第49話 ファクトリー防衛戦1〈狂気〉



 評議会が擁するソシャールニル・ヴァニアより剣を模した艦が出航する。

 目的地はS・A・Fセレシオル・アームズ・ファクトリー本社ソシャール――議長閣下より依頼のあった厄介な相手を蹴散らす任を受けて。

 だが相手の素性を聞き及ぶ【聖剣コル・ブラント】クルーは、その作戦に不安を覚えてならない。


 久しぶりの、ソシャールでの外出を堪能していたブリッジクルー面々――不完全燃焼ながらも訪れる戦闘を想像し、緊張が高まっていた。


宇津原うづはら少尉、議長閣下より提示されたデータを。」


「了解です。……ほっほ~何かこの木星圏では、まずお目にかかれないシルエットですな~。――っと、指令……汎用性はあの【ザガー・カルツ】に類似する所がありますが、傭兵部隊となると確かに厄介ですね。」


「うむ……了解した。各員――相手は火星圏での戦略における汎用性を有している。対し我が艦の防衛――現状使用許可の下りたばかりの兵装でまかなわねばならん。」


 機械オタクパワーによって、速やかに機体データから想定される特性を見抜く力は単に趣味であると言う範疇はんちゅうを越える――ベレー帽を揺らす少尉。

 指令 月読つくよみもその能力の高を知りえているからこそ、溢れ出るオタクパワー全開の場の空気無視発言――それすらも許容していた。

 そもそもこの様な長く厳しい任務の最中だからこそ、多種多様な個々の能力が物を言う。

 ブリッジクルーは皆、有能である――だがそれを生かす情報が未だ不足する中では、彼女の様な逸材も部隊においては重要な戦力足りえるのだ。


 次いで先の議長閣下との会談により、一部の旗艦兵装の使用が許可されたのは願ったり叶ったり――いつまでも艦の防衛を、二体の霊装の機体へ委ねる訳にはいかなかった。

 最低限の防衛力である防御フィールド【D・M・Fディメンジョン・ミストル・フィールド】と、機関出力より抽出したエネルギーを調整して使用可能となる対空曲射砲台群。


 現状での兵装としてはギリギリであるが、防衛力が増強された分主力である【霊装機セロ・フレーム】を艦より離れた前線へ展開が可能となる。

 さらには新たに編入されたエリート部隊の攻撃力は、無い無い尽くしの今においては貴重な戦力であった。


「兵装テストも出来ぬぶっつけ本番であるが――あの霊装セロの騎士達は最初にこなして見せた。故に諸君らも負けてはいられんぞ?――では、フリーマン軍曹!」


 ブリッジクルー内での数少ない男性クルー ――優男の女たらしで知られるロイック・フリーマン。

 剣を模した艦コル・ブラントの操舵を務めるこの男、彼曰く「女性はエスコートしてこその紳士。」と豪語するも――明らかに一部の高貴な女性への行為に偏る様が、毎度の如く女性陣からの非難の的となる。

 地球は西洋――英国系の血統を持つ宇宙人そらびとで、茶色を基調とし側頭部から後まで短く刈り込んだ髪。

 彫りの深い顔つきは西洋独特のイケメン男性――大型艦船の操舵には目を見張る物があると評価は高い。

 しかしさしもの彼でも、400mをゆうに越える長大な旗艦航行は中々に神経をすり減らす様だ。


「(――ったく、相変わらず神経使う船だぜ……!まあ、テクノロジーの過度のオーバー具合がこっちの操舵意欲を掻き立てるんだけどね~!)了解!旗艦【聖剣コル・ブラント】――微速前進!」


