第48話 不穏分子、火星圏より



「何とも急な中断ですな。演習を吹っかけたのはそちらでしょうに。」


 皮肉混じりの抗議が飛ぶ剣を模した旗艦――小ミーティングルーム。

 実質はいい所で水を差された事への抗議であり、剣を模した旗艦への不満と言う訳ではない言い分。

 それもそのはず――【キルス隊】の流れる様な連携が、確実に蒼き霊機を追い詰めまさに演習での勝ち星が付く寸前の中断。

 本来勝ち星にこだわるエリート隊長ではなかったが、相手が禁忌の蒼となれば話は別――軍部にてその禁忌を圧倒出来たと広まれば、文字通りはくが付く故のこだわりである。


 当然そのれが己のためではない――同部隊隊員らのためであるのは明白だが。


「その通り――こちらで何か埋め合わせも考慮しよう……。だが一先ずはその中断した理由の本懐についてだ。」


 同時に非常呼集を受けた、剣の守護騎士らも合わせて居並び――胸中をぎる不安が的中しない事を祈っていた。

 中でも禁忌の蒼を駆る大尉は、これまであの襲撃者ザガー・カルツによる度重なる襲撃を辛くも退けたは正しく偶然の産物でもあった。

 そもそも禁忌の蒼に備わる災害防衛装備のままで、天才とうたわれる漆黒の嘲笑ちょうしょうと渡り合う時点で正気の沙汰ではないのだ。

 彼としても一刻も早く、正式な兵装を蒼き機体へ追加したい所――そのためには再び木星圏への長旅を行く必要があるのだ。


「少し……いいですか、指令。今回は奴ら――漆黒の嘲笑ヒュビネット大尉が擁する部隊……関係は無いのですね?」


 指令の発する言葉の端々で、困惑に満ちた思考を読み取った蒼の霊騎士――最大の憂いを排除すべく切り込んだ。

 のだが――


「現状では――と言う所だな。無論関係性を考慮して動く必要はある――そう捉えた上で説明を聞き給え。」


 決断力に勝る指令の、珍しい歯切れの悪さ――事が一筋縄ではいかない状況を、嫌でも連想させられる蒼の霊騎士。

 背後に並ぶ収集メンバー ――霊装の操り手達も再び訪れたる不穏を予見し、無用な口出しを控えて後に続く情報を聞き洩らすまいとしている。


 僅かに眉をひそ逡巡しゅんじゅんの後――剣の旗艦指令がおもむろに語りだす。


「クオンと【キルス隊】合同演習中……議長閣下より臨時の入電が入った。閣下も評議会本部に戻るや、連絡を受けた様でな。どうやらこの件は、【キルス隊】を我が隊へ編入させた本来の目的と推測している。」


「これを見てもらおう……。先に我ら救いし者セイバースが、準惑星宙域へ到着する前後の映像と通信だ。」


 小ブリーフィングルームモニターが迫り出し、合同演習が中断せざるを得なかった問題の要因がそこに映し出される。

 準惑星から大きく離れた宙域を示す距離と座標が示す先――そこには一風変わったソシャールと思しき建造物……そしてそこへ取り付くアンノウンがあった。


「なるほど……、ファクトリーか。この件なら我等【キルス隊】も聞き及んでいる。」


「ファクトリー……?」


 単語だけ聞けば工場などを指し示す名――しかし蒼き英雄は、エリート隊の機体情報の中に共通する単語を見つけている。

 エリート隊隊長の放つ単語に反応した英雄の脳裏に、ひとつの不安要素が構成された。

 その反応を確認した剣の旗艦指令 月読つくよみは、順を追って説明を続けて行く。


「ファクトリー――クオンの想定通り。そこはS・A・Fセレシオル・アームズ・ファクトリー社が運営する軍用フレーム工場の本社に当たる。……我等が木星圏へ帰還する前に訪れる予定の場所であり――」


