第43話 ソシャール〔ニルヴァ・ニア〕



 準惑星セレスへ向かう【聖剣コル・ブラント】にて――中央評議会防衛軍に包囲される幾ばくか時をさかのぼった艦内の表部。

 あの蒼き騎士との会話に興じた技術監督官――その本体である存在が、展望台の超硬質窓に映る小さき惑星を見つめながらたたずんでいた。


 その彼女観測者へ届く声――いや、脳裏へ直接響く高次元の量子とも言うべき声色が、観測者である少女へ問い掛けを試みる。


『お久しぶりです、リリス。どうですか宇宙は――歯車の行く末はもう、嵐に飲み込まれた頃合と思いますが……。』


 響く声色まもた少女――しかしこの観測者と言われる存在と会話を、それも高次元のやり取りが出来る人間はまず存在しない。

 言い換えれば、それが出来るのはだけ。


「ああ、久しぶりじゃの……。うぬの想定通り――今嵐の前触れが渦巻きたてておるわ。じゃが――」


 脳裏に響く声へ、媒体となる【星霊姫ドール】のツインテールを揺らしながら――目蓋を静かに落とし、ささやかなる希望を乗せた返事を何処いずこかの存在へ送り返す。


「じゃが、どうやらあの者は――ついに己が壁の最初の段階を登る事となりそうじゃ。すでにこの宙域へ、強き霊量子イスターラル・クオンタムの本流が導かれ始めておる。」


「確かに試練はこれからやも知れぬ――それでも、希望も共に生まれたのじゃ。もう少し――わらわ達も待とうではないか。」


 努めて穏やかに、何処いずこかの姉妹であり……同族であって―― 一心同体の存在へ言葉を送る【観測者】である少女。

 あたかも世界の行く末が、最初から先の先まで見通せているかの会話が何処いずこへと伝わると――同じく少女の声色が、【観測者】の脳裏へ短く……そして、穏やかさを乗せた返事で締めくくられた。


『はい……。待ちましょう……愛しき人類の覚醒のときを――』


 それを最後にささやかな【観測者】同士の会話が終了を見たようで、【聖剣コル・ブラント】側を監視する存在リヴァハは艦首付近展望台を後にした。

 ――そしてその僅か後、襲い来る【宇宙災害コズミック・ハザード】を前にした蒼き英雄が……宇宙そらに適合する者としての一歩を踏み出す事となるのだった。



》》》》


 

 中央評議会が統制する議会設備であるソシャールとは別に、この準惑星セレス衛星軌道上には防衛艦隊や評議会関連——その他、多くの太陽系中央宙域住民が居住する設備が存在する。


 ソシャール【ニルヴァ・ニア】——【アル・カンデ】の規模からすればふた回りほど小規模ではあるが、太陽系内縁宙域で住まう人々の愛すべき大地である。

 同宙域は中央評議会を擁する事から、評議会に絡む政治的——または防衛艦隊を含む軍事的な設備配置に徹していると思われがちである。

 だが実状は【アル・カンデ】以上の娯楽施設が内包された、太陽系内縁屈指の文化圏の側面を持っていた。


 文化的な娯楽施設——それは人類が生活する上で、重要な心の休養をもたらす場所である。

 宇宙そらに居住する宇宙人そらびとも例外では無い——が、木星圏寄りで常に【宇宙災害コズミックハザード】と隣り合って生きる民にとってはいささか縁遠いとも言えた。


「凄っ!これ新作のデザインじゃないの!?嘘……この値段……ちょっとこれ買って来る!」


「ああ〜〜何やこう、ウチのお気になシャツやレギンス……こっちはめっちゃ安いやん……何でウチ【アル・カンデ】でうてもうたんやろ……。」


「まあ【アル・カンデ】って輸出入制限のせいで物価が高いし。……何と言っても遠いのがネックだもんね〜〜。」


「せやな〜〜。」


 すでに作戦を終えた【聖剣コル・ブラント】のブリッジクルー女性陣——指令 月読つくよみからのねぎらいである、【二ルヴァ・ニア】での自由時間を言い渡されていた。

 かく言う女性陣への計らいは、まさに指令の懐の大きさそのものであり——彼女らが作戦へひた向きに取り組むための粮にもなっていた。


 ブリッジクルーに代表されるミューダス軍曹、グレーノン曹長、ヴァシンカス軍曹が解放された気分の向くままに訪れたのはショッピングモール——宇宙そらでも、有数の高級ブランド衣料を取り扱うカジュアルショップ。

