第56話 新たなる名を戴くために
出港への準備も整い――故郷である木星圏、ソシャール【アル・カンデ】へ向けた帰路に着く間際。
再び訪れる厳しい航海前の景気付けではないが、時間に余裕もあるため剣を模した旗艦艦内――ショッピングモールへ出かける事にした。
その商業区画は旗艦艦内と言う制約上――流石に大々的に店を広げる事は出来ずとも、それなりの店舗を幾つも区画へ押し込んだちょっとした商店街を彷彿させる景色だ。
医療区画と同階層に軒を連ねる各種商店は、まさに長き宇宙を行く剣の旗艦クルーにとっての
中でも女性陣がそこで、ウインドショッピングが出来ると実に好評で――休息の時間を与えられた女性クルーの大体の顔ぶれが、そこへ集結すると言っても過言ではなかった。
「ああ~、【ニルヴァ・ニア】でブランド物買い込み過ぎたはいいけど……肝心の日用品を買い忘れたわ~。あはは……。」
「いやそれ、アカンやん……テューリーはん。そこはちゃんと買っとこうや(汗)」
モールへ辿りつくも、現状は特に物品購入予定も無く―― 一先ず手近のコーヒーショップで、アイスコーヒーをプラカップで購入したオレはそのまま散策を続ける事にする。
するとさっそく、この手の区画の顔とも言える常連客陣――ブリッジクルーの面々を代表する二人と遭遇した。
鮮やかな小麦色の肌にブロンドが眩しいグレーノン曹長——確かにあのセレスを代表するソシャールで、所狭しと並ぶブランド品を買い漁っている姿を目撃したが……流石に日用品を買い忘れる妙技には苦笑を覚える。
「お疲れ様、グレーノン曹長。けど——いくらここで必要な物が揃うとは言え、ソシャール寄港時は極力外部で購入を済ませた方が良いんじゃ無いか?」
「あっ!大尉殿……これはお疲れ様です!いやぁ——ブランド物はソシャールに寄港した時しか買えないもんで……つい——」
「大尉殿、お疲れ様です。ついやあらへんて……大尉殿もそう思いますよね。ほんま、困ったお人や……。」
通り様にささやかな注意点を添えた挨拶を交わすと、反応した二人のブリッジの花が爽やかな敬礼と返答を返して来る。
同時に苦言への同調も求められたが、徒らに肩入れするべきでは無いと感じ——「ホドホドにな。」とあえて曖昧な返答でその場を濁し再び歩を進めた。
会話の内容が自分でも使う様な物なら問題無いが、相手にするは女性陣——踏み込むべきではない世界もあるだろうと、話を流す事に成功する。
向かった先の開けた場所は、女性物カジュアル衣類を扱う店舗が通路を分ける様に展開し——そこで新しい人物と遭遇したオレは、流石に物珍しさを覚えて首を突っ込んでしまった。
「これは中尉殿、こちらへの乗艦許可が下りたんですか?」
「おお!英雄殿ではないか!……いや何、こちらまで出向かないと少々入り用の物が揃わないのでな!迅速な作戦行動に特化した我が家でもある〈
視界に入ったのは
救急救命隊旗艦〈
それがこの様な娯楽区画の代表とも言える場所で、その隊員と出会う理由はあちらの猛将殿の行き届いた配慮と捉えた。
ここの所は救いの女神が率いる部隊も、人命に直接は関わらぬ破損艦などの曳航作業の任を臨時で受け持ってくれた経緯も知り得ている。
その尽力たるや本隊であるC・T・O側の隊員としても頭が下がる思いだが、猛将殿も同様の思い故の許可に感じる。
「姉様こんな感じなんですが、どう——って!?英雄殿——いえ失礼しました、サイガ大……ファッ!?これは、その……あのですね——」
首を突っ込んだはいいが、少々場違いな場面であったかと苦笑いを零した眼前——オレがいる事を知らずに、おめかしし……姉に艶姿を見せようと現れた女神の妹嬢が慌てふためいてすっ転びそうになる。
「良いではないか!この際男性陣の目と言う視点で意見を聞いてみろ!どうだ?クリシャのこの姿——中々だろう、英雄殿!」
「な、何を言ってるんですか!?ダメです姉様——私の様な一介の救命隊員の姿が、英雄殿のお目を汚すなど——」
敬われるのはありがたく思うも——こうも突き放されると、虚しさを覚えるな……(汗)
それを察してか、即座に女神姉が——
「こら、クリシャ!むしろその様な卑屈な態度は、帰って英雄殿への失礼に当たる!少しは素直に目通りを受けんか!」
目通りとは……(汗)
まず通常使われないであろう言葉の選出にガクッ……と膝が折れそうになる。
