第52話 火星圏の復讐者



「何よ……何なのよこれ!あ・た・ら・な・いっっ!――チィっ、避けんなーーーっっ!」


 狂気が怒りの混じる咆哮を上げ――エリート部隊に変わって躍り出た、真新しい新型機を襲撃する。

 そう――襲撃しているはずだ。

 だがしかし、ばら撒く弾丸の雨は最早謎のフィールドに遮られ意味を成さない――ならばと振り回す【S・M・Bセミ・マトリクス・ブレード】で赤き機体を襲う。

 ところが狂気に舞う少女の一撃が、振るわれるごとに中空を穿ち――その度に反撃をまともに食らい、機体ダメージだけが増大して行く。


「だからそれはなんだっつーーの!?なんで宇宙を踏み締めてんのよっっ!あり得ないんだよっっ!」


 増大するダメージ——当たらない攻撃。

 狂気に舞う女戦士は、見開く双眸そうぼう歯噛はがみする口角が血で滲むかの如き形相で——赤き巨人A・フレームへ尚も突撃する。

 その狂戦士の暴走に対する、赤き巨人を駆る格闘少年——驚くほどに冷静な思考にて、狂気の一撃一撃をさばききる。


 例えるならば歴戦の格闘家が、ならず者の攻撃を涼しい顔で受け流すさま——しかし少年は赤き巨人を駆っている……と化しているのだ。


 ならず者の暴挙にゆがむ宙域へ——赤き霊装の機体が、あたかも宇宙を大地の如く踏み締めて……恐らく奇跡的なほどの最小の動きで敵をさばき——

 そしてそこから繰り出す、驚異的なまでに正確な一撃にてならずの輩を打ちのめす。


「諸君……我らはまるで夢でも見ているのかも知れない——いや、これは現実だろう。……もしかすれば紅円寺こうえんじ少尉は、とんでもない逸材――今後の経験次第では化けるかもしれん。」