 詰まる所女性陣にとっての楽園である。


 意外にも普段気だるそうなミューダス軍曹が、その瞳を輝かせ——いや、血走った双眸そうぼうで手にしたブランド品のコーデ一式を手に疾走する。

 目指すは多くの客を考慮し多数設けられたレジ、並み居る客を掻き分けて辿り着く。

 戦場の兵士の様に突撃する同僚を微笑ましく眺めながら、ブランド品の数々を前に目移りするばかりのヴァシンカス軍曹。


 ニヤニヤとミューダス軍曹を一べつし、さりげに一番高級なジャケット手にしたグレーノン曹長は余裕の笑みを浮かべてさらにブランド品を手に取る。


「周りが見えなくなるのも考え物だね。ねえ、これどう?」


 フラッと二人の側へ歩みよったのは片梨かたなし軍曹、女性陣に混じり視界に捉えた性少数専門のコーナー。

 サイズがやや特殊なため、普通の所からやや離れた場所へ特設コーナーが設けられるそこで——手に取るは、チェック柄が可愛いノースリーブシャツ。


「ゆっ……勇弥ゆうやちゃんそれ……!?ごっつ可愛いやん……。」


 身体は男性であるも心は少女である彼女は、特に自分を卑下する事なくクルーと接し——それがごく日常であるのが宇宙そらの文化世界である。


 【聖剣コル・ブラント】艦内では作業ツナギに特殊なゴーグルと言う出で立ちから、中々判別出来ないその容姿。

 しかし外出時は別であり——現に彼女が女性陣と居並んでも、見目麗しい女性が一人増え華やかになるばかり。

 あえての自分の男性部分を活かすボーイッシュなヘアスタイルに、ショートパンツと着崩したシャツに加え――華やかさを添える腕のシュシュ。

確かにそこには女性しか居ないと言えた。


 準惑星セレス衛星軌道上に故郷を持つ民の憩いの場にして、重要な生活拠点へ設けられた数少ない文化の象徴である場。

 そこで時間の限りを楽しみ尽くすブリッジクルー女性陣とは対照的に——【二ルヴァ・ニア】の見栄えを全面に押し出した都市部の影、偽りの日の明かりも届きにくい如何いかがわしさがチラつくアンダーグラウンド。


  うごめく怪しさ爆発の風貌を持つ住人に紛れ——そこへも【聖剣コル・ブラント】を代表するクルーが詰めていた。

 ただしそちらはクルーも如何いかがわしさを漂わせる——怪しい風貌の整備長マケディと、明らかに場違いな蒼き騎士が訪れていた。


「多分お前さんが欲しいパーツは揃ってると思うが……何せ地球製でも完全に正規品から外れた代物だ。あればラッキー程度に考えとけよ?」


 怪しさがその場所の住人並に爆発する整備長は、色々と残念な外出姿を振り撒き——清潔さが滲み出るサッパリしたシャツにズボン、羽織るジャケットも派手ではない霊装セロの騎士とは対照的に見える。

 同じ隊に所属している筈なのに、如何いかがわしい事に誘うならず者と釣られた客の様な――傍目にも残念としか言えない事態となっていた。


「分かってる。けど【アル・カンデ】より地球圏に近いソシャールだ——その分希望は持ってるさ。」

 

