第59話 国際救助の旗のもと



 木星圏へはまさにあっと言う間の航行で、今までの数ヶ月が何だったのかとも思うけど――それでも数週間を要した事を鑑みれば、やはり木星と言う場所はとても遠いんだなと感じてしまう。


 そんな中――

 すでに木星の巨大な姿の拝める宙域へ辿り着いた【聖剣コル・ブラント】は、ガリレオ衛星最縁であるカリスト軌道を超え――ガニメデ軌道へ入った所。

 木星の超重力圏はガリレオ衛星が内縁に近付けば近付くほど強力で、衛星全体としては5番目――ガリレオ衛星中で最内縁のイオでは、木星の引力と他の衛星との軌道共鳴による膨大な潮汐力で星さえも歪みが生じているとか。

 学園で習ったその知識を思い出すだけでも、剣を模した旗艦がこの宙域を難なく航行出来るだけの性能を有している事に驚愕するしかない所だ。


 その強力な超重力圏内――

 故郷の大地アル・カンデまでの道のりも秒読み段階となり――有事に備え霊機のパイロットは機体待機の指示を受けた。


 すでにこなれたパイロットスーツへも着替え終わり、格納庫の照明で今まで以上に燦々さんさんと輝く赤き巨人のコックピットへ向かう俺。

 けどその足取りは何故か重く――酷く神経が磨り減っている。

 木星圏へ近付くにつれ、自分の中で妙な胸騒ぎが膨れ上がっていたのがその要因だった。


いつき君、もう綾奈あやなさんはΑアルファに搭乗してるよ?急いだ方が――って、どうしたの?大丈夫?」


「あっ、どうもジーナさん。いえ――何でも無いっすから、お気遣い無く……。」


 正直なんでも無い訳はなかった。

 胸騒ぎは収まる所か悪化の一方を辿っているんだ――大丈夫な訳が無い。

 それでも心配をかけまいとして、同じ新参であるジーナさんへ作り笑いのカラ元気を送って機体へ搭乗する。


 いつもの赤き機体のコックピット内——独特過ぎる直立したままで操縦を行うそこで、これではいけないなと成るべく精神を落ち着かせようとする俺へ向け……気に掛けたクオンさんが宙空モニターを介して通信を送ってくれた。

 恐らく状況を気遣ったジーナさんの配慮だろうな、とは思う。


いつき、何か気掛かりでもあるか?君は感情が直情的で、悪く言えば直ぐ事を悟られ易いが——こう言う場合は異常が手に取る様で助かるな。』


 全くごもっともだ——クオンさんの的を一切外さぬ指摘で、流石に心が折れそうになるけど……この人が他人をあざけるためにそんな言葉を選んだりしないのは、よく知っている。


 だからこの人から言葉を掛けられたらば、はぐらかさずにありのままを語る——きっとそれが今ある俺の状況を好転させる術と、いつ頃か認識し始めていた。


「はい……なんつーかその、妙な胸騒ぎが収まらなくて。——それも木星圏へ近づけば近づくほど強くなってるんす——」


 ありのまま——言葉を真っ直ぐ伝えた俺の視界に、何かを直感した様に鋭さを増す視線のクオンさん。

 宙空モニター越しでもそこへ不穏が宿ったのを感じ、この感覚に心当たる物があるのかな?と思考した俺は直ぐさま英雄の助言を頂こうとした——


 と——突如視界外にあるモニターから警告音、しかしこの艦内から発せられた物じゃ無い。

 けど……その発生元を確認した俺の背筋が瞬時に凍りつく。


 ——警告発生元 〈ソシャール:〉同時刻——


 救いし者セイバース部隊に配属されてからこちら、学園を永く離れていた事もあり——いつもなら頭にインプットされていたはずの、暫く忘却の彼方にあった学園行事予定……それが今更の様に俺の脳裏へ突き刺さる。

