第44話 もう一つの舞台



 ソシャール【ニルヴァ・ニア】へ併設された国際宇宙港――軍事防衛拠点である中央評議会も同準惑星セレス軌道上に存在することから、軍事関連の艦船や評議会要人にも多用される港。

 その艦艇が係留される区画を隔てた一般通路で、多くの観光客が硬質多重展望窓の外――見た事もないほど巨大な艦船に目を奪われていた。


 軍事的な設備や行動を、軍規の許す限り一般公開する目的の展望施設――評議会防衛軍による厳重な規制が設けられる中ではあるが、一般客を通し観光の一環と取り組んでいる。

 その関係で本来は極めて高度な軍事機密扱いの【聖剣コル・ブラント】も、のちの作戦でおおやけに正式な部隊として運用されるからと、あえて人目に付く区画へ係留されたのだ。


 そこへまだ、オフの時間は充分余裕があるはずの蒼き騎士――付き添った整備長マケディ軍曹と艦へと足を返していた。

 その足は一直線に格納庫へと向けられる――が、機体整備と思いきや……ΑアルファΩオメガが格納される場所より小さな補助施設へとおもむいた。


「あら?早かったわね。お望みのパーツは手に入ったかしら?」


 格納庫の一部ではあるが、【霊装機セロ・フレーム】とは関わりの無い各パイロット個人の私物格納用の施設――彼らが、個人でスポーツマシンの所有を許可されている事が関連する。

 各ソシャール内での移動の足としての意味も兼ねたそれらの格納――と言うよりは、パイロットらからすれば愛車を傍においてメンテしたいと言う要望による設備設置である。


 その中で現在、大型リフトにより宙へ浮かんだ常態である宇宙製の車――アンシュリーク-TEPY RSの下から、神倶羅かぐら大尉がひょっこり顔を覗かせた。

 彼女も愛車をいじる事が好きな様で、その施設内には神倶羅かぐらのアンシュリーク-TEPY RS、クオンのFD3S RX-7――そしてジーナの中排気量バイク、 VC-02が格納されていた。


 当然未だ学生で、格闘一筋であった少年 いつきにその様な愛車は無く――上官神倶羅かぐらによって、参考になると半ば強制的に見学させられている。 

 が、少々うんざり気味である格闘少年――自分は興味がありませんの文字を、顔の全面に押し出していた。


「流石に地球圏へ近いだけの事はあったな。まさか予定以外のパーツも手に出来るとは……大収穫だよ。」


「よかったじゃない。正直地球でも、あなたの車は化石みたいな旧車きゅうしゃ扱いよ?たった一つの純正パーツを探すのに、世界中を探し回る人も居るぐらいなんだから。」


 出身が地球だけに、クオンに勝る勢いの知識で会話の受け答えをする神倶羅かぐら――そもそも彼女の実家となるのは巨大な組織、あの【アル・カンデ】統括者 水奈迦みなかの家元【ヤサカニ家】の流れを汲む地球の守護組織である。

 ヤサカニ家は地球の表向きの資金調達手段として、分家である八汰薙やたなぎ家を中心とした大手のモータース企業【ヤタナギ・オート・モーター・グループ】を経営しており――その企業展開は宇宙の文化圏まで勢力を伸ばすほどの大企業だ。


「クオンさん、パーツっていったいどんな物購入したんスか?」


 うんざり気味の少年は、気分を変えようと先輩である蒼き騎士の手に持つお望みとやらのパーツを拝見しようとしたが――


「……なんスか?これ……(汗)」


 得体の知れない謎の形状をした物体を前に、疑問符に脳内を埋め尽されて硬直した。

 そもそも愛車すら持たぬ少年には、地球製――しかもそのエンジンの量産化に成功したのは日本だけと言う、レア中のレアなエンジンパーツを理解するにはあまりにもハードルが高すぎた。

 

「メタリング・オイルポンプにイグニッションコイル……だが――君が見ても分からないだろ?これはそんな華やかな代物じゃない――むしろマケディ軍曹の様な縁の下の力持ちだ。特に扱いが面倒な所とか――」


 分かる様な分からない様な説明に自分が使われた事に激昂げっこうした、クオンと共に現れた整備長が捲くし立てる。


「……ちょっと待てクオンよぅ!そいつは聞き捨てならねぇ、たぁどう言う意味だ!わざわざ付きあわせといてその言い草、オレも思うところを――」


「面倒くさいわね……。そういう所を含めて言ったんでしょ?言い得て妙じゃない。」


「ぬぉ!?大尉あんた……ぐぬぬぬ!」


 が、間髪入れない神倶羅かぐらの絶妙なツッコミで一蹴されてしまった。

 しかしこの、ほんの日常のやり取り――クオンにしてみれば、過去が再び戻ってきた様な感慨深さ……ひたる思いでくっくっくっと笑いだす。

 きっと彼からすれば、こんなに楽しい日常のやり取りを取り戻せたこの瞬間――僥倖ぎょうこう以外の何物でもないだろう。


「ジーナさん……この三人が揃うといつもこんな感じ?」


「う~ん、私は実質皆さんとの付き合いが浅いから何とも……(汗)」


 遅れてオフに愛車のバイクをメンテしようと訪れたジーナに振るいつき――だが、C・T・O配属がクオン失踪数年後のジーナでは、この何とも言えない関係を説明するには少々経験が浅いと言えた。