  出頭命令と言う切迫した事態からの、突如として訪れた【宇宙災害コズミックハザード】。

 次々襲い来る試練を着実に越えてきた騎士へ、艦隊を指揮する月読つくよみと【アル・カンデ】の統括者 水奈迦みなかよりの久々のオフの指示が出ていた。


 今後さらに危機的状況が訪れる事は想像に難くない——ゆえに蒼き騎士クオン・サイガも甘んじてその指示を受け、このアンダーグラウンドへ訪れる事にした様だ。

 彼なりに与えられたオフを過ごす名目で、数少ない己が趣味に理解のある整備長を誘い今に至る。

 無論整備長の同行は理解云々だけでなく、後に趣味の絡んだ依頼を含めてのものでもあるのだが。


「いらっしゃい……珍しいねぇ、ここに来る客なんて。あんた……フレーム乗りかい?」


 アンダーグラウンドの一角――以外に傍目でも繁盛していそうなスッキリとした建物、その入り口の自動ドアをくぐる二人。

 しかし店舗内は客足があるのかと言えばそうでも無い店――店内は金属製の棚や壁掛け網に吊り下げられる謎のパーツの山。

 ジャンクではないが、とても宇宙製とは思えない品々に囲まれ――そこの店主らしい男がカウンター外、ガレージとおぼしき場所から顔を覗かせた。

 店主が顔を出したガレージでは、大型のリフトによって宙へ浮かんだ形の車体が鎮座する。

 外観は明らかに宇宙そらの代物では無い、地球製の――それも希少なスポーツカー。


 そう――ここは蒼き騎士も所持する愛車、地球製の車に関する整備やパーツ購入目的の客が訪れる自動車工場である。

 もちろん正規ではない――が、法の制定が甘く違法とも言えない店舗である。


「ああ、ちょっとじゃじゃ馬のフレームだが……その通りだ。パーツを見せてもらえるか?」


 〔フレーム乗り=スポーツカー乗り〕の図式――宇宙そらの社会において趣味道楽の産物であるスポーツカーを所有するのは、大概軍属のフレーム乗りと言う常識はこの宙域まで浸透している。

 蒼き騎士も悪戯に素性は明かさず、フレーム乗りである事のみを伝え――目当ての物の物色に入る。

 こういった店の場合、ただの冷やかし客へは辛辣しんらつな態度を取られる事も珍しくなく――フレーム乗りと言う言葉を出せば店側の態度軟化を即せ、掘り出し物を引き当てる事も可能との判断だ。


「構わないよ?で、いったいどんな車転がしてんだい、あんた。」


「ああ……地球は日本製、FD3S RX-7なんだが――」


 と、騎士が車種名を提示している途中で店主がガタッ!と詰め寄った。


「ちょっ……あんた、あれに乗ってんのか!?――そいつは何型だ!まさかSpirit Rじゃないよな!?詳しく教えて……いや、そうだなパーツだな!待ってろ、目ぼしい物見繕ってやる!」


 店主が完全に豹変した。

 宝物を前にした子供の様な爛々らんらんとした双眸そうぼうが、蒼き騎士も引きそうになる勢いで店舗の奥へ走り去る。

 これにはさしもの整備長すらドン引きしたご様子である。


「おいおい、あのテンションはなんだ?この太陽系内縁じゃ、そんなにお前さんの車に価値があんのかい?分からんもんだな。」


 宇宙そらに住まう者が地球製と聞いて思い浮かべるのは、時代錯誤の化石燃料による内燃機関――電気モーター駆動すら過去へ置き去りにする、宇宙文化との技術的な認知度の格差が存在していた。

 フレーム乗りの趣味道楽と言う点でも、まず一般への知識に関しては殆ど架空の絵空ごとと吹聴されるレベルなのだ。

 多分に漏れず整備長も、その車のメンテは任されていたがそこまでの人気がある個体と言う認識はなかった。


「だろ?世の中分からないものさ。」


 蒼き騎士は引きながらではあったが、自分の愛車の認知度に珍しく高揚し――整備長へ向けたドヤ顔が、先の店主のように爛々らんらんと輝いていた。


 その久しいのであろう珍客に興奮気味の店主が、息を荒げて舞い戻る。

 店舗内で騎士が提示した車種のパーツ在庫を隈なくチェックし、在庫確認を得て珍客前に端末を差し出し説明を始めようとする。

 が、その前に店主の男から一つの確認事項が告げられる。


「あんた、そんな貴重な車転がしてるんだ――S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピョンシップに参加するんだろ!?」


 興奮が更に沸騰しそうな勢いの店主に押されながら、蒼き騎士の脳裏に久しく聞く名と――その名が一つの、懐かしい盟友との出会いを連想させ思いを零した。


「そう……か、S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピョンシップ。もうそんな時期か……。」


 S・V・Cスペース・ヴィークル・チャンピョンシップ――宇宙そらの文化で唯一とも言える世界的一大イベント。

 それは地球で言う所の、モータースポーツの祭典であった。

 同時にクオン・サイガにとってモータースポーツの祭典とは、彼が引きもりの時分――転機となった地球の祭典での出会いを、鮮明に蘇らせる物でもあったのだ。

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