 確かこの時期、長期応募で希望する生徒を募った社会見学が催されるはずだ。

 それは学園を代表するお袋自らが引率する行事——故郷の大地アル・カンデへ追従する様に航行する外部ソシャールへの社会見学——


 よぎる不安が胸騒ぎを最大レベルに引き上げ、モニターで宇宙上の標準時刻と曜日を睨みつける。

 そして表示されていた日時で絶句——同時に悲痛が漏れた。


「そ……んな。……学園の外部ソシャール見学会——今日じゃねえか!」


 鼓動が早鐘を打つ様に叫び、焦りに駆られ思わず機体出力を高め——


『……いつき君、落ち着きなさい!まだ出撃許可は——』


 俺の異変を察したおっかない上官に制止された。

 けど、同じ警告表示を確認した上官綾奈あやなさん——俺と同様に言葉へ焦りが籠められる。

 そのまま俺は思考された最悪の事態と、軍の規律と言う壁の狭間で歯噛みし――何も出来ない悔しさと共に拳へ力を込めた時——


 俺の耳へ思いもよらない所から号令がかかる。


いつき……【アル・カンデ】へ向かえ!』


「——えっ!?クオン……さん!?でも、どうして——」


 きっと俺が飛び出すのを真っ先に制止すべき人物から、俺は「飛べ!」と言われた。


『オレは軍の規律上……正式な命を受けて出撃する必要がある!何度も先の様な無茶は押し通せ無い。だが君は——』


 その視線——真っ直ぐに俺へ向けられた羨望の眼差しが、心の迷いを振り払って行く。


『君は元々民間協力隊の扱いだ……それはこの様な事態にこそ生きる!だからこそ、その機体に〈!取り返しがつかなくなる前にっ!』


「クオン……さん!」


 俺の心が熱く激しく燃えたぎる——〈国際救助〉の旗を掲げる事を許された。

 それはようやく俺が、を意味していた。

 そして——


『旗を掲げて、全てが都合良く無罪放免になる訳じゃない……が、軍規の事は気にするな。その責を取るために上官のオレがいる。』


 責は自分が引き受けると豪語する、英雄の言葉が胸を打つ……ならばもう迷う意味など無い——

 俺は出撃許可を待たずに赤き霊機のエンジンに火を入れ——


綾奈あやなさん……これから俺は、【アル・カンデ】へ——救いを求める人達の元へ……!」


 宙空モニターへ映るパートナーの力強き首肯——直後、強制開放したカタパルトのハッチスレスレを強引にかすめる様に……Αアルファ宇宙そらへと走らせた。


 赤く煌く霊装の機体アーデルハイド=G-3へ……救いし者の証をひるがえして——



》》》》



 降り注ぐ天の脅威が、宇宙港とシャトル間へ破壊の惨劇を生む。

 通常外部ソシャールは、主要メインソシャール衛星軌道に対し進行方向真逆——特に小惑星群飛来の脅威を軽減する位置へ追従する配置を取る。

 小惑星の大半は衛星エウロパの軌道進行方向より飛来し――ソシャールがその中を突っ切る形であるためだ。

 ソシャールを防衛する軍もそれにより、防衛行動負担の軽減を図る形で独立区としての対災害防衛力を維持して来た。


 しかし現在、シャトル港を襲う小惑星とそこに端を発する微小惑星群——飛来した方向は、主星である木星方向からのものである。

 観測上数ヶ月に一度のレベルで、木星に広がる巨大なガスの大気を突き抜ける大型の小惑星——又は彗星がソシャールに甚大な被害を及ぼす事で知られていた。


「〈みんな落ち着いて!まずはここからSOSを発信しなさい。佐城さじょう君、そちらに災害時専用の通信設備が——〉」


 学園理事長も生徒を落ち着かせる様、災害時の緊急行動を指示する——が、降り注ぐ天の業が衝撃と共に足場となる通路を揺らし、重要な行動に移るのも困難となる。


「せ……先生!……この、揺れんな!」


 襲う震動で揺れる理事長の車椅子を支えながら、自称ライバル良太りょうたが男を見せ——SOSは辛くも発信された。


「ゆずちゃん……大丈夫だからね?きっと助けが来るから!」


「でも……恐いよ……。」


「お……俺たちがついてるから……!でも……このままじゃ——」


 今まで体験した事の無い命の危機——降り止まぬ天災の中、武術部の生徒達は支え合う。

 絶え間なく襲う衝撃は、辛うじてパイピング通路が天災を防いでいる状況を物語る——が、いつそこが破壊されるか分からない。


 そして生徒達は目に……理事長は、聴覚補佐・分子振動波感知システムにて耳にする——木星方向より飛来する物体を。

 皆が察知したるは小さき影……その対象は瞬く間に巨大さを増す。

  

