第42話 戦果、それは人命


 迫る小惑星はここ最近の【アル・カンデ】に飛来した物を比べても、データを参照するまでもなく巨大である。

 今Ωオメガが対峙しようとするレベルの対象は、ソシャール群に激突すれば跡形も残らぬ程の致命的な災害となる。

 万一地球へ飛来した場合でも、その小惑星衝突で発する大災害で壊滅的な被害を及ぼすだろう。

 ただ宇宙そらに浮かんでいるのならば、さほどの問題も無い――いくらでも対処の効く範疇はんちゅうとなりうる。


 だがその物体は時速数万キロを越える――星の重力を振り切るほどの速度で突撃してくるのだ。

 数万キロと不確定なのは、対象が内部堆積するとおぼしき各種ガスを噴出する事で加減速する働きが加わり――速度の値が定まらない彗星タイプの対象と確認されていたからだ。


『こちらΩオメガ!【聖剣コル・ブラント】ブリッジへ――これより災害防衛行動フェイズ2へ移行!レベルAAクラス小惑星の破砕に当たる!』


 ここアステロイドベルト帯は現対象の様な小惑星が飛来するたびに、軌道をかき乱された無数の微小惑星が災害と科す地帯であるのだ。


『ジーナ、統一場粒子クインテシオンブラスター展開!超振動と【統一場クインティア・フィールド】の共振調整任せる!』


「……っ!りょ……了解です!統一場粒子クインテシオンブラスター展開――超振動、共振レベル調整開始します!」


 サブコックピット内――ジーナが素早く指示の出た調整に取り掛かった。

 各種投影型立体モニターが複数浮かび、【統一場粒子クインテシオン】と同時に照射される誘導型超振動レーザー同調に入る。


 今まで防衛していた微小惑星は通常背部のブラスターユニットが照射する、曲射統一場粒子クインテシオンビーム群を集中照射する事で破砕出来るレベルだ。

 だが――小惑星サイズがAクラスを上回り始めると、曲射ビーム群程度の威力では破砕が困難となる。

 そのためサイズAクラスの小惑星に対する攻撃として、背部ブラスターユニットによる高集束粒子砲を使用する。


 しかし相手は、含有される鉱物の影響で極めて高密度の鉱物系岩石であり――超常の速度で飛来してくる。

 そんな物に対しいくら高集束砲を浴びせたとて、手のひらの上で爆竹が爆ぜた程度のダメージしか与えられない。

 そこで重要となるのが超振動である。


 物体は必ず複雑な分子構造によって構成されるため、超振動によりその分子構造へ亀裂を作る事で破砕を容易にするのだ。

 そしてその超振動と共振する形で、【統一場粒子クインテシオン】を分子構造の内部まで浸透させ――破砕の確実性を高めるための武装、大型共振相転移砲がΩオメガに装備される。


「――調整、……終了です!いつでもどうぞ!」


 飛来する小惑星の速度を考慮すれば、この攻撃は一瞬――その中で素早い対応が求められたジーナは、すでに疲労困憊ひろうこんぱいであったその身へムチを入れ調整を終了した。

 

