第57話 少年ー日常は雑務から



 すでに【聖剣コル・ブラント】は火星圏を離れ――木星圏への帰路を辿っていた。

 クオンさんから聞いた話では、この艦に掛けられた制限が議長閣下より一部限定的に解除された事で――本来発揮する事の出来る出力の80%に達したそうだ。

 状況を分かりやすく説明すれば、最初木星圏を脱出する際は最低限の出力による航行だったから――木星の超重力圏を脱出するためには、マス・ドライブ・サーキットを利用する他なかった。

 それが――今はその設備を経由せずとも木星圏を脱出できるって事らしい。


 話を聞くだけで浮かぶ考え――この剣を模した旗艦はやっぱり古代超技術の塊で、ΑアルファΩオメガと同じ禁忌の技術なんだなと改めて思う。

 禁忌のふね――使い方によっては人類を導く希望にも、破滅をもたらす絶望にもなる……確か古代のオーバーテクノロジーに関した授業でそう習った。

 俺はその意味をこの身をもって体感してる――そして今この艦は人類の希望を招来するための一歩を踏み出したんだ。


「さて!鍛錬も終わった事だし、いっちょやりますか!あっ……ナスティさん、こちらは任せて下さい。」


「ええ……それは構わないのですが、本当に【霊装機セロ・フレーム】のパイロットさんにこんな仕事を――」


「大丈夫っす……ちゃんと指令や上官からの許可は取り付けてあるんで!」


「そ、そうですか……?では――お願いしましょうか。」


 そして人類のする艦を、人選で稼働させる今この時――その乗組員が健やかな日常を送れる様、俺はある仕事を受け持った。

 あの〈鬼美化のナスティ〉さん指導の下――剣を模した旗艦コル・ブラントの清掃係を買って出たんだ。

 それは何も不思議な事じゃない――そもそも俺が配属された霊機のパイロット階級は、完全に異例だ。

 実際この部隊への配属規定は最低伍長から始まり、順を追って昇進へ進むはず――そこを吹っ飛ばして少尉になったのは異例以外の何物でもない。

 本来俺が配属された時点――伍長であった場合の基本雑務を鑑みれば、艦内清掃は至極当然の義務なんだ。


 清掃係の神ナスティさんとの出会いや、救いの隊猛将工藤大尉の胸熱な言葉も影響し――自らその雑務遂行を月読つくよみ指令やクオンさんへ進言し、了承を受けて今に至る。


「では上階三階層は、こちらの部署で受け持ちます。やはり紅円寺こうえんじ少尉は武器や兵装を格納する場所の方が職務上向いていると思いますので、そちらをお願いできますか?」


「確かに――了解っす!あ、後……俺清掃中はナスティさんの指揮下で働く様に言われてるんで、階級は省いて――下の名前でお願いするっす。」


「――わ、分かりました……。ではこちらもその様に対処します――いつき君、頑張りましょう!」


 俺のちょっと強引な作業支援に、最初は驚きを隠せなかった清掃係の神ナスティさんもようやく本職魂に火がつき始め――いつもの清潔そのものな清掃服にポニーテールを揺らせて、同僚と共に上階層へ清掃の手を向ける。


「とは言ったものの――この格納庫周辺て、結構複雑なんだよな……。まあ、自分が言い出した事だ……気合を入れて――」


「――霊機のパイロットがこんな所で何をしているのかと思ったら……。」


 やる気全開で清掃に向かおうとした俺へ、背後からやや嘆息気味に声を掛けてきた人――この難しさが声にまで宿った様な響きは、先日隊の一員となったキルス隊の隊長殿だ。

 自分としてはあのファクトリー防衛戦で、少々大見得切って啖呵を吐いた相手――自信が無いわけではないけど、少し萎縮しながらの返答をする。


「あっ……、クリュッフェル大尉殿!お見苦しい所を――これは俺……じゃない、自分が指令へ申し出た雑務の遂行――!?」


 最悪だ――もろ噛みしてしまった。

 クオンさん達と居る時の様な態度は良くないと感じ、慣れない敬語を並べてやってしまった……(汗)

 けど驚いた事に、そんな俺へまさかの大尉から温情がかけられる。


「構わん……それがの素だろう。英雄殿と居る時と同じ振る舞いで問題ない――礼節さえわきまえれば不問だ……。」


 かけられた言葉に俺が動揺してしまった。

 確かにあの初顔合わせの折――この厳しい大尉殿は、俺なんてアウト・オブ・眼中だったはず。

 それが今貴君と呼ばれ――確実に少尉の階級で呼称された。

 大尉殿の変わり様に右往左往していると、それを察した厳しい大尉殿から説明が加えられる。


「――何を慌てふためいている。少尉は己が発した言葉を、己で証明してみせた――それもあの様な危地の只中で、だ。むしろこちらの目が曇っていた事を痛感させられたのだ……敬意を払ったとて、さげすんだりなど出来るはずもない。」


