」


「〈あらヤダ、ごめんあそばせ?〉」


 格闘少年の自称ライバル佐条 良太さじょう りょうた——自分の息子へ放つかの如き理事長の、明後日を向いて言葉を投げるボケに対するツッコミ役を演じさせられながら……一行を先導する様に外部ソシャール行きシャトルへ向かう。


 外部ソシャール行きシャトルは、通常C・T・O管轄の災害防衛隊出向部による護衛付きで運用されるのが規定とされていた。

 万一の備え——宇宙災害と言う脅威からソシャール市民を守る為の万全の措置。


 ——しかし、学園を代表する武術部面々は知り得ない。

 その万全の防備は前提として、C・T・Oに属する卓越した技術者達と——最強の防衛力を誇る機体が揃って初めて万全となる体制。

 が、このソシャール——宇宙人の楽園アル・カンデが置かれた状況は、その大半の有能な技術者が火星圏へ出向しているという現状。


 宇宙人そらびと社会に訪れた、想定を遥かに上回る異常事態の只中である事実を——社会見学ではしゃぐ学生達は知る由も無かったのだ。



》》》》



「どうなっている!——状況を報告せよ!」


 鬼気迫る指令が飛ぶ【アル・カンデ】へ居を構えたC・T・O総本部——火星圏へ出向中の総司令 月読つくよみ大佐に変わり、同じく軍の指揮権を持つ同僚が臨時指揮を執る。

 月読 慶陽つくよみ けいようの同僚であり——彼の留守を任される軍部……現場指揮におけるトップの一角。

 瘦せ型であるも鍛えられた体躯へ軍の制服を纏った男——歳の頃は地球年齢でも月読つくよみ大佐と並ぶ40代前半。

 流れる長髪をひるがえし、軍総本部の重厚な二重扉を超えた先——かつて、現在出向する隊員が最初の危機を乗り越えたオペレータールームへ駆けつける。


「——規模、軌道方位危険レベル共にAの微惑星群です!申し訳ありません、観測精度調整に不備があった様で……発見が遅れたとの事——」


「それについては後だ!直ちに避難警報発令——ソシャール市民の安全を最優先!外部ソシャール並びに、各区で運行されるシャトル発着場は安全を確保後――関係者以外の民間人へ一切の出入りを禁ずる様指示……及び!大至急だ!」


 宇宙人の楽園アル・カンデにおける軍総本部は、確かに選ばれた有能たる隊員で構成される——だが、想定を超えた事態への対応に関して言えば……常に前線で活躍していた剣を模した旗艦に搭乗せし者達こそが群を抜く。


 市民の安全を確保すると言う行為が、逆に市民を危険に晒す事態を呼ぶと言う状況を先見出来る様な――広い視野を持つ隊員はそこには居なかったのだ。


「警報発令開始——同時に各セクターより、災害対策用A・Fアームド・フレームを展開します!

——ですが、先の【ザガー・カルツ】襲撃により大半の機体を失っており——」


「無いものねだり出来ぬ状況は百も承知!——可能な機体を全機展開せよ!」


「はっ……了解しました!これより【アル・カンデ】中央メインシャフトゲートを緊急展開――待機中のA・Fアームド・フレーム、全機発進させます!」


 オペレーターからも先の襲撃からこちら、災害防衛に対する備え――待機A・Fアームド・フレーム数の不足に伴う防衛力低下が提言される。

 然りとて災害防衛を放り出す訳にはいかぬと、月読つくよみ大佐の同僚である長髪の男——天城 瓢豪あまぎ ひょうごう大佐は機体の全機展開を指示した。


 【アル・カンデ】における災害防衛対策の要――ソシャール各所へ、待機する災害防衛用A・Fアームド・フレームを速やかに展開するための設備。

 ソシャールを十字に貫通するメインシャフト・カタパルトは、立体交差する事によって中央格納庫より迅速な出撃が可能となる。

 漆黒の擁する部隊ザガー・カルツ襲撃時は、対応の遅れからソシャール内部まで侵入を許し――シャフトカタパルトが無用の長物と化すも、宇宙空間での防衛行動においてはその真価を発揮する。


