第47話 トップエリート



 合同演習開始の合図——予想に反して水奈迦みなか様が号令を出す。

 実の所月読つくよみ指令の指示であれば、基本C・T・Oにおける統括者の指揮であるため——開始から引き締まる思いで事に当たれる。


 ところが油断していたオレの耳を、通信回線越しにくすぐ水奈迦みなか様の声——それだけで懐かしき頃が脳裏にぎり、まんまと一瞬の隙をエリート殿へ献上する事となる。

 その隙は相手の機体との、距離を瞬時に縮めるのに十分な失態となり——


『余裕だな、霊装セロの騎士殿よ!貰うぞ!』


 耳をくすぐった、水奈迦みなか様の鈴を転がす様な声から一転——冷徹にして確実に獲物を仕留める、統制された鋭き咆哮がオレの油断を貫いた。


 火星方面からアステロイドベルト帯において、トップエリート部隊と言われる隊は5部隊。

 【キルス隊】はそのNo.3に位置する生え抜きだ。

 使用される機体はA・Fアームド・フレームの軍事防衛カスタムでも、取り分け戦略性を考慮して製造されたS・A・Fセレシオル・アームズ・ファクトリー社の汎用モデル——T・O・S・Aテスラ・アウタール・セレスティ・アサルト11イレブン、準惑星セレス宙域でも主力となる機体と確認していた。


 本来は災害防衛も想定された、幾種もの装備換装が可能のはずだが——どうやら軍事防衛のかなめとして特化させたが故、そう言った機能をオミットした節がある。

 宇宙人そらびと社会では、軍事用機体が全般的に発展が遅れている事も踏まえた措置か——既存モデルを成熟させ、様々なバリエーションを生み出す方向へ進化を遂げたと言う所だろう。


「済まないな、ジーナ!珍しく油断をかました——出力調整は40%を維持……頼んだぞ!」


『りょ……了解です、大尉!』


 ジーナからすれば、オレが油断して出鼻をくじかれるのは想定外だった様で、彼女まで一瞬たじろがせてしまった。

 Ωオメガの全スラスターを、握った操縦桿とフットペダルで躍らせながら——まだまだ今後の課題が山積みな事態に頭を抱え、眼前へ強襲するエリート部隊と肉薄した。


 そして、感想から言えば——圧倒されたの一言だ。

 一瞬の隙を言い訳に出来ぬ程の緻密な連携——【ザガー・カルツ】の荒々しい奇策と強襲からは程遠い、洗練された陣形から繰り出される攻撃。


 これがΩオメガでなければ、一撃で敗北を喫しただろう——それ程までにエリート然とした連携だ。

 正直発展途上の軍事部門で、これ程の部隊には今まで一度もお目に掛かった事が無い――8年も引きこもっていた自分が言うのも何だが。

 少なくともそれだけの年月を経たならば、仮にも正規の名だたる防衛軍――これぐらいの猛者は現れてくれねば困る所ではあった。

 オレがいた、当時の軍事部門で名を馳せたエリート軍人と言えば、かつては士官であった月読つくよみ指令――そして尊敬する士官の内の一人、カッドラス・ジェリン・ジェイドルス大尉ぐらいだろう。


 などと思い出にふけっていられる程この部隊は甘くは無い――無駄のなき連携はΩオメガと言えど、災害防衛用装備では反撃もままならない。

 一定方向へ超加速する対象専門の兵器では、連携と共にあらゆる角度から寸分の狂いもなく当てて来る部隊を相手取るには、あまりに心許こころもとない。


三位さんみ一体でこちらを狙ってくる!?精密連携……隙が無い!」


「無駄なき指揮、この隊長機……やるな!隊員は先の漆黒が率いる部隊ザガー・カルツには無い精密さがある――これがマニュアルを極限まで洗練させた恐ろしさか!」


 マニュアルとは全てにおいての初歩と思われがちだ――しかしその実、マニュアルにおける基本を極限まで磨き上げれば必殺の手段となる。

 格闘技を専門とする綾奈あやなから聞いた、世界の真理に通ずる物をこの隊の連携からも感じ取る事が出来た。

 三機の軍用フレームを相手取っているはず――が、視界に映るその動き…… 一つの機械生命体に追い詰められる様な錯覚。

 一瞬の死角すら易々と視界には見せる事がないさまが、綾奈あやなの言う真理をまさに体現していると言えよう。


 【キルス隊】が操るT・O・S・Aテスラ・アウタール・セレスティ・アサルト11イレブンは外観こそA・Fアームド・フレームに近しい物だが、装甲のみならず各種パーツごとが本質的な強化を受けている。

 通称T・Sテスラ・アサルト11イレブン外観に至っては、装備と隊長機の特徴とも言えるレーダー衝角以外はほぼ見分けがつき難い。

 個人のパーソナルカラーと思しき、両肩のショルダーガードで判断でするほかは無い。


 面会時に確認した物が間違いでなければ、黄を配するは地球は大陸——中華国出身の切れ長の双眸そうぼう丁 天至ディン・ティェンジー中尉の駆る火砲装備のT・Sテスラ・アサルトR・11ランチャード・イレブン

 収束火線砲と重機関砲は基本的な支援装備——しかし隊の連携に支障を来たさぬ機動性重視の兵装は、後方支援装備は鈍重と言う観念に固定されれば痛い目を見る。

 対する、緑と黄の混じるショルダーをかざすはもう一人の精鋭——大陸はインド系の屈強な体躯、パボロ・ニキタブ中尉が駆るは中・近距離兵装のT・Sテスラ・アサルトS・11ソルジャード・イレブン