 そこにはΩオメガのメインパイロットである騎士が、つい先ほど見せた覚醒――その余波を食らい、意識レベルでダメージを受ける少女の姿があった。

 彼の覚醒は強力な正のベクトルを持っている――ゆえに、前向きな思考の者には心身の覚醒へと向ける影響を及ぼす。

 しかし万一後ろ向きな思考であれば、逆に精神的な負荷をともなう事となり――挙句は身体的なダメージへも伝播する。


 ジーナが受けたダメージは明らかに後者――さらには直後のΩオメガが見せた超常の出力特性と機動性。

 精神的な負荷を引きずるジーナへ追い討ちをかける形となる。


 Ωオメガと言う覚醒した奇跡の機体へのかせとなる少女の内に眠る闇が――この時、僅かなほころびを生み始めていた。


「よし!Ωオメガより【聖剣コル・ブラント】、目標破砕準備完了――今後に向けてのデータ集積、よろしく頼む!」


 【聖剣コル・ブラント】ブリッジへ、Ωオメガが活動する上での重要事項を依頼するクオン。

 この任務におけるレベルAAクラスの小惑星破砕行動は、Ωオメガにとっても貴重なデータ収集の場である。

 特に機体背部の大型共振相転移砲【統一場粒子クインテシオンブラスター】は、災害防衛時――取り分け大型の小惑星クラス破砕に特化した武装。

 その分通常の災害防衛においては、データ収集が困難な防衛武装でもあった。


 飛来する小惑星はすでに射程内――ブラスターユニットは機体背部へ二対配され、弧をを描く様に可動……目標狙撃のため背部より両肩へ据えられた。

 砲身は機体全長に匹敵する本体から、収納された共振反応機構――三分割された反応板を中心に、狙撃モードの長射程ロングバレルが伸びる。


 機体各所――次元へ固定する重力アンカーに相当する小ユニットが起動し、Ωオメガが次元へ固定される。


『こちらブリッジ!データ集積準備完了です!防衛行動――開始して下さい!』


 馴染みの通信オペレーターが発した凛々しい声が、Ωオメガのメインコックピットへ響き――ターゲットをロックサイトへ捉えた。

 Ωオメガフレーム――【グラディウス=メテオストライカー】が、起動後初となる大型小惑星への災害防衛行動に移る。

 それは狼煙のろし――【宇宙災害救済部隊セイバース】が宇宙そらでの防衛行動に全力を尽くす宣言として。

 これよりこの太陽系各地にて――多くの生命を救う事を誓って――


「メテオストライカーシステム起動――エネルギー充填……大型共振相転移砲クインテシオン・ブラスター……ファイアっっ!!」


 蒼き閃光は二条の濃密な帯となり――捉えた巨大災害を包む。

 超振動により物質の分子配列へ強制分離を仕掛けられた、強固な大自然が生む弾頭は――不安定となった分子配列へ、破壊の波が内側より叩き付けられた。


 評議会防衛艦隊は、すでに安全宙域へ退避する中――眼前に迫っていたはずの小惑星が蒸散して行く様を目撃した。

 驚愕――そして鮮烈なる感嘆が沸く。

 小惑星を見事打ち砕き――災害防衛を成し遂げたのは、彼らが本来出頭命令を下したはずの部隊……そこへ所属するたった一機の禁忌と言われた機体であったから。


 救われた者達の脳裏へ、その機体が――部隊が尋問する様ないわれが無い事を、救済行動と言う人道的なる行いによって刻まれた瞬間であった。



》》》》



 観測結果から危機的状況の終了が確認され、作戦は終了となった。

 ただ、当の出頭命令に関する尋問については急遽中止とされ、改めて場所を移し再開の運びとなる。


 しかし、今度は流石の評議会も事の流れにオレ達を邪険に出来ぬ立場となり――関係する者のみが、代表である議長閣下のおられる部屋隣の小会議室へと案内された。

 当然――水奈迦みなか様とリヴ・ロシャ嬢が尋問された場所とは打って変わる、要人を迎えるVIP待遇の一室。

 多人数は対応していない部屋のため災害防衛に携わったオレと、月読つくよみ指令――そして暁型艦隊の指令殿が呼びつけられた。


 本来【霊装機セロ・フレーム】のが召集を受けたのだが、なんとあいつが洒落た気を利かし――予想外の暁型艦隊の指令殿がご指名と相成った。

 まあ、工藤くどう指令も拒みはしたがいつきが気を回したと伝えたら「余計な事を……後で〈イカヅチ〉の掃除の罰を与えてやる……」とか言いつつ、ガラにも無く照れていたな。


 かくいう召集を受けたオレと月読つくよみ指令も、むしろそれが当然と思える――ようやく救急救命隊へ日の目が当たる時が訪れたのだ。

 その程度の褒賞は与えられてしかるべきだと、合意の上での指名だった。


「改めてようこそ……とその前に、この度は誠に感謝している。」


 部屋へ通された面々が金属テーブル前――豪勢なソファーへ腰掛け、頃合と見た議長閣下が改まっての謝辞を……深々と下げたこうべと共に述べる。

 災害の去った現在――防衛艦隊各艦で出た負傷者は、暁艦隊の医療艦である〈イナヅマ〉内で治療を受け――損害を被った艦も〈イカヅチ〉によって曳航えいこう作業が継続されている。

 もはや評議会側としては、こちらを非難する材料が事欠いてしまっただろうな。


 評議会側は先に水奈迦みなか様と、議会関係者が同席するが――その表情は固いな。

 薄っすら額に浮かぶ汗であらわとなるその心情――バツの悪さに、見ているこちらも同情を覚えそうだ。 


「今回評議会には、【宇宙災害コズミック・ハザード】に対する防備と認識が不足していたと言わざるを得ない状況――もし貴殿らが間に合っていなければ、我等は貴重な同志の多くを失う事となっていたであろう。」


 最もな議長閣下の意見でバツの悪さがなお悪化した議員らは、すでに口を真一文字に結んだまま――オレもその言葉を、閣下の真摯なる心と察し傍聴する。

 だが――その中、ささやかな言葉に引っ掛かりを覚える。

 閣下自身がどうのと言う事ではない――言葉が現す状況そのものに、だ。


「(オレ達が間に合った?あの【宇宙災害コズミック・ハザード】が起きる直前――申し合わせたかの様に?)」


 それは推測の域を出ない――けれど辻褄が合わぬ訳でもない。

 今の状況だけ考えれば偶然だろう――しかしそれを、【アル・カンデ】襲撃までさかのぼれば――


 憶測で事を判断は出来ぬと、一先ず考えを脳裏の奥へしまい込み――議長閣下との会談に集中する。

 憶測ですめばいいのだが――


「現在も我が軍の負傷者が、貴殿の部隊にて治療を受けている状況――その様な時に差し出がましいのだが……そちらで所有する【宇宙災害コズミック・ハザード】のデータ――今後のために共有させては貰えないだろうか?」


