第46話 合同演習 試される蒼



 太陽系標準時刻10:00——準惑星セレスとソシャール【ニルヴァ・ニア】中間宙域、浮遊岩礁地帯。

 2kmの距離を挟み、双方へ分けられた機体が配されていた。

 準惑星を右の視界片隅へ追いやりながら待機する、蒼き英雄コックピット内――少々項垂うなだれ気味ではあるが、すでに想定していた事態へ向き合う決意を整理する英雄がいた。


「まあ……こうなるとは分かってはいたけどな。ジーナ……念押ししておくが、相手は正規の——それもトップエリートだ。」


「ある意味【ザガー・カルツ】よりもたちが悪い。——本気で行くぞ。」


『ハイ、了解しました!』


 メインパイロットの項垂うなだれ具合に、この事態が中々の厳しさを持つと察したサポート・パイロット ジーナ——余計な詮索を除外し、上官である英雄に簡潔な応答で従う。

 Ωオメガを駆る英雄も想定していたとは言え、正式な認可申請中故——今ある宇宙災害防衛用の兵装のままで、トップエリートを相手する羽目になった現在に嘆息する。


 発端は彼らとの面会までさかのぼる。



》》》》



 救急救命隊ご令嬢への、この上ない謝辞もそこそこに——トップエリート部隊の隊長は、同じく同席していた蒼と赤の【霊装機セロ・フレーム】パイロットらへと向き直る。

 いや——むしろ彼の視線には、未だひよっこの域を出ない格闘少年が映ってはいなかった。


 そして、先の救いの英雄殿へ向けた物と打って変わる形相——疑念が噴出する程に歪んだ視線を向け……男は、場の凍り付く様な言葉を吐き捨てた。


宇宙そらを賑わせるとは世も末か?」


 耳を疑う罵倒——それはすでに差別の域に突入する暴言。

 この宇宙そらにおいて、敬うべき女性——さらには身障者に対する人権差別的な発言は御法度。

 それを正規軍人であるエリートが言い放った。


 だが——その言葉に対し過剰な反応を見せたのは、暴言を浴びせられた本人ではなく……その背を追う最弱年の若き新参達である。


「ちょっと待てよ、おっさん!クオンさんは——」


「その言葉、今すぐ訂正して——」


 すでに怒りが頂点へ登る格闘少年と、Ωオメガサポート・パイロットの少女。

 彼らは純粋にその差別的な発言に対する抗議の念で、一歩を踏み出そうとした。


「二人ともつつしめっ!!」


 刹那に響く声で二人の勢いが制される。

 と言うよりも、普段聞き慣れぬ者の厳しい怒声に驚いたとひょうする方が正確であった。

 それは紛れもないクオン・サイガの発した制しの言葉である。


「……クオンさん、けど——」


 怒声にいち早く反応した格闘少年——湧き上がる怒りが、暴言を浴びた本人に制された事で行き場を失い……英雄へ反論を述べようとした。

 その少年をすり抜ける影――舞う様に流れる黒の御髪みぐしを引き連れて、暴言の主の眼前に躍り出る。

 立ち止まる影は暴言を吐き捨てた隊長殿へ、先の二人の怒りの抗議も吹き飛ぶ行動に出る。

 その影が上げた平手が、風を切って振り抜かれたのだ。


 だが——


「流石ですね、避けないんですか?」


 重く響く声調には、先の若手をも上回る怒りが込められる。

 振り抜かれたはずの平手は、トップエリート隊長殿の顔側面で停止していた。

 しかし止まぬ怒りのまま、平手を振るった女性——神倶羅 綾奈かぐら あやながささやかな皮肉と共に、問い詰める。


 そこまでの状況——すでに見透かしていた艦隊司令が、ようやくの仲裁に乗り出した。


「各員それまでだ。全く……こちらの予想通りとは言え、もう少し場をわきまえたらどうかね?」


「バンハーロー大尉、そちらもそちらでつつしんで頂けると助かるのだがな?」


 肩をすくめ仲裁に入った司令の言葉で、未だギスギスした雰囲気ふんいきは拭えずとも——双方引き下がりながら謝罪を口にする。


「申し訳ありません、月読つくよみ司令。大尉殿もこちらの新参者含め——失礼致しました。」


 平手を下げ——謝罪と共にこうべれる神倶羅かぐらへ、トップエリート隊長もまぶたを落とし……簡単ではあるが非礼を詫びる。


「こちらこそ先の暴言は忘れてくれ。伝わった様だからな。」


 言うが早いかトップエリート部隊【キルス隊】は、すでに必要手続きを終えた議長閣下と共に颯爽と小ブリーフィングルームを後にした。

 去り際にこうべを少しれた、議長閣下の「騒がせて済まない。」の意を残して——


 少しの時を置き、怒りがまだくすぶる新参の若手に苦笑しつつ、それは紛れもない彼らの想いである事実を実感しながら——先のやり取りで感じた真意を口にした。


「大尉殿に、計られた……かな?」


「計られた……わね。」


 意味ありげに見合わせ、共に肩をすくめる親しき上官達に——状況を測りかねる新参の若手が思考に疑問符を踊らせる。


「今のやり取りの一連で、こちらの見かけでの団結力と力量——それぞれの性格の基準を見透かされた……と言う所だな。」


「言葉一つ発しただけにも関わらず――その程度は難なく見定められる……トップエリートの名は伊達じゃない様だな。」


 疑問符のせめぎ合いで混乱する若手へ、解を提示する蒼き英雄。

 そのまま二人の新参が、肩を落とさざるを得ない追加項目を贈呈プレゼントした。


「言っておくが、君らがあのまま抗議すれば——向こう様へ、で責める口実を提供してしまう所だ。同じ大尉である綾奈あやなが、手を上げる未遂を犯す事で救われている。……二人共後で綾奈あやなに礼をしておけよ?」