 実体弾を中心をとする電磁砲レール・キャノンとマイクロミサイルによる、中・近支援兵装に特化した機体——さらには近接戦用の大型バックラードシェルとビームハルバードが、隊の中でも随一のバランスされた兵装だ。


 いずれも隊長機との機動性能は僅差――連携の乱れすら皆無とも思える、一個の生命体の如き猛襲はそれだけで脅威に映る。

 演習用の調整を受けたビーム射撃に練習弾――それが実践用であったらと考えればゾッとしないな。


「ジーナ……出力調整は上々だ!君はこの機会に、軍用機体を相手取った出力調整パターンを身に付けろ!この隊は又とない練習相手――」


「これから先、あの漆黒のようする部隊との戦いで必ず利となる!身体に刻み付けるんだ!」


『了解です!こちらで、有効な出力特性パターンを複数試していきます!』


 軍部の戦力が発展途上であるのと同様に、このブラックボックスの塊であるひねくれ者の蒼き巨人――まだまだ全ての力を出し切るには、蓄積データが少な過ぎる。

 降って沸いた合同演習の機会……そこへ、水奈迦みなか様達の思惑が混ざり込んでいる事は百も承知だが――なればこそ、有効に活用させて貰うとしよう。

 常にあり得ない――故のでの運用を中心にしたデータ収集だ。


 バラつく推進力に重い機体旋回――鈍重でロクに目標を定められないターゲットサイト。

 全てをハンデと捉えるでなく――己が修練の課題と定め、エリート殿の連携を寸でで交わしながらの演習をこなして行く。

 あらゆる危機的状況を想定しながら、ただひたすら――挑む様に蒼き雷光オメガ宇宙そらへ走らせた。


 ――それも直後、演習の急遽中断と言う赤旗が告げられるまでの間の奮闘であったのだが……。



》》》》



 合同演習と言う、いささか急な申し出を提案する【アル・カンデ】管理者の女性。

 剣を模す旗艦へ部隊の面会と搭乗した【キルス隊】面々は、その順序を飛ばした節操の無さに眉をしかめた――が、たしなめる議長閣下のお言葉で大目に見る形に落ち着いていた。

 そして迎えた面会も、発した無礼千万の言葉に対し激昂げっこうする相手側の若手――それを制しつつも、しっかり若輩の無礼の後始末を付ける上官らには好感すら持った隊長バンハーロー。


 クリュッフェル・バンハーロー ――隊員からはクリフ隊長と呼ばれる、セレス宙域防衛軍部が誇るトップエリート士官の男。

 僅かなやり取りの中——蒼き英雄の読み通り、剣を模した旗艦の騎士達の人となりを見抜いていた。

 彼の観察眼は、セレス宙域に居を構える中央評議会防衛軍では随一 ――などとは一線を画す、との名高さで知られていた。

 そこにはあの救いのご令嬢女神も関係する過去が関わっていると言われるが、軍部でもその詳細を詳しく知る者は無い。

 全てはそのエリート隊長殿と救いのご令嬢女神のみぞ知るとされていた。


「火星圏においても、初の身障者出身パイロットが出でたと聞き――悪い方向で話が持ちきりだった……。だが――」


 時は合同演習前の待機中――浮遊岩石宙域で陣形を組み、演習開始を待つエリート部隊の機体内。

 災害防衛任務後整備中であった、蒼き機体の演習態勢移行を待つ最中――仲間との少々のやり取りで暇を潰すエリート隊長。


火星圏あちらは地球・地上の影響が強すぎるんじゃないですか?身障者に対する畏敬の念なぞ欠片も無い……まるで我等が地上で居た頃の様に感じましたぜ。」


 隊員内――地上においてどちらかと言えば、人種差別を受けやすい地方出身の引き締まる体躯のニキタブ中尉。

 火星圏が今置かれる醜い惨状に心を痛めていた。

 その言葉を聞きつつエリート隊長の言わんとした内容を、追加して口を開く鋭き双眸そうぼうの大陸アジアに出生地を持つディン 中尉。


「【聖剣コル・ブラント】クルーには東洋において最も異人種を敬う事で知られる、日本系クルーが多いのも影響しているだろうな——火星圏では我らですらハブられる所が、快く受け入れられる事態は中々に気恥ずかしい……。」


口にしながら自分達が余りにも好意的に扱われる状況へ、気恥ずかしさを混ぜた爽やかな笑顔が零れ出す。

 隊員の新たな任務地への好感触を打ち出すやり取りを、モニター越しに一瞥いちべつするエリート隊長殿——かくいう彼もまた部隊へ持つ好感から、思考の隅では剣を模した新たなる居城に馴染み始めている。


 しかしそこはエリート隊長——駆られた思考をおくびにも出さない厳しき表情を作り出し——


「その程度の事……いちいち感化されるなよ?今貴君ディンが口にした思考は――それが備わっているからと言って、わざわざ褒め上げるはむし宇宙そらに生きる者として恥ずべき事だ。」


 一理を得る隊長の言葉へ、苦笑しながら首肯を返すエリート部隊の隊員達。

 隊長殿へ向け――畏敬の念に「素直ではないな」の皮肉を、口にはしないが併せて贈呈する。

 厳しさ――そして人としての理念を貫くその人柄こそが、【キルス隊】と呼ばれたトップエリートをまとめるかなめ……クリュッフェル・バンハーローと言う男なのだ。


 程なく、人類のあり方についてのささやかなやり取りの後――唐突に訪れた蒼き英雄との合同演習の時を迎えるつわもの達であった。

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