 しかし今の現状――すでに待機中であった防衛機体アームド・フレームがカタパルトゲートを越え、災害防衛のため危険方位へ向け展開している。

 が、漆黒の擁する部隊の襲撃により半数以上の機体を失い――その補填も十分でない状況……危険とされる方位に陣取り、盾となる様に配置するのが関の山であった。


 万が一 ――周囲の外部ソシャールや、そこへ向かうシャトル港に民間人が残っていた場合……最悪の結果を招くのは想像に難くない。

 緊急措置として講じられた、隔壁閉鎖の指示と防衛力の力及ばぬ状況――そして観測精度の不備が招いた、災害襲来範囲スキャンの


 無情にもそこへ巻き込まれた民間人が、窮地に立たされる事となる。




 鳴り響く警報――生徒達は初めての宇宙そらへ期待を膨らませ、まさに外部ソシャールへ向かうシャトルに乗り込む寸前であった。

 だが、その直前にけたたましく鳴り響いた警報――それは皆が常日頃よりその身で体験する【宇宙災害コズミックハザード】を知らせる

 マニュアル通りであれば、警報後にシャトル港を警備する者達によって避難誘導が開始され――安全区域へ退避する手筈……それが機能していれば、警報に不安を覚えようとも確実な安全が確保されるはずである。


 そのはずであった――


「――先生!大丈夫かっ!?おいケンヤ、車椅子起こせ……詩奈しなちゃん、こっち手伝って先生を――」


「何っ!?何なの!?――恐いよ……こんなの!」


「ゆずちゃん、落ち着いて!――あ、あたしだって恐いんだよ!?それより先生……よっと――大丈夫ですか理事長先生!」


 突如として起こる衝撃がソシャール行きシャトル便手前――連絡通路となるパイピング区画を貫き、通常照明ダウン後非常照明に切り替わる。

 衝撃と同時に響いた轟音が、管制センターよりの緊急放送を掻き消し――ザーっと響く雑音と入れ替わっていた。

 シャトルに乗り込もうとした紅円寺学園一行は、衝撃で立つ事もままならず――学園理事長も車椅子から放り出される。


 宇宙人そらびとは学園にて、災害時の避難方法を学ぶのが基本学業とされる――が、その災害に間近で巻き込まれた場合への対処は各学年で知識差と認知差が存在する。

 それも重篤度が低い事態であれば、学園で学んだ経験により臨機応変に対応も出来よう――しかし、生徒たちが巻き込まれたのは……極めて危険な状況。


 それを悪化させる事態――理事長を車椅子へ預けたばかりの、格闘少年の自称ライバル 佐条 良太さじょう りょうたが目撃してしまう。


「おい……ちょっと待ってくれ!なんで隔壁が閉じてんだよ!?」


 少年が視線を向けた先――それはパイピング区画をソシャールから隔離するための隔壁が閉じようとしていた。

 同じくその反対ではシャトル側の隔壁も同様に行く手を断っていた。

 閉じる隔壁―― 一人であれば駆け抜けると言う判断にも辿りつこう……しかし一行には車椅子に身を預ける理事長先生がいる。

 それを見捨てる様な生徒はここにいなかった。


「……みんな……あれ……。」


 隔壁が閉じると言う事態でさえ信じ難い状況――その一行を襲うさらなる恐怖。

 それは通路の天頂から斜めに木星を一望出来る、強化複合パネルの天井越し――幾多もの物体がソシャールより漏れる人工光を反射させ、超音速を遥かに越える速度で襲い来る。


 【宇宙災害コズミックハザード】――少年少女は常に避難を迅速に行い、その災害が降り注いだとて直接目撃する事など稀である。

 だが今学園の生徒達の目に映っているのは、正にそのもの――無限に広がる大宇宙において、人類にとっての最大の脅威の本質が……降り注いでいるのだ。


「――〈これは……まずいかも知れません……。〉」


 車椅子へその身を委ねる理事長 咲弥さくやも、巻き込まれたる事態に戦慄を覚える。

 彼女は瞳の光を失っているがゆえ、災害の全容を確認する事は出来ない。

 その只ならぬ事態は全て、機械補助によって得られる音声から推察していると本人より公言されている。


 推察した結果に覚えた戦慄――理事長から漏れた絶望を宣言するかの様な言葉で、推察した戦慄が武術部部員生徒にまで余す事無く伝播してしまう。

 言葉を失う一行――直後、まばゆく輝く巨大な物体がその視界を奪い……そこにいた生徒達皆が心の底よりの恐怖を、叫びと共に吐き出した。


「「うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」」

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