 言葉を濁すジーナといつき――二人の新参は、昔馴染み(プラスおまけ)のささやかなやり取りに僅かな憧れを抱きつつも……乾いた笑いに妙な汗を浮かべて立ち尽くしていた。



****



「それいつの話?結構重要なんですけど?」


 愛車整備も終わり小休憩——久しぶりのオフで、ゆっくり話す機会も得られなかった同僚の女性を誘い艦を後にする。

 色々な謝罪や情報整理を含めて【ニルヴァ・ニア】でも宇宙港近くの喫茶へ、おごる事を条件に足を向けていた。

 そんなオレの行動をどこから聞きつけたのか、C・T・O内ではデートだとか何とか女性陣が色めき立っていたが、そこは軽く流して来た。


 流石にオレと水奈迦みなか様——そして勝志が見事な淡い三角を描いていた事実を知る者も少なく、唯一それを聞き及んでいた同僚綾奈あやなも溜息混じりで女性陣を一瞥いちべつしていた。


 オープンテラスで偽りの日差しを遮るパラソルの下、軽いランチを挟んで向かい合う久しぶりの会話——分かってはいたが、完全にモータースポーツ絡みの話で盛り上がってしまう。

 外出用にあつらえた同僚の着衣——程よくあらわとなる肌を黒の薄いジャケットで覆い、彼女の普段着でもある落ち着いたグレーのシャツに深い紺色の縦ラインが入るクロップドパンツ。

 本人は衣類のコーデで目立つ意識は無いだろう——しかし引き締まったスタイルで嫌が応にも目立ってしまう辺りは、昔より大人へと成長した証だ。


 視界の端、明らかにそれを意識してのものだろう——にわかにどよめき立つ、日常の街行くエキストラの声を他所よそに……オレは会話に興じる事にする。


「セブンのパーツ探しに出向いたショップの店主から聞いた。確かにS・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピョンシップのネタだったが——あのソシャールは今この宙域に?」


 オレが同僚の女性に問うた内容——あのショップで聞いた、引きもりを脱したオレにとっては少し懐かしい……宇宙の数少ない一大イベント。

 S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピョンシップは元々地球と宇宙の共通文化である、モータースポーツ普及の一環である興行。

 舞台となるは不定期惑星間航行ソシャール——【イクス・トリム】。

 そのイベントの為だけに建造された中規模コロニーだ。


 専用のソシャール建造に至る経緯は、交流のためとは言え化石燃料であるガソリン式の燃料を使用する地球製競技車両——ソシャールが規定する環境汚染基準を超える問題が影響する。

 その対策として大気循環システムに大幅な改良を加えられた、専用のソシャールが開発され——通常は宇宙製の車両開発試験場としても、最寄の企業に貸与するシステムだ。


 だが実質の所、宇宙人そらびとの社会ではモーター・ヴィークル需要はほぼ見込めない事から――そのソシャールを利用するのは、もっぱら宇宙進出を睨む地球の企業と言われている。

 それもほぼモーター・スポーツの面に特化してだ。


「定期興行で今はセレス宙域には滞在していないみたいよ?――でも、あなたが聞いた内容からすれば近いうち……この宙域でもやるって事よね?」


 【イクス・トリム】は定期興行を行える施設であり、ソシャールにしては珍しく惑星間をそれなりの速度で移動出来る巨大航宙艦の側面を持つ。

 だがそれはあくまで特定以下の重力圏での移動に限られるため、火星圏からアステロイドベルトの範囲での興行となる。

 準惑星セレスや火星に対し、それを大きく越える地球や超重力圏を持つ木星などでは残念ながら興行そのものが不可能なのだ。

 まさに限定地域における一大興行イベントである。


「今は重要任務中だから――まあ一応自重はするけど、一度指令に掛け合ってみようかしら?」


 掛け合ってみよう――この言葉で締め括られる綾奈あやなの反応は、イベントの事で脳内が一杯になってるサインだ。

 それもM・V・Rモーター・ヴィークル・レースを見る側ではない――の思考だ。

 変わらぬ言葉に変わらぬ思考――いや

 オレが何の気兼ねも無しにM・Vモーター・ヴィークルの話をふれるのは、相変わらずの同僚だけと改めて実感し――話を進めてみよう。

 

「何ならオレも参加しようか?」


 あっ……綾奈あやなが硬直したのが目に見えて感じ取れたな。

 オレが話に乗るといつもこうだ――負けず嫌い――僅差のバトルを臨む彼女は、オレがレースに参加する事を極端に嫌がる。

 その訳は――


「……やめてよね。っていうか本気?そうやって私を負かしてまた、M・V・Rモーター・ヴィークル・レースでもかしら?」


 半目で恨めしそうに睨む、不満をもたげた面持ちのまま――手にしたカップコーヒーをすする同僚。

 綾奈あやなはレースでオレに一度も勝てたためしが無い――否、そのレースは各自のマシンで挑む異種格闘技の様な物。

 綾奈あやなが勝利出来ないのは、オレの愛車――が相手だからだ。


 そんな中、オレの発した言葉で一気にテンションが急降下した同僚と――同じくオレの携帯する端末へ少々臨時の通信が届く。

 下がったテンションのまま端末へ応じる綾奈あやなあわせ、オレも所持する端末の応答をONにした。


『反応からして同じ場所にいると思った。すまないが【霊装機セロ・フレーム】パイロットは各員速やかに【聖剣コル・ブラント】へ帰還してくれ。――予定していた追加戦力の面々との顔合わせだ。』


 端末から二人が同じ場所にいる事を確認した月読つくよみ指令――話が早いと臨時呼集をかけて来る。

 指令が口にした内容――それに反応したオレ達は顔を見合わせた後、どちらとなく首肯し……会計もそこそこに【聖剣コル・ブラント】への帰還を急ぐ事とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る