 上官侮辱——慣れすぎた【聖剣コル・ブラント】クルーとの生活で、抜け落ちていた規律の壁。

 相手が正規軍人の上官に当たる人物である事に、ようやく思い当たった二人の新参――盛大に萎縮いしゅくしながら、反省の海へ沈む事となってしまった。


 正しく訪れたるひと波乱――しかしそれは序章に過ぎず、遅れて口を開く【アル・カンデ】管理者の言葉で混迷が加速する。

 その対象はΩオメガを駆る者達限定ではあったが。


「さあ、面会もなった所で――クオン……そしてジーナ。ここは一つ互いの威信を賭けて、【キルス隊】と合同演習と行きまひょか?」


 突然の提案にΩオメガフレーム サポート・パイロットの少女は目を見開き、寝耳に水な表情で硬直し――明らかに矢面であったメインパイロットである蒼き英雄は、その提案があのエリート殿の疑念の発端かと盛大に嘆息する。


水奈迦みなか様……計画通りと言った顔ですね。事前に仕組んだ、そんな所ですか……。」


 尊敬する管理者の女性へ、敵わないなとの心情を目線で伝える蒼き英雄。

 ぽんっ!と両の手を軽く合わせ、管理者の女性がにこやかな表情のまま――わざとらしさを多分に込めて、共犯者の名と共に返答し返す。


「いややわ~。ウチだけが仕組んだんやあらへんえ?指令も同罪おす~。こないなことは最初に済ましといた方が、後々の面倒を減らす事にもなりますよってな。」


「演習時間は追って指示だしますよって、オフ返上で機体の整備と出撃準備――よろしゅおすな?」


 ことさらな笑顔でごまかしに入る管理者の女性に「分かりましたよ。」と再び肩をすくめて、皆へ向き――所要は済んだと退室を急かす英雄。

 すでに意気消沈した格闘少年と、二人の新参をかばう形となった少年の直接の上官である女性。

 とんだ嵐に巻き込まれたと顔に出しながら、各々の残りのオフへと散っていく。

 同じく事を外野で見守っていた救急救命艦隊のご令嬢らも、いいものが見れたと満面の笑みで任に戻った。


 そしてΩオメガを駆るパイロットと、同じくサポート・パイロット――別行動の彼等は、演習時間までを機体チェックで割く事と相成ったのだ。



》》》》



「唐突な提案ではありましたが……理が無いわけでもありませんでしたね。」


「そうおすえ?ウチらの部隊と正規軍では、本質的に目指す物が違いますよって。互いのすり合わせは、平時の方が皆の負担も軽い言うもんでっしゃろ?」


「ええ――特に緊急事態のタイミングで、部隊の士気に影響を及ぼすよりは遥かに上策です。」


 【聖剣コル・ブラント】のブリッジへ詰める指令月読つくよみと、【アル・カンデ】管理者 水奈迦みなか——そしてお約束の様に同席する技術管理監督官。

 計画の発案者はともかく、何も監督官まで同席する必要はなかったため——さしもの指令も疑問を投げ掛ける。


「それはそうと、監督官殿……何も貴女までこの演習視察に付き合う事ないかと——」


 と、そこまで口にした指令——見事なまでにご機嫌を斜めに倒した監督官ご令嬢の、ぷぅ!と膨らました可愛い怒り顏を目撃してしまう。


「良いですよ!またそうやって、私を蚊帳の外に追いやるんですね!いつも言っているじゃないですか……私はもっと皆さんと、お話に花を咲かせたいのです!」


 怒っていようが可愛さの有り余るご令嬢、側頭部後のツインテールをピョンピョンと揺らす。

 怒り顔も愛でたくなるなる様な、ご機嫌が倒れてご立腹の監督官を見――やってしまったと、動揺を隠せない指令 月読つくよみ

 とてもではないが、これが正規のエリート軍人と救済部隊エースとの互いを見定める演習前——張り詰めた空気が締め付けているはずの雰囲気ふんいきではなかった。

 すでに【聖剣コル・ブラント】艦内の日常ではお馴染となった風景に、いつもの如くクスクスと微笑む管理者 水奈迦みなかは開始目前の演習——秒読み段階となった各機へ、指令に成り代わり合図代行をと通信回線を開いた。


月読つくよみ指令がの様おすから、ウチが変わって開始を宣言しよう思います。……ほな各機、合同演習——開始しておくれやす!」


 【ソシャール】管理者 水奈迦みなかによる、地球は日本——関西圏に代表される、はんなりとしながらも凛々しき独特の方言で……合同演習が開始された。

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