ファクトリー防衛戦

第45話 キルス小隊


 月読つくよみ指令から告げられた、今後【聖剣コル・ブラント】が拝命する新部隊へ――想定を越えた戦力補充が成され、オレも正直驚いた。

 中央評議会は文字通り太陽系の中核を担う機関であり、その系内外からの不測の事態への防衛手段として先の艦隊を配していたはずだ。


 そこには艦艇だけではなく、オレ達の行く手を阻んだフレーム部隊を初めとする機動兵装隊も含まれる。

 が、有人フレームによる戦略防衛機構そのものが未だ発展途上の宇宙人そらびと社会――実質その実力は機体性能も含め、数にともなうだけの戦力を期待出来るとは言い難い。

 アステロイドベルトより内縁――火星宙域の戦火拡大を抑えられぬ現状が、それを如実に物語っていた。


「まさかキルス隊が配属されるとは……。評議会もどうやら本気のようだな。」


「そのようね。それだけ私達が、これ以降に拝命する部隊への期待を込めてるんでしょ?」


 艦へ戻り――小ブリーフィングルームへ規定時間までに辿りつくため、急ぎ足であったオレと綾奈あやな

 その目を奪い足を止めさせたのは、評議会から配属された部隊が駆る機体搬入の一部始終――思考が目に映る機体から、知りうる人物の情報をフィードバックさせる。

 【キルス隊】――中央評議会が擁する部隊でも、トップエリートの一角。

 鉄仮面の部隊長アイアン・フェイス・コマンドの名で知られる男が指揮する、トップ5の内№3に入る精鋭部隊だ。


 評議会がほこる精鋭の一角を【聖剣コル・ブラント】部隊編成へ編入する――そこから導き出される意味を理解出来ないオレ達ではない。

 そんな中オレは、違うベクトルで一抹の不安を吐露してしまう。


「ふぅ……面通しがつつが無く進む事を期待したいな……。」


 並み居る同志との過酷極まりない競争を、見事乗り越えたエリート中のエリートとの面会。

 八年も引きこもったくせに、まんまと【霊装機セロ・フレーム】のシートを会得してしまった者へ、一体どんな仕打ちが待ち構えているか――想像するだけで頭痛が強襲していた。


 ある程度は覚悟しているが、無用な面倒事は遠慮したいのが本音であったオレは――想定通りの展開に見事に、巻き込まれる事となる。



》》》》



 ささやかなオフから急遽呼び戻された【霊装機セロ・フレーム】のパイロット達。

 【聖剣コル・ブラント】の第二ブリッジ同階層――小ブリーフィングルームへ向かう最中、同じく呼集を受けた救済艦隊の面々も合流する。

 今回はその部隊がほこるエリートである、シャーロット中尉とウォーロック少尉が同行していた。


「おお!これは蒼き英雄殿と……掃除当番の少年よ……くくっ!」


 どうやら上官からのバツであった艦内掃除中に迷い込だ先――救済艦隊旗艦の大掃除までこなしていた事が知れ渡っていた様で、呼び名が場にそぐわぬ愛称へ変更されていた格闘少年。

 シャーロット中尉のいたずらっ子の様な笑顔に呼ばれ立ち止まる。

 同じく同行するウォーロック少尉は、姉の意図までは測りかね――失礼ではと焦りながらも、あわあわ汗を浮かべながらぺこりと一礼を贈っている。


「あ~、どうもっす!といいますか、その愛称をこの様な時に使用するのはその……遠慮して欲しいっす……。」


 クオンや綾奈あやなといった、ある意味曲者くせもの揃いの上官との任務が多いせいもあり――うっかりまともな敬語を忘れそうになるも、なんとか正常な返答に成功する。

 が、〈っす〉の語尾は少々余計な格闘少年。


 少年としてはあの〈鬼美化のナスティ〉の活躍を知るゆえ、呼称そのものを否定はせず――むしろ光栄と捉えている。

 だが流石に、パイロットとしての非常呼集の際までその呼称はと――ささやかな非難を救急救命の勇ましき令嬢へ送った。


 その反応を楽しむかの様な救いの女神殿は、決してあざけりなどで嘲笑ちょうしょうしたわけではない――彼女からすれば、言わば格闘少年はまだの部類である。

 先行きが楽しみである少年への期待の現れであった。


「すまぬすまぬ!しかしな、お前――いや、紅円寺こうえんじ少尉の掃除は中々どうして……気合が入っていたぞ?旗艦のクルーも感嘆していた。日陰者である我等――普通であれば、瑣末な扱いで蚊帳の外にされても文句は言えぬ。」


「だがそんな我等の乗艦する、言うなればへ丁寧且つ隅々まで清潔さを運んでくれた貴君へ――皆を代表して礼を言わせてくれ、ありがとう少尉殿!」


 予想外の返答と謝辞をたまわり、言いようもないむずがゆさが格闘少年の身体を駆け巡る。

 成り行きとは言えその掃除はバツであり――救急救命部隊旗艦〈いかづち〉へ迷い込んだ際の艦長工藤くどうの采配の結果であるため、流石に謝辞をたまわるのもと戸惑ってしまう。