女神の姉殿——貴女も大概フォローになって無い気がするが……。
その言葉はツッコミ待ちなのか?と勘ぐってしまう。
「いいんじゃないか?ウォーロック少尉。初顔合わせからこちら、普段の軍服姿しか見ていないから見違えたよ。——【
確かに普段の軍服も、極力女性陣の意見を取り入れた女性らが欲する意匠を取り込んでおり——それは、
それを差し引いても——彼女の小柄さと活発であるも慎ましい様を飾り立てる、大きなリボン付きキュロットスカートにトップスのオフショルダー。
カラーは上下で暖色の明暗を付けた、派手過ぎず清潔感を漂わせた――かのブリッジクルー女性陣も唸る華やかさ。
フォローになっていない
「ああああの!そのっ……英雄殿からその様なお世辞を頂けるなど——なんて勿体無い……!その、お世辞ありがとうございます……サイガ大尉殿!」
お世辞、お世辞と連呼され——苦笑を浮かべるオレを見やる女神の姉殿。
どうやらそちらはオレの言葉が本心と悟っているらしく——大目に見てやってくれの視線を送っている。
やはりそこは、推測で血の繋がりは無いと察するも――出来た姉だと関心させられた。
「では旗艦出港まではまだ時間もある……ゆっくりしていくと良い。」
さらに歩を進めたオレの挨拶に笑顔で敬礼を返す、頼もしき救いの女神姉妹。
それを一瞥しながらふと過る思考——嘆息と共に「これじゃまるで、艦内を視察して回る指令と同じだな……。」との考えに至る。
現場指揮官を拝命している身としては、それ程指令の仕事内容との差は無いとは言え——思わず首を傾げてしまう。
それでも——現在あらゆる事態への対応に追われる
程なく出港準備が整ったとの連絡の後、
****
『これより貴君らは、今後の戦況を左右する部隊の正式拝命のため——再び
出港準備も整い——最後に議長閣下よりの激励が、
出頭命令を下された際とは異なる種の緊張を胸に——関係する隊員全てが傾注していた。
『だがこれより先——貴君らは決して孤独では無い。評議会を代表する私が宣言する……我らは——太陽系中央評議会は、貴君ら救世の志士の味方であると!』
突如として訪れた故郷であるソシャールの危機。
そこへ燦然立ち向かった二体の【
確かに命令が下った直後は、言い様の無い不安に駆られる者も居ただろう。
しかし今——そのクルー達へ高らかに宣言される。
中央評議会を代表する議長閣下自らが、彼らに全面支援によるバックアップを申し出た。
激化するであろう
そのまだ見ぬ驚異と立ち向かう勇者達にとって、これ程心強いものは無い。
『——最後に、これだけは追加させて貰う。良いか……我らは貴君らの自己犠牲など求めない。決して——命を無駄にするな……生きてこの任務を全うせよ!』
最後に追加されたのは——心に熱きものを呼び起こす、議長閣下の心遣い。
命を賭けるに値する任務であるは皆が承知済み——その中で贈られた命を無駄にするなとの言葉には、救済部隊としての真髄すら込められる。
〈己の命を軽んじる者は、他者の命を救う事など不可能である。〉——命を賭けるのと命を捨てるのとでは、明確な意味の相違が存在する。
議長閣下は前者であれと激励し——必ず帰るべき場所へ帰る様、切なる願いを救世の志士達へ託した。
生きて戻れと伝えたのだ——
その想いは、今より先の見えぬ戦いへ赴く志士の心へ余す事なく伝わり——まるで申し合わせたかの様な見事に揃った敬礼が、各所より議長閣下へ返された。
『では
「ええ、そちらも以後大変でしょう——お気を付けて。」
「評議会の意向——ウチらは謹んでお受けします。また無事に会える様祈っとります。」
双方の代表が敬礼にて通信を終了すると、剣を模した旗艦を係留する重力アンカーが解除され——旗艦出力に火を入れるのみとなり——
「各員——これより新部隊発足拝命のため、我らが故郷木星圏は【アル・カンデ】への帰路へ着く!旗艦出力上げよ!」
「了解!旗艦出力上昇——出力安定、いつでも行けます!」
操舵を担当するフリーマン軍曹が、旗艦出力上昇と共に目まぐるしく移り変わる計器を睨み——舵を操作する量子制御の操縦桿を握り締めた。
「【
400Mを超える剣の巨艦が
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