 静かに——そして溢れる驚愕と感嘆を込め、剣の旗艦コル・ブラント指令が言葉を紡ぐ。

 同じ場所に在り——言葉を耳にするブリッジクルーも、否定を挟む余地など存在しないと言わんばかりで首肯を返す。


 彼らは目撃しているのだ。

 今この宇宙へ、あの蒼き英雄に並ぶ勇者が——灼熱の炎陽を纏い、恐るべき勢いで成長を遂げるその様を。

 剣の旗艦ブリッジに映し出される映像——そこには遥か太陽系の中心に、燦然さんぜんと輝く巨大な恒星が映り込む。

 だが——その恒星に勝るとも劣らない炎陽が、自分達の眼前で烈光を放っている。

 舞い上がる太陽——【ライジング・サン】が、熱く燃えたぎっているのだ。


「——この我らが後方にて支援だと?冗談では無い。」


 剣の旗艦に搭乗する者達が驚嘆に暮れる中——僅かに、違う視点の驚嘆を覚えるエリート部隊。

 それを纏めるエリート隊長も、思わず口走る。


「これ程の逸材に前衛を任せては、我らの活躍の場など存在せんでは無いか!」


 すでにエリート隊長の双眸そうぼうは疑念の篭る視線から、たぎる戦士それへと変貌を遂げていた。

 己が見誤った、格闘少年の実力——彼自身がのたまった、「自分を見てください!」の言葉通り……見せ付けられる格闘技における驚愕すべき能力。

 高みを目指したエリート隊長が、その見せつけられた実力へ——ガラにも無く張り合いを覚えている。

 現に隊長の口元が歓喜で緩んでいるのを、口にはしないが同隊員達も驚嘆の中目撃していた。


 その間にも狂気を駆る狂戦士は、満足な攻撃も当たらぬままに疲弊し——機体モニターで状況を確認した、敵対者を纏める者すら呆れた心情を吐露とろする。


「雇い主からと注釈があったはずだ……。それを確認せず——あまつさえ俺の攻撃を妨害してまで突出したんだ。これも自業自得——」


 赤き驚異が狂戦士を屠り——剣の旗艦によるファクトリー防衛作戦に、絶対的な優位性が導かれ始めた——

 その宙域へ——飛ぶ様に踏み込み……狂戦士と入れ替わる様に赤き巨人と相対する影。

 振りかざされたその攻撃は——下半身から円を描く様に振り抜かれた〈回し蹴り〉。

 それも力と勢いに任せた攻撃では無い——重き機体の旋回運動を軸にした、精密かつ強力な一撃……格闘家の放つそれであった。


「退きなさいスーリー!あんたでこいつは相手に出来ないよっ!」



****



 視界へ写るモニター越しの映像——雇い主よりの情報を繰り返し頭へ叩き込む女性の傭兵。

 エリート部隊の精密連携――蒼の機体の外観より考察される戦力数値。

 しかし彼女は、そのいずれもあくまで情報を得るのみに止める。

 自分がそれを相手取り、打ち倒す思考は欠片もなかった。


「エリート部隊――かのキルス隊は確かに。だがそれも、あの様な間に合わせの戦術カスタム機では、スーリーの機体一機と渡り合うのがやっと――か。」


 情報収集に専念する少々知り合い程度の女性機体へ、会話を意識しない独り事の様な通信で――同じく待機に専念する冷徹なる傭兵カスゥール。

 言葉を交わせば噛み付き合う、危険な化学反応が常の傭兵部隊にあって――状況にさも動じない素振そぶりは、部隊中では異質ささえ感じる。


 その男が発する言葉へ返答するでもない、傭兵の女性も大概ではあるが。


 自然ではない、メッシュがかるアッシュブロンドのショートボブ――片目に髪が掛かる様に流し、あらわとなる視線には強い憎悪が渦巻いている。

 黄色人種特有の肌色に、所々刻まれたタトゥー――大よそカタギとも思えぬ気配が漂う。

 ユウハ・サキミヤと言う名はやはり、地球は日本を故郷とする民族か――御髪の色彩に対し、大きくも鋭くめ付けるかの双眸そうぼうは深い黒の輝き。


『言ったでしょう?私は復讐こそが最終目標――それ以外のは貴方達で好きに立ち回れば――』


 独り事に独り事で返す様な――会話が成り立っていない様で、意志疎通が叶うと言う謎のやり取りの応酬。

 かの漆黒が擁する部隊ザガー・カルツとは、全てが異なる異質さを含む傭兵達。


 その謎のやり取りの最中――会話の様な独り事を口にしていたアッシュブロンドの傭兵が、言葉をつぐみ己が機体のモニターを凝視する。

 映りこむはエリート隊を支援に回し、仲間であるはずの狂気の少女が駆る機体を翻弄する巨人。

 その一挙手一投足を視界に入れたアッシュブロンドの傭兵――口元へ憎悪を宿した様に歯噛はがみする。


「――赤き機体……この動き。間違いないっ……!」


 彼女は情報よりすでに知り得た〈赤き機体の搭乗者〉と言う点へ異常に固執していた。

 それも掲示されていた搭乗者名――そのにである。

 しかし――そもそもその情報はC・T・Oの中でも【霊装機セロ・フレーム】に関連するトップシークレット。

 そこには明らかな、救いし者セイバースにおける致命的な事態――情報漏洩の事実が顔の覗かせていた。


 漏洩する情報に基づき確信を得る、アッシュブロンドの傭兵が機体のスラスターを全開にする。

 目標に据えるは赤き【霊装機セロ・フレーム】――その

 彼女のS・Hサーベル・ハインツ=ゼルドナーカスタムが気炎を上げ、翻弄されるだけの狂戦士の機体傍を抜け――赤き機体を猛襲する。

 だがその機体――構えた武装は自動小銃形状の軽装備……それも僅かな弾幕乱射後すぐさま武装を切り替える。

 ――否、を投げ捨てた機体は丸腰。

 武装を放棄する勢いで猛撃した機体速度を、そのまま生かす旋回を加え――赤い霊機へピンポイントの回し蹴りを見舞う。


 正確且つ強力――格闘家の放つ様な、洗練された一撃。

 その脚部へ薄発光の【M・V・Bモノフェイズ・ヴィヴレーション・ブレイカー】――あの戦狼が披露した、対重力波フィールド用兵装を携えて――


「――なるほど、アレの内に目標が存在していたか……。であれば、そちらはそちらで目的を成せ。――ニード・ヴェック……気が向いた。協力を要請する。」


『気が……だと!?チッ……もういい!俺が援護する――どの道作戦を立てても聞かんだろうが、あの女共に赤いのを任せてファクトリーへ一撃食らわす!』


 相変わらずの、会話の受け答えが無いわりに意思疎通が成ると言う妙技を放つ冷徹なる傭兵――隊を纏めているはずの男へ、最初から部隊として行動していない様な今更な要請を打診――

 呆れるほかは無い様子の傭兵隊長も、已む無くファクトリーへの攻撃をで策を構築した。

 作戦を聞かぬならばあえて自分が護衛を成し――形ばかりの作戦行動を取る算段か。


 すべてが隊長の意のままに操られるのが、漆黒の擁する部隊なら――傭兵部隊は隊長である者が、バックアップによる黒子的な纏め方をすると言う異例ずくしの部隊概要と言えよう。


 復讐者、情報漏洩――そして一筋縄ではいかぬ、謎の依頼を受けし傭兵部隊。

 未だ正式なる部隊発足を心待ちにする救いし者セイバース部隊は、それを只ならぬ不穏の中で受ける事になるのであった。

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