 一呼吸をおいて指令より発せられる言葉――


「ここ数ヶ月で、幾度かの攻撃を受けたと報告されている目的地。その攻撃を仕掛けた者達が……いささかやっかいな連中であると閣下からの情報を得た。――つまりはそのファクトリーの防衛を依頼されたという事だな。」


 指令の歯切れの悪さ――その要因が明確となる。

 この早急に正規の新部隊発足を急ぐ、救いし者セイバースの算段に水を差す事態――しかしいたずらに放置出来ぬ依頼内容が、指令のひそめた眉のしわを一層深く刻む要因となっていたのだ。



》》》》



「正直信じられないっす……。世界がこんなに争いに満ちてたなんて。」


 臨時招集の概要を聞いて、言葉にした通り——困惑に打ちのめされた。

 クオンさんからの話では、木星圏では皆無と言われている人と人の抗争——火星圏より内縁では日常茶飯事だと言う事実。

 それ所か国を挙げての一触即発すら噂されるほど、事態は逼迫ひっぱくしていると言う。


水奈迦みなか様が差す永き平和も、木星圏に限定した事例らしい。それ程に火星圏が荒れているにも関わらず、木星圏で抗争が起きなかったのは——」


 休む間もなくもたらされた任務遂行のため、再び格納庫までの道を行く蒼き騎士——背後へ続く赤の霊機を駆る俺と美人上官。

 視界を前に向かわせるも、幼きブロンドの蒼きサポートメンバー含めて聞き取れる様——歩みを進めながら、今俺達に必要な知識である宇宙そらの情勢を余す事なく伝達する。


「—— 一重に【宇宙災害コズミック・ハザード】が影響していると断言出来る。木星圏は災害防衛が最優先……それより内縁である火星圏は内事情により、無駄に損害を被ってまで木星の巨大な重力圏へケンカを挑む馬鹿はしない。」


 提示された任務にいち早く動いたのは、エリート軍人の指揮する正規部隊——まあ、元々対抗争鎮圧専門である彼らは独壇場でもあった。

 先の合同演習用装備を早々と換装し、すでに待機中のエリート機体を見て——正直愕然とした。

 この【聖剣コル・ブラント】が擁する部隊での戦闘と雰囲気に、ようやく慣れ始めた俺——またしても敗北感を味わったんだ。


「それはそうと……いつき、それとジーナ。もしかして気遅れしてないか?」


「へっ?」


「ヒャイっ!?」


 唐突に変更された話題で、幼きブロンドの新参同僚と俺——裏返る勢いの奇声で返事してしまう。

 つか、ジーナさん……ヒャイって(汗)