 複雑な表情で返答に困る格闘少年――すかさず助け舟が、的確な采配を振るった男よりさらなる謝辞と共に差し出される。


「若造……中尉の言葉には私の意見も含まれる――遠慮なく謝辞を受けてやってくれ。なに分うちの救いの機手は下手な嘘がつけん――まさしく今の言葉は正真正銘彼女の言葉。誠意ある謝辞へ誠意を持って返すもまた、霊装セロの騎士の器と感じるが……どうだ?」


 あちらこちらからあげたてまつられる少年は、器と言う言葉の現す様に場を読まぬ返答を控え――「どう致しましてっす!」の返しを、やはり無用の語尾〈っす〉を付属して救済部隊の女神殿へと贈り返すのだった。


 程なく召集場所へ行き着く一行が、小ブリーフィングルームの重厚な二重の自動扉をくぐる。

 その中で特に新参であるジーナ・メレーデン――そして紅円寺 斎こうえんじ いつきは、今までの【聖剣コル・ブラント】クルーに慣れ親しむあまり重要な点をないがしろにしたままおもむいていた。

 扉の向こうにはすでに部隊編入の手続きを終えた者達が陣取る。

 しかしその気配――只ならぬ厳しさをまとった威圧に気圧され、新参の二人が思わず絶句してしまう。


 そう――今正に配属されたのは、正真正銘の軍部所属士官……鉄仮面の部隊長アイアン・フェイス・コマンド率いる【キルス隊】の面々であった。


「揃ったようだな。では各々紹介を――」


 ソシャール管理者である水奈迦みなか月読つくよみ指令と、技術監督官リヴ嬢――この艦を代表する者に加え、評議会を代表しカベラール議長までもが一堂に会する。

 本来許容する人数ギリギリでもあり、窮屈さもうかがえる程である。

 だが窮屈の原因の際たるものはやはり、【キルス隊】隊長のほとばしらせる威圧が大半を占めていた。


 サッパリと切り上げた頭髪で、側面及び後ろ髪も短く刈り上げられる。

 取り分けその表情が数々の試練を乗り越え、刻まれたと思しき眉間のしわ――しかし無用に視線を険しくした様子は見て取れない、むしろその厳しさを讃える雰囲気ふんいきが鉄仮面を連想させている。

 出生で言えば地球は中東――年の頃は地上年齢で言う所の三十代から四十代辺りだが、確実にそれ以上に歳を重ねた様な歴戦のオーラに包まれる。


 その両隣には【キルス隊】きっての隊員が悠々と構える。

 左に地上は、大陸中華国出身と思しき長身と鍛えられた肉体――隊長に負けず劣らずの切れ長の双眸そうぼうに、オールバックにまとめやや後ろへ垂らした髪を揺らす男。

 右には身長こそ二人には僅かに及ばぬが、二人以上に隆々とした筋肉の鎧をまとうサッパリした片方を上げた茶色がかった黒髪に――浅黒い地上で言うインド系の骨格を持つ、左眉の辺りに小さな切り傷を持つたくましき男性。

 隊長だけではない――そこがこの【キルス隊】のエリートたる所以ゆえんと、表現しているかの様であった。 

 

 【聖剣コル・ブラント】側もこの様な厳しき正規軍人を前にし、無用の茶番は控え簡潔に面会を済ませよう……その配慮から、艦隊指令である月読つくよみ早速さっそく事を進めようとしたのだが――


 事もあろうにその正規軍人である鉄仮面の男自ら歩み出す。

 しかしその先んじて足を向けた先――それは霊装セロの騎士へではない、救急救命艦隊が擁するであった。

 そして小さな巨人を地で行く勇ましきご令嬢へ向き――鉄仮面と言われた部隊長が……深き謝辞と共に一礼を贈る。


「お久しゅうございます、シャーロット中尉。先の我が部隊……防衛任務孤立の折には――大変お世話になりました。」


 その場にいた大尉クラスの【霊装機セロ・フレーム】パイロットらも意表を突かれる事となる。

 鉄仮面の部隊長と言う先入観から、まさかの自分より下の階級に相当する者に対し――深々とこうべれた事態に動揺を隠せない。


「おう!あの時は大変だったな、バンハーロー大尉殿!だがそちらの部下達の無事が何よりだ!どうだ?その者達は今も息災そくさいか?」


 バンハーロー大尉――そう呼んだ鉄仮面の部隊長へ、その場にいた新参までもを動揺させる救いの女神殿の言葉。

 鉄仮面の部隊長がこうべれた意味は、まさに彼女の言葉の中に含まれていた。

 「その者達」とはここに同席する隊員ではない――別の者達を指しているのは明白である。

 質問へ未だ感謝の念に絶えぬ表情で、揺らぐ鉄仮面のまま首肯を返す部隊長殿。


 すでにこの状況を生み出した張本人である救いの女神――シャーロット中尉の名声は、この宇宙人そらびと社会において不動の物であると言う事実を突き付けていた。

 【救いの御手セイバー・ハンズ】ここにありと――

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