 フリーマン軍曹の操舵により、剣を模した旗艦が徐々に巡航速度へと出力を上げる。

 この間すでに発艦している霊装の機体とエリート部隊は、艦を護衛する形で艦外に着かず離れずの距離を保つ。

 反攻勢力に対しての備えとしては、まだ脆弱さは拭えないが――ようやとしての形を成して来た所か。


『――いいかしら?さっきのアレ、なかなかダイコン役者だったわね。』


 唐突に開かれた個人回線――蒼の霊機に搭乗する英雄へ、赤き機体の同僚より送られる。

 霊装の機体コックピットはメイン・サポートのパイロットが個々に隔離されているためこう言った個人の秘匿回線でのやり取りも可能だ。

 その唐突な回線の先で、赤き同僚の女性はどうも棘をまぶして英雄を攻め挙げている。


「ダイコンとは――また手厳しいな。……どうやら綾奈あやなは、オレが生徒を奪ったのにご立腹の様だな。」


 ほんのささやかな、気心の知れた同僚同士のやり取り――棘のある皮肉に、半ば冗談ではある皮肉を返す英雄。

 本人も理解はしている――赤き新参の格闘少年は、本来同僚の女性が指導を担当する指示を受けている。

 なのだが、最近ではどうも浮ついたと言うか――をひた走る二人を心配していた英雄。


 肝心な宇宙そらでの戦闘のレクチャーが、疎かになっているのではと踏んでのお節介であった。


『……別にそう言う事は……まあ、思ってもない事は無いけど。――悪かったわね、面倒掛けて。』


 突っ込まれて同僚の女性――皮肉に対して返す言葉も無いまま、事実である事への英雄の配慮へ……微妙に視線を躍らせただ謝罪を述べる。

 馴染みのせいもあるが、彼女もこの英雄の言う所には逆らえない雰囲気を醸し出す。

 それは英雄がとは言え、が有無を言わさぬ説得力を生んでいるからに他ならない。


「気にするな。こちらも一応現場指揮を拝命している身だ――口を出さないわけには行かない事もある。そこは理解していてくれると助かる。」


「では神倶羅かぐら大尉――任務へ集中するとしよう。」


 蒼き霊機のメインコックピット内で、先ほど後輩へ見せたワザとらしい指揮官然とした態度で、同僚への意識の切り替えを促す。

 敵わないなと苦笑ながらも、同僚女性は復唱にて応答する。


『……ほんとダイコン役者ね……。了解しました。指揮官殿――これより防衛任務へ集中致します。』


 英雄は新参の後輩だけではない――同僚にまで気遣いを向ける器で、霊装機隊の士気を確実なものとする。

 それは少しずつではある――しかし確実に、霊装の騎士達が高みへと至る道筋を示し……あらゆる事態への心身的な備えを浸透させていった。

 【宇宙災害コズミック・ハザード】と【人対人の災害マンリズム・ハザード】に対する確固たる備えとして――



》》》》



「こちらは準備出来次第出撃する!奴らめ――良い様に暴れてくれやがって……!おいっ、ちゃんとファクトリーの防御隔壁を閉じておけよ!?」


『分かっている!だがお前も無理はするな――議長閣下が何かの策を準備して下さってる!それが到着するまで――』


 すでに数週に渡り、何度目かも分からぬ嫌がらせの様な襲撃――セレス宙域を代表するS・A・Fセレシオル・アームズ・ファクトリー本社ソシャールは執拗な攻撃を耐えしのぐ。

 宇宙人そらびと社会においては、軍部の防衛支援などが即座に望めぬ環境にあるソシャールも多く――民族、或いは大企業単位で所有するソシャールでは自警団が配属される事も少なくない。


 今まさに執拗な襲撃を耐えるこの企業ソシャールも、言うに及ばず自警団を所有していた。


「いいか!依頼内容はあくまであちらさんを陽導し、足止めするのがメイン――余計な戦闘は控えろ――って聞いてんのかこの、発狂女!」


『はっはーっっ!いいねいいねぇー ――ここの自警団も中々やる!ああっ、ヤバイ……マーズ1スペシャル製の超射程重装レールファランクス――』


『疼いて仕方ないぃぃーー!』


 そう――確かに防衛目的で配される自警団……しかし相手取る嫌がらせの襲撃を繰り返すは、謎の依頼を受けた傭兵部隊。

 下手な正規軍とは勝手が違う上、役不足感――自警団側の不利は否めなかった。


 正規軍へ卸すために仕立てられた、現状最新の防衛専門の機体――その安価汎用版を自警団へ回し、実践でのデータ収集を兼ねて配備している。

 正規軍仕様のT・O・S・Aテスラ・アウタール・セレスティ・アサルト11イレブンをダウングレードさせたT・Aテスラ・アサルトナイン――自警団防衛モデルは、最低限の近接格闘用高周波ブレードに重機関砲と中射程の量産型・機関独立式集束火線砲。

 あくまで私有ソシャール防衛前提の装備で固められる。


 しかし――戦闘経験が豊富な人材が限られる中での自警団配備。

 正規軍の部隊や現状――金で動く敏腕傭兵隊を相手した場合、埋めがたい力量差を生む要因となっているのも事実であった。


「あの発狂少女が暴れるなら、オレ達は無用に突出する必要はない。――ユウハ・サキミヤ……お前も目的があるなら、その戦力は温存して置くが得策だ。」


 傭兵部隊を名乗る者達――彼等の機体は純火星圏製。

 火星圏は軍備の増強が盛んに行われる事から、複数の企業が最新モデルの製造でしのぎを削り――今も軍備と言う範疇はんちゅうを大きく越える、戦争兵器レベルの代物が生み出されていた。


「――依頼内容に原則使用とあるこの機体。正直貧弱さは否めんが、敵をおびき出し使い捨ての人形で充分だな。」


 ユウハと呼んだ女性へ気が知れた――とまでは行かずとも、何かしらの接点を持った感じで対応する傭兵の一人カスゥール。

 依頼にある使用を原則とされた機体は、正規軍と言うより紛争を目的としたゲリラ組織へ流れる非正規機体。


 スーリー——発狂女だの発狂少女だのと識別される彼女が口走った、マーズ1社……正式名称マーズ・ワン・プランニングの軍産兵装開発部門。

 社会的にも暗部で知られる、ゲリラ組織御用達の武器商人集団——現状最も量産される売れ筋の機体、マーズ1スペシャルモデル。

 S・Hサーベル・ハインツ=ゼルドナーカスタムは、地球圏からの来訪者が製造に関与していると噂される純戦術兵装機体――だ。


 カスゥールと呼ばれる傭兵――冷徹を絵に描いた声で、確認する様に依頼内容を読み上げる。

 この男を初めとした者達は、いずれも機体間通信をサウンドオンリーで推し進める。

 その意図は計りかねる所だが――差し詰めこの作戦において、互いに無用の情をかける気などないとの判断にも取れる。


 その中にあって、ユウハと呼ばれた女性とカスゥール間のやり取りだけは映像を交えた通信――他の傭兵らとは一線を画す。


『相変わらずで、感謝の意に絶えません。――その様な事はあなたに言われずとも分かっている。契約は契約……使い捨てだろうがなんだろうが、私は。』


 ファクトリーを強襲する影は四つ――傭兵部隊が駆る機体、S・Hサーベル・ハインツ=ゼルドナーカスタムであるはずだ。

 だが――統制が取れているのかいないのか、作戦行動へ参加するは部隊隊長を名乗る苦労人……ニード・ヴェックと狂戦士を地で行くスーリーのみ。


 あの漆黒の嘲笑ちょうしょうが擁する部隊とは別のベクトルで危険な集団である事に、疑いの余地を差し挟む事すら出来ぬ不穏がそこにいた。

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