 立ち止まって俺達新参を一瞥いちべつする蒼き英雄が、「やっぱりか。」と顔に出しつつ嘆息し——すでに恒例になりつつある英雄からの、お説教タイムが始まった。


「まあ、原因はあの【キルス隊】が持つ厳しさなのは分かる。——が、君らがそれに臆する事はないぞ?」


 お説教と言う表現ではあるけど、なんかこう——クオンさんはいつも俺達を諭す様な……それでいて、常にこちらの状況を見定めている。

 必要な時に必要な情報や教訓をレクチャーしてくれる姿は、差し詰め教官のだ。

 それだけに、俺が自分の不甲斐なさを思い悩む度——見透かした様なセリフが掛けられる現状……嫌という程に未熟さを突き付けられる。


「言えるのはただ一つ……。——彼らには彼らの……そしてオレたちにはオレたちの立ち位置がある。——がある。」


「他人の優れた能力を見せつけられた程度で、君らにしか存在しない真価は揺らがない。——そうだろ??」


 普段はまず見せない程の、会心の笑み——清々しさと共に、ワザとらしく上からの言葉の様に放ってみせる英雄。

 これがよく知りもしない他人であれば、きっと怒りすら湧いてくるだろう。

 けど彼は英雄——と断言した

 その言葉を耳にしただけで、俺の中のもやが吹き飛んだ気がした。

 彼だからこそ、放った格言に魂を乗せられるのだから。



》》》》



 S・A・Fセレシオル・アームズ・ファクトリー社——その本社が擁する小規模ソシャールは、一企業が所有する物でも大型で知られている。

 準惑星セレス宙域を始め、アステロイドベルト帯を中心とする宙域全体の軍事兵装製造を一手に担う企業だ。

 こと火星圏における防衛網構築では、対抗争鎮圧用の機体製造が急務とされている。

 が、元々災害対策用フレーム製造を中心とする企業が大多数を閉める宇宙人そらびと社会――すぐに軍用機体製造へシフト可能な団体も少なく、結果的に独占製造となっていた。


 言い換えれば、そこが敵対勢力により何らかの攻撃を受けた時点で防衛軍――セレス宙域に展開する評議会艦隊を含めた、全体の軍備への大打撃となるのだ。


「こちらシャムシール隊、シーム1だ。各機応答せよ。」


『『……。』』


「……って、おい!応答しろお前ら!」


 S・A・F小規模ソシャールに程近い浮遊岩礁宙域――今この宙域を悩ます不穏分子の通信が、量子の波に乗って宙を駆ける。

 だが応答を求める通信に対する反応が極めて鈍い――と、ようやく最初の声へ反応した不穏がダダ漏れな者達が口を開いた。


『……え~、こちら~……っと何だっけ?ま、いーや――こちらスーリーだけど……何か用?』


『――こちらカスゥール……。確認だ――あんたに指揮権を渡したが、それは全てに従うと言う事ではないぞ。これは契約内容に部隊構成がとあったからに過ぎない。』


 完全に正規の部隊ではありえない、連帯感の無い応答――最初に声を発した男も嘆息気味に対応する。


「そんな事は分かってる!しかしいたずらに個々で動けば、あの男の事だ――契約破棄にとも言い出しかねん。金が欲しけりゃ一先ずオレに従え!」


『……俺は金に執着などない。要はこの部隊が、一匹狼の寄せ集めである事を忘れるなと言っているだけだ……。そこはキモに命じておけよ、ニード・ヴェック殿。』


『あ~あたしも右に同じ~。てかあんま調子こいて、あたしに命令すんなよオッサン!蜂の巣にすんぞ?キヒヒヒっ……!』


 ニード・ヴェックと言われた者は隊長――否、指揮権をとりあえず任された隊長機の役であろう。

 そして嘆息への噛み付きと言う、一見部隊には程遠い通信内容に含まれる点――〈契約内容と金〉、これはおおよそ正規軍人のそれではない。

 この不穏は金銭取引でのみ活動する部隊――傭兵部隊である。


 隊長機を任された男も大よそは想定していたのか、いささかか不本意ではない感が残るも――寄せ集め部隊の指揮を確実に取るため、最後の一機へ繰り返し通信を送る。


「――お前らの言い分は把握してる。全く――よくに盛り込むな、あの男も……。おい、姐さん!あんたは返事をよこす気がないのか!?」


 再三の通信に業を煮やした女性である隊員が返答する――それもを乗せて。


『……私は復讐出来れば良いだけです。あの人に――私の……宗家でたった一人の憧れの女性、神倶羅 綾奈かぐら あやな姉様へ……!』


「ああ、そうかい。……姐さんの事情に踏み込むつもりはないが、契約の範疇はんちゅうで願いたい物だな。では各機――行くぞ!」


 最後に語られた飛び切りの不穏の塊は、二つの重要な言葉を言い放つ。

 一つは――そしてもう一つは


 その通信を最後に、四つの機体が太陽系防衛のかなめである軍事工場ファクトリー目指し飛び立った――機体の形状は、今まで木星圏ではお目見えすらしていない火星圏を代表する汎用機体。

 剣を模した旗艦コル・ブラントへ降りかかる、新たな火種となって――

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