 すでにL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー無断使用の話から逸れた内容に、水奈迦みなか様と月読つくよみ指令はそこに含まれた意図を掴み顔を見合わせ目配せする。

 思案の後準備した解が指令より議長へつづられる――あえてその意図に乗る算段で。


「それについては問題ありません閣下殿。しかしそれもただ――とは行かぬ状況なのはご承知でしょう。我等は言わば憶測であらぬ疑いをかけられた側――それに見合った条件提示をさせて頂きたく思いますが……いかに?」


 完全に議長閣下と我等救いし者セイバース独壇場の会談――横で口を閉ざす議員らは、意見すら挟めぬ雰囲気ふんいきにただ汗を滴らせるだけ。

 ここぞとばかりに指令が畳み掛け――閣下もハナからその意向との返答を返してきた。


「承知した。そちらが提示する条件を現状可能な限り対応しよう。ではその条件を提出願えるかな?月読つくよみ指令殿」


 望む状況に引き込めた――月読つくよみ指令の横で水奈迦みなか様がこちらを一瞥いちべつしほくそ笑んだのに気付いたオレも、こちらパイロットへの感謝の意と取りどういたしましての首肯を返しておく。

 そして互いの利を考慮した救いし者セイバース側の条件を提示途中予想外――いや、予想出来る意義があの将から上がる事となる。


「それではまずこちら【宇宙災害救済部隊セイバース】の今後の運用を初めとする正式なる許可の承認――並びにそちら側から一部隊で結構……対【ザガー・カルツ】時の戦力を用立てて貰いたい。」


「――さらには今後必要になる軍事部門の兵装使用許可、そしてこれは優先事項でありますが――今回ようやく表舞台での活躍となった、救急救命艦隊への謝礼と褒賞を――」


「……ちょっと待て……艦隊指令殿!我等はその様な物のために表舞台へ出たのでは無い!」


 議長閣下が上がる声に目を見開く――謝礼の話に、只ならぬ剣幕で捲くし立てた将にだ。

 それも褒賞を断る方向の抗議である。

 救急救命の代表である工藤大尉も更に続ける――命を救うために駆けつけた勇士のこころざしで。


「我等【救いの御手セイバー・ハンズ】における戦果は!一人でも多き者の生こそが、我等にとっての褒賞に他ならない!力が至らずに……死者を出す事は我等にとっての後悔そのもの!それは我等の部隊の隊員皆――」


 救急救命の代表の言葉はしかり――とてつもない重みを乗せて、その場にいる者へ圧し掛かる。

 議長閣下傍に居並ぶ議員殿らも、その重みを受け結ばれた口が今度はポカンと開いたままになる。

 きっとそれまでこの様な自己犠牲の精神を、火星圏を含む太陽系内縁部では見た事もないのだろう――同時にそれは内縁部……取り分け火星圏~地球圏の状況がそれほどまでに悪化している事に他ならなかった。


 熱のもる救急救命を代表する将――その言葉に含まれたキーワードを耳にした、慈愛の象徴である【アル・カンデ】管理者が口を開く。


「ではそのへ、ウチからの謝辞を述べさせて貰いますえ。いくら命を救うのが専門言うたかて、その隊員へも出えへん部隊は……いささか問題もある言うもんでっしゃろ?」


 熱くなりすぎた将がハッ!と我に返り水奈迦みなか様を直視する。

 決して月読つくよみ指令は、部隊が褒賞目当てで活動する者では断じてない事を理解している。

 だがしかし――その活動を行う者が人である以上、それらが生活する上で必要な心よりの恩赦はあってしかるべき……でなければ他人の命を尊重する事などできはしない。

 は、事を指した――水奈迦みなか様のと言う言葉である。


 自らのこころざしに溺れる所だった将は、その目を閉じ――心の内へこの作戦で命を救うと言う使命を、果敢にこなしたほこるべき隊員らを浮かべ――


「熱くなり申し訳ありません、水奈迦みなか様。その御心……【救いの御手セイバース】を代表し、謹んで賜りたいと存じます。」


 将が水奈迦みなか様へ向き直り、深くこうべを垂れた姿は――評議会においても、関係各位人選見直しの基準となり得ただろう。

 同時に宇宙人そらびとと言う存在を、もう一度見直すキッカケと察した議長閣下――それからは、今後の【宇宙災害救済部隊セイバース】運用に対し……評議会の連携を見据えた会議を続ける事となる。


 オレの中に浮かんだ――憶測への不安が消えぬままに――

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