第55話 見えざる手、内なる綻び
「わざわざ済まない……大佐殿。少し思う所があってな――」
「いえ、お構いなく。こちらも、打開策が頭打ちになりかけた所ゆえ……正直救いの船であります。」
そうそうに準備された臨時会談の場は、通常通信には使われない特設部屋。
第二艦橋と言われる現在旗艦運用を担う旗艦後方部ではない――あの蒼き英雄が宇宙を感じるために訪れた、旗艦本来の姿に関連する場所……剣の先端近くに当たる。
今艦隊指令が議長閣下との通信を行う回線も、その場所にあわせた
閣下の思う所は、現状クルーらにさえ秘匿とする必要のある事項と察した指令――速やかな特設部屋使用の許可を取り付け今に至る。
「まずは最初に断っておきたいのだが――先に済ますべき用件についてだ。この件は決して、貴君ら部隊全体へ疑いを向けるつもりは無いと言う事を……
双眸を閉じ――口にするも
そこには重要な上、信じ難いが可能性が捨てきれない事実――その全容を余す事無く伝えるべく、熟考された発言であるとの意志が篭められる。
「これは旗艦の通信ログ――それも災害防衛による混乱の中、こちらの防衛部隊が僅かな一瞬観測した記録だ――」
特設部屋のディスプレイ上――閣下の投影された画面の中へ、その当時のログが出現……そこへ閣下の指す不可解なログが確かに残っていた。
眉根を
「妙ですね。当艦ではこの様な反応の暗号は……。もしや――」
思案顔から、僅かに鋭き艦隊指令の眼光が漏れる。
深い疑念を
事を察する艦隊指令へ失礼を承知で、恐らくは互いに一致しているであろう見解を提示した。
「貴君が察した通り――恐らくは、
鋭さが一層増した眼光が、議長閣下へ向けられる――当の本人から断りを先に述べられるも、やはりその発言にはささやかながら
それでも事実は事実と受け止め――これ以上後手に回る失態を避けるために、心を鬼とし言葉を紡ぐ。
「――我が隊に、
深く首肯を返し、閉じた双眸をゆっくりと開く閣下――向けられた艦隊指令の
重要なのはここからとの意志を返す様に。
「まずは何より、その件を伝える必要性を感じていた。――そしてここからは、先の
すでに提示された信じ難い可能性――だが議長閣下は、その良からぬ事態へのバックアップを申し出る算段であると察した指令。
即ちそれこそが、先の防衛依頼で被った被害への対応に他ならなかった。
「了解しました。ではこれよりその対応とやら――閣下の提示する案をお聞かせ願います。」
そして秘匿回線での対談は、漏れ出る情報――その被害を助長する内通者の与り知らぬ場所で、
****
使用許可が下りた各軍備搬入が大詰めを迎える中——
作業に勤しむクルー達も、苦笑いのまま状況が収まるの待つも――すでにそれなりの時間が格納庫にて無駄に過ぎていた。
「そこを何とか!後でヌイグルミでも何でも買ってあげるからさ~!——だからお願いっ……お願いします~~伍長殿~~!」
「——ヌイっ!?だっ……ダメッたらダメなのだ~~!そんなゆーどージンモンしてもお口は硬いのだ~~!キギョウヒミツなのだ~~!」
「いやそれを言うなら、軍事機密——って、それはどうでもいいから!おーねーがーいー!モアチャイ伍長ー!」
搬入作業に人員を割かれる整備クルー――臨時の対応として、ささやかな軽作業であれば動員へ組み込む許可を得ている小さく可憐な伍長殿。
整備チーフのマケディより搬入品のチェックリスト確認の要請を受け——携帯タブレット端末により絶賛お手伝い中である。
元々小さな伍長殿は、医療の分野だけでは無く機械的・整備的な分野でも見聞を広める様部隊へ臨時配属された経緯があり——無論それは彼女の管理責任全権を申し出た、妖艶な女医エンセランゼ大尉の意向であるのだ。
ある訳だが——そこへ伍長殿の心理を揺さぶる様に、「機械オタクが軍服を着た……」とも称される
それもそのはず——現在搬入中の物資は、隊の者へ情報提供がなされておらず……高レベル機密情報の品として搬入する様、整備クルーへ指示が出されていた。
搬入作業を行うクルーでも、厳密には詳細を知らされてはいない訳だが——その些細な情報からも、内容物の検討を付けてしまう
「あ~~少尉殿?もうその辺で——こちとら作業が詰まってるんですがねぇ。そろそろ少尉殿も作業へ戻って頂きたいんですが——」
見かねた整備チーフことマケディ軍曹が助け舟を出す。
かれこれ20分は粘ったオタク少尉の熱意も大概ではあるが——事が事だけに放置も出来ぬ状況。
実際チェック作業の
恨めしそうな視線で厳つい軍曹に食い下がろうとするオタク少尉——ゆらりと背後へ近づく影への警戒を怠ってしまう。
「……シノちゃん?過ぎた趣味の暴走は
そこに居合わせた三人——マケディ軍曹、モアチャイ伍長……そして
さらには搬入作業に勤しむクルーが作業中にも関わらず、声の主に感づくや否や動くが完全に停止……否、恐怖に
勿論その標的であるオタク少尉は既に戦慄と共に硬直——ギギギと音を立てて、声のした背後へ恐る恐る視線を向けると——
そこに修羅が仁王立ちしていた——
「あ……ああああ、綾……奈ちゃん!?これは——その何て言うか、違うの!違うの~——」
何とか誤魔化そうとする少尉——が、修羅の如き大尉殿の戦慄のオーラがゴウッ!と
それを確認した修羅を纏う大尉は、小さく可憐な伍長殿へ笑顔で速やかな職務遂行を促す。
「ピチカちゃんゴメンナサイね?みっともない大人が、貴女のお仕事の邪魔しちゃって……。後も結構使えちゃってるみたいなの——もう少しお仕事頑張って頂戴ね!」
小さく可憐な伍長殿へは努めて
「りょ……リョーカイであります!アヤナドノーー!」
正された姿勢からの鋭き敬礼を繰り出し、速やかに作業へと戻る。
それを見た軍曹も顔をヒクつかせ——ゆっくりと後退を始め、修羅とそれが定めた目標女性から距離を取ることにした。
そして——荒ぶる修羅の眼前に取り残されたオタクパワー全開の少女。
ガクガクと震えながら、
ああ——ここで私は死ぬのかと、走馬灯を脳裏に走らせながら……。
その後——襟首を掴まれ引き摺られて行った少尉殿は響く断末魔の末、見事にお仕置きを受ける始末と相成った。
断末魔を聞き届けた、搬入作業へ速やかに移行し——戦慄の現場から難を逃れた二人は顔を見合わせて頷く。
「——アヤナはやっぱり怒らせると……チョーコワイのだ……。」
小さく可憐な伍長殿の言葉に激しく同意した整備チーフ——その火の粉が降り掛からぬ様かなり自重していた姿には、整備クルーも驚きを隠せなかったと……後々にまことしやかに囁かれたのはまた別の話である。
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