「〈……これは……まずいかも知れません……!〉」


 学園一行の中で最も災害に対する知を有する、理事長 咲弥さくやは瞬時に悟る。

 それはまさに一瞬、視界に映った時点で巨大さが確認出来る距離はすでに絶対絶命。


 理事長の発言が生徒達の不安のたがをこじ開け――そこから溢れる恐怖が一気に爆発した。


「う、うわぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!」


 深淵しんえんへの恐怖が、視界を埋め尽くす天の脅威を前にし放たれる。


 ——が、衝撃所か身体に……今ある通路に何の被害も発生していない。

 恐る恐る瞳を開く武術部生徒の視界に映ったのは——


 ——否、

 赤き巨大な機影が、それを凌駕する巨大さの微小惑星とパイピング通路との狭間――立ち塞がる様に制止させていた。

 そこへ響く音声——男を見せた自称ライバル良太りょうたがSOSを発した設備より、強制緊急通信がパイピング通路へ木霊する。


『皆、大丈夫か!大丈夫なら応答してくれ!』


 それは信じ難い声——武術部にとって、あまりにも聞き慣れた熱きたぎりが響いた。


「……その声!?も……もしかして、いつき――なのか!?」


「うそ……いつき先輩?でも、先輩はフレームパイロットになったって――」


 武術部の仲間達が次々とその声に反応し、あり得ない状況に困惑する。

 当然である――彼らは軍事機密上、支障の無い範囲の情報を聞かされていたのだから。

 確かに格闘少年はフレームパイロットであった――だが眼前の巨人は武術部の面々が想像だにしない姿。


 A・Fアームド・フレームに代表される幾つもの正方形と長方形が単純に組み合わされた、人型重機の延長上とされる機体が彼等の認識の許容範囲。

 しかしそれでも――宇宙そらに上がる事を夢見る生徒にとっては、憧れ以外の何物でもない。

 だが武術部部員らの眼前、体躯よりも巨大な物体を静止させた機影はまるで別もの――滑らかな曲線を切り落とした様な、鋭利なボディラインが複雑に絡み合い……その機械らしからぬ自然な挙動たるや、ロボット的な概念を越えた巨大なる人と言う言葉が相応しい。


 さらに機体を染め上げる色は、恒星の如き灼熱の赤――少年少女達の眼前で、降り注ぐ天の業を食い止めたのは

 その現実が武術部の若者達へ、命が無事である実感を呼び起こす。


『予想はしてたけど……やっぱりウチの部員じゃないか。そこに居るので全員だよな?』


 通信設備へ正式なアクセスを完了し、モニターへ映る光景に嘆息しながらも心からの安堵を漏らす格闘少年。

 社会見学へ応募する生徒に関しては、理事長以外は知りえない所であったが――少年は消去法にて、そこへ自分が所属する部の仲間達が名乗りを上げるのが見えていた様だ。

 何より木星圏を離れる前の通信で、仲間達の目がいつもより大人になったのを目撃していた格闘少年。

 少し大人となった予想通りの武術部の仲間へ、部の代表として己が今立つ舞台を見せる様に――そして誇れる様に……自分が発するべき言葉を凛々しき双眸で告げた。


『こちら【宇宙災害救済機関セイバース】部隊所属――紅円寺 斎こうえんじ いつきΑアルファフレームより旗艦へ……SOS発信区画の防衛に成功!」


『同時に、要救助者の無事を目視にて確認しました!以後は【救いの御手セイバー・ハンズ】の救助活動へ引き継ぎます!』


 勇ましく——それでいて凛々しき通信が、部活仲間の心を揺さぶる。

 赤き巨人の肩口――彼らもよく知る掲げられた〈国際救助〉の旗が、彼らの脳裏へ衝撃と共に焼き付いた。

 自分達の部活動を纏める天才格闘家と呼ばれた少年は、あろうことか軍事的に救済活動を行う【アル・カンデ】におけると称される部隊へ属し――あまつさえ、見た事もない恒星の如き姿の巨人へ搭乗していた事実。

 そしてその少年が今――救いし者セイバース部隊として、に自分達を防衛するため……彼方より炎陽を引き連れ現れたのだ。


 すでに安全が確保された状況下――困惑が羨望の眼差しへ変わる生徒を一瞥し、その引率で訪れていた理事長 咲弥さくやが……イントネーションペダリングを駆使して、暖かな音声を息子である少年へ贈る。


 明後日の方へ向いたりなどせず――真っ直ぐ彼が居るであろう方向へ向けて――


「〈遅いじゃない……いつき。でも――ようやく様になってきた、って感じね?〉」


「――〈助かったわ……ありがとう。持つべきものは孝行息子ね――ホントに……。〉」


 その笑顔はあかつきが陽光を振り撒くが如し。

 まさにその暖かさも赤き巨人が生まれた要因に含まれる。

 ほころぶ笑顔の母親へ――孝行息子である格闘少年は、僅かな照れを凛々しき表情に宿しながらもしかと答える。

 禁忌と呼ばれる霊装の機体セロ・フレームを駆る者として恥じぬ様に――


『――ああ、遅くなってごめん……お袋。けど、間に合ってよかった!』


 災害は収束を見せ——所々へ断片的な欠片が降り注ぐ中であるも、疾風の如き速さで救いの女神シャーロット中尉が指揮する救急救命隊が到着。

 学園生徒達と引率である理事長は、多少の打撲以外は目立つ外傷もなく手厚く保護される。 

 その見事な連携は、今後の救助活動に光明すら見せる成果となり記録された。


 ——赤き炎陽アルファ・フレームと……救いの御手セイバー・ハンズの華々しき成果として——

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