 完全に予想外だった。

 あの一戦で思いのほか俺の評価が高まっていた――それが少尉として名を呼ばれた意味だったんだ。

 けど――自分でよく分かっている。

 これは最初の小手調べ。

 俺がこの人の隣りを駆け抜けるにはまだまだ時間と経験が、圧倒的に不足している。

 だから――


「ありがとうございます!――しかし自分は、大尉殿からすれば格闘以外で勝る事が出来ないのは事実。以後も大尉殿に対しては敬意を払い……軍属相当の対応にて向き合わせて頂く所存です!」


 それは俺なりの覚悟――クオンさんにだって未だ追いつけぬ新参に変わりない。

 少し褒められたからといって、舞い上がる愚行はさらせない。

 だから大尉殿には軍隊の上官として指南して貰いたい――その意気込みのまま言葉を返す。


 すると、指令から鉄仮面の指令官アイアン・フェイス・コマンドと称されていたあの厳しき大尉殿が――少しほくそ笑んで答えた。


「良い気概だな。ならば貴君の覚悟――相応にこちらも対処する。だがな――……我等を……禁忌の機体を操る者よ。」


 全くこの部隊は凄い所と感嘆を覚える。

 俺の周りには、俺の心を熱くたぎらせる猛将や英雄ばかり。

 こんな風に期待されて、黙ってられる程腑抜けじゃない。

 その思いを篭めて厳しくも――真摯ささえうかがわせる大尉殿へ心よりの敬礼で答え……自ら進言した雑務遂行へと向かう事にした。



》》》》



 霊機を操る格闘少年が、まさかの清掃と言う雑務を兼任する様を目撃したエリート隊隊長。

 その向かう足で彼が目的としていた格納庫へ着くと、重厚なハッチを開き収納される機体を頭上へ一望出来る大フロアへ進んだ。

 慌しく機体整備に奔走する、剣を模した旗艦の整備クルーを一瞥し――二体の霊機に向かい合う様にホールドされたエリート機へ向かう。


「よっ、隊長!遅かったじゃないですかい――さては、あの坊主に興味津々ってやつですか?」


 大フロア内――エリート部隊の乗機であるT・Aテスラ・アサルト11イレブンの調整に向かっていた、隆々とした体躯の部下が声を掛ける。

 この隆々とした体躯の隊員は隊の機体における電子兵装担当であり――各機の兵装でもレーダーや機体調整を中心に受け持つエリートである。

 どうやら彼も、清掃に意気込む格闘少年を目撃していたのであろう――隊長もそこで足を止めたと察した内容である。


「ニキタブ中尉……あの狂戦士にはしてやられた。今後はあの様な輩との戦闘も踏まえ――機体反応にバリエーションを持たせてくれ。」


「それと極力、こちらの整備クルーと情報を共有する様に。――剣の旗艦コル・ブラントの整備Tが、我等の機体メンテもロクに出来ぬでは話にもならんからな。」


 隆々とした体躯の隊員への返答を有耶無耶にする様に、今後への対応を速やかに伝達するエリート隊長殿。

 苦笑を浮かべるも「了解。すぐに対処しますぜ。」と、厳つさのなかにも朗らかさをのぞかせる表情で機体固定ハンガーを上る隊員。

 その視界に先だって機体調整のためハンガー上へ上がっていた、切れ長の双眸に穏やかな光――中華国独特の雰囲気をかもし出す隊員が映る。


「隊長も相変わらずだな……素直に少年が気に掛かると仰れば良いのだが――」


「それは無理な話だぜ、ディン……。そうは俺も思うが――あれは隊長がだ。二度と過去の惨劇を繰り返さねぇためのな。」


「……分かっているさ。そうならぬためにも、我等が隊長殿をお支えせねばなるまい――では、電子兵装は任せるぞ?ニキタブ。」


 インド系を代表するIT隊員に対するは――機械的な分野で機体サポートを担うのが、中華系を代表する穏やかなる男ディン中尉

 すでにその系統の調整を終え、整備クルーとの技術的な情報共有へ向かうため――隆々とした体躯の隊員と入れ違う。


 しかしエリート隊員も会話へ混ぜる――そこへエリート隊長が、が含まれているのは想像に難くない。

 同時に――かのエリートと言わしめた隊長の眼差しは、忌まわしき過去を無き物とする程の希望を……かの格闘少年へ見たのかも知れぬ。

 その意見へ辿り着いた二人――鉄仮面を支えしエリート達は、視線で隊長に劣らぬ決意をやり取りし……各々の成すべき作業へと赴くのであった。

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